時事: 2012年アーカイブ

先の選挙中のこと、駅前でビール箱に乗ってぽつんと演説している菅直人前首相の写真というのが中国のネットなどでも話題になっていたようであり、なるほどこれが民主主義かという感想も見られた。その趣旨というのはおそらく、より明確な形で言っていた人もいたようだが、なんでこいつ刺されないのというものだろう。どこのどこまでが誰の責任であるか、特に客観的な評価についてはまだまだこれからの問題であろうと思うが、鳩山政権では八ッ場ダム建設中止問題や普天間基地移設問題、菅政権では東日本大震災後の対応や福島原発事故など、少なくとも政府に対する被害者意識を溜め込んだ人というのを大量に生み出したのが民主党政権3年だったわけだが、まあ発展途上国の感覚ならそういった感情はテロリズムに結び付くだろうし、それを避けるために政治家に対する警備にも厳重なものがある。

そうだねえ次は旭日旗かもしれないね(挨拶)。何かというと前のエントリに対して「あの人たちずっと同じ旗振ってますが」という反応をいくつかいただいたことについてだが、まずさらに悲観的シナリオも考えられるなという話。まあしかし私自身は振る旗の変わる可能性は本来あると思っており、だって1938年とか41年に一生懸命日の丸振ってた連中の大半が45年には星条旗とか赤旗とか振ってたわけだろ? そんなもんですよ。

批判的民主政と選挙

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IMGP0011.JPGというわけで総選挙が終わり、自公連立で衆院の安定多数確保という状況に相成った。民主党としては参院の比較第一党であることを生かして活動していく方針らしいが、まあ率直に言って一本釣りされる議員の値段を上げるだけ、という気もする。

投票前日、土曜日の夕方にたまたま秋葉原の駅頭を通りがかった(定宿が浅草橋にあるのである)。えらいこと騒がしいので何かと思えば自民党候補の選挙演説であり、安倍総裁や麻生元総理も来るというので写真のような大混雑、そこここで日章旗がはためくという状況になっていた。

でまあ、やはりこの状況を見た人の中にはこの世の終わりだというか、あんな保守反動政党が熱狂的な支持を集めている状況が恐ろしいと言っている人がいるようなのだが、自民党の政策自体に対する評価はさておき、そうひどいことになるまいとも思う。あの人たち、数年後には別の旗振ってるよ。

憲法使いの弟子

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「だまれ俺は芦部信喜教授の孫弟子の同期だぞ」ってのはどうか(挨拶)。憲法問題だから「ノモス主権論尾高朝雄教授四世の孫弟子」の方がいいかな。しかしその、尾高宮澤論争以来の敵対派閥(笑)だからというのではないが、天賦人権説というのもそうスジのいい議論ではないので切り札的にそれは天賦人権説否定ですねドヤアみたいなのもどうかと思ってちょっと書く。

というのは自民党の憲法改正案にまつわる問題で、それを進めている人々がtwitterでうかつなことを言っているのに対して怒っている人々がいるという話であり、いや個人的にも先般提案された改正案はろくでもないものになっていると思っているわけではあるがおそらく私が問題にしている箇所は人々が怒っているのとは違うし、いま問題にされているような論じ方が利口だとも思えない。というので少し書いて放っておいたら政治のほうが動き出したりしてどうしたものかと思っているわけだが、とりあえずこの点についていうとどちらにせよ人権をひとくくりにして性質を論じている時点でスジが悪いよねえと、そういう話。

たまたま医者に行って待合室の『週刊文春』(11月22日号)などを読んでいたところ巻頭写真ページで田中真紀子・文科相の大学新設不認可問題を取り上げていたが要するに官僚陰謀論であり、その根拠となっているのは評論家・和田秀樹氏の「そもそも正式な設置の認可を受けていない状態で、校舎を新しくしたり、推薦入試で学生を募集していることが異常な状況です」というコメントであった。

しかし、このうち校舎の建設についてはすでに書いた通り設置申請の前提条件であるし、推薦入試についても事実に基づく発言とは考えにくい。というのは以前にも紹介した「大学の設置等に係る提出書類の作成の手引き」という文書には「PR活動について」という部分があり、それによると設置認可申請中のPR活動は (1) 設置者の責任において、(2) すべての書類に認可申請中である旨を大きく明記し、(3) 名称・教育内容・定員などすべて予定であって変更があり得る旨を大きく明記するなどの条件を満たした上で可能だが、学生募集に関する事務は一切行なえないことになっている。同文書より引用。

「認可前は、学生募集(募集要項の配布、出願受付、入学試験)及びそれに類する行為(指定校推薦の調整・登録、模擬試験など)は一切行えません。」

つまり、本当に推薦入試の手続きを進めていた新設校があったのであれば規定違反の大問題であり、田中大臣の裁量権などを持ち出す必要もなく不認可処分ができただろう。で、本当にあったの?

珍しく国内線のプレミアムクラスなどに乗ったところキャビンアテンダントのひとが新聞をすすめてくれるのだがスポーツ紙しかないという。苦笑して断ったところ「あるいは沖縄タイムスですとか......」うんそれは新聞ですらないねえ(挨拶)。

さて、この問題についてある週刊誌から取材を受け、記者の方と話していた際に気付いたのは、「設置審はこわいものだ」という感覚が共有されていないということであった。おそらくは関わった経験のある多くの大学教員が持っている感覚なのだが、まあそりゃそうだよな、所管大臣ですらどういう申請手続きになってるか知らんようなものなわけで(皮肉)、世間一般の方々がご存知なわけはない。しかし実際問題としてはそうなのである。

英語。

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途中だがちょっとこの話。「就職有利・不安...ほぼ全講義を英語化する国立大」(Yomiuri Online)ということで、山梨大学が「ほぼすべての講義でテキストを英語の書籍とし、英語で講義することを決めた」という報道だが、そもそも高等教育を英語で行なうのが望ましいかどうかという話は横に置いておいて大丈夫なのかこれは

* * *

まず記事内容について補足すると、全学的に英語による授業だけで学位取得まで終えることができる大学というのは確かに国際教養大学くらいしか聞いたことがないが、同趣旨の課程(学部とか学科とかコースとか)は他大学にもそれなりにあり、2009年にはグローバル30というプロジェクトで13大学が選定され、すでに教育も始まっている。名古屋も選定校に含まれており、5学部で5コースが設置されていたり他大学には珍しい社会科学系の教育をやったりしている。いや正直山梨大とかグローバル30のときに申請すらしていないわけでなにをいまさら感のただよう話ではあるのだよな。でまあ私のように英語講義にさんざん動員されている身からすると、主な懸念は以下の三点になる。

たとえば「大学評価情報ポータル」というところから探すときちんと情報は出てくるのだが、話を簡単のために大学に限ると「認証評価機関」としては(財)大学基準協会、(独)大学評価・学位授与機構、(財)日本高等教育評価機構があり、それぞれが認証評価の結果についても公開している。ここでの問題はおそらく二つあり、第一はおそらく世間の方々が思っているよりは判定が緩やかであること(まあもちろん失敗しないように各大学が必死で準備してくるからではあるのだが)、第二はそもそもそこでこの種の情報が出ているということを普通の人もマスメディアもよく認識していないだろうという点にある。

というわけで「3大学新設、田中文科相が「認可」 自民は問責決議検討」(asahi.com)とのこと。以前にも述べた通り私は野田総理を民主党の生んだ最高の総理大臣であると思っているが(深読みすること)、周囲がダメすぎるというのは自業自得とはいえさすがにお気の毒やなあと改めて思ったことであった。まあしかし、関係者のキズが浅いうちに一応は落着してよかったのではないでしょうかな。

そこで問題は目下の騒動を離れて今後の大学設置制度をどうするかという点に移り、田中真紀子・文科相としても制度の見直しに迅速に取り組むということであってだからあなた来年はそこにいないでしょうと思ったわけだが、まあしかし最初に述べた通りこれまでの記述は基本的に「現在は制度がこのようになっている(従って新設校側の行動に問題はない)」ということの説明であり、「じゃあその制度でいいのか」というのは別の話と断ってあった。その「別の話」を多少補足しようと思う。つまり、大臣の政治的決断を可能にしても教員の一般的な人事形態などと衝突しない制度を作るというのも将来に向けての話としては考えられる。それはどうかという話。結論的にはあまりうまくないと個人的には思うが、評価基準によってはそれでもやるべきということになる制度構想もあり得るだろうなと。

テレビを見ていたら岡田克也・副総理が「なぜ認可前に校舎の整備が始まっているのか」という趣旨の発言をしており、また田中真紀子・文科相は今日の記者会見で「(認可が決まった段階で)既に建物が出来ているのはおかしい。誰かが事前に情報を流しているのでしょう」と発言したとのこと(「肝心なこと言い忘れた...田中文科相、唐突な発表」Yomiuri Online)。わあすげえ、こいつら本物の馬鹿だ

さて、これを踏まえて新設の話。なんかこう、11月にもなって翌4月からの新設に関する認可手続きをしているのがおかしいとか、認可が出てから建物や教員の算段をするのが正しいとか言っている方もいるようだが、できない。何故かといえばどちらも認可の前提条件として審査対象になっているからである。

文部科学省の設置審(大学設置・学校法人審議会)が認可するよう答申していた大学3校の新設を田中真紀子・文相がひっくり返したという件(「田中文科相、3大学設置認めず 審議会答申覆す」(asahi.com)、どういう話なのかわからない人もいるだろうと思うので多少解説する。

なお私自身がよく知っているのは特定大学特定学部のシステムだけだが一般的な制度に基づいているのでまあそうも違いはなかろう(しかし組織によって一定の違いはあるかもしれない)という点と、「現状としてこうなっている」という話が中心でありじゃあその仕組みでいいのかどうかというのはまた別の話であるという点をお断りしておく。

交付金問題つづき

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特例公債法案が成立していないことに由来して起こり得る国立大学経営の危機についてはすでに紹介してきたが(「何が起きているのか」「交付金と消費税」)、問題がついに現実化してきた模様。

特例公債法案の成立が遅れ、国立大学への交付金の支払いが滞っている問題で、北海道教育大は11月中旬、教職員の給与などを支払う資金を確保するため金融機関から約3億5千万円を借り入れる方針を固めた。室蘭工大も11月上旬、約2億7千万円借り入れる見通し。運転資金確保を目的とした借り入れは両大とも初めて。
道教大は、9月分の交付金4億8千万円が1億9千万円しか支払われず、10月分の5億6千万円は全額支払いが見送られた。これまでは内部資金の取り崩しや支払い延期で対応してきたが、このままでは11月16日支給予定の給与や、11月末に控える業者への支払資金が不足するのが確実なため、借り入れを決めた。
「道教大3・5億円借り入れ 運転資金来月確保 交付税配分延期で」(どうしんウェブ(北海道新聞))

なお当然ながら借り入れたお金には利子がかかるのでその負担が大学の経営を圧迫することになります。おそらくキャンパスの土地建物あたりを担保にしているのではないか(だから無茶苦茶な利率ではないといいなあ)と思いますが、さて北海道教育大や室蘭工業大のキャンパスがある土地にどれだけの担保価値があるものやら。

近隣大学についても似たような状況を聞いておりますので、取引金融機関の皆さまにはなにとぞご準備をお願いいたします。民主党政権のおかげで儲かってよかったですね。

交付金と消費税

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ひとつめの話。地方交付税交付金について、9月分について道府県に配分するものを一部延期したのに続き、11月分については市町村に配分するものについてもさらに延期の対象に加えるとのこと(「地方交付税 市町村分も交付延期へ」NHK NewsWeb)。特例公債法案が成立していないことの影響だが、このため収入計画が狂った道府県の側では基金の取り崩しや銀行からの借り入れによってしのいでいるところ、そのために生じた金利負担と逸失運用益が、すでに8千万を超えているらしい(「交付税遅れ、地方を直撃 借金や基金崩し6千億円」asahi.com)。

上述の通り今後はこの問題が市町村にも及ぶことが予測されるところ、財政規模が小さいところではかなりの問題になる可能性があるし、財政状況が悪くて借りられないところとか出かねないのではないか。また、以前に書いた通り国立大学法人に対する運営費交付金も一部が(大学によってはかなりの部分が)延期されており、大学の体質によっては人件費まで影響が出る可能性があるのだが、皆さんご存知の通り12月には冬のボーナスがあって3ヶ月分以上の額を一挙に手配しないといけないわけであってですね

アサヒ

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なにやら法政大学で学生デモがあって機動隊がキャンパスを封鎖する騒動になったとのこと。その端緒が学内での飲酒禁止規制にあったということで、twitterなどでは「大学になにしに来てんだ」的な反応も相次いでいるようである。主張の是非はともあれ、つまり論点をアピールして周囲の共感・同調を誘うことには失敗しているようであって、それは何故かというに訴求先を間違えたからであろう。キャンパスで酒を飲む自由をもっとも重要視しているのは大学教員であるので、一般社会や同世代学生ではなく学生運動世代とかのオヤジ教員を泣き落とす戦略のほうが有効だったのではないだろうか。そのまま肩を抱かれて居酒屋に拉致されてしまう可能性なしとはしないが(挨拶)。さて。

以前にも書いた通り私は橋下・大阪市長の政策・政治手法を決して高くは評価していないのだが、しかし今回の週刊朝日の特集記事については端的にアウトであり、それを問題として指摘する橋下氏の方が完全に正当だと言わざるを得ない。家族・生育歴など本人の責任に帰すことのできない事情であっても、それが本人の一定の政策・政治手法と深く関わっており、政治家としての本人の評価を下すにあたって相当の関係性があるというような事情があれば、調査・報道とも許されるだろう。しかし本件ではそもそもそのような論じ方をしないことを筆者本人が宣言してしまっているので――「私はこの連載で橋下の政治手法を検証するつもりはない」――明らかに(橋下氏曰くの)「血の論理」に立つことになっている。

これは正当化できない差別そのものであり、言論の自由を逸脱していて許容されない。というのは、憲法に定める他の基本的人権、具体的には13条「すべて国民は、個人として尊重される。」、14条1項「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と衝突しており、かつそこにおいて言論が優先すべき適切な理由がまったく示されていないからである。およそ憲法に掲げる人権の重要性を主張する人々なら本件記事の姿勢を端的に否定すべきであろうと思われるところ、まあつまりだから、普段なにを言っていようが今回黙ってるような連中は人権じゃなくて自分の敵を叩けることが大事だったんだねというわけで、いい試金石を提供してくれたものだとは思うわけである。

研究職をめぐる問題

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山中教授のノーベル賞受賞が祝われた直後にiPS細胞の臨床応用を初めて実現したというニュースが報道されたところ、どんどん話が怪しくなっている件について(なお参考、「森口氏、iPS研究の詳細説明あいまい 朝日新聞も取材」asahi.com)。まあこの件の真相については追々究明されるのだろうけれども、正直言っておかしくなっちゃう研究者というのは一定の割合で出てくるのであって(自覚的に捏造するのであれ自分自身ではそれを真実だと信じる方向に行ってしまうのであれね)、その真偽を見抜く報道側の問題だよなとは思うところである。

ところでまあ一般論として言えば一部の研究者がおかしくなっちゃう背景にあるのは業績を出さねばならぬという強迫観念であり、さらに背景にある雇用の不安定さである。森口氏についてもこれまでの経歴に非常に激しい変遷があることが指摘されているが(たとえば参考、「「iPS臨床」の森口氏、資格は看護師 職を転々」asahi.com)、まあ研究者の流動性を高めることで業績を作る方向へのインセンティブを効かせると暴走する人間も出るよねということであり、もちろん逆に安定性を高めると給料だけもらって仕事しない人間が増えるので一長一短ということになる。繰り返して言うとだから流動性を増す場合に重要なのは業績の評価能力であり、そこが特にマスメディアに不足している点が最大の問題なんではねえかということにはなるが、指摘したいのは別のこと。

交付金。

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いやもうなんでこいつらがドヤ顔してるのかまったく理解できませんよ(挨拶)。

民主党は9日、赤字国債の発行を可能にする特例公債法案の成立が遅れていることを踏まえ、予算執行を抑制する姿勢を示すため、20日に支給予定の同党への政党交付金(約41億円)の申請を見送る方針を決めた。(......)申請見送りは、特例公債法案成立に向け、自民、公明両党に圧力をかける狙いがある。安住氏は「(自民、公明両党は)ぜひ賢明な判断をしていただければと思っている」と語った。(Yomiuri Online)

供託金制度

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選挙に出馬する際に必要となる供託金制度について、高額だと批判している人々がいるようである。具体的には「供託金600万円 出馬足かせ 脱原発団体「高いけど集めるしか」」(東京新聞)あたり。確かに実際問題として高いは高いのだが、ずいぶんとその経緯をはしょった記事だなあと思うこと若干。

とりあえず通常国会については野田総理に対する問責決議が参議院で可決されどうにもならなくなって閉会という展開になったわけである。それに伴って自動的に廃案となってしまった案件のうち衆議院の選挙制度改革についてはSynodos Journalに見解を明らかにしたところであってまあ世界中から笑いものになるような制度案なので流れてよかったよなと(合憲的に総選挙を行なうことが当面非常に難しくなってしまったという副作用があるわけではあるが)思うところ。この忙しいのに原稿用紙20枚を超えるものを書く破目になったわけで、まあ馬鹿には馬鹿と言わないと気が済まないという私の性癖が悪いわけではあるが、民主党の政治家に対する私の評価がさらに一段下落してもやむを得ないというべきであろう。まだ下がる余地があったのかと聞く人がいるかもしれないが世のなか下には下がいるのであって、少なくとも私は野田総理が今のところ民主党政権の生み出した最高の首相であることを認めるにやぶさかではない。

さて同様に廃案となってしまったものに特例公債法案があり、赤字国債が発行できないので予算執行を抑制する、ついては国立大学法人・独立行政法人への運営費交付金を50%先送りするとか、地方交付税も支払いを差し止めるとかいう報道が出ている。これがどの程度の話かというのを若干説明してみようと思う。

ええと、生きております(挨拶)。何があったかというとまあ別に特段の何かがあったわけではないのですが前期の講義に係る事後処理として試験とか採点とかがあり、9月にやる集中講義の準備があり、別件で英文の応募書類を50件くらい読んだりSkypeを使った面接を半日くらいしていたり、外部資金への応募準備を進めていたら「書類選考で通ったら9月4日にヒアリングだからちゃんと準備してこいよ、あ、結果の通知は8月24日な(プゲラ)」と言われたので通ってるかどうかもわからないのに泣きながらプレゼンテーションの準備を進めていたわけですがまあ日常生活ですな

このあとも集中講義の本番などがあって予定が詰まっているのですが、とりあえずはこの間の動きについて。

附則(後)

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(5) しかし「こっそり」とか「姑息」という表現が妥当かはもう少し別の問題である。この問題についてはまず、環境省内に原子力規制庁を設置する案が1月31日に内閣提出法案として出されている(閣11号)。形式的には環境省設置法など関連法案を一斉に改める改正法になっており、従って附則ではなく本文3条で原子力基本法改正を規定しているが、2条2項として「前項の安全の確保については、これに関する国際的動向を踏まえつつ、原子力利用に起因する放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として、行うものとする。」を加えるという内容が含まれている。

つまり政府案の時点で原子力基本法の目的部分に修正を加えることは予定され・論点となっていた。それが法案の本文か附則かは政府案が複数の法律に対する改正法として・修正案が新規の法律制定として書かれたという条文の構成に由来するもので、本質的な違いはないということになる。

附則(中)

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(3) 実のところ、(a)を見て驚いた人もいると思うのだが「基本法」という名の付いた法律は(私が数えたのが正しければ)40本あり、正直結構多い。その中には食品安全基本法のように関連する行政委員会の設置規定まで含んでいるもの、教育基本法のように理念の提示が中心だが重要だと評価されているものもあれば、公共サービス基本法のように努力規定を並べる程度で終わっているものやスポーツ基本法のように関心のない身からすると心の底からどうでもいいものまで(「スポーツ推進委員」の設置や補助を可能とする規定などがあるのでちゃんと意味はあるのだが)いろいろとあり、重要性についても正直ピンキリである。

逆に「基本法」ではないが重要性が高く・簡単に改正すべきでない法律も多くある(例としては国会法や公職選挙法が挙げられよう)。「基本法」と名前が付いているかどうかに注目して議論するのは非常にアタマワルイ

附則(前)

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原子力規制委員会設置法の附則において原子力基本法が改正された件について、批判している人があちらこちらにいるが形式的な問題としてどうなのか、というご質問をコメントでいただいた。

(1) まず非常に形式的なことから確認しておくと、フランスの組織法律やロシアの憲法法律のように制定に特に厳格な手続きが必要とされている特別の法類型というのが日本にはないので、「●●基本法」といってもそういう名前の通常の法律であり、従って他の法律により改廃することができる。正確に言えば、法の改正や廃止と呼ばれている事態も「●●法のこの箇所をこう改める」「●●法を廃止する」という内容を持った新たな法律の制定という形式を取っており、つまり改正する法律と改正される法律は必ず別のものである。

また、法律の本文と附則とで効力の差もない。確かに、一般的には時間の経過により不要になってしまうような条項、見直し条項や注意規定など付随的な事項、新法制定・改正から付随的に生じる法改正などを附則に入れているが、そうしなければ違法だとか効力に違いが出るというものではない。

要するに、純粋に形式的観点からは特に問題なく、あくまで慣行に照らして適切かどうかといった水準に留まり、違法性などはないということになろう。

よしなしごと

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たまたま私が見たものを見た人にしかわからない話を、多少。

学内ネットワークが妙に重かったところ「アノニマスか?」とか「うちの大学にカスミ何とかとか、あったっけ」とかいう会話に展開する平和な午前(挨拶)。ところで問題の著作権法改正によってYoutubeやニコニコ動画を見ているだけでも摘発される可能性が生じたと主張している人々がいるらしい件について。うんまあ半分は正しいけど半分しかしか正しくないな

ようやく改正法の条文が衆議院のサイトで見られるようになったのでひと通り見てみた。国立国会図書館と国立公文書館に関する部分はほとんど議論もなかろうと思うので、それ以外の内容について多少。

話題になっていた違法ダウンロードの犯罪化を含む著作権法改正案が15日中に衆議院文部科学委員会・本会議で可決されたとのこと(「リッピング違法化+私的違法ダウンロード刑罰化法案、衆議院で可決 」Internet Watch)。報道もされている通り今国会は議案の処理が非常に低調で、内閣提出法案ですら5月23日段階で25%弱という水準にあり、会期末が6月21日に迫っていることもあって(まあ衆議院の優越があるので延長しようとするだろうけど)このまま潰れるんじゃねえかなと思っていたところである。どうも与野党で対立していない法案についてはやっぱり処理しておこうと、ギリギリになってそういう空気になったようには見える。

公人・おまけ

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さて片山氏については、国会議員として問題を感じれば制度改革に取り組むのが本筋であって個人攻撃などをするべきでないという批判もあるようである。ええと、無茶言うな

公人

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行く気どころか興味関心もないロンドン五輪についてなにやらこのような記事が出ているわけであるが(「IOC委員もブチ切れたヒースロー空港、本当の"悪夢"はこれから?」MSN産経ニュース)。

ヒースロー空港と英国政府は、空港の職員を増員させて対応するとしているが、それにも限界がある。そして、最悪の"悪夢"は、ズバリ8月13日の月曜日。五輪閉会式の翌日だ。ヒースロー空港は通常、1日に9万5000人の出発客を扱うが、8月13日の出国客は13万8000人にも上るとみられている。出国審査がこれほどの人数をスムーズにコントロールできるのかは大いに疑問。本当の"悪夢"はこれからかもしれない。

ヒースロー空港って出国審査ほとんどやってないような気がするんだけど。一応セキュリティチェックの先に窓口はあるけど閉まりっぱなしで、パスポートにスタンプも押さない。入国審査の厳しさとは対極的だよねえという評判もあるはず。
もちろんちゃんとやっている時間帯があるのかもしれないが、たとえば日本と違って一定の場合に手を抜いても構わないというポリシーになっているのであれば、閉会式後の数日ぶっ通しで手を抜けばいいだけのことだと思われる。手抜きのできないセキュリティチェックと勘違いしたのかな、産経は。なおそれはそれとしてヒースローはひどいのでそのように。さて。

河本準一氏周辺の生活保護受給問題について、本編の話は事実関係も法律上の考え方もよくわからないのでこれ以上書かない。ただその、一方では「国会議員が一私人を吊し上げるのか」流の批判に対して片山さつき氏が河本氏は公人だと言い返したり、逆にその片山氏を批判する側が同じ個人攻撃だと皮肉られて国会議員は公人だと主張したりしているようであるが、そんなもの純粋に「公人」の定義問題であって不毛だからやめなさい

動員解除

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そう信じる(挨拶)。最後の方は朝9時から地下会議室に軟禁されたり5・6限演習(19:45終了)のあとに「それでいいから来い」と呼び出されて最終の快速で帰宅したり授業の合間の15分休憩に教卓に置いたノートパソコンで書類の修正を進めたりという状態になっていてだから私はどこの企画課リーマンだ

ところでこの間、修正すべき書類の到着待ちをしているあいだに後ろで流れている午後のテレビ番組などをぼんやりと聞いていたりした。たまたま地元局のCBCであり、25日に名張毒ぶどう酒事件の再審開始取消決定(名古屋高裁)が出たこともあって関連の報道を長く扱っていたのだがひでえなこれは

ノマド

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なんでも最近ノマドワークというのが流行りらしいのであるが、今日の私は(1)朝イチに東山で学部の会議、(2)昼前に丸の内で本部の仕事の企業訪問、(3)夕方から附属病院の委員会という日程であって完全なノマドっぷりであった。結局喫茶店3軒のハシゴ

なお多くのノマドワーカーにとっては電源とネット環境をどのように維持するかというのが大きな問題であるらしいところ、ノマド状態の私が主に利用しているのは紙と万年筆なので大丈夫。というかネットが自由に見られるとメールの処理だの何だので仕事が進まなくなるのであり、要するに私のはどちらかというと外こもりとか自主缶詰という類のものなのだろう。さて。

閉鎖中

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やはり今年もゴールデンウィークはなく、というか昨年度に獲得した大型経費の執行と今年度の応募の両方を同時期に同一人物にやらせるのはどうなんだと思ったのだが出勤して打ち合わせと会議の3件連続を処理したら夜とかいう生活を続けていてますます自分が何なのかわからない。そういう次第で原稿面の不義理を続けているので閉鎖モードに入ってはいるのだが、余計なことの説明をちょっと一つしておきたいと思ったので、書く。

著作権法を改正して音楽・動画の違法ダウンロードに刑事罰を導入しようという案件について。すでに2010年から違法行為との位置付けはされていたが、その際には見送られた犯罪化をしようという動きがあり、4月13日の自民党文部科学部会で改正案が了承され(山本一太議員のブログ)、政府・民主党も「著作権者の許諾なしにインターネットのサイトから音楽や動画を違法ダウンロードする行為に罰則を科す方針を固めた」との報道である(47news)。

ここで書きたいのはこれがどういう経過を示しているのかということで、というのは「しかも今回、途中までは議員立法でやるという話だったものが、突然どさくさにまぎれて閣法に盛り込まれた。立法プロセスとしても相当タチ悪いよこれ。関係者呼んでヒアリングさせて「十分議論して進めますので」と宣言してから1カ月も経ってないのにこんな手段で通そうとする。ふざけんなよって話。」(twitterにおける津田大介氏発言、cf. togetter)のようにわけのわからないことを書いている人がいるからである。なおあくまで立法プロセスに関する話で、内容およびそれに対する評価の問題ではない。

背景

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ちょっと気になったので「米の大学で銃乱射、7人死亡 容疑の43歳男を拘束」(asahi.com)という事件について。

天下り疑惑。

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注意:以下は完全に冗談なので、決して本気にして騒いだりしないように。

(1) 2月27日に退官した宮川光治・最高裁判所判事が、朝日新聞社「報道と人権」委員会の委員に就任。(asahi.com)
(2) 同判事が所属していた第一小法廷は、2011年4月にいわゆる「沖縄ノート」訴訟で原告敗訴の判決を出している。被告は著者である大江健三郎氏と、岩波書店。(47news)
(3) 宮川判事は2008年9月就任なので、同判決に関与していたことは間違いない。また、サヨク勢力における岩波書店と朝日新聞社の親密な関係、あるいは大江健三郎氏との密接な関係については周知。
(4) 「これは判決の代償としての天下りなんだよ!」「ナ、ナンダッテー!!」

念のために言っておきますが上記はもちろん原発関連訴訟に関与しただけの味村治・元最高裁判事が定年退官の4年後に東芝の社外監査役を務めたことを天下りとか騒いだ人々がいたことに対する皮肉であります(なお参照)。もちろん実際にはこんなもん天下りでも何でもなく(いやそもそも宮川判事は弁護士出身だしな)、そのとき書いたように元最高裁判事というのは頼む側として安全パイであると、そういうことなのですよ。どっとはらい。

どこに泊まっているかと聞かれてパディントンと答えたら「結構離れてないか?」と聞かれ、前回はどうだったかと聞かれたので答えたら「なんでそんなroughなところに」と呆れられました。みんなビンボが悪いんや(挨拶)。あ〜でもそうかextremely rough areaなのか。昨年8月の暴動でも燃えてたし、なんか変だとは思ったんだよな。念のために言うと私自身が身の危険を感じたことはまったくなく、皆さん親切な方ばかりでしたが、まあそのあたりはイギリス社会内部でええとこにおられる方とのんきな東洋人との違いかもしれん。

さて前回の続き。こういう観点から見たとき、特に福祉関係のものごとに時折覚える違和感というのがあるところ、竹端氏の議論にも共通のものが感じ取られた、というのは「感情論」に対置して「現在でも暮らしに多大な制約を受けている人が現に存在している」ことを現実と考えておられるところである。しかし「暮らしに制約を受けている人」というのは世の中いくらでもいるわけであって、たとえば年俸3500万円だが代替要員がいないので勤務地を一切離れられない産科医の暮らしも制約されているだろうし、校務に動員されるので在外研究の経費を確保したのに実際には行けないというどこかの某N大学教員の暮らしも制約されているわけだ。当然ながら私は私の生活が自立支援制度の対象になるような障害者の人たちに比較してより制約されているとはこれっぽっちも思っていないが(*)、重要なのはそれは程度問題だということだ。もちろん世界に問題解決のための資源が無限にあるのであれば、優先順位などを考えることなく目についたところから「暮らしに制約を受けている人」を救済していけばいいだろうが、当然ながら現実はそうではない。

ある研究会で、想定していた内容が大きく切り詰められた法改正案が省庁で作られてしまい、がっかりだがないよりはましなのかなあという話をされたので、「いやしかしその法案、通常国会を通過しますか?」とか聞いてしまいましたのこと(挨拶)。なお今回の案件とはまったく関係のない分野の話な。

さて前のエントリで障害者自立支援制度改革の問題を扱った竹端寛氏の論考を扱ったところ、同氏のブログで言及されていた(「悪い冗談であってほしい・・・」)。結論としてはしかし、こちらとしては「誤読」と評価したいところが二点あるほか、当方の言及に対する評価からより大きな問題が明らかになったなあと考えるところであるので、以下に述べたい。

不適切な出題

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右か左かではなく上か下かが重要だという話をしばしば学生にしているのだが、つまり政治的その他の志向preferenceと議論のレベルの高低は別の問題である。読んで学ぶならいずれにせよレベルの高いものにするべきで、というのは結論を肯定するにせよ否定するにせよ論旨の展開を批判的に検討することがアカデミックな議論には(従ってその作法の訓練としての大学教育においても)必要であるところ、レベルの低い議論というのはツッコミどころだらけで話が進まないし訓練にもならないからである。

何かというとまた産経がどうしようもないということであって、早稲田大学の法学部が国歌斉唱時の起立強制は教育現場に相応しくないという趣旨の文章を入試で出題したのは不適切だという論旨で報道している(「早大入試で偏向的出題 国旗国歌「教育にふさわしくない」」MSN産経ニュース)。以下は同記事より。

問題文は「日の丸・君が代が戦前の日本の軍国主義下でのシンボルと考える人々にとっては、君が代に敬意を払えという命令は自己の思想に反すると感じられる」と指摘。「教育には強制はふさわしくないのではなかろうか」と結論づけた。
また「学校の式典で日の丸を掲揚し君が代を斉唱することは、それを通じて国家への敬愛の念を抱かせようとするものであり、教育には似つかわしくない」と記述し、入学・卒業式での国旗掲揚、国歌斉唱の指導を義務付けた文部科学省の学習指導要領に明確に反する主張を展開した。

学部が大きな外部経費を二件立て続けに獲得したところ例によってというか予想通りというか召集されて規定改正の要綱とかを作っている件について(挨拶)。1%でいいからくれんかな私個人に。

さてまず私自身はこの分野の現実的な問題に関する知見も知識も十分にはなく、従って具体的な制度改正の方向性の次元でどちらに理があるかという点は判断不能であるということを前置きした上で、従って多分に茶々を入れるだけみたいなことになるのは自分も書いている媒体の原稿なだけに恐縮するところはあるのだが、しかし書いておいたほうがいいかなと思うところもあるので、書く。

というのは竹端寛氏の「障害者制度改革の重大な岐路」(Synodos journal)についてであり、2010年の自立支援法違憲訴訟和解案とそれを受けた2011年の総合福祉部会骨格提言に対し、今年2月の厚生労働省案が実質的な「ゼロ回答」であって大がっかりという整理はその通りかと思うのだが、がっかりの原因がどちらにあるかは両者に落差があってがっかりだというのとは独立に検証されるべき問題だよなということである。竹端氏の「何かを変える、と決めたのなら、「変えないための100の言い訳」を繰り出すよりも、「変えるための1つの方法論」を徹底的に考えるべきではないか。」というフレーズは極めて印象的であって、そうだよなと思う人は多かろうと思うのだが、他方「あるべき姿」として提示されたのがたとえば「そらをじゆうにとびたいな」だったとすればドラえもんでない我々としては「できねえよ」としか回答のしようはないわけである(念のために言うが竹端氏の論考公開と同日に最高裁判決の出た某事件に対する言及では、決してない)。

自由と処分

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オバマ大統領へのインタビューで「親密な外国首脳」として野田総理の名前が挙がらなかったという報道があったが、いや現総理の人格識見がどうこう言う以前にそりゃ一年一人ペースで代わってりゃ「親密」にはなりようがねえよなと思うのだがどうか(挨拶)。国家としての日本との関係は外交を通じて、ということは人事に連続性のある官僚を通じて維持できるだろうけれどもさ。なお参考、「野田首相の名前出ず オバマ米大統領が挙げた信頼築いた各国首脳」(MSN 産経ニュース)。というわけで師走に忙しくしていたあいだの落ち穂拾い。

群馬大学教授の早川氏がtwitter上の発言によって大学から訓告処分を受けたという件について(参考、「群馬大教授「福島の農家はオウム信者と同じ」 訓告処分」asahi.com)。問題は大きく法的な層と「賢明さ」(prudence)の層に分けて考えるのがよく、法的な層については一般的な言論表現の自由の問題と学問の自由の問題に分けて論じる必要がある(が、それができている議論をあまり見ない)。

定番。

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総理が演説した。「崖っぷちにいるのは民主党ではない、日本と国民だ」。
「総理、では民主党はどこにいるのですか?」
「民主党は常に国民の一歩先にいる」

これは創作です(挨拶)。なお参照、「消費増税否決なら解散も 野田首相、野党を牽制」(asahi.com)。

公刊資料

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なんかテレビをぼんやり流していたら日本書紀に出てくる中大兄皇子と藤原鎌足の蹴鞠での出会いのシーンは三国史記に出てくる新羅のエピソードにそっくりなので創作なんだよとかいう話をしておりいやでも日本書紀の完成は720年で三国史記は1145年だよなあ(挨拶)。まあ確かにそっくりだしこのシーンが創作くさいのもその通りだが三国史記から日本書紀がパクったというのは物理的に無理で、もちろん可能性としては三国史記の元になった資料から日本書紀が引き写したかもしれないが中国の別資料から朝鮮半島経由で継承したとか独立にそれぞれ利用したとか逆に日本書紀を三国史記が参照したというものもあり、そもそも三国史記の原資料はほとんど逸失しているはずなのでどうそのあたりの可能性を検証したのかというのも気になるところ、いやまあネタ元になった先生の研究としてはある程度検証しているのだろうがなんぼテレビで時間的制約があるとはいえもうちょっと丁寧に説明したほうがよかったんではないかね

ところで年頭早々からこんなネタかと思いつつ「防衛大教授、中国軍の著作で無断引き写し 大学が調査」(asahi.com)という件。共著書の、元海将・防衛大学校教授の担当部分「2章で、防衛白書(2010年版)や防衛研究所が昨年初めて発行した「中国安全保障レポート」、昨年4月にあった「戦略研究学会」での個人の発表資料からの引き写しが数カ所ずつ計30行程度あった。参考文献のリストにはこれらの資料を明示していなかった。」という話で、これ自体はアウトやろの一言でよろしい。つうか田母神事件といい自衛隊の内部教育はどうなっとるんだと、まあそういう話か。

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