読書: 2006年アーカイブ

微妙なこと

| コメント(5) | トラックバック(1)

客が多くて自分の仕事が進まない(愚痴)。いや私自身に対するお客さんであれば不亦楽乎であって大歓迎なのだが、学部へのお客さんの対応をなぜか私が命じられるという予定が立て込んでいるのであまり嬉しくない。何が嬉しくないといって今月中にあと最低3回もスーツを着なくてはならんことであって、夏のスーツどこにやったかな。なお上記「なぜか」というのは修辞であってこういう事態に至った経緯を推測して理解はしているが納得はしていない。やれやれ。

というわけで多忙なのでたまたま某所で見かけたものをネタに瑣末なことを書く。なおどこで何を見たのかについては黙秘する。コメント欄でもあれば簡単に指摘するだろう程度のネタであり、野暮なツッコミであることは自覚している。さて。

文学部と平等

| コメント(4) | トラックバック(0)

ええと私はもう32歳になっているのでそれは別人です(謎)。移動も多いのでちょこちょこと本を読んでいる。中でも先頃文庫に落ちた高田里恵子『文学部をめぐる病い』が非常に面白かったのだが法学部の中の文学部っぽいところの人間としては笑ってばかりもいられず。

ちゃんとしよう

| コメント(2) | トラックバック(0)

誤字と誤植は江戸の華(挨拶)。これに誤訳を加えても良いのだが人間の世からなくすことはできないわけで、そのへんは読む側で適宜なんとかするものだと思ってます。大学に入ってすぐ受けた演習で、課題図書について「読んでわかんないなと思う箇所はほぼ誤訳だから無視してよろしい」(要旨)と言われたときはさすがに動揺しましたが。ちなみに言ったのは師匠、言われたのは、最近岩波文庫で新訳の刊行が始まったあの本です。

その一方で入試だと「一言一句の誤植も許さない」なんて雰囲気で繰り返し繰り返し校正させられるわけです。そりゃまあ不等号の向きが逆で答出ませんなんてえのについて正しい設問は何だったか推測して解答することを受験生に求めるわけにもいかないのは理解できますが、論文だの小論文だので「回転」が「回軽」になってたって読めないわけはないわけで。これで読めなくなるような人間はそもそも文章読解力が根本的に不足している、ついては公表されているこの試験で何をチェックしているか、どういう能力を求めているかみたいな文書に「誤植にたじろがない強い心」と書き足せばもう校正しなくていいんじゃないだろうかと提案してみたのですが、「それで誤植がなかったらどうする?」と返されました。そうきたか〜。なお例は架空のものであり以上はあくまで一般論です。

本の山

| コメント(6) | トラックバック(0)

……4000冊って、多いか?(挨拶) いや、「劇的ビフォー・アフター」という番組で「夫婦共に大学教授」の「本に埋もれた家」のリフォームをやるというので録画して見てみたところ、蔵書4000冊・運び出したら100箱以上というのですごいすごいと表現されているんだけど、そうかねえ。私が名古屋に引越したときの荷物がだいたい100箱で、家電も家具も名古屋で買ったからそのほとんどは本。実家に残した本も相当あるし、いまこの瞬間の私の蔵書を数えただけでもそのくらい行きそうなもんだと思う。で、私の場合は研究に関係する本はほとんど研究室に(たぶん二千数百冊、理論系なので歴史系の先生なんかに比べればかなり少なめ)、そうでない本は自宅の本棚部屋に放り込んである。ご夫婦とも専任教員らしいから「大学の研究室はどうなってんですか?」と聞きたいところもある。どうなってるんだろう。

カンボジアに行ったこともあって、クメール・ルージュ関係の本を図書館で借りてきて読んでいる。以前からベトナム戦争については気にしていて、それがわからないとこの地域の歴史はわからないと学生にも話してきたのだが、いわばその陰画であるラオス・カンボジアの側についてはきちんと押さえていなかった。とにかく結果については悲惨の一語であって、何がその原因だったのか、どこで誰がどうすればその悲劇を防ぐことができたのかといったようなことを、もちろん歴史は逆回しにできないので今から詮ないことではあるのだが、どうしても考えてしまう。そんな中で気になったエピソード。

2013年12月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Monthly Archive

Webpages

Powered by Movable Type 5.14-ja