原稿: 2012年アーカイブ

選挙

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出ました。大屋雄裕「何のために選ぶか:選挙の制度と思想(特集:選挙制度を考える)」『Voters』no. 11、(財)明るい選挙推進協会、2012/12、pp. 4-5. 選挙のために刊行スケジュールが早まって校正締切が前倒しになるという事態に自分が巻き込まれるとは思わなかったなあ。

その選挙の話。選挙公報程度は見ているのですが一番楽しかったのは日本共産党の候補者のもので、「政党が離合集散のなか1世紀近い歴史に試された党」とか自慢しているのだが伝統を誇る革新政党ってなんだ。科学的社会主義(理性的・科学的にぼくたちの言っていることは正しいんだよ)なんだからバーク流の時効理論(人間理性には限界があるので歴史の試練に耐えて生き残ったものを正しいと思うしかないよ)とか掲げてちゃダメだろう。

まあ革新陣営の伝統芸能化というか、守旧を掲げる「革新」と変革を呼号する「保守」という日本政治のねじれ現象を体現しているようで非常に興味深く拝見いたしました。はい。

このかんのおしごと

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とかやっているあいだに以下のものが刊行されました。Takehiro Ohya, "Is There Any Need for the Judges to Go Further?: Comment on Cass R. Sunstein, Beyond Judicial Minimalism", Yasutomo Morigiwa and Hirohide Takikawa (eds.), Archif für Rechts- und Sozialphilosophie, Beiheft 132 "Judicial Minimalism - For and Against: Proceedings of the 9th Kobe Lectures. Tokyo, Nagoya, and Kyoto, June 2008", Franz Steiner Verlag / Nomos Verlag , 2012/11, pp. 45-50. いつの原稿だよと思う人がいるかもしれませんが私もだよ。イベント自体がちょうどオバマ初当選前後の時期だったので、サンスティーンさんは「これから忙しくなるから......」といって我々のコメントへの応答を急いで仕上げてくれたらしいのですが(ええ人や)、だいなしですな。

もう一件、原稿を書いて送ったら衆議院が解散総選挙になったので校正締切が早まりますという驚異の原稿があったのだが(なぜに法哲学者がそのような世俗のスケジュールに巻き込まれているのか)、これはいつもの通り掲載されたら詳細を書きます。

どうなのか。

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というわけでここに書いたものでした。大屋雄裕「民主政と銀の弾丸」α-Synodos vol. 111 (2012/11/1)。しかし購読していないので自分では読めないという罠(いやそれがそもそもどうなのという話もあるだろうが)。

もう一本、こちらも出ています。大屋雄裕「功利主義と法:統治手段の相互関係」日本法哲学会編『功利主義ルネッサンス:統治の哲学として(法哲学年報2011)』有斐閣、2012。昨年学会での功利主義祭り統一シンポジウムで報告した内容をもとにしたものであります。なおこちらも、私自身は今年の学会会場で受け取ることになっておりますので自分ではまだ見ておりません。混乱防止のためにこういうシステムにしましょうね、という制度改正には私も責任があるので文句を言うわけにもいかず。ページ数はあとで補足しておきます。

どないやねん。

責任範囲ふたたび

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というわけで「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」でインタビューを受けたものが公開されました。前編「議会民主主義の制度は、「人民の考えはけっこう間違う」という前提で設計されている」と後編「誰にでもできるような方法でしか発信しない人の意見は、政策に反映されない」。以下は当該インタビューに対する反応に関する若干のフォロー。

責任範囲

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Synodos経由のインタビューが掲載されたりしているのでBLOGOSをちらちら見ていたところ「朝日がクズなのは周知の事実」という惹句のついている記事がありわあすげえ断言っぷりだのうと思ったら自分だった件について orz (挨拶)。

いやまあ字数の制限もあろうことは理解するが私は「週刊朝日がクズ雑誌なのは周知の事実」と書いたのであって、朝日新聞本紙とか朝日新聞出版全体については何も言っていないわけである。実際には本紙と週刊朝日的なものの微妙な距離なども指摘しているので、こうまとめられると困ったなとは思うところ。

変わる時代の(後)

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形式的な面に触れておくと、誤植は散見される程度であってまあページ数が多いことを考えれば仕方ないかと思える範囲内なのだが、どこからどこまでが引用なのかをフォントの違いだけで示していたり(この本からさらに引用しようとすると結構困るのではないか)、引用か要約かが判然としない箇所があったり(対象は判決文なので著作権上の問題は生じないが)、文献引照の方法が場所ごとに統一されていない(ページ数の範囲を示すか、「○○ページ以下」で済ませるのか)など、どうなのかという点が相当ある。

弁護士さんたちの書いたものだからということでそのあたりは信頼してしまったのかもしれないのだが正直彼らは論文とか本を書く専門家ではないのであって、それは我々が訴状書けないのと同様。出版社の側で適切にフォローすることが必要だ、ということを編集さんの方がよくわかっていなかったのではないかとの印象を受ける。

なんでも本書はこの出版社を設立してはじめての刊行物だそうであり、おめでたいことであるとは思うがもうちょっとちゃんとしようよと、そう思ったことであった。

変わる時代の(前)

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掲載されました。大屋雄裕「変わる時代の、変わらない視野(日本弁護士連合会『デジタル社会のプライバシー:共通番号制・ライフログ・電子マネー』(航思社、2012)書評)」『図書新聞』3069号(2012年7月7日)、図書新聞社、2012、5面。なお最終部において「我ら国民がそう望むなら政権のあり方もそれが実現するものも変化する」と書いた上でどのように変化したかを語っていないあたりに春秋の筆法を読み取っていただきたい

当然のことではあるものの紙幅には制限があったので、そこで書ききれなかった点について以下で多少補足を。

というわけで「ニコ生トークセッション あなたは見られている? ~ここまで来た!監視カメラ社会~」というものに出演してきました。萱野稔人先生が司会で、あと出たのは私だけか。なんにしろ初めてのことだったのでなかなか難しいな。放映中に視線が結構下の方に行っていたのは流れている映像+コメントの表示される画面が正面下にあったからで、まあつまりどうしてもモニターか話している相手を見てしまってカメラ目線にならない。アナウンサーとかやっぱり訓練されているのだなとか思ったことでありました。

法整備支援。

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4月の血液検査の結果が出たのですが、前回ウズベキスタンからの帰国直後に受けた採血で従来から1ケタ跳ね上がっていた中性脂肪の値が2ケタ下がっておりどうなってるのこれ(´・ω・`)。

ところで割とやくたいもないことをちょこちょこと書いているのは何かというと長らく懸案で引っ張っていた原稿が一件、ようやく一応脱稿したからであります。「法整備支援:立法システムの立ち上げ」、詳細はいつもの通り掲載されてからということにしますが、無事にacceptされるかは予断を許さないのであった。しかしまあとりあえずこれでチキンレース脱却、と。

そして次の原稿のことを考える前にまたしても本部の地下に軟禁される運命が。いまはただ短い夏を楽しんでおきたいと思います。

書評一本

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というわけで書評を一本書き終わりました。「変わる時代の、変わらない歌」で、詳細はいつものように掲載されてから。しかし無事に掲載されるかな、これ。自分でも疑わしい。

ダウンロード犯罪化問題についてごく簡単な記述に留めたのはこの原稿以外にも研究会報告だの論文だのの債務を抱えているにもかかわらず、二週間くらい前からひどい喉風邪をひいて難渋しているからです。医者にも見てもらって一週間くらいは療養を重視していたのですが、その期間内にも講義一日三コマのあと打ち合わせに2時間かかる事件とか地下会議室に拘束されて一日中報告書を修正させられる事件とか「霞が関に書類持っていくから最新版に更新しておけ、あ、明日中な」事件とかがあり、治るかこんな勤務状況で。なお今年も連休はない模様です。(5/15公開)

というわけで帰国早々ですが小さいシンポジウムでパネリストやってきました。「徹底討論 「暴力とナショナリズム──国家・暴力・自由」第2回」(ばいぶん社)ということで、パネルは宮崎学氏・萱野稔人氏と私であります。いや自分でもわりと酔狂な人生を送っているような気はするわけですが、お仕事の依頼は基本的に断らない方針にしているのです。

内容的にはいろいろなことをお話ししたのですが、特に刑事政策に関する対抗関係の不在と、自己決定・自己責任という論理抜きに・当事者以外の立場からの感情的な介入が増えていることを指摘しました。後者への危機感というのはパネリストに共通するものだったのではないでしょうかな。基本的な構図としても、国家に支配への欲望があってそれに迎合してしまう市民がいるというものよりは、むしろ市民の側に安全・安心確保への強い欲望があって、むしろ国家が自己の利害を超えてそれに引きずり回されている側面が強いのではないかと、そう思っているわけです。

リスクとその対処

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年末にウズベキスタンから戻った直後に受けた血液検査の結果が出たところ中性脂肪の数値が一ケタ上がっていて(本気で約10倍)、お医者さんから大目玉を食らう(挨拶)。やはり海外出張は健康に悪いというまとめではどうか

さて以下の業績が公刊されております。大屋雄裕「リスク社会における警察政策:新しい規制手段のもたらす課題」警察大学校(編)『警察学論集』65巻2号、立花書房、2012/2、pp. 42-65. 昨年夏に三重県警で担当した講演を元にしたもので、(1) 危険への対処からリスクへの事前対応へと警察に期待されるものが変容していること、(2) そこでリスク評価とリスク認知のズレという問題が深刻化してくること、(3) 対応としてのアーキテクチャの活用とそこに潜む問題点、などを中心に述べました。基本的に講演ベースなので読みやすい、のではないかと希望。

またこの間に以下のものが公刊されております。大屋雄裕「自由と規制:監視、アーキテクチャ、責任から考える (特別シリーズ 現代を生きる 第16回)」『TASC Monthly』2011年12月号(no. 432)、(財) たばこ総合研究センター、2011/12、pp. 14-19. こちらはインタビューを元にまとめていただいたものですが、もちろん原稿は私がチェックして修正しておりますので、内容に関する責任は私にあります。「健康増進法ってどう思いますか?」「キライです」というインタビューの際の応答が基本的な方向性を示しているかとは思います。

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