原稿: 2010年アーカイブ

このごろのわたくし

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朝イチから学部の会議→丘を登って全学の会議で昼までつぶれるとか、気が付いたら一日本部でしか勤務していないとかいう自体が多発しており、自分の教員としてのアイデンティティにすら危機を感じる日々。ちなみに今日も朝から終日会議他の行政案件で、拘束されていなかったのは昼の1時間だけだあっはっは。

そんななかでもちゃんと書いたものが出ました。大屋雄裕「岡崎市立図書館問題から考える:完全の追求 潜む危険」『朝日新聞』2010年11月11日夕刊、名古屋本社版7面。まあ短い記事ですが、刑事法的側面とかではなく(当たり前でそういうものは刑法の先生とかにお願いしないといけない)近代における「強い個人」と「弱い個人」の問題との関係に焦点を当てたものです。

今回は文章にもほとんど注文はつかなかったし、やりとりもメイル中心だったので、やっぱり記者さんごとの個性が強いんですかね、仕事の進め方に。

アジアの法と社会

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なんか今年も開催されたので行ってきました。第3回2010高校生向けセミナー「ASIA アジアの法と社会について考えよう」(主催:名古屋大学法政国際教育協力研究センター、共催:名古屋大学大学院法学研究科、後援:愛知県教育委員会・名古屋市教育委員会)。なんか今年は30人近くの参加申込みがあったらしく会場が(サマースクールに続き)大混雑でしたが。不況でみんな進路について真面目に考えるようになっているとか、そういうことなんかな。

というわけで喋ってきました。大屋雄裕「法整備支援と日本の経験」国際シンポジウム「『法と開発』をめぐる日本・ブラジルの対話」基調講演(主催・「『法と開発』をめぐる日本・ブラジルの対話」実行委員会、名古屋大学大学院法学研究科/GSID/CALE)。なんかその担当者に「報告してください」と頼まれてOKしたもののモンゴル出張とかG30関係の事務とか追加とかおかわりとかで忙しくて忘れていたところポスターが張り出され、ああそういえば俺これ出ないといけないんだなあと思ってよく見たら基調講演(50分)とか書いてあったのであわてて準備しました。なおもう一人の基調報告者がブラジルから来ていただいたオスカル・ヴィエイラ教授で、ジェトゥリオ・ヴァルガス財団サンパウロ法科大学院という、大変に有名な学校の先生らしくいや君たち釣り合いとか均衡とか

リスク社会と法

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出ました。大屋雄裕「ホラーハウス/ミラーハウス:松原報告へのコメント」日本法哲学会編『法哲学年報2009:リスク社会と法』有斐閣、2010/10、pp. 93-97. まあ昨年の学会の際のコメントをまとめたものですが、前史としてはSynodosで話した内容が伏線にあり、ミラーハウスの話を(確か初めて)活字にしたのがポイントだと、そういうことでしょうか。学会では15分だったかのコメントなので、字数的にはごく短いものです。はい。

でまあこれはとっくに済ませた仕事が今になって刊行されたという話ですが、それ以外に(どちらも短いものながら)2本原稿を書き、30日のシンポジウムの報告原稿を書いていました。いやその普通私はレジュメ(+必要ならプレゼンテーション)だけを用意して聴衆の反応とかその場の雰囲気とかを見て調整しながら喋るのですが、今回はポルトガル語と日本語の同時通訳で進行すると言われ、多分それは通訳者の負担がすごく大きいはずなので可能な限り事前に渡しておこうと思って読み上げ原稿を用意することにしたのです。あれだなしかしこうやって他人の幸福に配慮するから私の仕事が減らないんだな。短いものは2本ともアクセプトされたようなので、詳細はまた刊行されたときに。

まず一本

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ようやく書き終わりました。タイトルが「情報倫理と法」というあたりが(いや相手からの依頼だから私の責任でもないのですが)タイミングいいなあ。書誌情報はいつものように実際に掲載されたら載せることにしますが、まあしかし基本的に一般の人が読む媒体ではない。

これで月末までにあと2本とシンポジウムの報告が1本です。しかしどれだけ働いたら気が済むのか私も。

呼ばれたので行ってきました。パネル討論会「「岡崎市中央図書館ウェブサーバ事件」から情報化社会を考える」(主催:ESD21(持続可能なモノづくり・人づくり支援協会))。会場は中京大学の八事キャンパスなので、あまり普段と代わり映えがしないな。パネリストは4名で、他はまあ図書館系と情報系の方だったので、法律系としての機能を期待されているのかなあと思ってみたり。いや実定法学者でもないので多分に不安が残るところなのですが。

情報と法と倫理

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頼まれたのでしゃべる。電子情報通信学会東海支部 一般講演会「情報ネットワーク社会における法と倫理」。内容的には情報流通構造の変化によって国家権力の統制不全が生じてきたという話、それを埋め合わせるように現れてきたアーキテクチャの権力の話、それが暴力の独占にではなく所有に基礎づけられているので権力行使主体が分散するという話をしたあとで、その権力の正統性を支える制度的な枠組というものを構想する必要があるだろうという話。「倫理」とか言いつつみんなの心がけがどうこういう話は一切しないわけで、それはまあそういう話は宗教とか道徳でするのだろうが社会科学者としては特定の心がけが重要なら重要でそれを組織的・継続的に確保する社会制度とかの話にしないと意味ないですからなとかどこにともなく石を投げてみる。

というわけでサマースクール「アジアの法と社会2010」(主催:名古屋大学(大学院法学研究科・CALE)、法務省法務総合研究所、(財)国際民商事法センター)で講義してきました。大屋雄裕「制度構築の理論」。内容的には昨年と同じで、主観主義的な権力理論を背景に「法律を守る」「守らせる」というのはどういうことであってそれを実現するには何が必要なのかということを分析してみました。

自由への問い

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出ました。大屋雄裕「自由か幸福か、あるいは自由という幸福か」加藤秀一(編)『自由への問い8 生:生存・生き方・生命』岩波書店、2010、pp. 195-217. 最終巻ですな(編成でも刊行順でも)。

内容は個人攻撃です。というか正確には安藤馨のような統治功利主義を我々が受け入れざるをえないのか、一定の限界線がそこにあるのかという問題を考えたもので、『自由とは何か』の最後の部分でフィクションとしての個人というコンセプトに私が執着した理由がどこにあるのかをやや詳細に論じたものということになります。

でただその、「おまえの議論は神の視点である」というのが安藤氏本人にとってダメージと感じられるわけではなく(多分「そうですがなにか」で終わり)、逆に私の反論というのも(『法解釈の言語哲学』の基礎になっている)唯我論的な反実在論に依存しているので、結局ぐるりと回ってお互いの立脚点と議論の地平を確認しましたという話ではあるのですよね。「ねじれの位置」というかね。まあそのあたりを含めて味わっていただけるといいのかなとは思います。はい。

現代フォーラム

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今回も呼ばれて行ってきました。吉城高校第13回現代フォーラム2010「いま尊厳死を考える〜この生をどう生きるか」。まあなんだ昨年のテーマよりは本来の専門に近いな(参考)。同高校の図書委員会が主催で、賛成側・反対側に分かれて3人ずつの生徒さん(今回は反対側のお一人は先生でしたが)が意見を述べ、私はそれに対する講評と講演が担当とまあそういうシステムです。

WEBRONZA

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というわけで、朝日新聞が始めたところのWEBRONZAに文章が出ています。大屋雄裕「参議院の制度と《制度》」。シノドス・ジャーナルの方なのでタダで読めますからどうぞ。ポイントのひとつは「議会も法規に従って運営される行政機関である」ということで(いやもちろん行政府の一部ではないわけだが)、立法府の行政法的分析ができますよという話。このあたりが近時の「立法学」の流れにつながってくるわけですな。

もう一つは結局「政治主導」ってなんだったのかなあという話ですが、まあ今回選挙の結果とかと照らし合わせると趣深いよね。もちろん私は選挙結果を見る前にこの文章を書いていたのでそのように。

愛知法理研究会

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呼ばれたので喋ってきました。大屋雄裕「アーキテクチャ論の次の課題:国家と法の再検討へ」。愛知法理研にも結構ご無沙汰しているので――というのは二~三週間前に言われても私の土曜の予定なんか押さえられるわけがないだろうという事情が結構大きいわけですが――まあ不義理の埋め合わせくらいしようという趣旨も込めて、『自由とは何か』でやったアーキテクチャ論の話と、その延長ないし発展として最近どういう仕事をしているか、さらにどういう方向性を今後考えているかという内容でお話ししました。

まあ内容的には、3月末までに出した二本の原稿で論じたことが中心になります。アーキテクチャ概念を(まあこの点は安藤くんに批判されているわけですが)広く捉えた上で他の統治手段と並行的に・総合的に位置付ける方向を探り、さらにそれと国家・法の関係を議論するということになるでしょうか。片方はそんなに遅くならずに刊行されるのではないでしょうかな。もう校正来たし。

4月終わる

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58日でめでたく終りました。大屋雄裕「配慮の範囲としての国民」。まあ例のごとく、書誌情報は実際に刊行されてから。内容的には、第一に政治参加する「国民」とそれにより形成された国家が配慮すべき範囲には実のところ大きなズレがあること、第二に従って特定の配慮を提供すべき範囲を論じるためにはその根拠となるべき属性とのrelevanceについてきちんと議論する必要があるところ、さまざまな事情から我が国においてはこの点が曖昧に残されていること、第三にそこで取り得るいくつかの立場について区別することを試みたものです。本当はこういうのはグローバル・ジャスティスとかに関心のある正義論の人が論じるといいんじゃねえかと書いていて思いましたが、まああちこちで喋ったことの責任は取らなくてはなるまいということで、ひとつ。

まにあう

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今年もなにごとかのために連休が消し飛んでいたわけですが、それでも急ぎの仕事を一本は片付けていたわけです。大屋雄裕「ホラーハウス/ミラーハウス――松原報告へのコメント」。タイトルを見ただけでわかる人にはどこに出るかわかるわけですが去年の11月からわかってたか。まあ刊行は今年の11月ですから、書誌情報はまたその際に。

もう一本

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3月末締め切りというのは4月1日営業開始時刻までセーフに違いない(挨拶)。というわけで、大屋雄裕「情報化社会の個人と人権」。まあなんかその頼まれた方向性と出来上がった内容が違ってるような気もするので、先方でどうご判断されるかだわなと思いつつ、とりあえず私は義務を果たしたということでひとつ。

自分でも悪い癖だとは思っているのですが、なにせ原稿を書くモードに入ると執筆と気晴らし以外の活動がしたくなくなるので、世俗的な用件に対する反応が極度に悪くなります(気晴らしはしているので別に四六時中真面目に仕事をしているわけでもないのですが)。二本まとめて終わらせてさすがに多少は余裕が出ただろうと思うところもあり、いい加減ほおっておくとまずそうな俗事がたまっているような気がすることもあり、この週末くらいになんとか片付けておこうと思う所存です。つうかそうしないとすぐにまた次の締切がね

ようやく一本目

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大屋雄裕「自由か幸福か、あるいは自由という幸福か」。題を見ただけで、わかる人にはどこに出るものかわかってしまう気がしますがまあやはり正確には刊行されてから。先様がこんなんじゃダメだって言うかもしれないしね。いやしかし難渋しました。その理由は出たら読んでいただければわかると思いますが、まあ私なりに努力してみましたということでご容赦いただけると幸いです。でもまたA藤くんに怒られるんだろうなあ。

長岡行き

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P3150619.jpg「UD教育プロジェクト」が主催する第5回国際連携教育シンポジウム「国際連携教育とユニバーサル・デザイン」というので喋ってくれと言われたので行ってきました。会場は長岡技術科学大学。いろいろ考えたのですが(米原回り北陸本線とか高山本線富山経由とか)日程も詰まっていたのであきらめておとなしく新幹線東京乗り継ぎ。乗り換え前後がちょうど100分ずつくらいの見当ですかね。まあちいと遠い。

P3150616.jpg東海道新幹線には乗り慣れているわけですがJR東日本のは久しぶり、というか実は上越新幹線に乗るのこれが初めてじゃねえかな私。MAXときの、行きは2階席・帰りは1階席を選んで取ってみる。なんかこう、やっぱり微妙に天井が狭いですね。それにしても、高崎あたりまでは普通に冬の関東平野という風情だったのが、トンネルを抜けた途端に雪景色なのにはやはり驚きましたな。本当に『トンネルをぬけると雪国」なんだねえ、あれは上越線らしいですけど。雪というものにほとんど馴染みがないので(いや生まれたのは雪国のはずなんだが一切覚えていなくてですな)、多少おっかなびっくりです。

Research Excellence

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なんかグローバル30 (国際化拠点整備事業)の関係で「名大の研究状況を世界に向けて英語で発信するのだ」とか本部筋が熱を上げており、理系についてはNatureに広告記事を載せてもらったらしいですが、文系についても冊子を作って配る準備をするそうでまあそのつまり私また使われました。Research Excellence: The Humanities and Social Sciencesというパンフレットで、日本語版・英語版とも8から9ページに他二人の先生方と一緒に出ております。紹介記事としてプロのライターさんに書いてもらったものなので、取材の際に私が喋った内容などが反映していますが、私が書いた文章ではありません。なんかの行事の時とかに配るんじゃないですかね、知りませんが。

しかし本当にあっちこっちに出てきてるな。Research Excellenceを本当に追求するのならいい加減変な仕事に使わずに研究させた方がいいんじゃないですかとか、思わなくもない。(3/14公開)

P2250506.jpgというお金を文部科学省からいただいていたところ「報告会をするから発表しなさい」とのお達しがきたので行ってまいりました。いや本当は代表者わたしじゃないんですが公務のために大学を離れられない事情があるので代参です。あのお願いですから大学相手の行事を2月25日とかに設定するのやめていただけませんかね(挨拶)。

ジュリスト寄稿

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実用法律雑誌『ジュリスト』に原稿が載りましたよまるで法律家みたいですねというのは以前なら「ぼく哲学者だからさあ」という韜晦のつもりだったのですが最近は昨年の業績を評価して寄与した要因を分析していたり新しいプロジェクトを説明するための概念図を書いていたり会議で報告するプレゼンテーションを作っていたりして企画課のリーマンだよねえ俺という趣旨です(挨拶)。明後日からは営業に同行して出張だぞと。

というわけで、大屋雄裕「透明化と事前統制/事後評価」(特集:日本法の基層--分野横断的考察と分析)『ジュリスト』No. 1394 (2010.2.15)、有斐閣、2010、pp. 37-42. 内容は、昨年7月に開かれた「日本法の透明化」シンポジウムでしたコメントです。文中で「......という意見もある」云々というのは、特集冒頭にまとめられている同特定領域研究の検討から出てきた意見を指しているので、対応させてお読みください。いや、その部分がどういう形で公表されるのかわからなかったものでぼかした書き方になってまして、わかりにくかったら申し訳ない。

方向性としては、内閣法制局審査に典型的に現れているように事前統制に重点を置いた法システムというものを日本の特徴としてむしろ積極的に評価しましょうというスタンスで、最近留学生向けに作っている授業やその教材(日本の法システム)とも一貫した姿勢になっています。この観点からすると最近民主党政権が行なっている一連の制度改変はまったくそれを覆そうとするものになっているわけで(その評価は別の問題、というのは『ジュリスト』論文にも書きましたが)、せっかく書いたけどすぐに「2009年以降の状況」を説明するための別の章を作らないといかんのだなあの教材、と落ち込んでいるわたくし。(2010/02/16公開)

法整備支援連絡会

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大阪の検察庁に呼び出されました(誇張)。いや法務省の法務総合研究所というところが主催されている表記の会合に参加したところ会場が大阪高等・地方検察庁と同じ建物に入っている同研究所国際協力部だったというだけのことなのですが、しかし法総研のなかのひとというのはたいがい裁判官か検察官であり、かつ建物の警備体制が検察仕様なので(「用事のある階以外には決して行かないように」と釘を刺された上で会場のあるフロアと直結している階段を使う)、普段そういうお役所と縁のない私のごとき小心翼々たる人物としてはどきどきものなのですよ。はあどきどき。

会議出てるえらい人も多くて、以前の同じ会議の懇親会で某先生から突然☆野A1先生に紹介されたままどっか行かれるという目に遭ったことがトラウマになっております。なにを喋れというのか。今回からなんか食堂の業者さんが変わって夜の会合ができなくなったから懇親会なしという話になり、胸を撫で下ろすわたくし。いやこれで特別取調室とかの前も通らなくて済むしな

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