法哲学: 2007年アーカイブ

P1000298というわけでシンポジウム「より良き立法はいかにして可能か: 立法の実践・制度・哲学を再考する」に行ってまいりました。写真は会場の大ホールですが、150人以上ご参加とのことなのでまあ盛況だったのではないでしょうか。私自身は新幹線の時間の都合があってパネルディスカッション残り10分くらいの時点で退出してしまったのですが、議論も盛り上がっていたと思います。その大きな要因としては報告者の中に大変に喋りたがりサービス精神旺盛な方々が多数お見えになったことが挙げられると思い、何というか司会の井田先生のご心痛やいかにという感じだったのですが、お前もその混乱に拍車をかけただろうと言われると返す言葉もありません

帰還

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昨日名古屋に戻りました。とりあえず目張りからは解放されてクーラーが入るようになったのでなんとか生きていけます(まだ網戸がないので開け放せない)。もう数週間庭に出られないので洗濯物も室内に干すしかなくて、乾燥機が大活躍です。電気代がこわい。

9月1日に「より良き立法はいかにして可能か: 立法の実践・制度・哲学を再考する」というシンポジウムが開催されるそうです。主催は日本学術会議・法学委員会・立法学分科会、共催は師匠の科研費プロジェクトであります。「広くご案内するように」という指示が(師匠と違うところから)ありましたのでご紹介する次第。会場は乃木坂の日本学術会議・1F大ホール、9:30開場で閉会は17:00の予定だそうです。詳細は日本学術会議のイベント情報のページからリンクされていますが、ポスターはともかくなんで内容案内までPDFにするかねいったい。一部簡単にして文字に起こしておきますよと。

行為とその責任

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松文館事件について、同社社長の上告が棄却され第二審判決(罰金150万円)が確定したとのこと(Yomiuri Online)。関係各位にはいろいろ思うところがあるだろうが、私としては漫画が反社会的言論をもなしうる十全な表現媒体として国家に公認されたことを喜びたい。

病院にて

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まあ終わらなかったわけだが(挨拶)。土曜に上京して師匠の研究会で岩波講座憲法第1巻の合評会をやってもらい、というか師匠が編者でご自身を含め執筆者が4人も揃っていたので別に私のためということでもない。とにかく日曜に名古屋に戻ったら緊急通報が来ていたので急いで対処、月曜の午前に医者に行ってから出勤して最終調整を済ませ午後は医学部附属病院の某委員会に出席して3時間。軽く腹痛もあったのでわしの方が病人じゃという話ではあるのだが、まあこれでお医者さんが少しは働きやすくなるなら仕方ないのである。

「一般意思」

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まだ解放されない(挨拶)。ところで私が普段読まない新聞にこういう記事が載っていたという情報を目にしてついリンクを踏んでしまって不幸になる。ん〜まあこの方が法律について語るわりにはちっとも勉強しておられないという件についてはすでに述べているのだが、しかし本来のフィールドに近いはずの社会思想にまでここまで不勉強だとは思わなかったなあ。東京新聞から「【試される憲法】社会学者 宮台真司さん 国家操縦の『憲法意思』大事」。他の部分についてはまあそういう意見もあるだろうという話なのだが、問題は以下の箇所である。

ルソー(仏の哲学者)のいう一般意思だから、日本人の大半がそう思っている、と日本人全員が思えなければなりません。
それには、国民の八割が投票して八割が賛成するといった圧倒的意思が、示される必要があります。

いや一般意思に多数とか関係ないから。なお以下引用文は岩波文庫版の『社会契約論』(桑原武夫・前川貞次郎訳)より、カッコ内の数字はページ数であり、ただし用語を「意思」に統一した。

研究会報告

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研究室の名札が「准教授」になっていることに今日になって気付く(挨拶)。さて連休前に某作業に動員された結果として連休というものがろくに存在しなかったわけであるが実はまだ動員解除が下っていないので時間とか予定とかがどうにも自由にならないところ、しかし以前にお招きいただいた研究会があったので気晴らしも兼ねて喋りに行く。大屋雄裕「『公共性の法哲学』について」というわけで昨年出版された共著について政治学の方々の前で話すとまあそういう企画であった。

東京法哲学研究会

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というわけで4月例会で報告してまいりました。大屋雄裕「自由と責任:監視社会における「主体」の意味」。まあその、骨子は約2年前に日本法社会学会関西研究部会で報告したものとほとんど変わっておりませんで、図書館にこもって事実調べなんかをした部分が若干充実したかなと、その程度であります。あとどういう議論が敵であり、何を言おうとしているのかについては明確になってきたかなと。まあ端的に言えば私は明確な近代主義者なのですよ、はい。

何故かというと『公共性の法哲学』合評会であって師匠から君らの論文なんか弁護したくないから自力で何とかするようにと召集がかかったからである(一部捏造)。まあしかし合評会の中でも指摘されたのだが「公共性」というテーマは一応共通していても論者のあいだにかなりの立場の差がある論文集だったというのは事実であって、私自身も師匠の見解を批判しているので弁護しろと言われても困るのは当然である。なので好き勝手言いましたとかいう事態になると今度は私が困るのでまだ時差ボケの治らない体を引きずって出かけた次第である。なお治っていないのは多分に私がもともと宵っぱりだからであって、もとからバンコク時間あたりで生きている傾向が強いところ何とかニューデリーくらいまで戻ってきたかなという感じ。新学期までには日本に戻ってきたい所存である。さて。

1月13日・14日と開催された名古屋大学「法整備支援戦略の研究」全体会議において、「名古屋大学日本法教育研究センタープロジェクトの現状と課題」と題して報告を行なってまいりました。「なんで私」と思わなくもないわけですが、まあ他の先生方にはそれぞれ別の仕事が割り振られているわけで。

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