法哲学: 2005年アーカイブ

さて前エントリで指摘した問題に対してあり得る一つの対応は、笠井批判を撤回することである。自己奴隷化の否定は笠井的な主体喪失の論法によればよく、最低限のパターナリズムについては撤回するか、別の根拠から正当化を試みることにすれば良い。いずれにせよ自己奴隷化の論点において結論は一致しているのだから、森村の理論体系にとってそれほどの痛手ではない、ようにも思える。たとえ主体が最後のその瞬間まで存在していたとしても、履行されるときに存在していなければその意思は保護されない。主体なき行為は不能であるということに決めるのだ。

さて、前エントリでは森村・八島に共通する要素として、死後には保護すべき自然権の主体が存在しないから相続は否定されるという考え方を挙げた。実際に森村は『自由はどこまで可能か』において、相続とは結局財産の所有者に死後の財産処分に対する権限を与えるものであるが、意思のない死者は行為者たり得ないと主張している。そこで問題は、このような発想が(1)妥当な帰結をもたらし得るのか、(2)一貫性を維持し得るかという点にある。後者から考える。

以前に「リバタリアニズムによる相続否定論」と書いたところ「なんでそうなるのか」という質問(意訳)が来たので補足説明を試みようとしたところ結構めんどくさいので弱る(さらにその途中で余計にめんどくさい問題に気付いてしまいさらに弱る)。そもそも私自身はぜんぜんリバタリアンではないので説明に向いているかという問題があるのだが、まあ責任を取ることにしようと思う。

ちなみに何故いつもより早い時期に書いているかというとコメントに促されたからではなく、今年は正月がなさそうだからです。しくしく。

法哲学会レポート(1)

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某学校法人出身の私が来ましたよ(挨拶)。え〜わかる人だけ笑ってください。というわけで日本法哲学会ですが、なにしろ名大のシンポジウムに重なっていたり、そのシンポジウムの2時間で終わる予定のセッションが45分延長されたりしたので分科会報告以外まともに聞けていないわけですが。

え〜みなさま。わたくしこのたび、

「規則とその意味: 法解釈の性質に関する基礎理論」(『国家学会雑誌』連載)

により、

日本法哲学会 奨励賞(2004年論文部門)

を受賞いたしました。

ひゅーひゅーぱふぱふどんどんどん。(←誰も誉めてくれなさそうなので自分で盛り上げてみた(←激しい自己嫌悪に襲われている orz))

そんなもんあったんかと思われた方、今年が第1回です。それはえらいのかと思われた方、そういうわけで私にもわかりません。とりあえずこう、記念すべき第1回受賞者の栄を受けまして欣快に耐えないわけでありますが、え〜っと。

というわけで

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ハンガリー科学アカデミー法学研究所から6人の研究者をお招きして開催される国際シンポジウム「グローバル化における社会変動と諸法典の再編纂」で報告いたします。つうか日本法哲学会の開催日ですが。すいませんそういうわけですんで2日目の午前は欠席します。なんか義理を欠いてばかりなんで申し訳ない限りなんですがちなみにその日は学会終了後にも研究会があるのでトリプルヘッダーです。さらに報告は英語です。あっはっはっはっは。ふう。

というわけで無事帰国いたしました。ジュールにある大学の国際シンポジウムで1回報告するという話だったのが、着いてみたらブダペシュトにあるハンガリー科学アカデミーとカソリック大学で講演を2回するという話になっていましたが、まあ小さなことだきっとうん。

総選挙の結果はハンガリーでも報道されたらしく、あちらこちらで話題にされました。多少ですがウェブは見る手段があったので(2時間で3500フォリント(約2000円)もすんだよあのホテル。信じられん)私も結果を確認して腹を抱えていました。

さて今回の総選挙が違憲無効だという訴訟が起こされたという話(asahi.com)。このような解散は憲法59条で予定されていないから違憲だというのだが、まずでは条文を見ていただきたい。

Chief Justice Rehnquist has died (cnn.com). 調べ物をしていたらニュースに出くわして驚きました。まあ闘病中という話もあっていつ引退するのかな〜とは言われていたわけですが、在職のまま死去されました。享年80。

というわけで校務から逃避して久しぶりに法哲学者らしいことをしに行ったら地震でエレベータが止まってボアソナードタワーに閉じ込められました。俺が何をした(挨拶)。さてと。(2005.07.27記)

裁判員と陪審(1)

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金曜・土曜と研究会報告のために出張、今日も公務のために出勤でしたが何か(挨拶)。私の休日はどこだ、つうか我々は労働者になったのではなかったろうか。さて裁判員制度の話に関連してbewaad氏が再論しておられる(裁判員がめんどうで何が悪い)。コメント欄でも私の見解が扱われていたりするので応答と余計事を若干。

この問題についてそれほど強いコミットメントはないのだが、大筋としては皆様ご理解の通りに考えているというか、率直に言って「まあそれでよきゃあええがな」という感じである(*1)。少なくとも現代における徴兵制のようにパフォーマンス確保の面から見て有害無益(と言い切ってしまおう、とりあえず)な制度とまでは言えないと思う。個人的には「他者を裁く」という行為に権利として参加し義務として負担せよと言いたい気持ちはあるが、それだけを徹底させれば徴兵制もまた導かれることになろう。両側から考えると、まあ許容範囲か。

著作権・への意識

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P1000215.jpgぐふ屋発見。いえ私は見てなかったので ぐふ とか ざく とか何が違うのかよくわからんのですが。

さて水曜二限の一年生向け講義「法と政治の思想」の分担部分も先週で終わり、午後の教授会も流れたのでオフにできるかなと思ったのですが急遽お呼びがかかり、大学院多元数理科学研究科で行なわれた講義にゲストで出てまいりました。ええと要は数学科なのですが、大学入学以来すっぱりと縁を切った私に何用あってのことかというと科目名は「計算機数学」であり、つまりネットワークリテラシと著作権あたりに関する話をやるから補足しに来てくれという話でした。担当の先生と全学委員会でご一緒しているのですが、ええと、いいのか私で。まあその、折角ですから「憲法は私人間の行為に直接適用はされないんですね」とか「違法行為だからただちに悪というわけではないですね」とか法律家2Pモードでお話ししてまいりましたが。

睡眠3時間 + 講義4コマ + 会議2時間 = ⊂⌒~⊃。Д。)⊃ (挨拶)。さて珍しく師匠を擁護したわけだが、いただいた反応のうちまとめて応答した方がわかり良い話題があると思うのでこちらで書く。というのは絶対的平和主義が実効的であり得るのかという問題。bewaad氏からは「本当に今まで有効な絶対的平和主義運動は存在したのか」と問われ、一方きはむ氏からは軍隊が自己防衛のために有効なのか、「国家は国民を保護する為に整然と自らを解体する必要に迫られるケース」があるのではないかと問われていてはさみ撃ちである。まあこう、リベラルの宿命というか何というか。

pro aliis

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外耳炎は治りました(挨拶)。さて『論座』6月号で憲法を論じた諸論文が物議を醸しているようでめでたい。我が師匠・井上達夫の論文にbewaadさんが疑問点を指摘しておられ、「再反論をお伺いできれば幸い」とお書きなのだが師匠のTech levelを考えるに本人は読んでないのではないかと推定されるので、及ばずながら代参というか、補足を試みる所存である。本当はこの辺りの論点で対立しているところもあるので良い代弁者であるという自信はないし、内心を忖度する部分が多いのであとから本人に「そんなこと言ってないぞ」と言われる危険性も高いのだが、まあいいか。その程度のつもりでお読みください。

唯一者と他者

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Piled Higher and DeeperというComic Stripを半日読みふけってしまう。え~なにかと言うと略称がPhDと表記されるあたりで想像が付くかと思うのだがアメリカの大学院生(Grad)の話であり、しみじみと哀しい。といいつつ私自身はいまだかつて大学院生であったことがなく、つうかどうせ「博士が100にんいるむら」(via 日曜社会学)にそもそも入れてさえもらえないわけだが。くそう。

先日トラックバックされた きはむ氏がシュティルナーに関心を抱いているようだったので先方のblogに押しかけ、コメントで住吉雅美「交渉するエゴイスト」を薦めるついでに自分の論文を宣伝しておいたところ、本当に読んだ上に反論まで書いてくれてわあい。いや私あの論文はいったい誰が読んでるのか本当に心配でねえ。

2005.01.30 08:07:40 xxx.xxx.xxx.xxx Search: query for '拳銃強盗'

わあ、なんだなんだ。伊藤明弘だったら大好きですが多分そういう話ではないよねえ。

さてそろそろ頭脳労働者に戻りたいので(引越が済むまでは無理か?)リハビリをすべく情報社会学(若手)研究会へ。

縄文時代

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うわははは。憲法前文に「縄文の昔から、生けとし生けるもの一木一草に至るまで畏敬の念を抱いてきた」(bewaad.com経由、当代江北日記)ってあんた。徳島新聞によると自民党の憲法起草小委員会による文案にはそういう文面があるそうな。でまあ、当代江北日記のJonah_2氏いわく、「縄文時代から日本的“国民性”があったとする立場と立憲主義というのは非常に食い合わせがまずいと思う」と。ごもっとも。

雪の京都

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日本法社会学会関西研究支部研究会というところで「自由と責任――監視社会における「主体」の意味」と題して報告してまいりました。ええと、法社会学会に入っていないどころか学部・法社会学の単位すら取っていない人間なんですがいいんすかね(どきどき)。まあ幸い不幸にして同学会の理事会と日程が重なってしまったそうでお偉方不在の研究会となりました。

まあ内容は昨年の『思想』論文をベースにして責任論への拡張について論じたものでしてあまり新味もないのですが、新幹線を降りたらいきなり雪が降ってるとか、しゃべってる最中も窓の外ですごい勢いで雪が舞ってるとか、急にすごい天候でした。風邪が悪化するってば。

フォロースルー(1)

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風邪は徐々に軽快、といっても普通に枕をして寝ると痰がつまって苦しいので肩の下に入れてひとり気道確保しながらとかそんな状態ですが、まあ唾を飲んでも咽頭が痛まなくなったので腫れも引いてきているのでしょう(と思ったら夜に入ってまた腫れはじめるという)。

さていろいろなところで議論が盛り上がっているようで関係者としては欣快至極というか、まあ皆さん楽しんでくださいというか、そんな感じ。風邪で倒れていたせいもあって仕事のたまり具合が冗談じゃないというのもあり、私自身はこの問題にかなり興味を失っているからというのもある。すでにまあ論点は尽きたよねえと一度診断していることもあるのだが、帰国後にもう少しフォローして終わりかなと。まあその前に若干の補足を。

今日のおおやくん:自宅に帰還するやいなや新年初売りで購入した「メラミンフォーム端切れ詰め合わせ」を試してみたくなり、ちょっとこすったら思いのほか汚れがよく落ちたもので中途半端にやめてまだら模様のまま放置するに忍びず、結局洗面台と風呂場の床と壁と金具とシャワーを全部こすってきれいにしてしまう。つうかもう右手動かねえよ。●3点。

さて分科会報告では、昨年テーマであるフェミニズム関連の議論が印象に残った。

というわけで企画全体に対しては、何が争点なのかをうまく提示できなかったのではないかという印象を持っている。もちろんじゃあおまえどうすんだと聞かれると困るわけだが、フェミニズムにおける住吉報告のようにすがすがしい議論がなく、全体としてべったりした討論だったなあと。

たまたま入ったハンバーガー屋で停電に遭遇(2回)。新年早々これか……orz というか漏電か電力容量超過でブレーカーが飛んでんだから戻すだけじゃ直らねえってば>店員。さて、新春吉例で昨年11月に広島大学で開かれた日本法哲学会学術大会のレポートを(って来年も2ヶ月遅らせるつもりか……)。テーマは「リバタリアニズムと法理論」でした。

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