武力と日常(6・完)

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ところでさらに付け加えて細かい話を2点。いやこちらは本編の価値には一向に関わりのないことではあるのだが......

一つめは「蕨の粉」という話。中世に「武」の勢力が伸びていくことによって女性や老人のような弱者が圧倒されていったという、本郷氏のそれ自体はその通りだろうと思う指摘の文脈でこういう記述がある。

寡婦二人が蕨の粉を盗んだ。蕨の粉がどういうものかは分からないが、少なくともさほどうまいものとも、貴重なものとも思えない。働き手である夫を亡くした彼女たちは、小さな子どもを抱えてひもじさに堪えかねたのだろう。だが若者たちはこのことを知るや、寡婦の家に急行し、数人の子どももろとも、彼女らを撲殺してしまう。[1,136、強調引用者]

いやもちろん私は素人なので自信があるわけではないが、一般的に「蕨の粉」と言えばすぐに想起されるのはワラビの根を潰して水にさらして取ったデンプン、わらび粉のことではあるまいか。「わらびもち」の本来の材料であって、まあ砂糖と水を加えて加熱して練り上げるわけだが、大変に貴重な菓子であったともいう。その理由の一つはもちろん砂糖というのが貴重なものだったからだが、そもそもワラビの根に含まれているデンプンの量もたかが知れているのであって、クズよりも少ないので採取・製造に大変な手間がかかるとWikipediaにも書いてある。それでも無理やり取るからには貴重なものであるか救荒用の非常食かであって、まあ盗めば怒られるよなあという気が普通にする(殺すほどのことか、というのはさておいて)。

* * *

もう一つは米を食う量の話。こちらは東島氏だが、将軍吉宗の時代に江戸・深川で発生した洪水の被災者に対する幕府の救済事業について述べた部分。幕府の「入用帳」という記録を元に、たとえば被災直後に6000人分の粥を振る舞うのに要した米が8石、翌日夕に7000人分の飯を用意するのに14石といったデータを再現した上で、こう述べる。

さきほど握り飯一人前が二合だと計算したが、それはいったいどういうことだろうか。ご飯を炊いたことのある人ならわかろうものだが、一人で二合もの握り飯が食べられるだろうか。[2,177]

いや食うでしょう。ずうっとあと、20世紀に入っている宮沢賢治の「雨ニモマケズ」は「一日ニ玄米四合ト/味噌ト少シノ野菜ヲタベ」を粗食として表現している。戦前・陸軍の糧食規定でも一日三食それぞれ麦飯二合だそうで、合計すれば一日六合+汁物+おかず2回+漬物3回だそうな。もちろんこれは激しい肉体労働にあたる軍人の話なので、まああまり肉体的にたいしたことはしていなさそうな被災者とそのままイコールではないが、しかし朝夕二回の炊き出しで計四合だとこの時代の人たちなら普通の量じゃねえかな、という気がする。要するに江戸時代の日本人というのはおおむね米を食ってカロリーだのタンパク質だのを補給していたので、現在のように米以外の穀物や肉・魚などの副食類を大量に消費する食生活の感覚で考えてはいけねえのである

もちろん「データに七千人前とある人数は、あくまで幕府がカウントした人数であって、一人前として配られた握り飯の向こうには、もっとたくさんの被災者がいるのではないか。(......)一人前二合の飯が大盤振る舞いであるとは、必ずしも言えなくなってくるだろう」[2,177]という指摘はこの問題とは独立に正しいのだが、そもそも基本となる消費量が違うのだからいらない計算をしていることになるよなこれということ。

* * *

いやこうだからこちらは瑣末な問題に過ぎないし、まだシリーズのうち二冊を読んだだけでこういうことを言うのもなんではあるが、ええと皆さん食べることにあまりご関心ないですか?と聞きたくなるようなことではあった。おわり。

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またまたまた本郷和人先生について。 大屋先生が本郷先生の『戦いの日本史』(角川選書)という本を批判されている。この本は去年の11月に発売されたそうで、図書館の本しか読まない俺はまだ読んでない。 ⇒武力と日常(6・完) - おおやにき 一つめは「蕨の粉」という話。中世 続きを読む

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