武力と日常(5)

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あるいは東島氏は人々が負担している資源とは何かと反問されるかもしれない。そう思うのは、氏が秋葉原の駅頭に掲げられた「ここは公共の交通広場です。一般歩行者の通行を除き、使用することを固く禁じます。」という掲示について、以下のように述べているからである。

もしこれが当局の「お上の論理」を振りかざすためのものであったとするなら、ただ「一般歩行者の通行を除き使用することを固く禁じます」と言うだけでよかろう。ところがこのスペースは、かつてはストリート・ミュージシャンにとっては格好のパブリックな場所であり、人々はそこに立ち止まり、あるいは座り込んで彼らの芸に耳目をそばだてていた。(......)そこで登場するのが、「ここは公共の交通広場です」という奇妙な論理である。枝葉を落としてもっとシンプルに行こう。「ここは広場です。使用することを禁じます」というのがこの立看板の主文なのだ。私が思わず噴出しそうになった所以である。使用してはいけないのなら、それはもはや「広場」ではあるまい。「公共」性のカテゴリーは、この明らかに矛盾した文面を幾分説得力のあるものにするために導入されている一種のまやかし――否、まやかしというよりは、苦し紛れの思いつきであろう。[2,168-9]

すると、では東島氏は私がその広場に家を建てて住みはじめることも「使用」であり許容されているはずだと言うのだろうか。柵を建てて広場を囲い、他者の進入を排除したなかでお茶会を始めることについては、どうだろうか。

問題はこういうことである。何かが「公共のもの」「みんなのもの」であるためには、「誰かのもの」であってはならない。使用可能性が公共へと開かれるためには、誰かがそれを占有してはならないのである。従って「公共のもの」を公共のものにしておくために、すべての人はそれを使用しつつも占有しない義務、他者の使用を妨害しない義務を負うわけだ。

もちろん事態は程度問題である。私が広場の一角を歩いて通行しているとき、ちょうどその空間を・まったく同じ時間に通行することは確かにできないから、私は広場の一定部分を占有している。立ち止まり、荷物を下ろして整理していればより大きな占有が生じるだろう。これらが一般的には他者の使用を妨害しないとして禁止されないのであれば、ストリート・ミュージシャンの演奏も他者の通行を妨害しないのであれば禁止の対象にならないのではないか、と考える人もいるだろう。

だがこれは所詮、妨害が禁止されているという規範を引き受けた上で可能になる反論にすぎない。混雑が非常に激しければ、立ち止まりでさえ禁止しなくてはならない場合がある(私自身が経験したことがあるのは、ホーチミン廟の内部)。妨害にあたるかどうかは最終的に状況に依存するが、そのことと事前の指針として一般的な規則を示すことは矛盾しない。

すべての人が「他者の通行を妨害しない」という規律を引き受けて自己の行為を抑制するという負担を引き受けているとき、それによって生まれた「自由な空間」「公共の空間」を自己の欲望のために占有するのが(東島氏の称揚する)ストリート・ミュージシャンである。そのような態度を支えているのは、自由や公共性のある日常を作り出すために無数の「普通の人々」が負担しているコストへの無自覚、ということになろう。

念のために注記するが、程度問題なので他者の通行を妨害しないような音楽活動まで取り締まるべきだとは思わないし、取り締まらないほうが世の中が楽しくなるとも一般論としては思っている。しかし明確に妨害になっているパフォーマンスというのもあるし(実際に秋葉原で取締を受けたパフォーマーもいたはずである、わいせつ事例だが)、同所の歩行者天国をめぐるその後の展開などを考えると、あまり擁護する気にもならないところではある。

ここで問題は、本郷氏と共通する部分へ戻ってくることになる。一言で言えばそれは、自由で平和な日常の陰にあるコストへの無自覚だ。暴力なき社会は、暴力の除去ではなくその均衡形成によってしか実現しない。自由な社会は、他者の自由を侵害しない義務を各人が引き受けることによってしか(すなわち自由を自己規律することによってしか)実現しない。この社会の基礎にある根源的な暴力を忘却し、その上に成立した社会をあたかも本質的なもののように思い込むこと。その位置から暴力性を断罪することに対し、秩序維持のための暴力と切り離せない法律学の端っこにいる人間としては苛立ちを隠せないと、そういうことになろうか。あと一回だけつづく。

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