武力と日常(3)

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これと関連して、科挙はやらなかったのか、できなかったのかという問題もある。本郷氏は、「文が権力の安定に寄与する」という表題のもとで、こう書く。

東アジア社会では、その[「文」を鍛え直すことによって「武」の侵食を防ぐ]方法として、科挙が導入された。国家的な試験を行い、新しい才能を登用することにより、官僚組織の制度疲労を食い止めたのである。ところが、日本は遣隋使・遣唐使を派遣して科挙を知っていながら、取り入れることをしなかった。[1,137、補足引用者]

たしか一旦導入はしたんだけどすぐに廃れたんですよねというような話はご存知の上で簡単のためにこう書かれているのであろうから、措く。問題はつまりやる気があったらそのまま続けられたのかという点で、個人的には完全に無理だと思うわけですよ。だって字が読み書きできる人数が少なすぎるでしょう。

科挙というものが四書五経だのを通じて儒学の知識とリテラシーを測定する試験である以上、その前提として社会の一定数の人間が自分の(家の)負担においてそのようなリテラシーを習得している必要がある。より先進的な中国・朝鮮などの地域ですら、理論上ほぼすべての人(男性)にそのようなチャンスが開かれているとしても現実にリテラシー習得のための教育投資が行なえる層というのは限られていたわけだが、では律令制導入時の日本においてそれがどうだったかといえば絶望的な状況にあったと言うべきなのではないか。

乱暴に言えば、(1) 地理的に隔離されており、直接の軍事的侵略を受けにくかったこと、(2) その影響もあり、田舎すぎて先進地域の文化・社会制度の直接的な継受を行なわなかったこと(行なえなかったこと)が、イギリスと日本が大陸に対し相対的に独自の国制を築いた原因であろうということ。念のために言えば影響を受けている点も多いのであくまで相対的な話だし、独自と言っているだけでいいか悪いかの話はしていない。

しかしその認識を踏まえた上で前回までに述べたような武力観に立つと、本郷氏が「朝鮮半島では文臣が常に武臣よりも上位にあった。中国史を見ても、文の力は伝統的に強い」[1,138]と書かれるのに対してだからダメだったんじゃない? と言いたい気分にはなる。つまりどちらも欧米との遭遇以降の自律的近代化には失敗したと言っていいだろうが、その理由として武力の適切な位置付けを通じた組織化と統制ができなかったからというのは大きかろうと思うわけである。

中国社会では「良い鉄は釘にならない」と言われ、まともな人間は武力にならないと位置付けられてきたとされる。人材選抜のための科挙においても武科が周縁化され、冷遇されていたことが知られている。内乱や欧米勢力の侵略に対してこれらの公的な武力はまったく役に立たず、一部官僚が組織した私兵が活躍することになったが、それは当然ながら私兵であって公的な統制に服さず、やがて軍閥化して統治自体を崩壊させていくことになる。武力を「悪しきもの」「劣るもの」として公的な世界から排除したことにより、結局は「文」自体が滅びることになったということにはならないだろうか。

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