このかんのできごと

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またぞろ学内の肩書きが増えることが昨年末あたりにはすでに決まっていたのだが正式に発令もされないうちに準備作業で忙殺されており、先日など教授会に出ているあいだだけで3回本部から携帯電話に呼び出しがかかるという状況になっていた。ちなみに会議室から急いで出ながら私がもしょもしょと応答しているのを聞いて「先生もしかして出先でしたか?」と聞かれたりしたがその日その時間に法学部が教授会をやっているのは予定されたスケジュールであってですな。まあそういう情報も学部間・学部本部間で共有されないのが国立大学という組織ではあるわけです。

ところでその教授会から業績のリストと一式を出せと言われたのでどれこの際と思って研究棟のコピー機に付いているスキャナ機能(きれい)を使って過去に書いたものからひと通りデジタル化してみたり、新聞記事とかウェブ媒体とか広報記事とかいっぱいあって面倒なのでざっくり削ったリストを編集したりしていたのだが、それでもわざわざ「提出済み依頼原稿」欄を作って並べてみた趣旨というのは列席の方々にそれなりにご理解いただけたようであり、まあ楽しんでいただけたようでよかったのではないか。

なお同リストの作成後に同欄掲載5点のうち1点は刊行済み、2点は校正まで終わり、載せていなかった共著が一冊増えている(大屋雄裕「自由と規制:監視、アーキテクチャ、責任から考える」『現代社会再考:これからを生きるための23の視座』公益財団法人たばこ総合研究センター、2012/1、pp. 56-67)。「ざっくり削った」範疇に入ってしまうのだがα-Synodosで「成熟・反復・転換:政権崩壊後の三つのシナリオ」と題する原稿も載せてもらっている。

* * *

というわけで、まとめて何かをブログに書くというのも難しかったので読んだ本の感想などをtwitterでつぶやいてみるという実験をしたところ見事に著者ご本人に捕捉される。むう。以下がそのツイート。

このあと各項目について多少書いた内容を以下に再掲するが、特に「前者」とした武力に関する部分について著者としては気になられたようでありまあそりゃそうだな。お尋ねいただいたのに対して多少長くなるのでブログで書きますとご返事した。

前者。「対立」から中世史を読み解くという視覚から種々の戦争についても論じているが、攻めた側の戦略目標が実現されれば勝ち、そうでなければ負けと単純化している部分があり。攻めさせるということもあれば双方とも戦略目標実現に失敗というケースもあるよねえと。
後者。「カンタベリー大司教としての天皇」というのが最後の方に出てくる主張。国教会の首長はあくまで国王なんだから天皇と将軍の関係とは一致しないのではないかとも思うが、そこは議論の対象で評価が分かれるだろうところ。筆者自身もそれは承知だろう。
問題はヘンリー8世がカンタベリー大司教座を廃さなかったというあたりで、「カンタベリー大『主』教となるのは、ヘンリー8世の娘であるエリザベス1世の統治下」......ってこれ、英語に訳してごらんよ。
日本語だと違うように見えるが、原語はどちらもarchbishop。bishopの訳語がカトリック=司教、聖公会=主教と異なっているだけ。エリザベスのときにトップになったと言いたいのかもしれないがarchbishopはヨークにもいるし、カンタベリの優越は14世紀に確立している。
ローマから完全に切断されたということが言いたいのかもしれないが、ここで重要なのはそれが定着したかは別にして最初に切った(が潰さなかった)のはヘンリーだということのはず。それが引き返せなくなったのがエリザベス期だという話は、ここでは無関係。
本筋でないところでトリビアを披露しようとして、キリスト教用語の初歩でトチったということになろう。その道のプロでもちょっと横に踏み出るとこういうミスをしかねないわけで、他山の石としなくてはなるまい。
(と言いつつ、うかつなことを書き続ける私ではあるわけだが。なお以上、twitter連続投稿の実験。めんどうだということが判明。)

物事を簡単に済ませようとすると結局高くつくという教訓みたいな話だが、というわけで次回以降がそのお約束した内容になる。

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