研究職をめぐる問題

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山中教授のノーベル賞受賞が祝われた直後にiPS細胞の臨床応用を初めて実現したというニュースが報道されたところ、どんどん話が怪しくなっている件について(なお参考、「森口氏、iPS研究の詳細説明あいまい 朝日新聞も取材」asahi.com)。まあこの件の真相については追々究明されるのだろうけれども、正直言っておかしくなっちゃう研究者というのは一定の割合で出てくるのであって(自覚的に捏造するのであれ自分自身ではそれを真実だと信じる方向に行ってしまうのであれね)、その真偽を見抜く報道側の問題だよなとは思うところである。

ところでまあ一般論として言えば一部の研究者がおかしくなっちゃう背景にあるのは業績を出さねばならぬという強迫観念であり、さらに背景にある雇用の不安定さである。森口氏についてもこれまでの経歴に非常に激しい変遷があることが指摘されているが(たとえば参考、「「iPS臨床」の森口氏、資格は看護師 職を転々」asahi.com)、まあ研究者の流動性を高めることで業績を作る方向へのインセンティブを効かせると暴走する人間も出るよねということであり、もちろん逆に安定性を高めると給料だけもらって仕事しない人間が増えるので一長一短ということになる。繰り返して言うとだから流動性を増す場合に重要なのは業績の評価能力であり、そこが特にマスメディアに不足している点が最大の問題なんではねえかということにはなるが、指摘したいのは別のこと。

私自身も注意していなかったのだがこの8月に労働契約法が改正され、有期労働契約が5年以上継続された場合、労働者が申しこめば無期労働契約に転換しなくてはならないということに(来年4月以降)なるそうである。でまあ、森口氏のように流動的雇用しか得られていない研究者が従来以上に追い込まれることが確実に予測されると、そういう話になっている。

どういうことかというと、(1) 上記の内容は大学の任期制教員や研究員にも適用される、(2) 非常勤講師やRA・TAも含まれる、(3) 身分が変わっても雇用者が同一なら期間計算が継続するということが、厚労省の監修を受けて国立大学協会が示している見解で判明したわけである。しかし一般的に特任教員というのは安定的に雇用するためのポストがなく・一定期間しか保障されないプロジェクト経費で雇用してきたから「特任」にしているわけであって、申し込まれたからといって無期労働契約にする余裕などあるわけがない。もちろん違法行為をするわけにもいかないので、5年以上継続しないように有期労働契約を打ち切るということに、ほとんどの場合はなるだろう。

するとどうなるか。(1)より任期制教員であっても雇用を5年以上続けるわけにいかなくなるので、従来10年とか7年とかの任期を付けていたポスト(名古屋大学の場合、医学部の教授・准教授など)はすべて5年に短縮・再任なしに変更するか任期制自体を撤廃せざるをえないことになるし、3年任期・再任複数回可としていたようなポスト(外国人教員など)は再任不可にするか2年延長のみ可とすることになるだろう。いずれの場合も雇用の安定性は大きく減ることになる。

(2)より非常勤講師の継続雇用が問題になるため、語学の講義をかなり継続的に担当してもらっているような人、専任ポストを持たない「専業非常勤」と呼ばれるような人々の雇用も5年経過しないように打ち切らなくてはならないことになる。この人々の雇用はさらに不安定化するし、端的な収入減少も招くだろう。

また、(3)より大学院博士課程在学中にTA・RAなどとして雇用され・実質的には経済支援を受けていた場合、そのまま同じ大学の研究員や特任助教などとして採用すると連続5年を超える可能性が出てきてしまうため、追い出さざるを得ないことになる。一般的に「ポスドク」と呼ばれている任期付き研究職は博士号を取得した学生が常勤ポストを得るまでの「つなぎ」として使われてきたが、今後はつなげないことになったわけだ。もちろんポスドクのポストを与えることを重視して雇用期間を一旦打ち切る(クーリング期間)を置くこともできるが、この場合は最低6ヶ月・所属機関からは収入の得られない状態を作らないといけないことになる。どちらの場合も、博士後期〜ポスドククラスの研究者の経済状態は悪化することになるだろう。誰が得するのさこれ

そもそもこの改正、厚労省が作った広報チラシでも「有期労働契約とは、1年契約、6か月契約など期間の定めのある労働契約のことをいいます」などとあるように、1年以下くらいの短い契約が反復継続されて5年を超えたら一定の継続への期待を持つよねとか、安定的な関係として保護するに足るよねとか、そういう話であろう。しかし任期制教員の場合もとから「3年任期・更新可・通算10年上限」とか「5年任期・2年延長可」とか「10年任期・再任なし」とかそういうレベルであり、5年程度では反復的でも継続的でもねえわけである。基本的に常勤が原則だったために流動性が低すぎるという批判があり、問題解決のため特に短期の雇用制度を創設したのが任期制教員制度であるところ、それを一般的な派遣・契約社員などと一緒くたに扱ったために制度趣旨が完全に滅却したと、そういうことになろう。

しかしまあ厚労省が管轄している労働者全体のなかで大学教員や研究職が占める割合などごくごく僅かなわけで、これらの問題にそこからは気付かなかったとしても責めるわけにはいくまいよなとは思う。ええつまり言い方を変えると文科省は何やってたんだという話ではあるのだが。(10/20公開)

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●坂本正幸弁護士解説-改正労働契約法は大学にどう影響を与えるか(researchmap、2012年12月21日)  この法律は、任期付きポジションの少なくないアカデミアの研究職とも無縁でないとのこと。基本的に「有期労働契約くそくらえ」というスタンスの私ですが、それでもこの業界にいる者として知っておかなければならないと思い、読んでおきました。  この法律が必要なのは、個人が有期契約を良しとするかどうかではなく、労働者の権利を守るため、もっと言えば、雇用者に労働力が不当に搾取されることを防ぐためです(... 続きを読む

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私もずっと同じようなことを思っていました。森口氏がどうしてこういうことをしなきゃならなかったのか、そういう背景をマスコミが全然取り上げようとしないことに疑問というか不信を感じていました。確かに怪しげな話をいってしまうのはよろしくないのですが、それ以上にマスコミが真偽を確かめられないレベルで、しかも研究者がどういう状況にあるのか知らなさすぎるほうが問題と思います。

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