続・あるべき姿とその実現(前)

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ある研究会で、想定していた内容が大きく切り詰められた法改正案が省庁で作られてしまい、がっかりだがないよりはましなのかなあという話をされたので、「いやしかしその法案、通常国会を通過しますか?」とか聞いてしまいましたのこと(挨拶)。なお今回の案件とはまったく関係のない分野の話な。

さて前のエントリで障害者自立支援制度改革の問題を扱った竹端寛氏の論考を扱ったところ、同氏のブログで言及されていた(「悪い冗談であってほしい・・・」)。結論としてはしかし、こちらとしては「誤読」と評価したいところが二点あるほか、当方の言及に対する評価からより大きな問題が明らかになったなあと考えるところであるので、以下に述べたい。

まず「誤読」だと思う第一点は、同氏の言うように私が竹端氏の主張を「所詮理想論」と評価したわけではないということである。エントリ冒頭において私は、「この分野の現実的な問題に関する知見も知識も十分にはなく、従って具体的な制度改正の方向性の次元でどちらに理があるかという点は判断不能である」ということを明確にしている。つまり竹端氏の支持する改革は非現実的だと言ったのではなく、現実化可能性に関する議論が欠けていること(かつ端々からその議論が必要だという意識が欠けているように伺われること)が問題だと指摘したつもりなのである。

第二点は、まあこれはどうでもええと思われるかもしれないが「後者の方のように、ドラえもんの空想だ、とまで批判されるのもどうかと思うが」と書かれている点で、つまり「そらをじゆうにとびたいな」と空想するのはドラえもんではなくのび太くんとかの方である(作品としての『ドラえもん』だと反論するなら二重カギ括弧が必要である)。そして仮にドラえもんがいればタケコプターを出して実現してくれるので、この希望は実現するだろう。要するにこの時点でそれは実現可能性を問題にしていない美しい理想だというにとどまり、実現不能な空想だということまでを含意しているのではない。私は自分がドラえもんではないと知っているので「できねえよ」と答えるに至ったが、竹端氏はいや人間の力でもできると答えてもよいし、ドラえもんはいるよと答えてもよい。しかし結局出てきたのは制度改正がいかに必要であり重要かという反論で、現実化可能性についての応答がなされなかったということは、結局竹端氏はこの二つの次元の違いを理解ないし認識していなかったのではないかという私の疑念をさらに強化するものであった。

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そこで「より大きな問題」に移ると、それは同氏が私の「できねえよ」「制度改正ナメてるだろ」という表現を感情の吐露とか「感情論」と評価する一方、「現在でも暮らしに多大な制約を受けている人が現に存在している」ことをそれに対する現実と位置付けておられる点に示されている。

まず指摘すると、制度改正が大変だというのは多大な資源が必要になるという現実の問題であり、感情の問題ではない。法令のように紙に書かれた制度を変更するまでについても、(1) まず誰かが相応の時間と労力を費やして改正原案を作る必要があり(法令の場合には大概所管省庁の官僚)、(2) 法律・政令の改正であれば内閣法制局の審査を受ける必要があり、(3) 国会提出後に十分な審議日程を確保して可決・成立に持ち込む必要がある。このうち従来かなりハードルが高かったのは(2)で「1条3時間」と吹聴されており、千数百条の改正法案となった年金制度改革の際に本当に数千時間かかったかは確認していないが、それでも担当の官僚が内閣法制局に朝から晩まで相当日数詰めて審査を受けるハメになったと聞いている。さらに現在は冒頭でも書いた通り(3)が問題で、内閣提出法案の成立率が90%水準だった自民党政権時代とは違い、現在では30とか50とかいう数字なわけである。どちらが規範的に望ましいかという話はさておき、きちんと与野党で合意形成できるような内容にして会期冒頭に出しておいても成立が見込めるかわからないという状況で、パラダイムシフトにつながるような大きな内容を盛り込んだものを成立させる余裕があるのか、いやそこは政治的意思決定としてやるのだという話になったとして、そのために費やす審議日数、あるいは野党から合意を得る代償として差し出すつもりの政治的リソースのあてはあるのかという問題になる。

さらに言えば、これは前のエントリでも書いたことだが現実というのは紙の上の文章を書き換えれば変わるというものではなくて、その制度の運用に関与する人々の行動様式を変える必要がある。そのためには規定改正の内容を告知・広報し(ここで広告・宣伝・パンフレット作成・印刷・ウェブサイト構築......の予算と行動時間が必要)、現在その分野で働いている人々の知識・能力水準を変化させるか(ここで研修などの開催経費や人々がそこに出席するための日程的な余裕が必要)、人数が足りない場合には新規に確保し(ここで短期的な給与から社会保障経費から長期には退職金の目当てまでが必要、もちろん一定の待遇で来てくれる人数が本当にいるかという点も問題になる)、利用者側にも制度変更の内容を周知して新しい行動様式を持ってもらうことが望ましい。

そしてこれらはすべて現実的に一定の人数・日数・金額が必要だという話であって、感情とは関係がない。さらに言えば制度改正とは一般的にこういうものであって、元の制度が「継ぎ足し継ぎ足ししてきた老舗の醤油」かということとも関係ない(付言すれば継ぎ足ししながら使うのは普通タレとかツメとかカエシであって醤油ではない、という気もする)。いや将来に希望が持てるような改革であれば現場は混乱しても熱意によってがんばりますという話もあったが、熱意があっても補給のない軍隊は負けるのだというのが前回の教訓であったかに思う。いい加減にそういうの卒業しようよというのが一つ。

ここで余計なことを言うと、外部経費を獲得したところで私が召集されるというのはつまりこのあたりの算段をつけろということで、「こういうことがしたい」とえらいひとが語った内容を具体的な規程改正案に変換し、法規係が難色を示せば問題を回避できるような限定なり解釈なり説明文なりを用意し、「やりたいこと」が可能な限りできるように予算編成を組み、というような作業をしている。その限りにおいて私は官僚制の末端に組み込まれているのであって、いや肯定的にそう書いてくれたのだとは思うが「官僚制の逆機能と闘いながら」とか評されるのは大きなお世話である。私としては、その位置で努力しないと現実なんか変わるわけないじゃんとは、かなり思っている。

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もう片方の「できねえよ」についても話は同じで、障害者制度についても竹端氏がお書きの通り大きな政治的決断はあったのだろうが、しかし現実に資源制約の範囲で実現できない政治的決断については、それが確実に存在したとしてもやはり現実化しないわけである。疑うものは普天間基地移転問題を見よ。「最低でも県外」とぶちあげた(当時の)鳩山総理の政治的決断は間違いなくあったがだからどうなったわけでもない、というか率直に評価すれば政治的決断によって現実的に実現可能な範囲でまずまず妥当だった案(理想的というつもりは毛頭ない)を潰してしまい、さらに政治的決断の結果が実現するという虚しい希望を振りまいた結果として、社会全体の利益を考えるとなんか最悪に近いところに落ち着きそうと、そういう気配であろう(念のために言うと、「一部の人を犠牲にして社会全体の利益が増える案」というのは、その犠牲が補償可能な範囲に収まる限りにおいては、増えた利益から犠牲になった人々への補償を確保するという処理が可能なので、「社会全体の利益が減少する案」より基本的にはマシである。本当にその補償が行われるかとか、犠牲に引き合っているかというのはまた別の話)。

別の言い方をすると、いやこれが極めて冷酷に響くだろうことは承知の上でしかしそういうところを改善してがんばる方向に行ってくれたほうがいいと思っているから書くのだが、政治的決断があったところで喜んで帰っちゃったところでもう負けなんだよね。しかも厚労省側が「「政治セクター」の判断を全く反故にするような工作を、総合福祉部会の最初からとり続けてきた」と認識していたのであれば(その認識が正しいかはさておいて)、それに対抗して「あるべき姿」を現実化するための努力を続けるべきだったんじゃないかという話。もちろん法令の文言を起こすようなことは専門の官僚でないと難しいということもあるのだが、そのもとになる改正要綱や制度設計の絵図面のレベルではがんばったのだろうか。骨格提言に対応する「厚生労働省案」がひどいというなら、その代わりになるべき制度整備案はまとめたのかな。

私の感覚では、官僚をはじめとする「役所のひと」が重視しているのは何よりも現実化可能性と説明可能性であり、言い換えれば「本当にそれはできるのか」ということと、「政治家とかマスコミとかにツッコまれたときに納得させられるか」ということである。そして以下は個人的な経験と詳細を書けない「人から聞いた話」をもとにした記述なので証拠を出せと言われても出せないし、信じるか信じないかは読む人の自由だが、役所のまとめた文書なり原案なりに不満があったときに修正してもらう一番確実な方法は、この二点を満たす代案を自分で作って持っていくことだ。もちろんそのためには代案が作成できる程度の知見や能力がこちら側にも必要になるし、世の中一般的には文書なりを出す締め切りというのがあるところ役所の原案というのはそのちょっと前にまとまるものであって、締め切りに間に合うように代案を作って持っていくには相応の苦労が必要になる。でも自分たちが希望するものを実現しようとするセクターって、その程度の苦労はしてるんだよね。つづく。

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