あるべき姿とその実現

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学部が大きな外部経費を二件立て続けに獲得したところ例によってというか予想通りというか召集されて規定改正の要綱とかを作っている件について(挨拶)。1%でいいからくれんかな私個人に。

さてまず私自身はこの分野の現実的な問題に関する知見も知識も十分にはなく、従って具体的な制度改正の方向性の次元でどちらに理があるかという点は判断不能であるということを前置きした上で、従って多分に茶々を入れるだけみたいなことになるのは自分も書いている媒体の原稿なだけに恐縮するところはあるのだが、しかし書いておいたほうがいいかなと思うところもあるので、書く。

というのは竹端寛氏の「障害者制度改革の重大な岐路」(Synodos journal)についてであり、2010年の自立支援法違憲訴訟和解案とそれを受けた2011年の総合福祉部会骨格提言に対し、今年2月の厚生労働省案が実質的な「ゼロ回答」であって大がっかりという整理はその通りかと思うのだが、がっかりの原因がどちらにあるかは両者に落差があってがっかりだというのとは独立に検証されるべき問題だよなということである。竹端氏の「何かを変える、と決めたのなら、「変えないための100の言い訳」を繰り出すよりも、「変えるための1つの方法論」を徹底的に考えるべきではないか。」というフレーズは極めて印象的であって、そうだよなと思う人は多かろうと思うのだが、他方「あるべき姿」として提示されたのがたとえば「そらをじゆうにとびたいな」だったとすればドラえもんでない我々としては「できねえよ」としか回答のしようはないわけである(念のために言うが竹端氏の論考公開と同日に最高裁判決の出た某事件に対する言及では、決してない)。

以前にRATIO所収論文で書いたことでもあるが、抽象的に「これっていいことですよね」と質問した場合にはそう大した対立は発生しないので、つまり税金が高いのと安いのとどちらがいいかと聞けば概ね安いほうがいいと言い、福祉が多いのと少ないのとではどうかと問えば揃って多いほうがいいと答えるわけである。問題は一定の資源の制約下ではこの二つの「あるべき姿」が両立しないということで、だからこそ現実的に可能な解をどのように制度化するかということが問題になるわけだ。

その観点から竹端氏の論考に、前述の通りこの問題についての知見が乏しいことを自認しつつどうにも違和感を禁じ得ないところが一点あり、それは制度改正直後に再度の制度改正をかければ現場が混乱するという厚労省の言い分を「もっともらしい言い訳」と完全に断じているところである。というか制度改正ナメてるだろと個人的な経験からは思うところで、つまりたとえば某国立N大学大学院法学研究科というのは博士前期の定員が学年35名というごく小規模な組織であるが、規定改正は最低でも発効の3ヶ月前には教授会を通し、経過措置を解消するのに2年か3年かかかるわけである。これが自立支援制度となれば利用者の数もサービス提供側の人数も予算規模も数ケタ違う話であり、法改正してそれに追随する政令省令改正をかけて関連組織のすべてが規定改正してその内容を関係者に周知して利用者に案内して......と考えるだけでまあ年単位でかかるなと思うわけ。

そもそも社会福祉関係というのは既得権保護(綺麗な言葉としては「利用者側の期待保護」と呼ぶのがよろしい)のために経過措置が何重にも積み重なっており、税金と並んで内閣法制局すら手が出せないと言われていた分野である。現に厚生労働省は2004年の年金制度改革の際に大量の条文改正ミスをやらかして問題化したわけで、「これが理想だ」と言えばそれが実現できるようにリアリティが瞬時に変容するわけではないということを典型的に示している分野なわけ。そのあたりの片鱗を見ている身としては、「「変えるための1つの方法論」を徹底的に考えるべき」と言われるとじゃあ具体的な制度改正要綱まで作って持ってきてくださいと追い返したくはなるわけやね。

もちろんそれは経過措置とか何重にも考えるから悪いのでこの際はパラダイムシフトだと言われれば、その可能性はある。しかし制度全体をガラガラポンしますというのは別の言い方をすれば現にある程度の人数が獲得している権利なり利益なりを剥奪しますということなのであって、いやまあ全体を考えればもちろんそうした方がいいのかもしれないわけだが当事者は不満を覚えるだろうし現実には訴訟起こすよね。一定条件を満たした場合に認められていた加算をやめます(本体は変わりありません)という程度でも違憲訴訟起こされるというのは生活保護の母子家庭加算廃止の際に示されたわけであるし、そもそも自立支援法違憲訴訟自体がそういう話である。念のために言えばどちらが規範的に正しいかということはここでは前提していなくて、問題提起した側の主張が正しい可能性も十分にあると言っておくが、しかし重要なのは「あるべき姿」の議論として何が正しいかという問題とは別に要するに当事者が不満なら訴訟に付き合わされるんだよと、そういうことであろう。

だから、そのリスクがあることを官僚に引き受けろというのが基本的に無理筋であって、前例とか気にせずに・訴訟が起きても構わないからこうするのだという明確な意志を政治の側で示さない限り、パラダイムシフトが起こせるわけはない。逆に言えばそれがあれば可能だということではあり、実際に2001年のハンセン病訴訟に関する控訴断念(小泉内閣)や、2011年のB型肝炎訴訟に関する和解(菅内閣)ではそれがあったわけだ。法的リスクを覚悟してもパラダイムシフトを目指すかどうかというのは根本的に政治セクターの問題であり、そのツケを厚生労働省に問うのは筋違いだというのが第一点である。

もう一つは、しかしそういう決断には一般的に財政的な問題、つまり金銭面からの実現可能性が問題として付きまとうという話で、つまりB型肝炎訴訟で従来の枠組みを超えた救済策を打ち出したのはいいが最大3.2兆円と予想されたその負担をまかなうために臨時増税とか、そういう話になったわけである。湾岸産油国ではあるまいし国固有の財源というのがそうあるわけではなく、どこかで支出を大幅に増やすためには別の所を大幅に削るか、国民負担をその分だけ増やすかするほかはない。じゃあその財布のアテはあるのかとは、財布の勘定をしたことのある人間なら聞きたくなるだろう。

結局、別の分野に大幅な歳出減を呑ませるか、国民に負担増を理解してもらうかの熱意を政治が持たないか、現実的にそのような理解は得られないと予想していれば、「これがあるべき姿だ」と言われても「できねえよ」としか言いようはない。「OECD加盟国で下から5番目、という低い予算水準を打破し、障害者の地域生活支援を充実するための安定した予算の確保」と理念を掲げるのは結構だが、そのための歳出減なり負担増なりが可能だという話をしなければそれは「そらをじゆうにとびたいな」と同じことじゃないのかというのが第二点である。

***

ところでこの件をめぐっては民主党内でも作業チームの事務局長を勤めた初鹿明博議員とメンバーであった三宅雪子議員のあいだにtwitterで議論があったらしくtogetterなどでもまとめられているが、個人的には上述のようなわけで「内容と関係ない質問しかされていませんが、移動支援や重度訪問介護をどうしろとか、障がい者へのサービス内容についてのご質問を是非して下さい。」という初鹿議員の指摘に共感を覚えるところがある(実際の会議の場面でどちらが何をどう言ったということを把握して言っているわけではない)。

他方、三宅議員の「自立支援法廃止、新法制定は他の法案と意味あいが全く違う。民主党が全国の障がいを持つ方に希望と夢を与えたシンボリックなものなのだ。」「山井さんの涙を覚えてないのですか?心が痛まないのですか?」という発言についてもそうなのだろうなあと思うところはあり、しかし仮にそこで実現が約束されたものにまったく物理的な実現可能性がなかったということであれば、結局そんなものただのセンチメントであって「可能性の技術」としての政治ではなかったということではなかろうかとも思うわけである。でまあそれが三宅議員の言うとおり民主党政権の「シンボリックなもの」だったとするならば、ああまあ民主党政権全体がつまりそうなのねというわけで、以下がオチ。

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   l,  ヘ_ _,,>ー=、_   /       
    ∧   `Σ,,、-‐─゙ゝ=´    /   おまえら民主党の政策は 
     ヘ   ===一       ノ
      ∧                  そんなのばっかりなんだよ
       \≧≡=ニー   ノ 

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コメント(3)

竹端氏の文章は、大屋氏の現状認識を当然の前提とした上での、一般人への解説の体裁を取った民主党への政治的メッセージとして読むべきです。そうとしか読めないとは思いますが。民主党政治家内のやりとりや各種アクターのやりとりも含めて、まだ現在進行形の話題ですから。

また、「どこかで支出を大幅に増やすためには別の所を大幅に削るか、国民負担をその分だけ増やすかするほかはない」はおっしゃるとおりですが、23年度予算の国の障害福祉サービス関係費は6800億円、自立支援医療は2000億(国の分だけですが)、一方、消費税は5%で10兆円です。

仮に「パラダイムシフト」で国と地方の障害福祉・自立支援医療予算が各々1兆円ずつ「倍増」し計2兆増えたとしても現行の消費税のだいたい1%分。ちなみに国税・地方税の合計は23年度予算で約77兆です。

いきなり「倍増」は「そらをじゆうにとびたいな」だとしても、妥協点はありうるし、公約掲げて部会立ち上げた政党なんだから最低限それくらいやれ、というのが竹端氏の論であり、ごく常識的な内容でしょう。

さらに、「某国立N大学大学院法学研究科」の例を持ち出して「制度改正ナメてるだろ」とおっしゃりますが、障害者福祉は、支援費制度ができてそれがつぶれて介護保険統合案とかでがちゃがちゃやってグランドデザインでてきて自立支援法という、ここ10年、激動の制度改正を経験しています。

従って、大屋さんが言うところの「自立支援制度となれば利用者の数もサービス提供側の人数も予算規模も数ケタ違う話であり、法改正してそれに追随する政令省令改正をかけて関連組織のすべてが規定改正してその内容を関係者に周知して利用者に案内して。。。」という経緯をここ10年で何度も繰り返しているのが障害者福祉の領域で、それに対応してきたのが厚生労働省であり市町村であり事業者であり障害当事者であり、もちろん竹端氏もそのことをご存知です。

それを踏まえての今回の厚生労働省の回答であり、竹端氏の文章であり、「もっともらしい言い訳」という認識と考えるべきでしょう。

>dojinさん
ご返事が遅くなりました。
(1) 竹端氏の文章に対する評価は、この続きのエントリでも書きました。「政治的メッセージ」としても十分な認識に立ったものには読めない、というのが私の評価です。また、どういう文脈で読むかというのは読み手の自由に属することだと自戒して私はモノを書いていますが、政治的メッセージ性を重視して学的におろそかなものを書く人間は研究者としては評価されないとも思います。もちろん竹端氏が「大学に所属する政治運動家」を志向されるのであれば、それは彼の自由ですが。
(2) 財源問題については続きのエントリでも書きましたが、たとえば国家公務員給与について7.8%削減という割合を・抵抗を押し切って実現して出てきたおカネが年間2900億円です。国税・地方税の77兆円にしても、すでに配分が決まっていてそこに生活のかかっている人々がぶら下がっているおカネです。もちろんそのすべてが適切であり正当化できるとは思いませんが、全体のパイが膨らんでいる時期ではないのですから、そういう人々の手を切って血をしぶかせない限り、数千億とか兆とかいうおカネは出てきません。「最低限それくらいやれ」というお気持はわかりますが、麗々しく掲げた公務員総人件費2割削減だってまったく実現できないことを見れば、生首を切るというのがどれだけ難しいかわかりそうなものだ、という気もします。
(3) これまでの10年間との関係については、いやだからそれで現在ぐちゃぐちゃだからもうできないという話なのではないでしょうかな。そもそもの決断が間違っていたのだという主張はあり得ますが、しかし大きな船が時間をかけてようやく西に転針し終わるかなというところで突然東に進めと言われてもできないのですよ。繰り返して言うと、だからあの時こうしないでおけばというお気持ちになるとしたらそれはよく理解できますが、同時に「ここがロドスだ、ここで跳べ」としか言いようがないということです。

リプライありがとうございます。

マシナリさんのコメント欄のところに、(1)(2)については(部分的に)回答になってるかもしれないコメントを書きましたので、よろしかったらお暇なときにでもどうぞ。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-509.html

(3)については、端的に大屋氏の事実認識不足だと思います。支援費制度、自立支援法という流れから今回の「骨格」というのは別に西から東への180度の大転換なんていうものではなく、考え方や妥協・調整によっては、西に行ってたものが少しずつ北西に進路変更したのを、今度は南西にする、くらいのものに落ち着きうるものですから。

大屋さんが「学的なもの」を重視するのならば、福祉部会の一員で利害関係者である竹端氏の「パラダイムシフト」なる言葉=政治的メッセージを全部「事実」として真に受けるべきではありません。

パラダイムシフトは、ある意味では支援費制度(以前)からジョジョに生じているわけであり、別に今回急に革命を起こそうって言うわけでもないし、はしもっさんのいうような「今の年金制度をチャラにして一から年金制度を作り直す」話ではないのですから。骨格にもそんなことが書いてあるわけではありません。

繰り返しますが、ここまで踏まえた上で、今回の厚生労働省の回答であり、竹端氏の(政治的)文章なんです。

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