寄付講座(1)

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あのねえ、大学がカネもらったら教員がそこに不利なこと言わなくなるんだったら私が朝日新聞の悪口書いて無事でいられるわけないじゃん。名古屋大学は朝日新聞名古屋支社からご支援いただいて「現代環境学/ジャーナリズムから学ぶ」という講義を設置してるんですよ? なにかというと純丘曜彰という人が「東電のカネに汚染した東大に騙されるな!」(INSIGHT NOW!)とか書いている件についてですが。

純丘氏の主張の中心は、(1) 寄付講座だけで、東京電力から東京大学の大学院工学研究科に5億円が流れ込んでいる。(2) これは東大に設置された全86寄付講座でも突出した金額である。(3) ゆえに「東電のカネに汚染した東大に騙されるな!」ということになる。(3)は本来「カネに汚染された」になるべきではないかと思われるが、何らかの文飾なのか澄丘氏の能力的問題なのかは詳らかにしない。

念のために言うと、(3)の結論の部分は、実は本文中には明確な形で書かれていない。水俣病の際の「東大教授たちの権威を悪用した世論操作」に言及され、「いままた、同じ愚を繰り返すのか」と問いかける。あるいは、東大教員がテレビでしたのだろう説明を「アホな詭弁解説」と評し、「テレビで口を開くなら、まず、東京電力から受け取った黒いカネを、全額、返してからにしろ」と批判する。続けて、「公正、中立、客観を旨とする以上、解説を学者に頼むなら、原発賛否両方の学者を公平に呼べ」とマスメディアの方も批判するからには、つまり寄付の問題が理由となって東大教員は中立ではないと主張しているのだと思うのだが、やはりそうはっきりとは書いていない。そういう筆法なのか純丘氏の能力的問題なのかは詳らかにしないが、地震発生以降ずっと海外にいて日本のテレビを睨んでいたわけでもない私のような人間にとっては、とにかくどういう事実関係に基づいて何が主張したいのかがまったく不明確で困るシロモノではあった。まあしかし、要約としては上記のようなことで良いのだと思われる。

でまあこの主張についてであるが、噴飯モノというのが端的な評価になろう。根拠は複数の側面からなるが、(A) 受益者の同一性、(B) 金額の評価、(C) 事実関係の問題に分けて指摘しておきたい。というわけで最初に書いたのが(A) 受益者の同一性の話。そもそもさっき調べるまで名大が朝日から支援してもらっていたのを知らなかったのだが、それはもらっているのが他の部局だからで(全学教育科目だから教養教育院かな)、部局が違えば教授会にも情報は出ないしいちいち調べているわけもない。今回は工学研究科がもらっていてテレビに出たのはそこの教員だと言われるかもしれないがあのな東大工学部の教員って435人いてな(平成21年5月)、その人数のうち誰かがいくらもらったとか覚えてるわけも気にしてるわけもねえだろう。

とはいえ原子力関係に絞れば17人だから、そのなかの誰かがもらった資金のことは印象に残るかもしれない。問題はしかし、寄付講座設置のための資金は既存の教員がもらえないという点にある。「東京大学寄附講座等要項」には、「寄付講座等の教員は、本学の教員(以下「一般の教員」という。)以外の者をもってあてることを原則とする。ただし、相当の理由がある場合には、この限りでない。」(第6、1項)という規定がある。もちろん但書が適用されたことを証明できれば話は違うが、基本的に寄附講座というのは


  • 大学外部の企業や個人が、講座の人件費・旅費・研究経費をすべて寄付する

  • 大学が、外部の研究者をその資金でその講座の任期つき教員として雇用する


というものであって、大学の中の人間に直接的な利益はあまり生じない。雇用された教員も「客員教授」「客員准教授」などの称号が許されるだけで、正規の教員とは明確に区分されている(同7項)。企業がカネを払って、どこかの誰かがやってきて近くの研究室で研究を始めたとして他の教員がそれを恩義に感じるかといえば、まあねえ、授業とか引き受けてくれるなら負担が減る分少しありがたいかもしれないけど、そんなんで自分の研究者としての良心も社会的な名声もリスクにさらさんだろ。

もちろん実は「外から」来たことになってる客員教員が中にいた教授の家族だとか愛人だとか弟子だとか、そういう個別の事情があれば話は別かもしれない。しかしそんなんなにもなしで組織がカネを貰っているから汚染されているとか言われてもなあ、というのがおそらく純丘氏の主張を聞いた大多数の大学教員の感想だと思う。まあしかし、私が「大多数の大学教員」はこう思う、というのもあくまで私自身の印象であって統計をとったわけでもないから、どちらを信じるかというのは開かれた問題である。この点については、なのでここは私自身の経験に基づく異論を呈しておき、他の先生たちにも聞いてみたらどうかという程度にしておこう。

次に(B) 金額の評価について。まず5億円というのが研究費としてどの程度の金額かというと、研究者が一番普通に応募している「科学研究費補助金」(文部科学省・日本学術振興会)の場合には「特別推進研究」の規模になる。これだとまあ、年間15件くらいの選定なのでそれと同規模の金額というのは大きいという評価になるかもしれない。しかし科研費では研究者自身(研究代表者・研究分担者・連携研究者)の人件費は支払えないのに対し、寄附講座の場合にはそれが入っている。その差を考えると「基盤研究S」くらいの規模(上限2億円)かねえという気がするところ、こちらは平成22年度には89件が採択されている。まあだから、立派な額ではあるけど何かひとつの課題を決めて取り組むことを考えると不思議な金額でも突出した金額でもない。東大にはこの年の新規課題だけで特別推進研究が6件、基盤研究Sが15件入っている。そのレベルの金額に過ぎませんよ、とは言えるだろう。

つうか東大ってね、年間の経常費用が2025億円、外部資金462億円(H21)、工学研究科だけで総支出223億円、うち受託・共同研究費でまかなった部分が118億円(H20)という組織なんだよ。そんなもんが5億円程度のカネでがたがた動くか、という話。この項つづく。

(2011/04/06 お名前の誤記を修正しました。)

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コメント(10)

先生,純丘氏の名前が途中から「澄丘」になっています。

ともあれ,世の中妙な勘繰りというのは絶えないですね。人間の想像力って諸刃の剣という気がします。

14000+(15600÷14)+(15000÷3)+15000+15000=50114

原子力学科は廃止され、システム創成学科になっており、いわゆる原子力関連科目以外にも問題が広がっている。

寄付講座には、10%ないし20%の間接費がある。

テレビでよくコメントしている「東大教授」が、じつは、まさに寄付講座所属の特任である。

2010年第45回原子力委員会の原子力政策大綱に関する有識者ヒアリングで、テレビでよくコメントしている別の専任教員が、産学協同での原発推進の方針を提唱している。

記事というものは、論文と違って、限られた文章量に要点のみをまとめたもので、一般に、書かれていること以外にも、多くの裏取りをしている。

どんな言葉を弄しても結局、

東大教授が、テレビでうそばっか言ってるのは事実。
東大が東電から金をもらってるのも事実。

あまりに受け入れがたい事実を必死に否認しようとして、持てる方法のすべてを駆使している姿、とくと見させていただきました。

しかしその努力を、ご自分の認識の客観視と根本的な再評価、事実の確認に費やしてみることも、無駄ではないと思いますよ。


>Polyhedronさん
ご指摘ありがとうございます。修正しました。
# Google日本語入力で出ないのでコピペしていたら途中で間違えたようです。

>moguraさん
いやこれで「持てる方法のすべてを駆使」とか過小評価もいい加減にしてくれという感じですが。材料のデータを持ってくるところは高校生くらいにならないと難しいでしょうが、データをもとに純丘氏の計算について検討するとか、一流中学を受験する小学生ならできそうなレベルで。
東大が東電から寄付をもらっているのは事実で、それを否定するようなことは私なにひとつ書いてませんな。否定しているのは、それが他企業と比べて突出しているという点です。まあ、東大の先生たちがテレビでしゃべっていることを現時点で「うそばっか」と判断できる・たぶん「世界の真実」が見えちゃってる方に何を言っても無駄かもしれませんが。

まあそのね、自分のことを客観的に見られない人に限って「客観的に認識しろ」とか他人にお説教するもんなんですよ。ええ。

※ hogehogeさんのコメントは面白いので新しいエントリにしました。


てーゆかそんなに金あまってるなら被災地にまわせや

東大も東電もわけわからんな

moguraさん>
東大教授の「うそばっかり」というのであれば、
2、3嘘の事例を挙げていただけないでしょうか?
色々見ましたが、結果として「間違い」はあっても
意図的な嘘をついてると思われる発言はないと思いますが。
「間違い」自体は、原発事故史上初の事例な上、
原子炉内部の状況が正確には分からない(それは現地に
入っている、技術者は作業員の方々も多分同じ)
状況ならば、仕方ないと思いますが。

俺は海外にいて知らないことがいっぱいだから
知らない俺にも分るように書けってあなたはわがままっこですか?

>qawsedさん
まあ東京電力の予算の使い方に文句がある人は出ると思いますが、東大は「このお金で人を雇って研究をさせてください」と言われた側で、頼まれた仕事をしていれば資金は余ってないと思いますよ。ここ1ヶ月のあいだ東京電力から大量の注文を受け続け、従ってかなりの支払いを受け取っている弁当屋さんというのが多分いると思いますが、その会社に「なぜ東電からカネを受け取った、そんなカネがあるなら被災地に回せ」とは言わないでしょう。

>だるびっしゅさん
私は海外にいたというのは一番わかりやすい理由ですが、日本国民全員が純丘氏と同じテレビ番組を同じように見ているわけでもないのに批判対象としている学者の名前も正確な所属も書いてないから正誤を検討しようがないねえという点を問題にしているわけです。検討の過程から結論に至る過程に問題がないかを読者が独自に検証できるようにモノを書くというのは研究者の常識なのですが、それがまったくできていないというのはとても研究者と思えないねえという話でもあります。


最後のほうに『つうか東大ってね、年間の経常費用が2025億円、外部資金462億円(H21)、工学研究科だけで総支出223億円、うち受託・共同研究費でまかなった部分が118億円(H20)という組織なんだよ。そんなもんが5億円程度のカネでがたがた動くか、という話。』とか書いてるんだけど5億程度ってゆえるんなら寄付しろや。

それに問題は金額じゃないだろ。「金の為に、危険なものを安全だと国民を騙したこと」自体が問題だろ。

「放射能漏れは安全 むしろ健康によい」 東大博士 稲恭宏
↑この人とかなんなんだよ。健康によい規定値とか超えてるだろ。

>kiuubさん
(1) 企業の間で動くお金と個人の懐に入るお金の区別がつけられないとバカ扱いされますよ? 寄付講座というのは企業の観点から見た場合にはある種の投資です。銀行勤めで年収1千万円のディーラーが数百億の投資案件を扱うようなことは普通にあり、その局面で見れば数億の案件ははした金だということになりますが、しかし彼自身が数億のお金を持っているわけではありません。八百屋で野菜買う金銭感覚だけで企業や団体規模の予算いじれるわけないというだけのことです。
(2) 安全だと言われていたものがじつは危険だったという点については事実だと言って良いと思いますが、(A) 「安全だ」という言明の前提とされていた事態の範囲内に今回の震災が入っているのか、(B) 「騙した」=実は危険だと知りながら安全だと偽りの情報を流したのか、(C) それをカネのためにやったのか、という三つの点すべてについて十分な証明も挙証もされていないですね。がんばって証拠を積み重ねて議論するといいと思います。そうでないとまともに計算のできない純丘氏と同じような目で見られることになります。
(3) 少なくとも避難対象エリアについては健康にいいというような数字ではないだろうという点については同意しますが、「東大で学位を取った人」と「東大の教員」をいっしょにするのはアタマワルイので気をつけたほうがいいと思います。というかその方については経歴といいその書き方といい、御用学者とかではなく単純にトンデモの人ではないかと。東電もその人にはおカネ払ってないと思うなあ。

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