暴力装置

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いやいや何を言っているんだ自衛隊は国家の暴力装置に決まってるだろう(参照:「仙谷氏「自衛隊は暴力装置」 参院予算委で発言、撤回」(asahi.com))。国家が(ほぼ)独占的に保有する暴力こそがその強制力の保証だというのは政治学にせよ法哲学にせよ基本中の基本であり、その中心をなすのが「外向きの暴力」としての軍隊と「内向きの暴力」としての警察である。で、日本では主として歴史的経緯によりこの両者が相当明確に区別され、かつ現実的にもあまり仲が良かったり悪かったりという話があるわけだが(戦前ならゴーストップ事件が典型ね)、フランスやイタリアにある国家憲兵隊制度や、発展途上国に多い警察軍制度に示されているように暴力としての本質に違いがあるわけではなく向きを変えれば同じものであると、そう整理されることになる。

その上で、まあ法哲学的にはゆえに国家は本質的に悪であるとする立場と、しかしこの暴力抜きには社会そのものが成立し得ないのでこれ自体は善とも悪とも言えない(なぜなら善悪の基準はできあがった社会の内部において成立するので)という立場があり、まあ仙石氏は思想の系譜的には前者を取るのかもしれないが、しかしこの立場ですらだから悪たる国家を全面的に排除しましょうというかなり脳天気なアナキズムを除けばだから悪を最小化するために暴力のコントロールを考えましょうという方向に進むわけであり、その点で問題意識は後者の立場とほぼ共通することになる(そうだよ暴力だよ社会は強者による弱者の支配なんだよというさらに無邪気な立場もないではないが軍隊が暴力と位置付けられることでは変りない。なお仙石氏が脳天気なアナキストである可能性について否定するものではない)。

結局、暴力装置だからこそその適切なコントロールについて問題にすべきであり、そこでシビリアン・コントロールが求められるということになる。暴力装置でないのならほおっておいても問題ない、はずなのだ。仙石氏の発言は(だからどうすべきだという具体的な対処の話を除けば)むしろシビリアン・コントロールを否定するどころか、適切に基礎付けるものになっているのである。

いやむしろ、「失礼」だというような言い方からして暴力は悪であるという脳天気な前提が批判者の側にあるから、こういう批判になるのかもしれない。そういう人のほとんどは、しかし、犯人を取り押さえる際に行使される警察の暴力が悪だとは言わないだろう。かつ、押さえられた人間が本当に犯人であるときと、間違いであったとき(参照:「窃盗犯と間違われ制圧、男性死亡に一部賠償命令 津地裁」asahi.com)とで、行使された暴力自体に違いがあるはずもない(あると言うなら見せてみろ)。

結果的には、むしろこの発言を問題視するほうが、近代国家理論の原則も・自衛隊の持つ実力についても・シビリアンコントロールの理念についても正確に理解していないのだと、そういうことになろう。仙石氏自身が批判を受けてこの発言を撤回したことについては、まあ聞いたふうなことを言ったものの根拠とか理論的背景まできちんと理解していないのでろくでもない結果になるというのは菅直人総理大臣にも共通する性癖なので不思議でも何でもないが(氏の官僚内閣制や三権分立に関する発言を参照すること)、これらの問題に関する正確な認識を欠いた政治を担う資格のない人間(いや私のごく個人的な基準ですが)がこのあいだまで政権与党であった自民党内にすら多数いたこと、さらに自衛隊の中にいた人までそこに含まれていたということであって(参照:「暴力装置についてあれこれ」togetter)、なんかもう平和ボケとかなんだとか言うのも愚かな事態であるなと、そう思ったことであった。自民党が政権を失ったのにも相応の理由があったのだなあと、まあ最近しみじみと感じるところではあるのですがね。

***

なお一応、批判している側はこのあたりのことは理解していたのだが「知らないふりで批判すれば仙谷バカだから撤回に追い込まれて『失言』イメージ作れるよねえ」と考えてこの挙に及んだという可能性があることは留保しておきます。その場合、まあ能力的には合格点だと思うわけですが、そういうデマゴギー的な手法を駆使する政治家を為政者として信用したくはないな私は。それじゃ民主党と同じじゃないか

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マックス・ヴェーバー知ってるのと知らん馬鹿が明確に見分けられるなw 天皇陛下を機関車や機関銃と(ry 知ってるけど革命を目指す考え方だからなんていうて... 続きを読む

無理矢理仙石さんの「暴力装置」発言とファッションを「暴力的に」絡めてみる。 続きを読む

コメント(14)

むしろ私は深読みしすぎまして,すでに政権の中枢にある同志仙石が「自衛隊は暴力装置」と言うときには,ブルジョワ国家機構の道具である自衛隊は解体されて,新たに労農赤軍を作れ,とかいう主張なのかと思ってしまいました.

 言葉ってむずかしいですね。元来の意味とか学術的意味とかあん
まり関係なくて「暴力装置」っていうと素朴に左翼用語ですからね。「粉砕」とか「殲滅」ほどじゃないけど色がついている。撤回謝罪はむしろ適切な対応だったのでは。つい口から出たのは仕方ないと思います。便利な言葉だし。そんなに慎重に言葉選んでたら何にもしゃべれません。
 あまり関係ないですが,知らない間に色がついていた懐かしい言葉に「肌色」があります。最近のクレヨン・色鉛筆には「薄橙」や「ペールオレンジ」しかないようで。

自分は、これを読んでひっくり返りました。

仙谷氏がマトモだということに。

戦後日本政治の流れを振り返る-仙谷由人
http://y-sengoku.com/06/05/051003.html

身内の民主党は馬鹿ばかりなうえに、保守が保守として対決してくれない。いま仙谷氏はさぞ孤独だろうなと思います。

以下引用。

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私が学生をしていたのは皆さん方が当然に考えている民主主義とか議会、そういうものが当たり前ではなかった時代です。私個人は、「世界同時革命」とか、実力で労働者中心の政府を作らなければならないという当時の学生運動の理論を本気で信じてもいませんでしたが、しかし国会議員として活動している人たちというのは馬鹿に見えてどうしようもありませんでした。
 そういうわけですから卒業後は政治にも殆ど関係をしないで、なんらかの形で反体制的に生きていくのがいいだろうと思い、弁護士になりました。今のようにいわゆる労働組合がそれほど経済的にも強いわけではなかったものですから、弱い人達のためになるような活動をしよう、そんなことを考えていました。
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私の感覚では、良いか悪いかは別として自衛隊の存在を国民の8割くらいが認めているのではないでしょうか。確かに暴力装置としての大変な実力部隊が存在し、法的に言えば自衛隊法や防衛庁設置法でもって定めているのです。それならば、これが違憲の法律だと言わないのならば、憲法に自衛隊が存在することの根拠を書かないというのは、憲法論としても法律論としても如何なものかというのが本当は論点の核心にならなければいけない。しかしながらそれは殆ど素通りをして、憲法の文言を変えて自衛隊を憲法上の存在とすることによって軍国主義化するとか、そうでないとか、戦争をすることになるか否かという議論ばかりが現在まで延々と続けられてきた。衆議院の憲法調査会を5年間やりましたけれども、そういう両極端の議論を100回繰り返しても物事は何も進まないと私も随分発言しましたけれども、それがまだまだ主流になってこない。

まったく正しい。というか今更当たり前の事ですね。
でも、知らなかった人もいるのでいい説明機会だと思います。
理論的背景まできちんと理解していないってのは多分ないです。
仙石さんってそのあたりの水準だけは担保されてます。
知識よりも彼の立ち回り方の問題です。
あと最後の留保の箇所はくだらないのでいらないです。
全体の印象が稚拙になるので。

派生して出てきた、雑学的な話題なんですが「暴力装置」というこの用語(概念としてはウェーバーでいいんでしょうけど)そのものは誰が言い出したもので、
だれが日本語にこう訳して、対応する単語は何なのでしょうか?ちょっと意見がいろいろ出ているのですが、何かご意見ありましたら

【議論の状況】
http://togetter.com/li/70243
http://togetter.com/li/70281
http://togetter.com/li/70236
http://togetter.com/li/70235

暴力装置という用語についてあちこちで盛り上がってるようですが、ほとんどの政治家はまるでマックス・ウェーバーなど知らないかのような発言をしています。(仙谷氏と石破氏を除く)

自民党が知らんぷりを決め込んで、民主党叩きの材料にするのは理解できますが、民主党からマックス・ウェーバーをとりあげて擁護する声が出てこないのが不思議です。
まさかだれも知らないの?

というか、右翼とか左翼とか以前に自分が大学のころは社会科学系では結構目にしていた用語の筈なのですけどね。それらがどのように「統制」されているかも含めて。ひょっとして今の教育現場では使われない用語なのでしょうか。

一般の方は知らないにしても、あそこにいるのは「政治家」、しかもエリートと呼ばれる類の人たちの筈で、それが仙石が低質であれうかつであれ、社会科学の用語であると返されてしまう可能性に即座に思い至らないのはどうかと思った次第。

なにか、昔の日本テレビ(久米だったか)の「パフォーマンス」発言に似たものを感じますね。発言者自体でバイアスがかかりすぎてんじゃないかと。

左翼用語、原義でのそれとって言う話もありますが、民主も自民もどちらの意味もが流石に分かってたと思いますよ。

貧民を社会コストとか、社会リスクについて。
とか原理、システムの一部とみなしてで発言すると問題あるのと似てるんじゃないですかね。

公開で議論している中、具体的(または対象者がいるような)な問題やってる時に抽象論でやると間違ってないけど、問題あるといいますか。

衆議院の議事録等を見たら、「暴力装置」というのはマフィアを指す言葉だったり、左翼政党の使う言葉だったりするわけですよ。
普通は「実力組織」と言い換えています。これは学者さんも同じ。

みんながわざわざ、実力組織と言い換えてるのに暴力組織とぶっちゃけたのが問題だったのでは?
その言い換えが適切かどうかはさておき。
わざわざオブラートに包んでいる「場」で、直截な物言いをすれば騒ぎになるのは当然です。

もちろん「暴力装置」は正真正銘の学術用語ですが、仙谷氏の場合、TPOをわきまえていなかったというか、単によく考えずにその場の思いつきで発言したことが問題なのだろうと思います。

さすがに、この発言を批判している野党の多くは、事の本質を理解した上で、有権者へのアピール(広告)として騒いでいるのでしょう。

おおや先生は野党の言動に批判的なようですが、しかし近年の一連の有権者の投票行動、さらにはメディアの報道内容を鑑みるとき、政治家(学者ではなく)がある程度デマゴギー的な手法を駆使するのも、やむを得ないのではないかと思えなくもありません。

だって、サッカーをやっているつもりでプレーしていて、敵が普通にボールを手で持って攻めてきたら、こちらとしてもそりゃあ手で持たざるを得ないでしょうという話であって。

と、ここまで書いてついでにググってみたところ、毎日新聞にこういう記事がありました。

http://mainichi.jp/area/nagano/news/20101127ddlk20070022000c.html

>だから学者などの第三者が、
>分析や評論のためにその言葉を使うなら分かる。
>しかし自衛隊の最高指揮官は首相で、
>それをナンバー2が「暴力」と言ってしまっては
>身もふたもなさ過ぎる。


一般の国民からしてみれば、これが感覚として近いのかもしれません。

素人の、しかも過去の記事に対してのものであり、その上とても失礼な質問であるため、大変恐縮なのですが、

>法哲学的にはゆえに国家は本質的に悪であるとする立場と、しかしこの暴力抜きには社会そのものが成立し得ないのでこれ自体は善とも悪とも言えない(なぜなら善悪の基準はできあがった社会の内部において成立するので)という立場があり

というところについて質問させて頂きます。

法哲学において、

「ゆえに国家は本質的に悪である」

「しかしこの暴力抜きには社会そのものが成立し得ないのでこれ自体は善とも悪とも言えない(なぜなら善悪の基準はできあがった社会の内部において成立するからである)」

という二つの考えがあるということは通説となっているのでしょうか?


私が某所に投稿している小説において、国家の暴力性と軍・そしてシビリアンコントロールに関する文章を書くために色々と調べていたときに大屋先生のこの記事を見つけました。もしもこの2つの考え方が大屋先生のものであった場合は”剽窃”となり、更に著作権の違反になってしまうために使えないのですが、法哲学において通説となっているのならば、「法哲学において~という2つの考え方がある」というふうに使うことができると思いましたので質問させて頂くことにしました。

極めて失礼な質問で申し訳ないのですが、お答え頂けると幸いです。

>Mrblacklさん
ご返事が大変遅くなって申し訳ありません。問題の見解ですが、基本的に通説的な見解と言い切ってしまっていいかと思います。もちろん歴史的には「しかしこの暴力があって社会秩序がはじめて維持できるから国家は善なんだよ」という立場もあります(アウグスティヌスとか、王権神授説とか)。あるいは「国家があって社会が可能になり、それによって個人が可能になるから、国家に従うことが真の自由なんだよ」という立場もあります(ルソー)。しかしいずれも現在では真面目に支持されているとは言いがたいので、上で言及した両者くらいが残っているという感じでしょうか。国家を本質的に悪と見る立場の典型はアナキズム(特にバクーニンやシュティルナー)、善悪の外側にいると考える立場としてはベンヤミンやデリダが挙げられると思います。ご参考まで。

お忙しい中、返信とさらに詳しい解説をしていただき、本当にありがとうございました。

本当にわかりやすい説明で、さらに人名まで挙げて頂き、感謝の意で一杯です。

御礼の返信が遅くなってしまいまして申し訳ありませんでした。

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