続・岡崎市立図書館事件(4・完)

| コメント(13) | トラックバック(0)

ところで本シンポジウムについては朝日新聞の記者の方が取材されていたようで、以下のように記事になっている(「岡崎図書館問題で討論」asahi.com)。

パネリストの名古屋大学大学院法学研究科の大屋雄裕准教授は「技術者は図書館システムに欠陥があることも想定すべきで、逮捕された利用者と図書館の間で事前に協議があれば事件にならなかった」と指摘。

のだが、まあこうまとめられると非常に困るなあこれ。刑事法的な枠組で今回の事件がどのように分節されていくかという話を除くと、私が言ったのは次のようなこと。

  • まずベストプラクティスが実践できなかったことを「問題」と表記する。
    • この時点で、それが日常用語としての"問題"とは違うことが含意されているし、まして刑事・民事上の責任を問える水準の話とはまったく異なることは明らかにしている(私がカギ括弧とかを使うときは当然に意図的なので、たとえば「誤認逮捕」というのは誤認逮捕ではない。誤認逮捕が発生すれば警察なり検察なりが謝罪すべきということになろうが、誤認逮捕だと当事者とか社会の一部が思うとしても法的には不適切と言えない(カギ括弧なしの誤認逮捕と言えない)ような「誤認逮捕」はまた別の話、ということになる)。
  • その意味での「問題」は今回の行為者にもあった。
    • たとえば、図書館システムに欠陥があることを想定するとか、プログラムの動作結果をきちんと検証するとか、事前に図書館側に当該利用方法について連絡するとか。
  • もちろん、他のアクターにも「問題」があった。
    • 特にベンダーの「問題」はカギ括弧付けなくていいくらいだし、図書館側の対応についても(岡本氏に賛成して)恥ずかしいものだ、とまでは明言している。
  • 今回の事例は、関与するアクターの誰かが「問題」のないふるまいをできていれば、発生しなかった。
    • 除外したのは検察と裁判所で、いずれも事後的なチェックが本質的な機能だから、開発者に生じた「被害」は予防できなかったであろうということ。
  • しかし誰にも完全でなくてはならない義務などない
    • 当日の順序では、この点を脳梅毒事例から説明している。同事例はつまり刑法上の因果関係の問題と、この完全である義務の問題の二回使われているので、最初に出てきたわけ。
  • 不幸な事態の生じる隙間をなくすためには、それぞれのアクターが「問題」をなくすように努力する必要がある。

だが警察・図書館側についていうと資源割り当ての問題があってね、という話題以下は略す。確かに私は技術者が図書館システムに欠陥があることを十分に想定していれば、このような結果は発生しなかっただろうという趣旨のことは言ったが、すでに述べたように誰にも完全である義務などないとも言っているのだから、それを「技術者は(......)想定すべき」(強調引用者)とまとめられるのは誤読だねと、少なくとも言った側からは思う。なお後半についても、

  • 実際に事前に電話したとしたらなんか返事してもらえないとか、多分そんな感じだっただろう。つまり明示的な許可とか許諾を出さないで・問題になったらあとから騒いだ方が今回の図書館側などには楽だという問題がある。合意形成が不十分だというのは決して利用者側だけの問題ではない。

ということは(著作権問題などの実例を挙げながら)説明しているので、利用者が一方的に悪いという話も、「どっちもどっち」論もしていない。あえて言うと(これが最後の部分の議論だが)でもそのツケを法律問題に全部回されても困るということは明確に言ったな。それは何故かというと、前々回に書いたが法律ですべて解決せよと言われたら事前統制を強化して自由を制限する方向でしか処理のしようがないから、ということになる。

***

というわけで、これもまあ発話者としては「言ってないねえ」という気分になるのだが、いやもちろん天下の朝日新聞の記者さんでさえ「誤読」(はいカギ括弧ついてますよ)するというのはおまえの話し方に問題があるんじゃねえかと言われたら不徳を恥じるしかない。もちろん紙幅の制限というのもあろうし、取材した記者さんご自身が書いたものがそのまま掲載されるというものでもないので、いずれにせよ書かれた側には不満が生じやすいものである、というだけのことかもしれない。

とただその、そういうわけで困りますと言おうと思っても私この記者さんから当日も事後にもご挨拶されていなくて、もちろん記者さんが記事を書くときに通常採り上げる対象にいちいちご挨拶をするものか・するべきものだと観念されているかというのは私にはよくわからないのだが、しかし過去に記事等で言及される場合には必ずご挨拶をいただいていたので、おやまあとは思っている。

というかおそらく取材されたと思われる記者の方が

「大屋さんご自身がいずれ説明なさるだろうとは思いつつ、今日の発表について覚え書きにしておきます。」(twitter)

と書かれているのだが、いや何で私がと思ってはいかんのだろうか。そもそも私は前述したようにtwitterに気分の共有メディアとして以上の価値を認めていないので日常的には全然見ておらず、白状するがアカウントを取得したのも一月くらい前である(ちょっと気分が共有したくなった)。今回も企画者の方から閉会後にtwitterで「誤解」が広がっているようだという話を聞いたのでどれと思って見たまでのことで、まあそれで十分だったろう・こういう特性のメディアだよなと現在でも思っている。正直その、twitterボケと言ったら悪いかもしれないが、それを人生に組み入れていない人間に対する想定がおかしいんじゃないかとは、一部の人たちについて思うな。日本国民みんながみんななうなう言ってんじゃねえんだよ、というか。

***

念のために言うと、文脈を踏まえて私の言わんとするところを正しく了解してもそれに同意しないとか・納得がいかないとか・反発するというのは当然にあり得ることだし、自然なことでもあります(ある意味反発させようとして言ったこともあるしな)。岡本さんも「私は私が理解する大屋さん理解は半分納得、半分不満かなあ。」(twitter)って言ってますね。よくわからんかったところとか同意しない点について直接確認したり反論するというのも当然のこと。これははっきり書いておくと、当日も質疑応答や終了後に直接質問に来られた方々がおり、twitterでもその内容について触れられたりしていますが、皆さん非常に礼儀正しい・まっとうな態度で適切な対応を取られていましたよ。その上でやはり私の主張には不満だと書かれている方もいますが、まあこれは上述の通り当然あり得べきことです。

結局、騒いでるのは直接来たり聞いたり確認したりせずに・待っていて手に入るもので何か言いたい人々なのだねえという感じは、一連のtweetを見ていて、あからさまに持ちますね。誤解されたくなければ適切なサマリーを用意すべきとか言ってる人がいてどこかの王族か何かかしらと思う。ついでに言うと「結局大屋は言いたいことを言いに来ただけなんじゃないか」という趣旨のことを言っている人がおり、いや否定はしませんが当たり前だ聞きたいことを聞くつもりならカネ払えとは思うなあ。警察を含めて官庁とか企業とか、そういうところにきちんとお金をかけて理論武装しているわけですよ。別に今回、重要な問題だからというので主催者側も持ち出しで企画しているわけだから付き合ったことを後悔はしていないけど、そういう良心とか義侠心とかに依存していていつまで戦える気なのかね、と思わんことはない。

***

ところで前回フレームワークを書いたように、刑事責任というのはどこか一ヶ所でも否定できれば最終的に否定されることになっている。逆に言うと、どこかで否定できなかった場合には終局的な責任は(まだそこだけでは)否定できていない。だから「未知・予測不能の欠陥でも《因果関係が否定されないので》結果に対する責任を否定する理由にはならない」という言い方は正しいことになる(《》内は当日のスライドになかった部分の補足)。もちろん因果関係以外の要素で責任が否定される結果になる可能性については何も言っていないし、まして有責性の問題になど言及してもいない。

これについて、最終的に刑罰を課す根拠になる「責任」と犯罪の要素を分解することによって出てくる「有責性」を混同して私が間違ったことを言ったと騒いでいた半可通の人がいたようですが、まだ同じことをわめいていらっしゃるんですかねその方は。大学でじゃなくても、ハンパにキーワードだけ丸暗記するとうろ覚えの曲解した誤った法律論を唱えてくるということでしょうか。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.axis-cafe.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/736

コメント(13)

>まずベストプラクティスが実践できなかったことを「問題」と表記する。
>この時点で、それが日常用語としての"問題"とは違うことが含意されているし、まして刑事・民事上の責任を問える水準の話とはまったく異なることは明らかにしている

これはちょっと酷いと思います。実際の被害者でるLibrahack氏の行動の是非の議論のなかで、そんな大雑把に問題なんて言葉を使わないで下さい。問題か問題じゃないかが非常に重要でLibrahack氏の名誉にかかわるのにあまりに酷いじゃないですか。

あと、公演中はカギ括弧と括弧なしの違いはどのように発音されていたのですか? 明確な区別なしに「Librahack氏にも問題があった」と発言したらそれは問題だとおもいます。

そのカギ括弧話法を用いずに、もうすこし適当な語彙で説明するようにしていただけませんか?そんな独自論法をとっているから、誤解が広まるのだと思います。

>その意味での「問題」は今回の行為者にもあった。

いやいや、かぎ括弧がついてるから、ベストプラクティスが実践できなかったって意味だからって補足するにしたってこれは酷いと思います。Librahackさんの気持ちをもっと考えて言ってください。

ベストの方向には無限の可能性があります。しかし人のする行動は有限です。なので、これではすべての行動が「問題」になってしまいます。

・図書館システムに欠陥があることを想定する
・プログラムの動作結果をきちんと検証する
・事前に図書館側に当該利用方法について連絡する
上の2点は、エンジニアの常識からみればLibrahack氏は十分していましたよ。まったくバグの無いシステムだなんて思っている事はありえません。動作結果を知るためのシステムが返す番号すらも間違っている可能性なんて考慮してプログラムを書くはずが無いのです。
ご本人がそのようなことを言っていますが、ITの常識が通用しない相手に20日間監禁された精神消耗の結果、自分が悪かったと言ってしまったに過ぎないのですから。
3点目も同様にありえなず、WWWに公開されている時点で当該利用法は当然問題なしと捕らえるのがインターネット誕生以来の常識です。多くのクローラソフトがありましたが、事前の連絡をするように注意しているものなど見たことがありません。

なので、ベストプラクティスが実践できなかったとする事が大きな間違いだと強く主張したいのです。これがベストじゃなかったらインターネットは成り立ちません。

それでもよりベストな方法があるなどといったら、生まれてきた事が「問題」だったとかいくらでもいえてしまいます。
常識という多くの人に同意が得られる基準線以下なら「問題」とするとかしないと、酷い暴論になってしまうじゃないですか。

Librahackさんは平均基準よりも上で十分に気を使ってクローラを書いていたのに、ベストじゃなかったなんて言い方は無いですよ。

すべてのウェブサーバーにブラウザでアクセスする前に電話でしてもいいか問い合わせるぐらいしなかった時だって「ベストプラクティスが実践できていなかった」とか何とでもいえるじゃないですか。

今回の件は、図書館の情報を欲しい人が、図書館に迷惑をかけないように、勉強してきた高度な知識を駆使して、十分に配慮のされたコードを書きクロールをしたのです。

まずここではOTだがトップ汚したくはないので
>おおや氏
お手間かけました。しかしmohnoさんのコメントはどこだろう。まあ本人にきくのが早いかな。

>メロンさん
脇からだが失礼。

>これはちょっと酷いと思います。実際の被害者でるLibrahack氏の行動の是非の議論のなかで、そんな大雑把に問題なんて言葉を使わないで下さい。

それは違います。私はその講演の場にいなかったし、法学者でもないが(というかいまは研究者でもないんだが)大屋氏がそのような想定でこの語を使っているだろうことは、こうやって説明されずとも推量できた。これはそれくらい常識的なことで、かつ「大雑把」と評されるいわれはない。定義が与えられているのだから。

すでに一定の体系をもった術語群に新しい言葉が導入されてしかもそれが他の語と違う来歴のものであれば(ラテン語の術語のなかに日常語とか、法学用語のなかに日常語とか、そんな感じで)、それは他の語とは違う水準の話であることが含意されうるし、また定義が与えられたあとはその定義でのみ使われることが確定して、そこから逸脱しない限りはなんの問題もない。それをふたたび日常用語としての意味にこだわるというのは、まあウィトゲンシュタイン後期だと無碍にはしりぞけないのかな? だが私はウィトは前期後期ともに嫌いなので、このやりとりをみながら分析野郎ざまあみやがれと内心思っている、というようなことはありません。ほんとよ。

ともかく、日常語に定義を与えて独自な意味で使うというその手続き自体は学的陳述としてそれほど不当ではない。しかし違うところから、わたしはこれはちょっと不親切だなとは思った。わたしはその場にいなかったせいで、括弧に入れてある「問題」しかみていないので、それほど混乱は覚えていないのだが、しかしその日の聴衆は耳で聞くしかないわけで、そりゃちょいと大屋先生ひどいんじゃありませんと思ったことはここに記しておく――明快にたんなる問題と異なる聴覚印象を与えていたのなら話は別で、その場合にはわたしは不当な非難をしたということになるわけだが。

お邪魔しましたね。では、つづきをどうぞ。

しまったこれは管理者じゃないとコメント消せないのか――お手間とらせますが上のは消しておいてください。>管理者どの

というわけで、鰤さんのお申し出による重複コメントの削除を行ないました。

>メロンさん
なお当日はスライド上でカギ括弧表記(と、されていないものの使い分け)を行ないながら説明したほか、口頭では(混同の可能性がある場合に)「ベストプラクティスではないという意味での問題」(カギ括弧は発音していない)のように表現しました。このような表記法については、少なくとも人文社会系の原稿・論文・書籍等においてごく一般的な表記であり、ベストプラクティスに準拠しているものと思います。
この点にも関連しますが、「ベストプラクティス」の語義については端的に誤解されているようです。これについては、それこそ理系分野のテクニカルタームなので「お調べください」で済ませましょう。なお本件のクローラ(とその利用法)については、私ではないパネルの方から後知恵としてではあれ配慮が不足している面があったのではないかと指摘されていたことも申し添えます。

私は先生のブログ記事の趣旨を、
「早い段階で問い合わせのメールを送るような、客観的に故意の存在を否定するわかりやすい事情があれば、逮捕はなかったかもね」
「警察の逮捕が拙速だったって言うのはアリだけど、他の件で警察の介入が遅すぎたって批判してないよね?」
「警察の能力が足りないのは確かだけど、それを増強するコストは誰が負担するのかな?」
「厳しい基準で国が事前規制して責任を国が負う形式と、極力事前規制を避けて企業等に責任を負わせる形式があるよ。この事件とは別のケースでも、同じ形式を選択できる?」
というものだと理解しました。
ややサービス過剰気味ではあるものの、基本的には
『法的システムについて、法律学者として説明した』もので、
特に行為者を非難するような趣旨のものではないと解釈したのですが、
私の誤解でしょうか。
誤解なら私がバカだったせいということであり、私の責任です。

「常識」とか「普通」みたいな言葉を使うのは他に根拠がないということを暗に示してしまっているんじゃないのかなあとか、そもそも民事裁判と刑事裁判の区別すらつかずに議論に参加してる人もいるんじゃなかろうかとか、商法とか借地借家法とか消費者契約法とかを知らないと一般人を「弱い」と評価する感覚はわからないかもなあとかいろいろ思うのですが、今回の件で一番痛感したのは『伝聞法則』の重みです。自らの名前を晒しながら又聞きの情報を根拠にtwitterで批判を全世界にばらまく前に、発言者にその趣旨を確認するメールを送り『尋問』しておくのが『安全』と考える私は、世間的には非常識な人間なのでしょうか。ひょっとしたらメールという通信手段が既に『前世紀』のものなのかもしれませんね。それなら仕方ないですね。

 ご挨拶ができずに失礼いたしました。他の方の話を聞いたり記事作成の作業をしたりしていたら既に会場にはいらっしゃらなかったという事情はありますが、何なりとアプローチする方法はあったわけで、お詫びいたします。

 一点だけ。「大屋さんご自身がいずれ説明なさるだろうとは思いつつ」という私のツイートは、このブログ上を想定していました。それも、ツイッター上の批判に応えるということではなく、シンポでどういう発言をしたかについては、どの程度のディテールまで踏み込むかはともかく、ブログ上の記事で何か説明されるんじゃないかなと推測した、ということです。そもそも大屋さんはツイッターのアカウントをお持ちではないと思っておりました。
 ツイッターのユーザーというのがごく限られた、しかも偏った層だというのは私もまったく同感です。会場に来ていないにも関わらず「パネリストのレベルが低い」なんぞとのたまわっていた人がいたことについては、なにをかいわんや、ですね。

まず、鍵括弧の有無で強調などという言葉遊びは解りづらいです。
「意図を汲み取れ」的な内容は控えた方がよいと思います。

さて本題です。

>•その意味での「問題」は今回の行為者にもあった。
>•たとえば、図書館システムに欠陥があることを想定するとか、プ
>ログラムの動作結果をきちんと検証するとか、事前に図書館側に当
>該利用方法について連絡するとか。

は「問題である」という主張が批判されていることを理解されていますでしょうか?「義務ではない」と言っても「問題である」と言ってしまったことこそが問題なのです。

自動車免許を持つ人は「乗っている自動車に欠陥があることを予期しないことが問題」なのでしょうか?

義務ではなくても欠陥車は予期すべきことなのでしょうか?

欠陥車によって起きた事故をあとから「欠陥を予期できたことがベストプラクティス」と言うでしょうか?


はっきり言うと「そんな馬鹿な話しがあるか!」です。

どの切り口から考えても誤りであると思いますが、いかがでしょうか?

「ベストプラクティス」が「理系分野」のテクニカルタームですって? バズワードの間違いでは?
バズワードというのは言い過ぎにしても、「通例」とか「公序良俗」と同様、「明確な基準が無いけど何となく指すものが一致しそうな何か」を指すための指示代名詞でしかないでしょう。そしておおや氏の考えるlibrahack氏のとるべき「ベストプラクティス」は残念ながら、Web技術のそれから大きく外れてしまっていただけです。
へたくそなたとえだけど、100m走者の「ベストプラクティス」をマラソン走者の「ベストプラクティス」として適用しようとして、現実のマラソン走者を非難しているようなものです。

>匿名希望さん
私自身の意図としては、まとめられたようなもので正確かと思います。もちろん私自身の表現能力の限界というものがあったかとも思いますが、しかしご指摘の通り、伝聞の問題性ということが示された事例かと思います。まあtwitterがそういう問題を起こすというのではなく、もともとうかつな人のうかつな振る舞いがtwitterで加速される、ということだとは思うのですが。

>たすくさん
カギ括弧の使用法については、上にも書きましたが、ごく標準的なものです。「本題」部分については、はっきり言って理解不能です。「正しいことを言うべき」という観点からは、「「問題」があった」ということを指摘することになんの問題もないと思います。(正しいかどうかは別にして)「問題解決のために適切な発言をするべき」という観点からは、一方当事者を不当に免罪することによって他方当事者を「犯人」扱いするような態度は(当事者のいずれを悪者にするのであれ)事件処理や再発防止に向けた協力関係・信頼関係の構築を阻害するので有害極まりないと考えます。いずれにせよ一部の騒いでいる方のような発言・行動は正当化されないでしょう。まあ、そもそもご自身が(私が慎重に使い分けているところの)問題と「問題」の使い分けを無視して混乱した内容をお書きになってしまっているので、「そういう水準の人間は混乱するんだよ!」と言われたらそうかもしれませんね、と思いますが。

万人にわかるように説明しないと貴方の立場がどんどん悪くなりますよ。現状ではカギ括弧の有無で言葉遊びをしているようにしか取られないと思います。

私なりに要約すると以下でいいですかね?

1.問われたことには回答していない
2.『問題』と言うことには問題は無い(が本当に問題だったかは別)
3.公平な立場から双方の視点で指摘を行わなければ偏りが出て有害
4.せっかくカギ括弧で使い分けているのに理解できないの?

まず1に関して。これは2にも関係します。

・「ベストプラクティスではないという意味での問題」とするのであれば、例えは、
「欠陥車によって起きた事故に対し『欠陥を予期できたことがベストプラクティス』である」と言えますか?

YES(それこそがベストプラクティス)かNO(そうではない)かでお答えください。
その上で注釈や補足は構いません。
(ここでは「問題」の意味に関しては問うていません)


次に2
もしそういう意味であれば、とても無責任だと思います。

どちらにせよ解りにくい点があります。
・当日は「ミスで『問題』と発言してしまった」のか?
・それとも「『問題』と言った事は撤回もしないし実際問題のある行為」だと思っているのか?
・または「『問題』と言ったのは『そういう意味ではなく本人の問題でもないが正しく伝わっていない』」と言いたいのか?
・それ以外(の場合、上記のように「明確に」お答えいただければと思います)


次に3
既に議論され尽くされている事に関して、あえて悪い例として「問題ではないのか?」という仮定として提起したというのであれば解ります。
しかし、公平性という名の元に、無理に問題を作り上げる方が遥かに問題だと思いますがいかがでしょうか?

真意はどちらなのですか?
もしくはそれ以外なのですか?


次に4
どうとでも取れるカギ括弧が云々というずるい手法はそろそろ辞めませんか?
明確に「こういう意図でこういう意味で発言しました」とだけ言えば済む話しをわざわざ解りにくいように捏ね回す必要がどこにあるのですか?
誰にでもわかるように説明することが大事だと思います。


>恥さん (なんか私が悪口言ってるみたいじゃないか)
「ベストプラクティス」について、いやまあ確かにバズワードなのかもしれません。しかし医療倫理系の会議でも原子力安全系の研究会でもそういう言葉を(私ではなくて医学工学系の方々がね)使って議論が進んでいたので、世の中とはそういう言葉からできているのかもしれんと思うところはありますな。我々法哲学者の一部ではかねて「責任」とはバズワードであるという議論もしていたところ、しかしまあ刑事実務はそのようなもので進行してしまうわけです。後半については、前のコメントで書いた部分をご参照くださいな。

>たすくさん
私は万人に分かるような文章は書いていないと思いますし、書こうとも思っていません。たとえば乳幼児にはまったく理解できないと思いますし、書いたものをちらちらと大学入試などに使っていただけていることからかんがみるに、高等教育を受けるに値する国語力の持ち主かどうかを判定するのに適切なレベルだと考えられているのではないかと思います。まあだから、それ以下のレベルの人には読めないんだろうね。自分が何を言われているかということ程度は理解できますか?

ベストプラクティスがバズワードとか、
坊主憎けりゃの勢いでなんでもかみつくのはいかがなものか。
と、Perlベストプラクティスを座右の書とする一モンガー志望者が横からツッコミを入れてみる。

利用者(岡崎市民)に充分なシステムを提供しなかった市に全面的に責任があると思います。

コメントする

2012年10月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Monthly Archive

Webpages

Powered by Movable Type 5.14-ja