日本の貧困

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「米国紙「ニューヨーク・タイムズ」は21日、長年にわたって経済が低迷している日本はすでに平等に裕福な国ではなくなり、貧困層が拡大していると報じた。 チャイナネットが伝えた。」(サーチナ) というニュースを見かけたので見に行ってみたよ。結論的にはまあ、もともと出来の悪い記事をダメな人が読んでさらにダメになりましたと、そんな感じかな。

まずサーチナの記事について言うと、「4 人家族の世帯収入が2.2万ドル(約207万円)以下の場合は貧困層とされるが、日本厚生労働省が2009年10月に発表したデータによると、日本の貧困率は15.7%に達し、米国(17.1%)に近づきつつあるという。」というあたりでわかっている人は気付くわけだが、これは「相対的貧困率」の話で「絶対的貧困率」とは違う。後者の水準は世界銀行定義だと1日あたり所得1ドル以下なので、ここで出てくる基準(2.2万ドル)の1/15くらいですかね。「日本は子どもの7分の1が貧困の中で生活して」いるとか書かれるとぎょっとするわけだがその「貧困」というのは(我々が途上国に関して想像するような)食うや食わずの状態というわけではないですよ、というのが一つ。

じゃあ「相対的貧困率」とは何かというと等価可処分所得が全国民の等価可処分所得の中央値の1/2に満たない国民の割合のこと。「等価可処分所得」というのは世帯の可処分所得を世帯の大きさによる違いが出にくいように世帯数の平方根で割った数値な。まあだから、それぞれの国の経済状況に大きく依存した数値だというのがポイントで、上記の通り日本では2.2万ドル以下が「相対的貧困」ということになるがウズベキスタンでその額の可処分所得があれば上流階級だろうなあ。逆の話としては物価や購買力も考慮されていないというのがあり、日本の「相対的貧困」者の方が清潔な生活を送っていて平均余命が長いという可能性もあれば、ウズベクの方は新鮮な食材が安くて「豊か」な生活だという可能性もある。もちろん可処分所得というフローだけの指標で資産(ストック)も見ていない。まあ要するにあくまでその国内部の相対的格差の存在に関する指標で、絶対的な生活水準とか生命の危機といったものとは直結していません、その意味で「貧困」よりは「格差」の指標なので、それをもって貧困層が増えた減ったという使い方をすることには問題があるよねという話。そのどちらにしても中国に云々されるような程度の話ではないけどねとも言ってみたり。

さらに同記事は「日本政府は1998年以来、貧困層に関する統計データを隠ぺいし、貧困問題の存在を否定していた」と書くのだが、それはこの指標が上記の通り限定的な意義しか持っていないわりに誤解されやすいという出来の悪い代物だからではないかと思い、そもそもOECDがちゃんと調査して発表してたんだから秘密でも何でもない。政府が言わないものは見られない国とは違うわけであって、そのあたりの事情がわかっていない人が要約したトンデモですよというのがサーチナ記事に対する評価かな(いや問題がチャイナネットの段階で生じたのかサーチナなのかは知らないが)。

じゃあNew York Timesの元記事(Japan Tries to Face Up to Growing Poverty Problem)はどうかというと、まず基本的に社会面的な(統計とか理論ではなく調査とエピソードに依拠しているという意味で)記事だという色合いがある。なので、上記のような相対的貧困率の算出方法については一応記事内でも触れられているが、それがあくまで「相対的貧困率」という一つの特殊な指標に過ぎないことや「絶対的貧困率」との違い、どういう場合にその指標が変動するかなどという事柄には触れられていないし、どうも記者にその知識もなさそうである(そのあたりの「一応は触れている箇所」を飛ばしたためにサーチナはトンデモになっている)。まあ要するに、「政府は貧困問題を知っていました。しかし隠蔽していたのです」"The government knew about the poverty problem, but was hiding it"と記事中でも語っている人物あたりに吹き込まれたんじゃないかね。湯浅誠氏のことですが

でまあ、社会面的と言ったけど記者に日本社会に関するまともな知識はなさそうだねというのも記事の各所から感じられる。というのは、岩田正美氏の「[豊かな社会における貧困者は]自動車と携帯電話を持っていますが、それ以外の社会から切り離されているのです」"These are people with cellphones and cars, but they are cut off from the rest of society."という言葉を紹介しているように、これが絶対的貧困(あるいは典型的な「貧困」のイメージ)とは違うという意識はある。しかし、記事に登場するSatomi Satoさん(51歳の母子家庭)が二つの仕事を掛け持ちしても、痛む関節やめまいなどの健康不安に対処するために医者にかかったり薬を買ったりするお金がないEven with two jobs, she says she cannot afford to see a doctor or buy medicine to treat a growing host of health complaints, including sore joints and dizziness.というのをさらっと書いてしまうあたりからもわかるし(つまりしかし日本には国民健康保険があるのでアメリカに比べればこの健康不安は社会的にかなりの程度対処済みだよということが理解できていない)、彼女の17歳の一人娘がアニメの声優になるための専門学校に通いたがっているwants to go to a vocational school to become a voice actress for animationというのを見た瞬間我々が感じるあ〜あ感みたいなものもわかっていないわけ。問題は絶対水準よりは格差にあり、しかもそれは多分にお金の使い道に関する感覚の格差に由来するのだから、自由に使えるお金をまくだけの子供手当てではダメなんだよね、と思うわけですよ。

もちろん日本にも絶対的貧困はあるし、相対的貧困の問題に限っても無視できるわけではないし、それらに対処するための施策に問題がなかったとも言いがたいとは思うわけです。しかし特定の指標を本来の意味を離れて振り回すことによってあらぬ場所へと社会的注目を集めようとするような話にジャーナリズムが無批判に引っかかってもいかんでしょと、まあそういう話。

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