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Alabama Shooting
12日にアラバマ州ハンツビルの大学で発生した同僚射殺事件に関する国内報道がもろもろなので簡単にまとめてみる。
- 事件が起きたのはUniversity of Alabama in Huntsville (アラバマ大学ハンツヴィル校)。朝日新聞は「同州立大学ハンツビル校」と書いており、同大学は州立なので誤りとは言えないが「Alabama State University (アラバマ州立大学)」は別にあるので不適切。アメリカでは、University of California (研究大学)とCalifornia State University (教育大学)のように、同じ州立だが名称が違って併存しているケースがあるので注意が必要。アラバマの場合、どうもAlabama State Univ.の方はもともと黒人を対象として作られた大学だという話らしい。
- 容疑者として逮捕され、訴追されたのはDr. Amy Bishop。職位はAssistant Professorなので(同大学ウェブサイトによる)、「同校の生物学教授」(産経新聞)・「教授を務める女性」「生物学教授」(朝日新聞・前出)はいずれも不適切。というかこれを「教授」と訳してしまうと終身在職権(テニュア tenure)の審査でトラブルになったという記述の意味がわからなくなる(一般的に(正)教授はテニュアを持っている)。
- ではどう訳すべきかというのは、もちろん日本の制度と一対一対応しているわけではないので難しいところもあるが、職位を上から並べていくと (Distinguished Professor) → (full) Professor → Associate Professor → Assistant Professor → Instructor →Lecturerという感じ。このうちDistinguished Professorは明確な職位の区分というよりはそういう称号を許されていたり「○○記念講座教授」(冠講座教授)というポストに就いている人のことで、一般的には処遇も優れていれば格も高いと考えられているが、統計などでは(full) Professorの一部に入る(と思う)。(full) Professorが狭義の「教授」(正教授)で、続くAssociate Professorを「准教授」と訳すとすれば、その下の名称として直訳にも近い「助教授」を使うかなというところ。日本の大学では、准教授(旧助教授)をAssociate Professor、専任講師をAssistant Professorと訳しているケースが多いのではないかと思われ、この対応を重視すれば「(専任)講師」と訳す案もある。
- いずれにせよ「准教授」ではないので「生物科学部准教授」と表記している読売新聞も残念という感じ(朝日・産経よりがんばったことは認める)。不適切な理由は、さきほどの職位の系列にある最大の段差はAssoc. Prof.とAssis. Prof.のあいだにあるものだからで、それがつまりテニュアの有無だから。もちろん例外もあるのだが、潮木守一『職業としての大学教授』(中公叢書2009)によれば「教授の9割、副教授[Assoc. Prof.のこと]では74パーセントが終身職である。それに対して助教授[Assis. Prof.]で終身職にあるものはわずか8パーセントでしかない」(補足は引用者)。また「助教授で終身職にいる8パーセントのものとは、多くが短期大学の教員である(......)。それに対して4年制大学の助教授には終身職のものはほとんどいない」。容疑者はこの段差の下におり・上に登りたかった人なので、下側にいることが明確になる訳語を使うべきであったと思う。まあだから、「助教授」が正解でしょうね。
- ではなぜアメリカ報道などでも「a biology professor... was charged with murder」(New York Times)というような表現が使われているかというと、professorが小文字で始まっていることからもわかる通り、これは「教授」という称号/職位ではなく可算名詞だから。つまり「教員団の一員」である広義の「教授」のこと。「大学教員」という職業区分に近い。Lieutenant General (中将)だろうがMajor General (少将)だろうが、あるいはBrigadier (准将)で明確にGeneralという言葉が付いていなくても、「army generals」(陸軍の将軍たち)でしょう、ということ。同様に、「the dead were all biology professors」(同上)と書かれているが、被害者の職位は正教授(学科長)・准教授(Assoc. Prof.)、助教授(Assis. Prof.)とまちまち。まあでも全部、名詞としてはprofessorsで数えるんだよ、ということです。
- でまあ犯行の動機としてはテニュアの審査が拒絶されたからという話が出ている。正確にはすでに「不合格」の決定が一度出ていて、異議申立てしたんだけどやはりダメでしたということだったらしい。Assis. Prof.というのは一般的に「テニュア・トラック」という、このテニュアへの申請をするためのポストなので、一定期間在職して合格しないと辞めなくてはならない。アラバマ大学の場合は6年間で合格しないとクビというルールだったようで、容疑者は2003年に移ってきているから今年度いっぱいで合格しないと失格になる。その間際でした、ということ。だから「研究者にかかる心理的重圧が議論を呼んでいる」(読売新聞・前掲)という話になり、それはそうなのだが、もう少しややこしいこともある。
- まずテニュアとは何かといえば「終身在職権」であり、アメリカでは定年制が廃止されているのでそれは文字通り辞めたくなるまでいていい権利である。上述の通り、Assoc. Prof.以上の教員はほぼテニュアを持っているので、「米国の大学では、特にすぐれた業績をあげた教授に「テニュア」と呼ばれる終身在職権が与えられる」云々という前掲朝日新聞の解説はほぼ誤り。「給与や講座維持などの面で一般教授より優遇されることも多い」(同)というのもDistinguished Professorの話で、テニュアの問題ではない。
- しかしそこで保証されているのは「在職」だけで、日本と違って年功での昇級や待遇改善はないから、テニュア獲得後何もしなければそのままその時点の待遇が一生続くということになる。待遇を改善するためには、業績をあげて他の大学から良い条件で引き抜かれるか、それを材料に残留交渉をして条件を引き上げるかということになる。要するに、テニュアが取れるかどうかというのはもちろん非常に大きなステップで重圧がかかることも当然だが、それをくぐり抜ければ競争が終わるわけではなく、一生圧力にさらされるのが基本。それに耐えられない人間はそもそもアメリカの大学教員に向かないんだよね、ということである。日本の大学もちっとは見習えばいいのにと個人的には思っているわけだが、その話は措く。
- ただまあ、我々のような文系教員と違って生物科学のような実験科学者だと新しいポストは見つかっても研究室を一から作り直さないといけないわけで、まあ簡単に移動したくはないよなという点は理解できるわけではある。なにやらその、テニュアの申請が最初に教授会で拒絶され、異議申立てしたら認められたんだけど大学本部に再度覆されて拒絶された(これが最終決定)とか、別件で以前に学長のリコール運動やったとか(失敗)、いろいろ経緯があったらしいところも憤懣の原因になったのかもしらん。
- とか思っていたら、1986年に容疑者が持っていたショットガンから発射された銃弾に当たって彼女の兄が死んでおり、関係者の証言もあって「事故」として処理されたが隠蔽工作があったんじゃないかとか再調査される動きになっているとか、1993年に当時容疑者が勤務していたボストン小児病院(Children's Hospital Boston)の同僚のところにパイプ爆弾が送りつけられた(不発)事件で彼女と夫の双方が連邦アルコールたばこ火器局の捜査を受けていたとか香ばしい話が続々と出てきているわけで。なんかこう、アメリカの大学がどうこういう一般的な問題に還元できるのか、特殊なパーソナリティの問題なのかという話にはなってきている模様。
- まあもちろん、過去にショットガンの暴発事故で人を死なせている(ことになっている)人間が拳銃を持って大学に入れるアメリカ社会の病理が云々、という話はあるわけですけどね。どっとはらい。
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このブログ記事を参照しているブログ一覧: Alabama Shooting
> 専任講師をAssistant Professorと訳しているケース
「助教授」が「准教授」に、「助手」が「助教」になってからは、「助教」を"Assistant Professor"と訳す例をよく目にします。Assistant Professor → Lecturer → Associate Professor(→ Professor)と出世するのはちょっとナゾなのですが。
このあたり大学ごととか、はては学部ごとにポリシーが割れているのですが、助教も専任講師もAssistant Professorにしてしまうという対応も目にします。日本語の職名と一対一対応が取れていないのですが、特に国立の場合は専任講師自体が(例外を除いて)ほぼなくなりつつある職階なので、これも一つの合理的な対応かなとも思います。