政治的行為

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えらいことご無沙汰でした。別に何があったというわけではなく、累積原稿債務の整理を優先していただけなのですが、この間も行政負担がいっこうに減らない(というか入口がさらに増えた)こともあっていっこうに芳しくなく、じゃあどっちにしろ同じじゃねえかと思ったこともあってまた出てきました。というかこういうのもちょっと間が空くとおっくうでいけませんな。この間に公開された仕事などについては、追って補完します。さて。

陸上自衛隊の連隊長さんが「同盟関係は『信頼してくれ』などという言葉で維持されるものではない」云々と会合で挨拶したことに対して北沢防衛相が「外交における政府の意思決定をないがしろにする行為」とご立腹だという件(「陸自連隊長発言「首相を揶揄、許し難い」 北沢防衛相」asahi.com)。こういうのは、いつも書いていることだが、法的な次元と政治的な問題に分けて考えるのがよろしい。

まず法的な次元の問題として、これが公務員に対して禁じられた「政治的行為」にあたるかという問題。一般公務員の場合には、前にも言及したことのある国家公務員法102条1項、およびそこから委任された人事院規則14-7の5項・6項の問題だが、自衛隊員の場合は自衛隊法61条1項、およびそこから委任された自衛隊法施行令(以下「施行令」)86条・87条の問題となる。とはいえ、両者を比較してもらえればわかる通り条文規定の内容はほぼ同一であり、特別職国家公務員である自衛隊員には国家公務員法が基本的に適用されないから別立てで規定を用意したものに過ぎない。従って、自衛隊固有の職務に基づく制約に注意しつつも、基本的には人事院規則に関する議論が通用すると言って差し支えない。

それはつまり、公務員にも政治的自由はあり、ただ職務の性質から一定の制限を受けるという考え方である。基本的人権に対する制約であることから、この制限は抑制的に考えられなくてはならないことについても、すでに述べた。このために人事院規則(および施行令)は「政治的目的」と「政治的行為」という二段構えの規定を置き、制約される行為の範囲を政治的な目的を持った政治的な行為へと基本的に限定しているわけである。

さて、それでは今回の連隊長発言について。まず行為性については、施行令87条1項11号が「集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声器、ラジオその他の手段を利用して、公に政治的目的を有する意見を述べること。」を挙げているので、外形的部分について該当することは疑いない。従って、これが法の禁じる行為にあたっているかどうか(まだ政治的適切性を云々する段階ではないことに注意)は、その内容が「政治的目的」を持っているかどうかにかかっていることになる。

「政治的目的」性については施行令86条が定めるが、うち4・5号以外は明らかに問題にならないことがわかるだろう。可能性があるのは4号「特定の内閣を支持し、又はこれに反対すること。」および5号「政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し、又はこれに反対すること。」だろうが、連隊長発言が鳩山内閣やその政策決定に言及したものではなく、ある特定の態度ないし考え方を批判したものに留まることを考えると、この特定性に難がある、ということになろう。つまり一般的に政策というのはまださまざまに選択肢がある状態からそのうちのどれを選ぶべきかという前向きの問題である。すでに行なわれた決定に基づけば一定の義務ないし責務がある(だから履行すべきだ)という後ろ向きの主張には、未来に対して影響を与える意図が第一義的には想定できない以上、政策の問題ではないと考えられるからである。例を挙げれば、「消費税率を上げるべきだ」というのは今後の決定をどうするかという問題であり、従って政策提言だが、「贈与を受けたら贈与税を払うべきだ」というのはすでに導入されている贈与税制度の適用に関する主張であり、政策に関する発言とは言えない。それは、たとえば贈与を受けたかどうかという事実関係に争いがあり、従って納税義務があるかどうかについては社会的な論争の対象になっているというような事態があったとしてもなお、そうなのである。それはあくまで、すでに選択された社会的意思決定の執行に関する議論であり、政策に関する問題ではない。

さてこう考えたときに当の連隊長発言がどうかといえば、例として挙げた納税義務に関する問題ほど真っ白ではないものの、政策性が感じられるとは言いがたいということになろう。つまり、「同盟関係を維持するなら・しかるべき行動を取るべきだ」という主張は、それ自体としては、同盟関係を維持するかどうかという将来の選択に関する問題には中立的だからである。もちろん、一般的にこのような主張をする人の多くは維持するべきだという主張を持っているので(医師や弁護士のような専門家であれば、まったく中立に選択肢それぞれが必要とするものについて述べるという事態も想定できるが、その場合の発言相手は選択に迷っているクライアントであって、開かれた範囲ではない)、そのような政策的意図の表出という要素がまったくないとは言い難いだろう。しかし、繰り返して言えば公務員に対する政治的行為の制限はあくまで限定的に適用されるべきなのであって、私自身はこれを「政治的」と扱うことは望ましくないと考える。

まあそもそも、大臣が「許し難い」と「厳しく批判」している割に処分は文書注意であって、つまり法の定める懲戒処分ではないこんなもん法的には処分できませんという話が透けて見えるよな、とは思うわけである。

***

さて、しかし法的にはその程度の話であるとして、政治的にはどうなのか。「違法」ではないとしても「適切」なのかという問題はあるだろう。これはまあ法的な問題と違ってそれぞれの人の立場によって意見が違ってくると思うが、私としてはそもそも日米同盟が揺るぎないという現状認識があれば「そうですね」で終わる発言じゃねえのかという点を指摘しておきたい。

確かに首相の「信頼してくれ」という言葉はあったわけだが別に"Trust me."という表現が過去に例のないものだというわけでもなかろうし、仮に現場レベルの関係に熱が入っていないとしてもそれはそれとして日米関係にトラブルはありませんという状況であれば、せいぜい「まあ現場の人としては言いたいこともあろうけどねえ(苦笑)」という程度の話だろう。あるいは、問題があると認識していたとしても原因がまったく別だと思っていれば(相手国元首のパーソナリティの問題とかな)、やはり「同盟関係は『信頼してくれ』などという言葉で維持されるものではない」という発言を「揶揄」とは受け止めないのではないか。これに「許し難い」とかいきり立つこと自体、北沢防衛相が日米同盟はうまくいっていないし、少なくともその一因は「信頼してくれ」と言うだけでほったらかした鳩山総理にあると思っていることの証拠みたいなものだ、と思うわけである。いや、私はそう思っても無理ねえなと思うけどさ。

しかしその、少なくとも字面としてこの発言はそう画期的なことを言っているわけでもないわけで、それが「揶揄」に響いてしまうというのはどちらに責任がある問題なのか。つうか税務署の中の人が「間違いが露見したらあとから修正申告すればいいやという態度ではなくて、贈与を受けたらきちんと確定申告してください」と言ったら総理大臣に対する揶揄になりかねない現状というのもあるわけだが、これは税務署の人が悪いのか総理の方が悪いのかということを考えるべきだとは思うわけである。

まあ当の連隊長の人に対しても「いらんこと言いなや」という気分はあるのだが(第一に、上述した通りこの発言が真っ白だとは言えないよねえと思うところもあり、第二にいま無駄にそういうこと言っても仕方ないじゃんと思うところもあり)、そもそも問題がどちらにあるのかということを考えずに責任を全部部下に転嫁していくという態度はどこかしら『ヒトラー最期の12日間』に似てきたな、とは思うわけである。別にベルリンに追い詰められて生命の危機に瀕しているわけでもないし、現に権力を握っていて「次の選挙」まで(少なくとも民主的に)追い出されることはないんだから、ちっとは泰然としていればいいのにねえと思うところではある。

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軍隊という暴力装置で、将校が外部に向けて最高指揮官を批判ないし揶揄するような発言をしたことが問題なのでは。税務署員云々はちょっとずれているような。

米軍だと現役将官が最高司令官の批判(と受け取られかねない発言)に非常に禁欲的であるという印象があるのですが。

この経緯から鳩山内閣が普天間のごたごたで浮き足立っているのが透けて見えるというのはその通りだと思いました。

観念的ですいません。

>バグってハニーさん
軍隊は暴力装置なので一般的な政府機関の場合と比較して厳しい規律に服さなくてはならないという点についてはその通りです。本文では「自衛隊固有の職務に基づく制約に注意しつつ」と書いたあたりで、そこがまったくのイコールではないよと意識はしていました。
また、「同盟は守りましょう」というのは「税金は払いましょう」というのに比較してやや客観性・中立性が低い主張ですから、その意味でも本件と税務署の例がまったく同じでないといのは、「真っ白だとは言えない」と書いた通り、事実です。
しかしじゃあ責任割合で言うとどうなのかというに、税務署の例のように10:0ではないにせよ9:1か8:2で鳩山政権だろう、てめえの側の責任を部下に押しつけてるんじゃねえというのが全体の趣旨でした。
なおアメリカの将官たちが発言に禁欲的だというのは他の分野の人々に比べるとその通りだと思いますが、政権批判を意味しかねない舌禍事件の数も、政策決定に対する意見表明を公開の場で行なうケースも、自衛隊の場合とは比較にならないほど多いと思います。まあ後者は議会の公聴会や委員会などで軍人が直接に意見を聞かれているということで、むしろ民主政が良好に機能しているのだとは思いますが、

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