前の記事: 立憲主義とグローバライゼーション << | >> 次の記事: 草原へ(2)
草原へ(1)
なんか勢いが付いて田中克彦『ノモンハン戦争:モンゴルと満洲国』(岩波新書新赤版、岩波書店、2009)を読んでいた。加藤陽子『満州事変から日中戦争へ (シリーズ日本近現代史(5))』(岩波新書新赤版、岩波書店、2007)からの流れなんだけど、まあウチの支援対象国でも北の方の話をちょっとまとめて勉強しようかなあと思ったので。でまあその、結論的に言うと、題材は面白いし読む価値は十分にあると思うけどグダグダですと、そういうことになろうか。
グダグダの一つ目というのは、端的に文章の問題。たとえばモンゴル・満洲国間の国境問題を討議するために開催されたマンチューリ会議のモンゴル側代表団長・サンボーがソ連の指示に忠実であったにもかかわらず更迭され、後任となったダリザブとともに翌々年には「日本のスパイ」との嫌疑で銃殺されたことを述べたあと、文章は次のように続く。
たぶん「いかに、それに劣らぬやり方で満洲国のモンゴル民族の名ばかりの自治を支配していたかは、」を削るとまともな文章になると思うのですが、このままだと文法解析に失敗するよねえと。この種の途中で言いたいことが次から次に出てきた結果として文頭と文末の平仄が取れていない文章が頻出しており、いかに題材が面白くてもたとえばウチの留学生に読ませるわけにはいかないなあと悩むところなのである。
まあただこういうことを書いておかなくてはいけない気分もわかるというか、「ソ連が悪かった」から「だから日本はよかった」に直結させる人たちがおそらくそれなりの数にはいるのだろうから、そういう使われ方をしないようにできるだけきちんと予防線を張るようにしようということなのだろうと思う。しかしここから第二のグダグダが始まるのだが、「ソ連が悪かった」「日本も悪かった」はいいとして、そこから「だからソ連も日本も同じくらい悪かった」(あるいは「日本の方が悪かった」)にも直結しないよねえと思うわけである。次回に続く。
Trackback(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 草原へ(1)
Write Your Comment