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現代と中世の借金(6・完)

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話はいきなり飛ぶ。

イングランド法の特徴の一つが不動産法にあることはよく知られている。たとえば、土地に対する権利の典型である「自由土地所有」(freehold)を教会や大学のような団体に移転することは禁止されていた(mortmain(死手)の禁止)。あるいは、土地そのものに対する取り戻しを要求する基礎たり得る権利(seisin)は土地の現実の占有(possession)と区別されていたのであるが、曖昧になったり複雑化することを認められていなかった。その設定・譲渡は厳密な形式を守る必要があり、土地自体の引き渡しも必要であった(要物性・要式性)。あるいは、seisinの第一番目の権利者は必ず現に存在する必要があり、未確定の後順位権利は消滅することになっていた(destructivity of contingent reminder)。seisinの中断も禁止されていた。

これらはいずれも、土地所有(seisin)が封建制上の奉仕義務の源泉であったことを考えれば容易に理解することができる。すなわち自由土地所有の代表であるmilitary tenureは一定の軍事奉仕を提供するという約束の下に認められる権利であり、さらに付随的な義務(incidents)であるRelief(相続料の徴収)・Wardship(後見・相続人が未成年であるあいだ扶養義務を負う代わりに土地を使用収益する)・Marriage(婚姻関与権・望ましい結婚相手を紹介するか、本人の望む婚姻を承認する代わりにその代償を得る)などが領主側に認められていた。このincidentsはいずれも所有者が代替わりする個人である場合にしか発生しないので、死なない団体への移転は領主側の実質的な実入りを減少させることを意味した。mortmainの禁止はこれが理由であると言われている。

また、seisinが中断したり、軍役を実際には負担できない未成年者・無能力者に移転されればやはり軍事奉仕の減少を招く。これは領主の直接的な勢力減につながるので、上記の通りそのような不安定をもたらす土地移転は禁止されたのである。

***

さて何が言いたいかというと、(この点はヨーロッパでも日本でも共通だと思うが)封建制における土地というのは所有者の財産であると同時に領主にとっての財源でもあったということである。そして現代と異なり一般的・広範囲な徴税制度の確立していない中世においては、領主にとってその所有関係が頻繁に変動したり対面的な信頼関係のない相手に移転されてしまうことは勢力の不安定化をもたらし、確実に忌避されただろう。それが、土地の質流れを禁止し、所有関係を固定しようという中世法のより大きな動機として考えられるのではないか。

実はこの点は、著者自身によって、以下のようにその意義をまったく捉え損なった形で指摘されている。

中世の貸借契約では、いつになっても何年たっても定額の借金本利を返済すれば、質流れになった質田や質物は債務者の手に戻された。質地田畑はいつまでたっても他人の私有物になることはなく、定額利子付借金さえ返済できれば、債務者の手に戻った。質経済が売買取引と並んで独自の世界をつくりだしていた。階級分化はスローで、質田や質物のやりとりで債務者も破産せず、債権者も不良債権で破産することもすくなかった。(177・強調引用者)

つまりそれは、個々人の成功失敗や能力の有無をすべて無視し、かつて存在したような社会秩序を固定化するためのシステムだったのではないかということだ。仮にそうだとすれば我々が問うべきなのは、そのように土地の所有者=社会の一定以上の階層に属する人間が、経済的事情やそこに反映する本人の能力によらず生得の所有関係によって規定されてしまう中世社会と、本人の才覚さえあれば地位・階層の上昇がはかれる(逆になければ転落する)近代以降の社会のどちらがより正義にかなっているかということであろう。著者は、土地所有者が転落することのない中世社会の方が望ましいと一貫して考えているのだが、逆に言えばそれは持たざる生まれのものがどれだけ努力しても「持てるもの」に上昇することのできない社会でもある。まさに著者が言及したグラミン銀行の顧客のように担保にする土地すら所有していない貧困層にとっては、著者の称揚する社会こそ過酷な抑圧に他ならない。

それでもなお借金によって所有秩序の変動しない社会の方が望ましいと考えるのか。リベラルである私としては「否、断じて否」と主張したいところなのである。

***

さて、もともと学際性のある課題に取り組むというのは極めて難しいことである。関係する領域のうち一つのディシプリンを身につけるだけでも相当の年月が必要であり、しかしそれだけでは別の領域のごくごく初歩的な常識が理解できていなかったりして、馬鹿にされることになる。かといって両方を勉強していけばいいかというと、どちらからも一人前の研究者と認められなかったりする。私自身も「法哲学」という、独立した一領域として認められてはいるが学際的な位置にあるような学問の研究者であるだけに、関連するディシプリンとの距離の取り方には常に苦心してきたところである。だからこそ、にもかかわらずそのような領域に挑戦すること自体は高く評価したい。

しかしその成果が、関連領域の学部生でもやらないような間違いに満ちていたり、そもそも一般社会人の常識に反するような代物ではやはり許容できないというか、むしろやっぱり「学際」とかこの手のシロモノなんだという偏見を強化することにつながるので極めて有害である。

私としては著者に反省を求めることは無意味であると考えるのだが(その能力があればそもそもこんなシロモノを世に出すことはないはずである)、版元である吉川弘文館については歴史の素人なりに信頼感を持っていたので、こんなものを歴史文化ライブラリーの一巻として刊行したことには衝撃を受けている。猛省を促すとともに、すみやかに絶版されることをお勧めしたい。というか、同社の看板に対する信頼を重視するならば回収ものでしょう、これは。

***

最後に小ネタとして一箇所引用しておく。法学関係者は瞠目すること。なお他にもこの表記で言及されている部分があるので、単なる偶然の誤植や変換ミスではない

戦後、吾妻栄は『近代法における債権の優越的地位』(有斐閣、1953)を発表し、近代社会では物権よりも債権が優越していくと説いていた。しかし、バブル経済が破綻するまでは、担保にとった土地の物権が債権に優越するという土地神話が列島を支配して、その誤りに気付くものはいなかった。(145)

ぐぐってみたところこの本をブログで誉めている福岡県弁護士会関係者というのがいたわけであるが、事務職員か何かであって弁護士でないことを心より祈るものである。つうかもしそうだったら泉下の我妻先生にお詫びに行くといいと思うよ。うん。

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Comment(8)

tree さんのコメント (2009年10月 6日 19:01):

>同社の看板に対する信頼を重視するならば回収ものでしょう

吉川弘文館ウェブサイトのトップでバッチリ宣伝してますよ、「NHKゲスト出演!」の紹介とともに...

TK さんのコメント (2009年10月 6日 20:43):

NHK(教育)にも言ってやってください。

charley さんのコメント (2009年10月 7日 00:17):

Googleのトップで「吉川弘文館」と入力すると1番目に「吉川弘文館 倒産」とサジェストがwww

中山 さんのコメント (2009年10月 7日 15:05):

福岡の書評子は弁護士さんみたいですよ。
ttp://www.trkm.co.jp/sonota/06112801.htm

TK さんのコメント (2009年10月 7日 21:48):

たびたびすみません。
アマゾンの書評で、紹介されてましたね。このブログ。

匿名希望@野暮天 さんのコメント (2009年10月11日 03:00):

>この本をブログで誉めている福岡県弁護士会関係者

野暮を承知で書きますと、
該当の人物は福岡県弁護士会所属の
正真正銘の本物の弁護士です。
霧山昴はペンネームで正体はこちら。
http://www.fben.jp/search/lawyers_info.php?id=14180
本名でググってみると、まあ香ばしいこと香ばしいこと。
とりあえず、司法における判決と判断の違いすらわかっていないご様子なので、
そもそも法制度自体を理解していないものと思われます。

TK さんのコメント (2009年10月21日 22:43):

NHK「知るを楽しむ」第3回を見ました。

 そこで、基本的な疑問が生じました。それは、江戸時代における幕府法令の射程の疑問です。
 私は、江戸時代では、幕藩体制の根幹に関わる制度的法令は別として、幕府法令は天領を対象とする法令であって、その効力は各藩内の事項に対しては、直接には及ばない、と理解しています(幕府の施策も同様です)。幕府の法令・施策は、あくまでも、領主としての徳川氏の法令・施策であって(従って、対象は天領に限られる)、それが直接、各藩の法令・施策にはならない、はずです。
 そうすると、知るを楽しむの第3回で、酒田の本間家を取り上げる際、吉宗の出した質流地禁止令の影響を論じるだけでなく、庄内藩の法令がどのようなものであったのか、を論じる必要があるのではないでしょうか?この回の講義で取り上げられていた質地騒動は、「ながとろ」にせよ、越後にせよ、天領での騒動のようですが、それが何故、幕府法の射程の及ばない庄内藩酒田の本間家の地主化に影響を及ぼしたのか、質流地禁止令だけでは、議論が不十分の様に思われます。どうなんでしょうか?

おおや@プノンペン さんのコメント (2009年10月22日 01:02):

引き続き。

>treeさん、TKさん
(慨嘆)。
この本以来、ちょっと怖くて吉川弘文館の本に手が出ません(笑)。大学生協だと買いやすい場所に(講談社メチエあたりと一緒に)並んでいるので、これまではわりと気軽に買っていたんですが。「思ったほど面白くない」ならあきらめもつくんですが、こういう地雷が埋まってるとねえ……
ところで「知るを楽しむ」は見ていないのですが(というかいまNHK衛星も見られない環境なのですが)、幕府法令の位置付けについては私もご指摘のように理解していますので、お話を聞く限り問題がありそうな気はしますねえ。調べるとより不幸になるような予感もするのですが。

>中山さん、匿名希望さん
(慨嘆)。
弁護士という職業に対する私の偏見を悪化させないでほしいなあ……。いや直接お会いした方のほとんどは非常にまともなんですが(若干失礼な書き方だな)明らかに地雷が埋まっているのと、そういう地雷に対する排除策が検察や裁判所と比べてもごくごく緩やかにしかなされていないよねえという気が、ときどきするのですね。教員だけじゃなくて法曹にも定期的な研修が必要じゃないかなあ……とか言っていたら教員の法の制度が廃止される趨勢だったり、地雷が放置されてるのは大学教員も同じじゃねえかと言われると返す言葉がなかったりするのですが。

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