現代と中世の借金(1)

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というわけで、以前に予告した歴史関係の本をめぐる問題である(だいぶ遅くなった)。私が読んで愕然としたのは、井原今朝男『中世の借金事情』歴史文化ライブラリー、吉川弘文館、2009.1 であった。最初にはっきり書いておくが、これは買ったり読んだりする価値のまったくない本である。それはもっとも問題が濃縮されている序文だけでなくほぼ全体についてそうで、あえて言うとメディアリテラシーの教材としては意味があるかもしれんと、そういう代物であった。そこまで明確に批判する理由は、第一に現代の法制度に関する理解が(日本・外国問わず)誤っていること、第二に(現代だけでなく)一般的に土地やそれに対する所有権という制度が何を意味しているのかが理解できていないこと、第三に、従って(私自身はそれを判断する能力を持たないが、おそらく歴史史料・文書類の読解は正確であろうにもかかわらず)基礎となっている文書類やその背景にある制度の理解が極めて不適切な恐れがあることである。

もちろん、私が単にこう言うだけでは信用できないと思うので、以下具体的なポイントを上げて指摘していきたい。まず、上述した序文について。おおむね1ページに1回以上の頻度でトンデモ記述が出てくるというすごい文章なのだが、順を追って検討していこう。以下、引用文末尾に括弧書きされた数字は同書のページ番号である。

1960年代の民族解放運動で独立したアジア・アフリカ・ラテンアメリカの発展途上国は、導入した開発資金が返済不能になり、80年代にはいずれも債務国に転落した。IMF(国際通貨基金)への返済のために国内経済が破綻して、貧困と飢餓・内戦に苦悩している。(1)

ラテンアメリカ諸国のうち、1960年代に独立したのはジャマイカとトリニダード・トバゴ、バルバドスのみ。もちろん独立性については議論があり得るものの、中南米諸国は1830年までにおおむね自立した国家としての歴史を始めており(1811にベネズエラ・パラグアイが独立宣言、1816にアルゼンチン(ラプラタ連合)、1818にチリ、1819にコロンビア、1821から23にはベネズエラ・ペルー・グアテマラ・エクアドル・ブラジルがほぼ独立を達成)、第二次大戦終結時になお植民地だったのは西インド諸島とベリーズ、そして南米ギアナに限られる。現在の視点からはしばしば「発展途上国」としてくくられるが、実のところアジア・アフリカに比べるとラテンアメリカ諸国は非常に長い独立国としてのキャリアと(まあいろいろ問題があったにせよ)民主政の伝統を持っているので、一括して語るのはかなり不適切なのである(このあたりの差異に無頓着だったのが60年代アメリカによる「法と開発」支援の失敗原因じゃないか? とかタマナハによってすでに指摘されているわけだが)。アルゼンチンは1929年段階で世界第5位の富裕国だったわけで、戦後の経済破綻の要因としては放漫財政やポピュリズムのように、むしろIMF路線の対極にある政策が挙げられる。つまりこれらの国々は開発資金を借りて返せなくなったから社会が荒れたのではなく、まず自立した国家として存在したのが何らかの政治的な失敗により混乱し、その再建のために外資導入を図ったという展開で、つまり著者の主張のおおむね逆なのである。

一方、60年代まで独立の遅れたカリブ海諸国のうちバルバドスもジャマイカも安定した民主政と経済発展を実現しており、トリニダード・トバゴも政治的混乱がある程度見られるものの、経済的にはおおむね安定している。アジア・アフリカにしてもIMFと深い関係があったのは西側諸国に限られるのではないかと思われる。もちろんそれらについても、因果関係が逆であるケースは多々見られるものと思う。いったい、著者が問題にするような国々はどこにどれだけあるのだろうか。

夕張市をはじめ財政破綻に追い込まれた地方自治体が新聞紙上を賑わせている。(2)

もちろん「財政破綻」の定義に依存するのだが、夕張市が典型である「地方財政再建促進特別措置法」(昭和30年法律195号)に基づく「財政再建団体」指定のことであれば、2007年の夕張市以降に指定された自治体はない。1992年度に指定された福岡県赤池町も2001年度には再建を終了している。平成20年度決算以降適用される自治体財政健全化法(平成19年法律94号)では「財政再生団体」の指定が行なわれることになっているが、やはりまだ指定例はない。「このままだと指定される」と自治体の首長などが主張した例はいくつかあるが、実際に破綻した例は夕張のあと(まだ)存在しないと言った方がよい。少なくとも「新聞紙上を賑わせている」という著者の記述にはほとんど根拠がない。

第一は、利子の取得を悪として禁止しているイスラム世界の存在である。「コーラン」では、借財の証書・証人・返済期限の明記を義務づける一方、利息をとることを禁止している。無利子の債券を扱うイスラム銀行は1980年代に設立され、一時ロンドンに進出したがイギリス政府によって閉鎖された。(......)イスラム銀行のヨーロッパ進出が進行している。2006年にはバングラディッシュ・グラミン銀行総裁が展開していた「マイクロ・クレジット」がノーベル平和賞を受けた。庶民向けの無利子の債券が、債務者の保護という新しい原理の大切さを世界中に発信しはじめている。(4)

さらりと書かれたが相当に問題のある文章で、第一にグラミン銀行はイスラム金融ではない。確かにグラミン銀行を創設したムハマド・ユヌス氏はバングラディシュ人なので個人としての信仰はイスラム教とかなと思うが、同時に氏はアメリカで博士号を取得した経済学者であり、その事業も基本的には近代経済学で説明可能な原理に基づいている。確かに、貧困層は高リスクなので貸し出し対象にならないと考えていた従来の銀行業に対し、グラミン銀行は小口・無担保の貸し付けで高い回収率を実現しているので革命的に見えるが、実際は相互監視によるリスク低減を組み込むなどの方法が活用されているので、《リスクに応じた利率》という近代経済学の基本が変わっているわけではない。もちろん、実際にそういう仕組を実現して事業的に成功した点は偉大な成果だが、著者が夢みているような近代債権法に代わるものではない。参考までに言えば、後述するイスラム金融の背景としては「喜捨」(ザカート)という慈善的な考え方があると指摘されているが、ユヌス氏は慈善に対して否定的である(自尊心や自律心を損なうから)。なおたとえば参考、「マイクロクレジットという試み」(cafeglobe.com)。

第二に、グラミン銀行は無利子ではない。事業用資金(グラミン銀行がスタートした目的)は年利20%であり、単純に言えば日本の利息制限法による制限ぎりぎりの高金利である。もちろんこれは何も考えずに数字だけ比較した話で、そもそもは銀行から融資など受けられなかったのだし、それ以外の高利貸しから借りた場合の利率は数百パーセントという世界のことだから20%でも相対的には低利とも言える。だが無利子ではなく、この点はイスラム金融が利子を禁止していることとは完全に矛盾することになる。

第三に、イスラム金融は無利子だが有利潤である。何を言っているかというと、イスラム教の聖典であるコーランで禁止されているのは「リバー」であり、これが何を意味するかについては議論があるのだが大方は定率の利子と理解するそうである。逆に言うと定率でなければいわゆる利子を取ってもいいわけであるし、そもそも商取引によって正当利潤を得ることはむしろ推奨されている。そこでたとえば金銭消費貸借において貸付金額にかかわらず一定の「手数料」を取るとか(「定率」ではないのでリバーではない)、事業に「出資」して利潤の分配を受けるなどの方法が使われるのだが、我々の観点から見れば前者はある種の脱法行為であるし、後者は配当目的の株式投資と同じことである。しかも出資者と事業者が直接面識のある関係でなく銀行が介在・紹介するようなパターンでは要するに投資信託であり、そこで得られる「利潤」のことを我々は「利率」で計算するよな、と思うわけである。もちろん、結果的に似たような機能は果たすわけだが違う点もあるわけで、イスラム金融の独自性や意義を否定する気はない(というかこの程度のことは初歩の初歩で、その程度の知識しかない私は著者はそれ以下であるという以外のことを主張する気はないわけだが)。しかしその意義はおそらく、著者が妄想したのとはまったく異なるところにあるだろう。

***

というわけで、著者の現代日本・世界に関する知識が相当危うげなものであることが明らかになったものと思う。次回は、著者が中世と対極的なものと位置付けて批判している「現代人の社会常識」ないし「近代債権論」の内容について検討していこう。

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