シノドスフェア

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ええとなんか以前の記事で書いたのとは別のシノドスフェアが池袋のジュンク堂書店で開催されていて、「現代社会を読み解く「知」」と題されているそちらの方が大がかりなものだったようです。忙しいなシノドス。ご指摘ありがとうございました。>関係筋

で、そちらにはSynodos blogでも紹介されている通り「12人の論者たちが、それぞれの分野でいま読むべき10冊の本を推薦する」という企画があって、まあ私も微力ながらお手伝いしたわけです。「ブックリスト法学編」ということで公開されておりますので、ご参照ください。

ついでなのでちょっと解題をしておくと(リスト出すときに書いとけばよかったですな、申し訳ありません)......

  • 第一に直近の話題である裁判員制度に関連して、しかし以前にも書いた通り本来もっとも根本的なのは制度の目的自体をどう評価するかということ、言い換えれば「人を裁く」ということの意味を考えることだろうと思う。逆に、制度設計についてあげつらってみるだけの本とか(いや私も問題はあるだろうと思うけど「制度」ってのは関係者の振る舞いを含めて成立するものなのでやってみないとわからないこともたくさんあり、やる前からダメだダメだ言うってのは結局「やりたくない」って言ってるだけなんだよねと)、「こんなつらいことが待ち受けてます」と脅してみるだけの本とか(いや国家運営はエンターテインメントじゃないんだから楽しいことだけ期待する観客に徹するなら参政権とか放棄してもらわねえと)、三文の価値もないよねえと。というわけで、そもそも近代法の母体であるヨーロッパ社会においてその「人を裁く」ということを人々がどのように考えてきたのかという話と(山内『決闘裁判』)、現代における裁判への市民参加が実際にどのように行なわれているかという話(神谷・澤『世界の裁判員』)、さらにそもそも改革の対象とされた日本の裁判がどのような特徴を持っているかという話(フット『名もない顔もない司法』)を挙げてみた。
  • 第二は、それとも関係するが日本の刑事司法制度全体について、その実情を(いわば)裏面も含めてきちんと知ることが重要だろうと思う。つまり、一方において一般市民の安全・安心な日常生活を守ってきた刑事司法システムは、同時にその「のんきな日常」に紛れ込んではならないものをうまいこと封じ込め隔離する機能も担っていたわけである。そこで、日本の治安が全体的に悪化したというのはほぼ誤りであり、重要なのはむしろ後者の機能の弱体化にあるということを的確に指摘した、賛成するにせよ反対するにせよ出発点として参照すべき議論(河合『安全神話崩壊のパラドックス』)と、「日常」を守る努力が後者による排除機能の強化に直結する危険を指摘した議論(芹沢『ホラーハウス社会』)、さらに、刑事司法が自由意思によって排除対象となった人々(意図的な犯罪者)だけでなく、「日常」と福祉の隙間に落ちた軽度障害の人々などに対するぼろぼろのセーフティネットの役回りも担っているという、わりとやりきれない事実を指摘した著作(山本『累犯障害者』)を挙げることにした。
  • 以上のような比較的up to dateなテーマに加え、今後の法律(学)全体がどう変貌していくだろうかという長期的な視点からも数冊を挙げることにした。ポイントの一つは、第一の点とも関係するのだがいま日本が「立法の季節」を迎えているということであり、つまり従来の感覚からは信じられないほど多くの制度変革と法改正が行なわれるようになっている。当然ながら、それらの法改正が正義にかなっているかとか手段的に妥当なものかとか評価する必要があるはずなのだが、わりと従来法律学は実定法ができあがったところからしか問題にせず、政治学は政党や利益集団の行動や動機に関心が集中しがちで、実際に法律が作られる制度的なプロセスはその隙間に落ちているような傾向があったと思っている。そのことを指摘し、国会制度の持つ重要性を指摘した著作(大山『国会学入門』)を一つの契機として、法規範が生み出されるプロセスとその成果の規範的評価をめぐる研究----いわば「立法学」----というのが必要だよねと、ある程度の研究者が考えるようになってきている。
  • もう一つは、しかしそこで想定されているような「法律」を中心とする国家ないし社会の運営というものが今後も維持できるのかという問題で、上でも述べたように大多数の国民が観客化ないし(自著でも指摘したように)客体化していくとすれば、それは難しいだろうという予想があるわけである。そこで、別の社会統制手法に関するアイディアを描写してみせた議論(レッシグ『CODE』)に加え、その路線を徹底した場合にどのような社会像が現れることになるのかという行く末を見据えておくことが有用だと思われる(安藤『統治と功利』)。そして逆に、そこに行きたくないとすれば我々が必要とするものは何なのかという観点から、「公共性」というやや疑わしい概念をめぐる検討(井上編『公共性の法哲学』)を読み解く必要があるだろうとも。

ところで振り返ると実は狭義の法律学(実定法学)の本が一冊も含まれていないことに気付くわけだが、まあでもギョーカイの外の方々に向けたブックガイドなんだから、プロにしかわからん議論とか紹介しても仕方ないよねえと正当化してみるわけである。おまえ実は読んでないんだろうとか、聞いてはいけない。

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これで山本氏を民間人枠で法務大臣にとかしてくれたらちっとは民主党を見直すんですけどね。

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