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現代フォーラム
というのを岐阜県立の吉城高校というところがやるからお前行って立ち会ってこいと山の上の偉い人に言われたので行きます(挨拶)。でその高校はどこにあるんですか?......飛騨古川? 私その翌日朝から大学で仕事しないといけないんですけど。
というわけで行ってきました。高校からは、名古屋9時43分の特急「ワイドビューひだ5号」で飛騨古川に行き、16時25分発の同18号で戻れば日帰り可能ですと親切にご教示いただいたのですがあのあまりにそれは私せつなくないでしょうかということで高山に寄り道してみる。その話は次に書きます。
この行事は同高校の図書委員会が主催だそうで、生徒さんが決めたテーマに沿って賛成反対両派からの意見発表があり、会場からの質疑や討論を受ける。そのあと立ち会いの大学教員がコメントするという話で、今回のテーマは「君は時効を認めるか〜時効制度の是非を問う」だそうであります。刑事の公訴時効の話なんですが、まあ確かにちょうど法務省からのパブリックコメントもかかっていたりで時宜を得た主題だと言えましょう。
廃止賛成側・反対側それぞれから3人の生徒さんが意見発表をしたんですが、まあこの問題に関して出てくるだろう論点はきちんとカバーされていたという感じで、良かったのではないかと思います。事前に法務省の研究会報告書とか参考文献をいくつかお伝えしてあったのですが、その内容をきちんと受け止めた上で自分なりの意見として表現できているという感じでした。この種の問題については、とかく理想論に立脚する廃止派と「現実的に無理やろ」派の対立という単調な構図になりがちなのですが、その水準はきちんと超えて規範と現実の両面から双方の意見を検討できていたと思います。企画から運営まで基本的に生徒さん中心でやられているそうで、面白い試みなのではないかなと。
ただ二点、これは当日にも生徒さんたちにお話ししたことなのですが付け加えておくと、第一に「結局これはどの程度の規模の問題なんですか?」というのはきちんと意識しておく必要がある。重要犯罪について見ると公訴時効にかかっているのは認知件数の1〜2%程度だし、おそらくその中には「あいつやな」と何となくわかっているけど先に自殺しちゃったので立証できませんでしたとか、そういうのが含まれている。河合幹雄先生が指摘している通り、特に最近処罰感情が強まっているように思われる殺人については、そのほとんどが「年内解決」している。どちらの結論を選択するにせよ、実はその選択が日本の刑事司法全体に対して及ぼすインパクトというのは限定的ですよ、という話。
第二は、時効廃止するとしたらその対象をどう限定していくかという話で、アメリカだと第一級殺人罪とか悪質で重大な事案に限られていることが多いし、フランスやドイツも同程度か、さらに対象を限定している。ところが日本の刑法には殺人罪一罪しかないので、その時効を廃止すると心中崩れから嬰児殺からすべて大量虐殺なんかと同様の「永遠に許すべからざる犯罪」みたいな位置付けになってしまう。それでええのかしらという話。
でまあ、生徒さんたちの発表を聞いたあとそれへの講評も含めて「講演」ということで1時間ほどお話ししたわけです。テーマは「裁判員制度のねらいと行方」。はいそこ笑わない。しかしまさか頼んだ側もこのテーマで私が決闘裁判の話しだすとは思わんかっただろうわはははは。
ポイントはですね、まあここなどでは前にも書いたことがあるかもしれませんがまず裁判員制度の具体的制度設計にはいろいろと納得のいかないことや問題だと思うことがあると。しかし重要なのはそもそもそこで目指されている内容を諒とするかどうかということであって、規範的にそれが納得できるなら実装を再検討したり修正したりしていけばよい。そうでないなら根本からダメだということで小手先の議論に価値はない。「裁判員制度は憲法違反だ」という人もいるようだが憲法だって所詮は人間の作った制度なのだから、裁判員制度が規範的には正しくて憲法がその邪魔になるなら改正してしまえばよいのだよと、まあそういうことです。いやもちろんしかしこの問題だけで憲法改正とかしていいもんかとか言われれば私自身も否定的ですが、それ以前に「裁判員は意に反する苦役だ」とかいう見解自体が「納税のための労働は意に反する苦役だ」てえのと同レベルの主張なのでいやだから両方肯定してアナルコキャピタリズムってのはスジの通った立場だと思うけどなあと。
結局問題の核心は裁判権力を誰が担うのか、その正当性をどう担保するのかという話であって、その存在に依存しながら日常世界から放逐したいというのはまさに刑吏差別の構造と同じだよねと、 まあ以前のように他人の悪口を言って終わったわけですよ。まあでも生徒さんたちはその点についてはかなり真面目に聞いていてくれたような気がするなあ。
なお後日談。この「現代フォーラム」の模様は新聞数紙に報道されたそうで、朝日新聞にもまた載ってみた。岐阜版。またマイナーなところから攻めてみているわけですが、ええ。(2009年8月29日公開)
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