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独自の見解(1)
ご近所の壁に貼ってあるポスターが増えたなと思ったら幸福実現党でした(挨拶)。出足速いな三河の地方都市だよ。
さて民主党の小沢前代表の不正献金疑惑問題について「第三者委員会」が見解を公表したようであり、またその内容について新聞各紙から一斉に批判されたのを受けて同委員会の委員でもあった郷原信郎氏が反論を公表していたので読んでみた。まあその、感想を一言で言うと「独自の見解」ということだろうか。
まず法務大臣の検事総長への指揮権が通常の組織内の指揮命令権と変わらないという見解(「この「法務大臣の権限」は、行政庁としての法務省の権限をその意思決定者たる長の権限として規定しているだけで、一般の行政庁において「...大臣は」と法文に書かれていることと何ら変わらない」(日経ビジネスオンライン)、ただしこの文章は規定の仕方が変わらないという趣旨であるかもしれず、その場合はあえてミスリーディングな書き方をしたものではないかとの疑惑が浮上する。参照、補足(1)。)は、第一にその対象が、具体的事件については検察庁全体でも検事全体でもなく検事総長のみに限られるという特殊な規定に何故なっているかを考えれば「独自の見解」としか言いようがない。第二に、だとすればその発動に、第三者委員会が主張したような「高度の政治的判断」など必要であるはずはないので、氏の見解自体が矛盾しているのではないかとも思われる。
第二に、しかしそのように限定された指揮権のもとで検察が非常に政治的な行動を起こすとか、民主政に不当な干渉を行なう意図でその捜査権限を行使するという可能性が理論上あることは間違いない。そのような検察の暴走を防ぐために法務大臣の指揮権はあるのだから必要な際に行使をためらうべきではないという意見も、従って十分に理解することができる。しかし同時にこの権限が政治セクターによる犯罪捜査への不当な介入のために行使され得ることも端的に事実であり、かつ現実的にどちらの危険性が高いのかとたとえば日本国民にアンケートで聞いてみればその答えはおそらく圧倒的に後者というものだろう。これは最初の立法趣旨の問題に戻るのだが、政治セクターの介入から検察・警察の独立を保護できてなかったから戦前には大逆事件だの、田中義一内閣による第16回衆議院議員総選挙に対する大規模な選挙干渉だのが横行したんだろと、そういう問題でもある。なお田中内閣における内閣書記官長(内閣官房長官の前身)が鳩山一郎なのであるが、私は上品なので鳩山家の政治的DNAが云々とかは言わない。この項続く。(6/23公開)
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