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話す。

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P1000672.jpgえ〜そろそろ書店店頭に並んでますかね。東浩紀・大屋雄裕・笠井潔・北田暁大「[座談会] 再帰的公共性と動物的公共性」東・北田編『思想地図』 vol. 2 (特集・胎動するインフラ・コミュニケーション)、NHK出版、2008.12、pp. 377-415. なお参加者名は五十音順。

というわけでいつぞやの楽しくお話をさせていただいた記録が掲載されました。内容的にはアーキテクチャと自由の関係とか、国家・社会システムの変容とかまあそういういつもと似たような話をしているんじゃないかな。ごく簡単に要約してしまうとそういう技術やアーキテクチャの活用に積極的な東先生、革命と自由の可能性を求めて反対する笠井先生、中間で活用の限界を見定めようとする北田先生と私みたいな感じでしょうか。いやなんか当初はこの座談会も第一特集の「ジェネレーション」の一部だったみたいなんですが、蓋を開けてみると笠井先生と私という年齢ではもっとも離れた二人には実のところあまり主張の差がないというのが見所ではないでしょうか。立場は反対という気がするんだが。うん、私革命とかしたくないし

***

原稿にまとめる段階で落ちてしまったことを一点ぽそりと呟く。グーグル的公共決定の「まずい」(もちろんこれが本当に「まずい」かは立場と視点の問題になる)ところは、それが統治者と被治者の絶対的な分断を必然的に要請するところだろう。つまり、(グーグルで言えば)ページのランクを算出するルールを公開してしまうと被治者の戦略的行動を誘発してしまうので、そこは必ず隠されなくてはならない。国鉄分割民営化の際に、「特定時期の利用状況を調査して存廃を決める」というルールを公開してしまったためにその期間だけ用もないのにローカル線に乗る人々が現われたことを想起されたい。だからグーグルはアルゴリズムの細部は決して公開しないし、被治者はルールの公開されていないゲームに服従させられることになる。ルソーが一般意思を近似的に投票などで確認しようとする際に中間団体や党派の存在が厳しく排除されるのも同様の趣旨である。従ってグーグル的公共決定は、必ず「総督府功利主義」に結びつく。繰り返すが、これが問題かどうかについてはまた別の検討が必要である。


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