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due process (2・完)
さて問題はようやく冒頭の浜田防衛大臣発言になるのだが、上述の通り不利益処分を科す場合には当事者に対して十分な適正手続を保障することが実定法上も行政法の基本原則からも求められるところ、当該発言はそのような手続の保障抜きに実質的に懲戒免職に類似した不利益を当事者に課そうとするものであって、看過できないということになる。適正手続を保障したプロセスが対象者の側の事情によって行えなくなった(たとえば、不正をした職員がその発覚前に辞表を提出し、承認されてしまった)ような事例であればともかく、今回は懲戒処分に至るプロセスを取ることは可能であったし、当事者としてもそれを希望していたわけである。にもかかわらずそれを断念して当然の定年退職という事態に至ったのは防衛省側の事情であり(それがreasonableな選択だったということも上述したのだが)、それによって生じた問題の責任を当事者の側に一方的に押しつけることは間違っている。
私としては、政治的中立性の問題に対する意識を欠落させた幕僚長がいるというのも困った状況だと思うが、due processへの理解を欠いた防衛大臣がいるというのはさらに恐ろしい事態ではないかと思うわけである。懲戒免職にすべきだったと言っている人たちの方が、それまで給料払わんといかんということと、前例や基準に照らす限りせいぜい減給程度にしかできんかもしれんよということさえ理解しているのであれば、まだマシだと珍しく公明党を誉めることにいやいやいやいや。
ちなみに報道によれば民主党はこの際に「幹部自衛官を国会同意人事に」(47 News)する法改正を提案する方針だということであるところ、「幹部自衛官」というのは防衛省設置法(昭和29年法律164号)15条1項が「三等陸尉、三等海尉及び三等空尉以上の自衛官をいう」と定めている通り通常は普通の軍隊でいう「将校」に相当する人たちのことであって平成19年度末で4万人強くらいいるようなのでこれはきっと自衛隊首脳部のことをうっかりそう表現しただけだと思うのだが間違えたのが「民主党幹部」なのか共同通信なのかは知らない。話を戻すといや国会同意人事なんかにしたら政治対立に由来する空白が生じる可能性があるわけで各自衛隊トップが空位とか恐ろしい可能性を導入するんじゃないよと思うわけである。
そもそも国会同意人事というのは、独立性・中立性が必要なので内閣の指揮命令が遮断されており、従って議院内閣制下で国会が内閣の行動をコントロールするという手段では統制が及ばないから人事の段階で管理しましょうというものであって、だからたとえば警察についても内閣の一員である国家公安委員長についてはその対象になっていない。これに対して幕僚長は「防衛大臣の指揮監督を受け」るのであるから(自衛隊法9条)その任免規律等については防衛大臣をコントロールすれば十分である。なんか重要そうだから拡大してみましょうとか、そういうスジの問題ではない。つうか現状でも多すぎるというか衆院優越規定を削って空白が生じる可能性を作ったのは(主に自民党の)大失策だよねという話はRATIOに書いた通り。
なお参考(「弾劾裁判、年内開催へ=解散待ちから一転−判事ストーカー事件」(Yahoo! ニュース))。まだやってたのか。書いてある通り、弾劾裁判が行なわれていない以上同判事は現職なので「現在も給与が支払われており、弾劾裁判の遅れに疑問の声も上がって」いるということになる。まあでもこれが、due processのコストというわけですね。
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どうでも良いのですが、
旧社会党(現社民党)(及び、関連憲法学者)が主張してきた(担ってきた)憲法理論って、なんだったんでしょうか?
まあ、反自衛隊を主張してきた政党が、自分のところに政権(首相職)が転がり込んできたとたん、非反自衛隊になったという先例があるのも事実ですが(ちなみに、大幅な政治上の主張の変更であるにもかかわらず、民意を問わなかったのですが)。
また、衆参同日選挙に反対してきた政党が、自分のところが勝てると思ったら、参議院選挙で現れた民意を衆議院にも反映させるべき、と言ったり、ネクストキャビネットの大臣の任命責任は不問に付すし。
戦後憲法学って、なんだったんでしょうか?
連投ですみません。
素朴な疑問なのですが、
本件で懲戒免職にせよ!と叫んでいる方々の論法(論拠)に基づくと、「日の丸」「君が代」に反対して「卒業式」等を妨害している国公立学校の諸先生方も懲戒免職になると思うのですが、どうなのでしょうか?
もちろん、「日の丸」「君が代」を制定した際、強制するものではない、という附帯決議があった、ということは聞いているのですが、政府見解では、「日の丸」「君が代」は国旗・国歌だと思うのですが。
もし、強制するものではない、という附帯決議が重要だというなら、先の大戦が侵略戦争であった、という政府見解は強制されるもの、ということなのでしょうか(強制されるものに逆らったから、懲戒免職なのでしょうか?)?。
それに、卒業式等で「日の丸」「君が代」をやるというのは、職員会議等で決めた(その意味で強制力のある)ことではないのでしょうか?
もう一つ、素朴な疑問なのですが、
今回の論理(論拠)って、「先の大戦」を天皇に、「侵略戦争」を「現人神」に置き換えると、そっくりなのですが。
この点、どう考えるべきなのでしょうか?
> それに、卒業式等で「日の丸」「君が代」をやるというのは、職員会議等で決めた(その意味で強制力のある)ことではないのでしょうか?
職員会議等は諮問機関であって決定機関ではないので、決めているのは校長です。そこで「職員会議等で決めた」→「だからおまえらも拘束されるだろう」という論法を持ち出すのは不適切でしょう。
「狂人と馬鹿は、気分だけで、物を見る」
ラ・ロシュフコー 運と気まぐれに支配される人たち より
航空幕僚長という要職にありながら、歴史認識という戦後日本の腫れ物に触れた結果、航空幕僚長を更迭され、そのまま定年退職になったのは、当然の結果です。
しかし、退職金を返還せよという主張は、どうにも意味が不明ですね、まさにその政治的局面の気分で要求し、引っ込みができなくなっているという感想を抱きます。
佐高信さんは「かつて栗栖弘臣統合幕僚長を懲戒免職にしたのだから、田母神も懲戒免職できるはずだ」と書いてました。
http://ameblo.jp/sataka/entry-10164025301.html
から神戸新聞11月12日付を孫引き
「この栗栖のように田母神前航空幕僚長も当然、懲戒免職されるべきだが、」
>TKさん
「戦後憲法学」というのもいろいろあると思います。きっちりはっきりマルクス主義憲法学という人たちもいて、まあそれと政治勢力としての日本共産党との関係というのもまた複雑なのですが、膝を屈した人もいれば節を貫いて除名された人などもいます。結局右でも左でも主義主張に殉じる気概の人と、機会主義的に世論におもねる人というのはいるのでしょう。天皇陛下万歳を唱えて教え子を戦場に送った教師たちは、終戦後に喜々として教科書に墨を塗らせました。結局問題の核心は政治的意見の相違よりもそのような人間としてのタイプの違いにあると思っています。同じ「護憲派」と分類される憲法学者にも、私が非常に尊敬している人もいればはっきりと馬鹿にしている人もいます。
空幕長懲戒を主張する場合、国旗国歌の不服従が当然処分対象になるというのはその通りで、実際校長からの職務命令が出ているケースでは懲戒処分が下されています。ただしもちろん行為と処分の均衡は重要なのでせいぜい減給程度にとどめられていると思いますが、空幕長を懲戒免職にするなら職務命令に公然と反し・言論表現の自由で擁護するのが難しいような積極的妨害行動に出た場合にはやはり免職相当ということになってしまうでしょう。まあもちろん、そもそもの職務命令の正統性とか国旗国歌法の合憲性を争うという方法はありますが。
>教経さん
フォローありがとうございます。
>Gryphonさん
私の記憶が正しければ実質的な更迭であって、形式的にはあくまでご本人が辞職を申し出たことになっているはずですが。まあ佐高氏が適当なことを言って新聞社が見逃したのでしょう。