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ゆとり世代?
ようやく1年生向け科目の採点が終わったわけだがどうなのかいろいろと(挨拶)。念のために言っておくと以下はあくまである大学で特定の教員がたまたま経験した内容であってそれ以上の一般化をするつもりはないしその材料になるとも思わないが、しかしその何と言うかこう。
まず前提として、私の行なう試験は原則として持込可である。まあいい加減大学なので暗記力ではなく理解力や表現力を問おうとしているわけであるが、試験の秩序を維持し公正を担保するために「外部との連絡手段、生物、音響を発しまたは動作に外部電源を必要とする機器」の持ち込みは禁止している。だからまあ、音を消したノートパソコンは持込可だし、実際に利用した学生もいるわけで、そういうのは別に構わないと思っているわけだが食い物を持ち込まれたのは初めてだぞこのヤロウ。
従来から飲み物を持ち込む学生は年に数人単位でおり、別に周囲に迷惑もかかるまいから止めるまでもないがそんな余裕本当にあるのかなあとかお手洗いが近くなるデメリットを認識しているだろうかとか余計な心配はしていたわけである(普段の講義に飲み物を持ち込むのはまったく構わない、というか私も飲んでる、というかそうしないと90分しゃべり詰めなので喉を痛める)。しかし食べ物は本当に予想外だったというか、講義では禁止なのでどうして試験でレギュレーションが緩くなると思うのかよくわからないのであるが、まあ確かに文面上禁止はしていない。しかしなあ。
なおこのパターンの学生は今年2人おり、片方はボトルガムを持ち込んでまりまり噛んでいるというものなので一応理解はできる。うん。でまあ私も禁止はしていなかった。周囲に迷惑もかからなさそうなのでここは一本取られたとそういう感じでOKである。しかしもう片方の、こっちが問題用紙を配り始めたらにぎりめしを取り出して囓り始めた学生についてはいまだに本気で理解不能に近い。いやそれはまあ一限だったので朝飯を食うならその分寝てきたいくらいの話はわかるとしてじゃあ終わるまで食うなよ。あるいは席に着いた段階で食べておけよ。なんでわざわざそのタイミングで食うんだよというかそんな余裕あんのかというかこっちが問題配りながら考え込んでいるあいだにその学生が食べ終えてしまったので注意もしそこねたのだがしかし何故。
どうもこれは来年から本気で「飲食物禁止」をレギュレーションに入れることを検討しなくてはならんのではあるまいかと悩んでいるのが一つ目の話。なお本年までの規定には最終的な決定権を担当教員が留保する旨が明示されているので、私には食い物持ち込みを禁止する権限は存在した。もちろん学生の期待を保護する観点からそのような例外規定の行使には慎重たるべきだとは思うわけだが、しかし上記規定ではブルドーザの持ち込みが明示的に禁止できていないなど、紙幅による制約を文脈で補完している部分があったので例外条項自体は不可欠だと思われるわけである。
二つ目の話は採点後のことである。やはり私は各科目で問題を3つ出して「うち1問を選択して回答せよ」という出題をすることが多いのだが、某科目で問題のひとつを選んだ学生が全員不可になるという衝撃的な結末を迎えることに。
いやわりとよくある見解問題で、というのは文章が掲げてあって「この見解について述べよ」というものだったのだが課題文が過去の歴史的なものだということを誰一人指摘できていなくてですな。つうか「日満支諸民族」とか「新東亜建設」とかどう考えても現代じゃ使えない語彙だろう。過去の文献なんだからそれがどういう立場の人によって何を批判して書かれたものでどういう思想の反映なのかまずきちんと位置づけろよ民族差別的でよくないとかお前の感想なんか誰も聞いてないんだよ。
もちろんより深刻なのは何故わざわざその問題を選んだかという点にある。すでに述べた通り3問中1問の選択なのだから、文章の位置づけとかが読み解けないなと思ったらこの問題にツッコまなければよい。まあ正直他学部向け講義なので読めるヤツも少ないかなとは思い、実際に多くの学生は危ないと思って他の問題を選択したようである。当該問題の選択者は全体の約8%で、しかしということは自分が何をわかっていないのかもわからない人間が8%ほどいたということになろう。ぬう。
まったくの偶然かもしれないのだが、そういうわけでこの夏の私は憂鬱だったのである。なお知人の高校教師から(間接的に)聞いたところによれば、1〜2学年上と比較しても今年の新入生はおかしいらしく、それがあと3年くらいでこっちに来ると思うとあああああああああ
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>過去の文献なんだから
と私もその用語をみて思ったんだけど、後者はともかく前者はネトウヨ様御用達ボキャでもあるようです。ぐぐったら歴史的文献にまじって同時代的用法が出てきた。ところでなんでそんな強烈な地雷をわざわざ埋めたんです?
私の場合は会社で新卒を100人程度相手にしていましたが、数割は想像力が無く、ほぼ全員自発的な行動をしようとしないという感じでした。悪人ではないけど他者に影響を与えることについて、考察不足、経験不足という気がします。
ところで、高校教師から(間接的に)聞いたという新入生がおかしい件について興味があります。大まかにでもいいので書いていただけたら嬉しいです。
>知人の高校教師から(間接的に)聞いたところによれば、1〜2学年上と比較しても今年の新入生はおかしいらしく
私も、同じようなことを聞きました。
明らかに「今年の新入生はおかしい」そうです。
>鰤さん
いや「支那」はともかく「日満支」はないと思うのですが。というのは満洲が入っていて朝鮮が入らないのは現代的コンテクストとは明らかにずれるわけです。「内鮮一体」と(イデオロギー上だけであれ)のたまうウヨの人もいないような、というかベクトル的にはむしろ逆ですよね。そのあたり伝統的な「右翼」とも違うわけですが。
で、別に地雷と思って埋めたわけではなくて、ファシズムと社会主義に反・近代資本主義という共通性があるとか、そこで資本主義は無計画・無秩序な生産と浪費として認識されているとか、ちゃんと講義でやったわけですよ。日本の軍国主義と独・伊のファシズムの違い……とかいう論点に入らなくていいようにわざわざ(陸軍主流ではまったくない)鈴木庫三を引いてきているわけで。これで読み筋がわからないのは本来の「ゆとり教育」問題(知識の絶対量が少ない)だと思うんですけどね。
>柊さん・TKさん
あくまで聞いた話ですし、一エピソードであって母集団との関係が不明である以上全体を推し量る基礎にするのには問題がありますが、こんな感じでした。
まずその高校には、特定の用途については指定の流しを使わなくてはならないというルールがあると。まあ廃液処理とかの関係らしく、近くて便利でも手近の水道を使ってはいけない。で、そのルールが守られない。
ところがその「守られない」ということについて、(1)何らかの事情でそもそもルールを認識していない(ので罪の意識がない)とか、(2)ルールを認識しているので罪の意識があるが、何らかの事情(急いでいた、とか)で違反してしまう(だから指摘されると謝る)というのは従来からももちろんいたわけですが、今年大量に発生したのは
(3)ルールの存在を認識しているが、罪の意識なくルールに違反する
というタイプだそうです。
「それはルール違反だよね」と言うと「はいそうですね」としれっと言うので指導のしようがないとか。北田先生の「規範の他者」とかこういう話だったかなあと確認しないといかんわけですが。
レスありがとうございます。
>罪の意識なくルールに違反する
そのルールの必要性に気づいてないのかもしれませんね。
なぜそういうルールがあって、破ることでどんな被害が発生し、自分にどのような不利益があるかを予想できないのかも。
何人かこころあたりはありますが、指示の意図を考えずいわれたとおりに実行するタイプに多いような気がします。
>>柊さん
生じた被害の補償請求や、自分に降りかかる不利益=罰則が、
実際には為される確率は(極めて)低いだろう、と予測して
手間を省略することで得られる利益と比べた結果、
守らないほうを選択したのかも、と何となく思いましたが。
実際に罰則を講じたあとの反応が気になります。