医療過誤問題管見

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地元での用事を片付けようと合計30分くらいバイクでうろうろしただけで両腕の上半面が赤くなっているわけですがどういう熱帯ですかここは(挨拶)。さて気付いたら医療過誤の法的取り扱いをめぐるモトケン先生と小倉先生の議論にbewaadさんまで参入していたのだが、ええと、ちょっと「ITプロジェクトの実態とは!」あたりの話を思い出しましたね。

何が言いたいかというと、現時点までに医療関係者から出てきた主張の文言解釈としては小倉さんの方が正しいと私も思う。でもそれに何の意味があるのかはよくわからないということ。たとえば「業務上過失致死傷罪を廃止せよ」という文言が、医師である(とお書きである)NATROMさんの意図に反して本当に故意が認定できる場合以外のあらゆる事例(血液型クロスマッチを行なわない輸血、が一例として挙がっているが)を免責することになってしまうという点については、bewaadさんご指摘の通りなので繰り返さない。つまりここにはかなり明確な形で意図と表現内容の齟齬があり、そのことは多くの関係者によって認識されている。問題は、じゃあどうしたらいいのかというところにあるような気がするのだが。

これが裁判であれば、内心の意図なるものより表現された意思、提出された書面から読み取れる内容で判断しなさいということで良いのだろうとは思う。「『そういうつもりはなかった』といってもそう書いてあるのだし、その請求内容は不当なので、棄却」とか裁判官なら言いそうである。でも小倉弁護士は裁判官じゃないよね。あるいはその意図と表現内容の齟齬(によって議論が進展しないこと)について、bewaadさんはその原因が「一に医療側の勉強不足であり、二にそれをたしなめない法律家の甘やかしにあった」とご指摘である。でも議論はそれを問題にしないといけない段階まで熟しているんだろうか。

もちろん問題をこじらせた原因の一部は専門用語の誤用にある。変にそんなもの使うんじゃなくて自分の要求を「日常用語でそのまま主張」した方が良いという点にも同意するところである。でもまあ、たとえば我々が医者に行くと「先生、神経痛がひどいんです」とか「急に咳き込んで真っ赤な血を吐血したんです」とかうっかり言うのではないだろうか。でまあそれに対してお医者さんは「いやそれは医学的に『喀血』ですからあなたの主張は間違いです」とか言わずに検査したり治療したりしてくれる気がする。シロウトは専門用語によってであれ日常用語によってであれ自分の思っていること・考えていることをうまく伝えられないので、専門家の側が努力して確認する必要がある、というのは従来のインフォームド・コンセント論(説明すれば理解できるし、意思表示できる)を超えて専門家倫理論で最近主張されていることだったりもする。その過程では従って、専門用語の誤用とか明らかにヒステリックな反応とか意味不明な主張とかいろいろ出てくるだろうと思うのだが、とりあえずその意図するところを確認しつつ言いたいことを言ってもらうというのが専門家によるカウンセリングとか相談とかの常道ではないだろうか。

もちろん「斯界の要求」として高らかに掲げたりしかるべきスジに運動したりする際にはそんな水準ではダメで、一応妥当な言葉遣いと要求内容へと洗練されているべきだと思う。だからその働きかけ対象の中の人である(らしい)bewaadさんが「いやこんなんもってこられてもさあ」(意訳)という気分になるのはよくわかるのだが、雑多な人々の雑多な主張を洗練して「法的要求」にまとめる仕事の人が同じ態度でいいのかとか、一生懸命当事者の声を確認している最中に審判づらで出てこられると「帰れ」とか言いたくなるよねえと思わなくもない。私自身は、従って、この問題の成否は今後モトケンさんなどが医療従事者の主張を良い意味でcanalizeできるかどうかにかかっていると思っており、だから現時点ではあまり何も言う気がないのである。

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ついでの一。でも「すべての過失犯を免責」とか言ったらどうなるかくらいわかるだろうと思う人もいそうだが、いやお医者さん驚くほど法律のこと知らないよ。「民法上の成年は20歳」とか「民事と刑事は別」とか「とにかく裁判は起こそうと思えば起こせる」とか私が何回附属病院で説明していることか(笑)。あ~個人情報保護の話をしに行って「でも私たちが扱うなかに個人情報ってないでしょう?」とか教授ににこやかに言われたこともあったな(まあこれは個人情報保護法制の本格施行前のことで世間的にも知識レベルは低かったけど)。

まあでもそれは当然で、法学教育は受けていないし高校の「現代社会」とかにどれだけ期待できるかと言われたら私が「理科I」の内容を記憶しているのと同程度だろう。つまりお医者さんの側でもATPサイクルがどうのとかHER2の過剰発現がこうのと言われてなんのことかさっぱりわからない人間(いや私のことだが――理科は化学選択だったですよ)を相手にしないといけないわけで、ご苦労なのはお互いさまである。異分野の専門家同士のコミュニケーションてのもたいがいそういうもので、行きがかりはあっただろうけれども継続的にそれに取り組んでいるモトケン先生のことは本気で尊敬しているのである。私にはちょっと、行政職を越えてこの問題に取り組む余力はない。

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ついでの二。は駄々話であるが、しかし非専門家による意図と表現のギャップを解消する必要に、(文字通り)元検察官であるモトケンさんがかなり自覚的なのに最初からそういう仕事であるはずの弁護士だった小倉さんが無関心というのはちょっと面白い。まあ小倉さんも理屈ではこうなので判例が全然そうでないのはダメだダメだダメだみたいなあまり弁護士さんらしくない論文(というのは「弁護士さんの論文って『理屈はそうでも実務・判例はこうだからさあ』てえのが多いよね」という私の偏見に依存するのだが)書く人だから、らしいと言えばらしいのかもしれんけど。


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ついでの三。実はこの問題に、三月の警察政策フォーラムにおける質疑応答で触れている。最近の政府・官僚批判がある意味で無制限な結果責任論に帰着するのではないかという論点に対して、ある程度専門家を免責するシステムを作らないと責任の代償として対象に対する完全なコントロールを要求する・必要とするようになっていく、それは結局「個人」とその自己決定の可能性を抹殺することになるという趣旨で回答した一環。そのうち『警察政策研究』とかに掲載されるそうですので、出たらまたお知らせします。

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法政大の山口誠一先生が昔「日本の夏は哲学に向かない」といっていたのを思い出しました(なので授業は6月一杯で一端終わるのでした、で10月再開)。日本の夏、熱帯の夏。だって大阪とカイロやシャルム・エル・シェイクの気温は毎日ほぼ同じくらいなわけだし、同じ扱いでいいのじゃないかと思う。ああでも、あの辺は熱帯(乾燥帯?)としては涼しいのですよ。アブダビとか45度だと BBC はいっていたような。

おじゃまします。

小倉弁護士の“表現”に肩入れするつもりはないのですが、小倉弁護士のエントリは、まさに文言解釈としてそうなる、という例を(皮肉を交えて?)書いているのではないでしょうか。

お医者さんが法律のことを知らないにしても、モトケンこと矢部弁護士はご存じのはずでしょう。“小倉弁護士の文言解釈が正しい”のであれば、矢部弁護士は「小倉氏が何を言いたいか分からない」はずはないのですから、“意図と表現のギャップ”であることを、自分のブログにコメントされる医療関係者の方々に説明すればよいのではないでしょうか。

はじめまして

小倉先生のブログ経由でこのエントリを知りました。
過大な評価と思われる記述もあり恐縮しておりますが、私のブログに簡単な所感を書きましたのでリンクかたがたコメントさせていただきました。

mohno さんのコメントに対するレスもその中に書いておきました。

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