サンスティーン教授来日

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「神戸レクチャー」というのがあり、1987年に法哲学・社会哲学国際学会連合(IVR)の世界大会が神戸で開催されたことを記念して(そのときに頂いた浄財を活用して)海外からえらい学者を日本に呼んできて講演をしてもらうという行事である。日本法哲学会とIVR日本支部の共催でやってきたのだが、今回は京都大学の獲得した学術創成研究「ポスト構造改革における市場と社会の新たな秩序形成:自由と共同性の法システム」に主催に加わっていただけたおかげで大物を呼ぶことに成功したらしい。つまりシカゴ大学のキャス・サンスティーン教授である。ネット界隈では『インターネットは民主主義の敵か』(Republic.com)で有名だと思うが、今回は憲法学者としての立場である司法最小主義(Judicial Minimalism)や政治思想的なリバタリアニズムの話がテーマなので、そのあたりの情報社会論的な話はあまり扱われなかった、と思う。

というわけで私も名古屋で開催されたセミナーのコメンテータを命じられたので日曜日に出かけてきたわけである。今回は東京(土曜日)が司法最小主義に関する講演をメインに短いコメントとフロアからの質疑応答、名古屋(日曜日)は同じテーマに関して若手の法哲学者4人からかなり念入りなコメントを行なったあとサンスティーン教授からの応答(プラス質疑応答若干)、京都(月曜日)はリバタリアニズム関係なので政治とか経済とかより広い分野の方々にご参加いただいてシンポジウムという展開であれ名古屋でサンスティーン教授喋らないんじゃない?

まあその通りで当初計画としては大きなレクチャーでは詰めた議論がしにくいからやや小規模なところでやろうということだったのだろうと思う。しかしまあサンスティーン教授が実に親切な方であって何もなしでいきなりコメントだと聴衆が混乱するだろうと思われたのか名古屋でも簡単に自説の内容の要約を行なってくれたうえ、コメント(合計で約1時間)に対しても当初の予定時間を超えて熱心に応答してくれたので教授の声を聞きにきたという方々も予想外に満足されたのではないかと思う。ちなみに参加者が60名近くなって会場である南山大学の会議室からあふれそうな勢いであったのも予想外だが、なにやら東京は約100名、京都は140名の参加があったということなのでこれでも最小規模なのである。なんか神戸レクチャーとは思えない盛況ぶりいやいやいやいや。

ところで前述の通りコメンテータは合計4人いたわけであるが私以外の3人はいずれも篤実な研究者であってサンスティーン教授の議論に内在的に分析を加えてその構造を明らかにしたりアメリカ憲法学上の位置について議論したりしており、すっかり安心した私は一人で「逆転スペクトルの懐疑についてですが」とか勝手な方向に走り出してみるわけであるが何か。まあほら、コメントの内容が重複しても意味ないですからね。

いや私にとってはサンスティーン教授が自説の正当化のために用いる人々が結論において一致しているが理由付けにおいて一致していない場合というのがそもそもわからないのですよね。逆転スペクトル視覚を持っている人(緑が赤に見える人)も私も赤信号で同じように止まることができるはずで、そのとき各人がどういう色を見ているのかなんて神さまにしかわからないことじゃないかと。「書かれたもの」という言葉を使ったけれど、実際には我々の知覚可能なものの水準で一致が見られたとしてもその「解釈」や「意味理解」が一致しているという保証など何一つないわけで、だからどうしても我々の一致の基礎があると言いたい人は「解釈共同体」とか見えないものに頼らざるを得ない。それが『法解釈の言語哲学』の前半で指摘したことですがいや英語で書くの難しいこと。まあ本当は200枚くらい使って書いたことだからな。

というわけでこのへんの論点に関する応答はあまりなくて、もう一つのネタである日米の裁判官の政治的正統性の違いの方がメインになったかな。まあサンスティーン教授の議論全体については、やはりコメンテータであった瀧川さんが指摘した通りプラグマティックであるという性格が支配的なんだと思うので、こういう哲学的な話題につっこまないというのも正しいのかもなと思うところはあり。

まあでも本当に、盛会で良かったです。開催に尽力された各位には本当にお疲れさまでした。はい。

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コメント(2)

ああそうだ。このコメントの内容とかについてはそのうちArchiv fuer Rechts- und Sozialphilosophieだったか、とにかくIVRの雑誌に掲載される、はずです。英文チェックがあるのでどきどきですが。はい。

むーしかし解釈共同体はテクストによって/テクストにおいて
可視化されているのであるからして、それを見えないものというのはいかがなものかんがごご。

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