動員解除

| | コメント(0) | トラックバック(0)

とはいえまだ警戒態勢が解けただけでトラブルに備えての待機は続くわけです。つうか俺の連休返せ。去年もあったぞこんなんが。

なおこの間、

  • 『オルタ』2008年1月号に掲載された原稿がオンラインで読めるようになったそうです。
  • 映画『靖国』やいわゆる「学校裏サイト」に関連して、表現の自由の問題について取材を受けた結果が『朝日新聞』4月23日夕刊(名古屋本社)に掲載されています。記事自体は記者さんの書いたもので、私のコメントが引用されているという形ですが、ちょうどこの種の問題がまたぞろ出てきているところなのでタイミングがいいのか悪いのか。

ところでその映画『靖国』について。芸術ないし作品の出来については知らんけど取材撮影許可等の面でどうなのよ、という指摘がいろいろ出ているようでそれ以前の問題なのかなという感じ。撮影対象の許可、という点ではマイケル・ムーア監督『ボウリング・フォー・コロンバイン』におけるチャールトン・ヘストンの取材場面を例に挙げて擁護する向きもあるようで、第一にその場面が取材時にいわば「騙し討ち」だったとしても取材後に使用の許可が出たのか出ていないのか私は知らないから許可の有無という点で等置できるのかどうかが問題になるけど、それを抜きにしてもダメだろうそれは。というのは、ヘストンはNRAの会長として一定の政策を社会に訴えている「公人」であり、その限りで自らの言論に責任を取るべき立場にいる。それに対して『靖国』の刀鍛冶の人にはまったくそういう要素はない。同意の有無という事実をめぐっては争いようがあるけど、それが不十分であることが確定した場合、少なくともヘストンの事例では弁護できない(他の「業界の慣行」と比べてどうか、という議論のしようはある。が、世の中「業界の慣行」が全体として不公正なので法的に規範性を認められないよねと言いたげな判決もあるわけで、絶対的な免罪符にならないことには要注意)。

ただまあ個人的には、左とか右とか親日とか反日とかではなくて単にプライバシとか取材許可とかいう概念の不十分な国の監督が我が国の基準では許されないことやっただけじゃねえのという気がするので、作品や監督が云々というより制作会社がバカ、で終わりかなと。もちろん現在ただいまの我が国のプライバシ観が正しいか、という点には大いに議論の余地があるわけだが、少なくともその点の相違があることを踏まえた上で摩擦なく作品が作れるようにコーディネートするのがあんたらの仕事でしょ、と。もちろん制作会社はご商売なので訴えられようが裁判で負けて損害賠償を取られようが最終的に黒字なら勝ちという価値観もアリである。アリだが、それでいいと思った人はプリンスホテルを批判しないようにね。ただまあ、今回の上映中止を批判している人が案の定『プライド』のときに制作・公開を批判していたという実例も出ているので、そういう人にreversibilityとかintegrityとかを求めてもむなしい、というのは端的な事実であるわけだが。アタマワルイ人強いよねえ

ところでその『靖国』に日本映画振興のための750万円だかの助成金が出ていたという件について。まあしかしそこでいう「日本映画」のメルクマールは日本法人による制作という話なのだそうで、その上で適切な審査を経て交付が決定しているのだから今回についてはまったく適法であると思うし、だから問題ないという渡海文科相のコメントが要を尽くしていると思う。もちろんそういうルールが利口なのかどうかという議論はできるわけだが、それは次回以降に適用される話で今回は相手うまいねえで終わりにすべき問題。「政治宣伝目的」で争うという手はあるけど、公的助成の条件で作品の内容に立ち入るというのはあまりうまい考えではないわけで(民主党が政権を取ったときにあらゆる右派人士の映画を助成対象から除外されたらどう思うね?)、そこは抑制的に運用すべき条件だろう。「見る人が見ればわかる」ではダメで、一見明白な政治性がないと除外されないと考えた方がよく、だとすれば今回はやはりうまいねえで終わらせとくべきなのではないか。

そうなると次は次回以降のルールに関してだが、う〜ん個人的には、「反日的」だからカネを出さんというのは良くないと思う。というのは上述の通り内容にあまり立ち入らない方がいいと考えるからでもあるが、我々の国家の国際的地位というのはすでにかなり巨大なものとなっているので、「親日」だろうが「反日」だろうがとにかくヨソからどう見えるのかを常に気にした方がいいし、それを知るためにこちらからカネを払うというのも引き合いの取れる話だろうと思うからである。今回の映画が「反日的」であったとして、それが見る側としては不愉快だったり事実に基づいていないと文句を言いたいようなものであったとしても、しかし世界の一部からそういう目で見られているということ自体は事実なわけである。それを無視してまともな外交政策の形成はできないだろうと、まあそう思うわけ。

もちろん「日本映画の振興」を謳うなら日本法人の制作では条件が緩すぎるわけで(「日本耶馬哈」だって日本法人だったんでね?(爆笑))スタッフの一定割合が日本人であることとか国内撮影が一定割合とか条件を付けた方がいいと思うし、「日本への視点」といっても外国人監督に日本と何の関係もないテーマで撮られて助成するというのも筋が通らないから一定の制約を加えた方がいいと思うけど、まあその程度の話かな。そもそも750万円てのがそんなに怒るほどの金額なのかという気もするしな。いや私個人の財布に入ってくるんならもちろんえらい金額であって入る入らないで血相変わるだろうが、映画の制作というプロジェクトに入ってくるお金でしょ? 一学部の教育改革支援という、三人くらいでやってて材料費とか資材費とか設備費とかもいらない小規模なプロジェクトでも年間2500万くらいかかるわけですよ。人件費に使うと750万ってちょうど1人・年くらいの金額なので、正直それでプロジェクト全体が左右される額ではない(もちろんあった方が嬉しいけど、つうかくれ)。

タウンミーティング騒動のときにも思ったんだけど、個人に最終的に入るお金とその過程で企業間・組織間を動くお金というのはケタが違うんだよ、後者を削ったところでその金額が前者に移るわけではないんだよというのがわからん人は多いのだなあと、やってみないとわからないのは当然かもしれないと思いつつ、まあそういうお話。

Trackback(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 動員解除

Write Your Comment

August 2008

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Recent Comments

Monthly Archives