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まあこの際だから
総裁空席のまま副総裁に代行を命じるという状態を続けて「権大納言以来の日本の伝統です」とか言い張ってみるといいのではないだろうか(挨拶)。重要なのは適切な意思決定がなされること(さらに正確に言うと「(適切な意思決定がなされたらそうなるであろうような)適切な反応を機関(を構成する諸主体の行動パターン)が示すこと」)であって意思決定主体が実在することじゃないし、目に見えて存在する「意思決定主体」がいないと安心できない「思いなし能力」の弱い人々が多いことも理解するのだがなまじ生身だと何するかわからないわけで(不倫してみたり暴言はいてみたりな)、「空白」というのも悪くないかと。それでも不安なら熊のぬいぐるみか○ースカでも置いておくといいのではないか。
というか私はこの状況で与野党の合意できる誰かを権力の憑代として担ぎ上げるくらいなら日銀の中の人に任せた方が安心なのではないかという気がしているだけであり、ついでに言うとほぼ同趣旨のことを天皇制についても発言しているので民族右翼の人とかからすると私は到底許容すべからざる意見の持ち主であろうなあと思う。まあもちろん、「ぬいぐるみの熊と同じなら存続させる必要ないんじゃね?」という意見もあってそれもよくわかるのだが、でもライナスには安心毛布が必要なんだよ……
それにしても、私にもわかってたんだから関係各位は理解していたはずだと思うんだけど、と半年くらい前に書いた論文のことを思い返してみる。国民が気付かないとどうしようもない(正確にはどうにかすべきではない)というのもわかるけど、安吾路線もぱっとしないしなあ。なんか気になって士郎正宗を読み返したりしているのがイヤな感じのシンクロニシティですねというオチで、ひとつ。
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