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昼と夜
というか何というか、研究室では行政関係の対応とかプロジェクトの仕事とかに追われるので疲れたところで自宅に戻って原稿を書き、朝起きて原稿仕事をして疲れたら出勤して事務作業に取り組み、と適宜気分転換を挟んでいるような気がしたのだがよく考えたらずっと仕事をしている(挨拶)。まあその甲斐あってというか原稿も一本書き終わり(30枚くらいの論文でタイトルは「分散する規制、分散する主体」にした)、プロジェクトの方も集中して取り組んでいた作業に目処がついたというか技術的な可能性については検証できたのであとは実際に利用される完成品レベルに仕上げるだけになったので一段落という気分。ちなみに何をやっていたかというと各国にある日本法教育研究センターで学生に利用させるクライアントコンピュータのシステム作成でだから私の専門はなんなんだと小一時間。
ちなみにどういう話かというと、
- 学生が情報収集やレポート作成に活用できるようにコンピュータを使わせたいのだが、現地の所得水準等から各自に買わせるのはとても無理なので共用のクライアントを数台導入するしかないところ
- 学生がファイルをどんどんため込んだり設定を変えたり勝手に海賊版のソフトウェアをインストールしたりできないようにしないと危なくて仕方がなく、
- しかし現地のセンターにコンピュータに詳しい人材がいる可能性は低く、現地で頼める業者の技術水準にもたいして期待できない、
というまさに三重苦。そこで私の中での結論はハードディスクなくせばいいじゃないというもので、いやだから書き込みできる記憶領域があるから悪さするんで1disk LinuxをインストールしたCFカードあたりをHDDの代わりに内蔵して行為可能な空間自体をなくしちゃえばいいんですよわはははははははどう見てもアーキテクチュアルな支配です本当にありがとうございました。
というわけで私が「配慮の論理」を完全に否定的に捉えているわけでもない、ということが実践的にもご理解いただけようかとそういう次第である。よりよき支配を目指して、さてもうちょっとシステム構成練らないとなあ。
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