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法整備支援連絡会
というのがまた大阪で開催されたので出かけてきましたよと。前回は懇親会の席上でとてもえらい民法学の先生(特に名を秘す)に引き合わされたあげく気づいたら私のことを連れてきた人がいないよどこに行ったのみたいな状況でおひらきまで30分以上放置されるという恐怖体験があったので多少トラウマ気味なのですが気力を振り絞って出席する。
なんか今回は法整備の成果の普及について考えるというテーマらしく、関係各機関の考え方とか実践とかその普及の度合い・成功度をどう評価していくかみたいな話が展開されていました。でまあその普及度のインデックスみたいなものについて結局支援対象国のカウンターパートとか法曹集団みたいなものにどれだけ知られたか・定着したかあたりに注目しているように見えるんだけど(1)それは法律家集団が一種の支配階級を形成しているような国の場合にその不公正な支配をむしろ強化することになるんじゃないかとか、(2)人民が法に基づいて適切な予期を形成できるようになるという法の支配の重要なポイントを見逃すんじゃないかとか質問してみて議論を混乱させる。あ~というか率直なところたとえばJICAとか名古屋大学とか支援事業の実施主体の立場から、資金の出所とかマスメディアとかとにかく外部に対して「自分たちのやったことはこういう意味があってこの程度成功いたしました」と説明しなくちゃいかんというような場面を考えると、とりあえず短期的に成果が目に見えて数値評価できる形で出そうなところを計ってみるよねえという気持ちはとてもよくわかるのでそのあたりを批判する気は毛頭ないわけでして、たとえば道路作ると通行量とか到達所要時間の短縮とかとても見た人がよくわかる(気分になってくれる)数字が出てくるわけで法整備支援事業もそういうのと対抗して予算を勝ち取らないといけないんだから数字欲しいよねえ数字。
その一方で法哲学者としてはその数字に本質的な要素がどのくらい反映しているのかとかそもそも意味あるのかとかいうあたりがどうにも気になってしまうので、まあ実務家中心の会議にせっかく混ざってるのでちょっとは理論屋らしいところを見せようかなと思いました。でも結局そこは気をつけないと訴訟件数の単純な多少で法文化を論じちゃうような話になるので、人々の行動を決めている要因とかシステム的な事情を注意してみないとさあ、というのが実は昨年ハンガリーで報告した話につながっていたりするわけですが。ああああれも「載せるからさっさと直せ」とか急かされてるんだったさっさとせんと。
ともあれ帰りがけに551蓬莱の豚まんとシュウマイを買って帰れたので個人的にはそれだけでもう大満足です。それか結局。
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