泡沫やあわれ(1)

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まあ保坂展人だしな(挨拶)。何かというと「裁判員制度の知られざる「罠」、裁判員面接で思想チェック」という同議員のブログでの記事の話(リンクはウェブ魚拓)。「検察側が(……)裁判員候補に対して「あなたは警察官の捜査を信用していますか」と質問させることが出来る。『いや、信用ならないですね』と答えると『公平な裁判が保障されない』と検察官が判断して最大4人まで理由を示さずに「忌避」の手続きを行うことが出来る」。だから裁判員たちは「検察側のフィルタリングにかけられた『警察を疑わない善意の市民』ばかり」になるのであって、これは「市民の司法参加・偽装」なんだって。ほおおおお

さて真実はこういうことである。前段、なぜ検察側が質問させることができると書かれているかといえば質問するのは裁判長に限定されているからであり、そして裁判長に要求できるのは検察官だけでなく弁護人・被告人も同様である。以下、条文は「裁判員法」(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律・平成16年法律63号)より引用、強調は(当然ながら)引用者。

(裁判員候補者に対する質問等)
第三十四条 裁判員等選任手続において、裁判長は、裁判員候補者が、(……)不公平な裁判をするおそれがないかどうかの判断をするため、必要な質問をすることができる。
2 陪席の裁判官、検察官、被告人又は弁護人は、裁判長に対し、前項の判断をするために必要と思料する質問を裁判長が裁判員候補者に対してすることを求めることができる。この場合において、裁判長は、相当と認めるときは、裁判員候補者に対して、当該求めに係る質問をするものとする。
4 裁判所は、裁判員候補者が、(……(欠格条項規定))に該当すると認めたときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、当該裁判員候補者について不選任の決定をしなければならない。裁判員候補者が不公平な裁判をするおそれがあると認めたときも、同様とする。

というわけで第一に、「警察は信用できますか?」という質問が相当かどうかは裁判長が判断するのであって、検察官が請求すれば必ず聞かなくてはならないわけではない。第二に候補者の回答から「不公平な裁判をするおそれがある」と判断された場合、当該候補者を排除するのは裁判所であり、検察官ではない。第一点同様、検察官が請求すれば必ず排除しなくてはならないわけではない。第三に、上記でおわかりの通りこれらすべての点に関して検察官と被告人・弁護人は対等である。したがって検察側が理由なく警察を信頼しない候補者の排除を請求できるのと同様に、弁護側が理由なく警察を信頼する候補者の排除を請求することができる。

次の問題点は、前段の「質問させることが出来る」話と後段の「忌避」には何の関係もないことである。

(理由を示さない不選任の請求)
第三十六条 検察官及び被告人は、裁判員候補者について、それぞれ、四人(……)を限度として理由を示さずに不選任の決定の請求(以下「理由を示さない不選任の請求」という。)をすることができる。
3 理由を示さない不選任の請求があったときは、裁判所は、当該理由を示さない不選任の請求に係る裁判員候補者について不選任の決定をする。

というわけで第一に、こちらは「理由を示さない」請求なのであるから、裁判の公平性になんの関係もないような話であっても人数の範囲内であれば自由に排除できる。仮に警察への信頼云々が裁判の公平性に影響すると裁判所によって認められるのであれば当該候補者は34条によって人数の制限なく排除されるのだから、36条による忌避を使う必要はない。第二に、前段同様この点においても検察側と弁護側は対等である。したがって検察側がとにかく自分たちに不利そうな候補者を忌避できるのと同様に、弁護側も不利そうな候補者を忌避することができる。

要するに、裁判員選任に「検察側のフィルタリング」がある、というのは真実である。しかしだからといって裁判員が「くじ」で選ばれるという中立性を歪めることにはならない、「市民の司法参加・偽装」ということにならないのは何故かというに弁護側のフィルタリングもあるからである。真実のすべてを言わないことによって恣意的な結論を正当化して見せるというのはデマゴギーの典型的な手法であるが、最初に述べた通り私は保坂議員がそのような手口を用いていることになんの驚きも覚えない。まあこの程度の技術でころりとやられる人々がそれなりにいるのだなあという感慨は覚えているが、そういう次第で当該ブログの注目点はエントリ内容よりはそれを肯定的に評価しているトラックバックのリストであり、馬鹿の住宅展示場みたいになっているので諸兄はよろしく観測するとよいと思う。この項つづく。

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コメント(4)

ここでははじめまして、isedaです。このブログではいつも勉強させていただいています。

検察側も弁護側も対等だというはなしについては保坂氏自身が反論しているのでおおや先生の再反論を待つとして、それと別にちょっと気になった点について。

>次の問題点は、前段の「質問させることが出来る」話と後段の「忌避」には何の関係もないことである。

と書くと保坂氏がこの二つが法律上もリンクしているものと誤解してもとの記事を書いているように読めますが、もとのブログからはそうは読めません。むしろ、「新聞報道で事例として挙げられている質問と忌避という制度を組み合わせればこんな運用できちゃいますよ」という指摘なんだろうと思うんですがどうでしょう。

 以前、おおや先生も触れられていたことがあると思いますが、「イリーガル・エイリアン」というSF小説があります。
 宇宙人に殺人容疑がかかったので裁判にかけるのだけれど、アメリカのことなのでそれが陪審員制度で裁かれることになる。そして、宇宙人に過度に好意的/敵対的な人が陪審員になるのを防ぐために色々と手続きを踏むシーンが出てきます。(スポックのお父さんの名前を知っているとスタートレックのファンだとみなされ、宇宙人に過度に好意的な可能性があるとして不適格となります。読んだ瞬間には爆笑しました。)
 あの小説がどこまでリアルなのかは分からないのですが、特定の予断を持った人間を陪審から外すのは当然だよな、と読んでいて思いました。それは実際のところどうなのでしょうか。お時間がありましたら説明をいただければ幸いです。

>iseda先生
おやこれはどうも。ご無沙汰しております。
両方ともそうなんですが、まずどちらの記事の時点でか、というのが問題になるだろうと思います。私自身は第一エントリでは問題を正確に認識しておらず、多くの批判を受けたので違うことを言い出した、というものです。
第二エントリの時点ではご指摘のような見解として読めるのですが、最初からそういう意見であったとすると(1)《形式的には平等だが実質的に不平等》という話のはずなのに形式的平等性にも実質を生じさせる原因にも一切言及していない、(2)人数制限のない《理由ある忌避》に使われる可能性を一切指摘していない、のように非常に不自然な点があると考えます。
もう一つ、たとえそうだとしても形式的な平等性がある以上「理由なく警察を信じます」と答えた裁判員候補を弁護側が《理由なしの忌避》にかけるという使い方も可能になるはずですが、それにまったく触れない点でやはりデマゴギーの名には値すると思います。あと残る可能性は、弁護側も使えようが何だろうがとにかくそもそもそういう質問をすること自体が許せないという主張で、第二エントリでは自称弁護士の意見を肯定的に紹介していますが、私の次のエントリで指摘した通りそれは端的に非常識な見解です。
というか純粋に形式的な内容しか聞けないことにすると、マジョリティに不利な偏見を持っている候補者よりマイノリティに不利な偏見を持っている候補者の方が確率的には多いはずですから、マイノリティに不利になるのですよ。次エントリで紹介した連邦検事局の資料もそうですが、弱者の権利を守るためにこそ実質的な質問や《理由なし忌避》が必要になるんだ、という話なのです。本来は。

>高橋さん
ども。実はフィクションの世界であれば他にも『推定無罪』とか『評決のとき』とか、予備尋問をときには陪審員の誘導のために用いているケースもかなり見られるのですが、フィクションをそのまま根拠にするのもはばかられたので簡単に調査しました。
というかしかし、忌避が非常に形式的な理由でしか許されないならなんでO・J・シンプソン裁判の陪審員選任に3週間もかかったんですかね、というだけで終わる話だと思うんですけどね。はい。

>おおや先生
どうもお返事ありがとうございます。

まあたしかに最初のエントリだけみるとそうよまれてもしかたないところもありますね。どのくらい好意的に読むかというスタンスの差かもしれません。

形式的に平等でも日本の現状で運用すると実質的に不平等になりうる、という線ならけっこうがんばれそうに思うので、保坂氏にはもうひとふんばり理論武装してもらえるとおもしろくなるのだがと思ってみています。

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