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研究会報告
研究室の名札が「准教授」になっていることに今日になって気付く(挨拶)。さて連休前に某作業に動員された結果として連休というものがろくに存在しなかったわけであるが実はまだ動員解除が下っていないので時間とか予定とかがどうにも自由にならないところ、しかし以前にお招きいただいた研究会があったので気晴らしも兼ねて喋りに行く。大屋雄裕「『公共性の法哲学』について」というわけで昨年出版された共著について政治学の方々の前で話すとまあそういう企画であった。
とはいえお読みになった方はご存知と思うがあの本は結論においてまったく見解の統一が取れていないというか、内部的にもかなり立場の違いを抱えているわけであって「公共性に関する法哲学者統一見解」のごときものは当然ながら存在していない(とまあそういう事情も喋った)。東京法哲学研究会の合評会には個々の論者も来ていたし、編者として一応の責に任ずるべき師匠もいたのでまあいいのだが今回は私一人である。するってえと対立する見解が批判された場合に私が弁護するというのも難儀な話だなあとは思い、まあ難儀なのでしないことにした。言いたい放題だまいったか。
まあそれ以前の問題として今回お招きいただいた研究会の方々は(社会)構成主義だそうで、だとすれば非=本質主義なので私の立場とは元から比較的近く、したがって私自身の論文に対するご質問はおおむね見解や立場の確認的なものが多かったなという印象がある。他方、同書の一部論文に対しては端的に表現すれば政治学的でない、つまり国家なり政府なりの権力的な決定というものが形成されるプロセスに注目していないとか、合意か形成されていく時間的なプロセスが無視されているというご指摘があり、まあもちろんあらゆる研究が政治学的でないといかんということはないと思うわけではあるがその通りですねというか、基本的な視角が違うからこそ相互対話が有効であり必要なんじゃないかと思いますとか答えつついや私も何度説明してもわかってもらえなくてとか、まあそういう和やかな対話が行われたわけである。
総じて非常に愉快であったというか、久しぶりに研究者に戻った感じで胸のつかえが取れたとかまたいつだかに言ってたようなことを言うわけであるが、まあ半分は前期に講義が集中しているせいであるとはいえ年々行政負担が増えている、というよりは行政的スケジュールが増えていて平日に気が休まる暇が減っており、「日曜社会学」ならぬ「土日法哲学」であるなあと嘆息しているところなのである。
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