続々・ひたぶるにうら悲し

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また「パイプのけむり」みたいな事態に(挨拶)。さて「週刊オブイェクト」において「林信吾」を名乗る人物により予告されていた対談が掲載されたというので、週刊朝日4月13日号の「なぜいま「軍事学」の時代なのか」を見てきましたよ。もちろん立ち読み。全体的な印象としては林信吾氏がいろいろと質問〜批判したのに対して潮匡人氏が応答している傾向が強く、つまり林信吾氏の主張の方が正しいという積極的な議論がほとんどされていないのが気になった。が、これはまず潮氏が林信吾氏の『反戦軍事学』に対して批判的な書評をしたという経緯の影響かもしれない。ところでもちろんすでに述べている通り私は軍事に詳しいわけではないが、その範囲で気付いたことを述べる。

第一に、従来典型的だったような国家間の・外交的紛争の解決手段としての・宣戦布告によって始まる正規軍の戦争から、非=国家が主体として登場するテロリズム・対テロ紛争の時代に変化してきているいう流れについては、林信吾氏は正しいしもちろん潮氏も同意している。問題の一つは、潮氏が指摘するようにだとしても古典的な枠組の話が無意味になったわけではないという点であり、入門的書籍ではそちらから始めるべきという潮氏の主張には十分な正当性があろう。もう一つは、対テロ紛争・非正規戦が重要だという主張に沿った展開に林信吾氏の著作がなっていたかという点にあり、率直に言って元帥が階級か称号かが対テロ紛争に関係あるとは思えないのであるが、まあ全部読んでいないのでこれ以上の言及は避ける。

第二は私にも多少はわかることであって、イギリスにおける軍と国王の関係についての話。林信吾氏によれば、イギリスの海軍・空軍・海兵隊がすべて「Royal」を冠されているのに対して陸軍がthe British Armyであるのは、それが国王の所有物ではないこと、国土防衛を国民全体が担っていることの現れだという。また、「英国の国王は、議会に諮らずに宣戦布告することができるし、麾下の空軍、海軍、海兵隊に対して解散を命じることすらできます」というのである。

さて、まず細かい点からはじめよう。陸軍がRoyal抜きである点については、潮氏からも「単なる名称」と一蹴されているが、そう言える根拠としてはまず氏の指摘する通り陸軍内の組織にはRoyalを冠しているものが多い点が挙げられる。たとえば士官学校はRoyal Military Academy Sandhurstであり、砲兵団はRoyal Regiment of Artillery(実際にはCorps相当)、工兵団はthe Corps of Royal Engineersである。あるいは部隊の中にもRoyalとかQueen's、なんらかの形で王室に属していることを表現した名称を冠しているものが多数ある(順にたとえばThe Royal Regiment of Fusiliers、The Queen's Royal Lancers、The Duke of Lancaster's Regiment)。林信吾理論によればこれらの部隊は国王のものであり議会に諮らずに解散することさえできるが、その他の部隊はそうではないということになる。そんなわけあるかい

そこで次にこれら陸軍内の部隊についてはRoyalはただの称号であるが、海軍・空軍・海兵隊の場合は「国王のものだ」ということを示しているという仮説(いいかげんでたらめだが)を検討してみよう。この際の問題は空軍であり、当然ながら軍事史のなかではごく新出来のものであって昔からはない。イギリスの場合、the Royal Air Forceは1918年に創設されたが、その前身は海軍のRoyal Naval Air Serviceと陸軍のAir Battalion(飛行大隊・1911)→Royal Flying Corps(1912)である。したがって林信吾理論によると、創設時は国民・国家のものであった陸軍飛行部隊は1918年に国王に取りあげられてRAFの一部になってしまったということになろう。そんなわけあるかい

さて真相はこういうことである。たしかに陸軍と海軍のあいだには創設の経緯に差があり、それが現在でも制度的に尾を引いている。陸軍はもともと異なる主体が連隊regiment単位で創設したのを寄せ集めたという性格があり、特にチャールズ2世が常備軍的なものを創設してから1707年の統合まではイングランド陸軍とスコットランド陸軍が別々に組織されていた。"Royal"が付かないのはそのせい(すべてが"Royal"起源ではないから)だという。それに対し海軍はその相当以前に王室によって「国王大権」Royal Prerogativeに基づき創設されたものだとされる。このため、陸軍・空軍・海兵隊の軍人は就任に際して国家元首としての「王座」the Sovereignに対する忠誠宣誓を行なう義務があるのに対し、海軍はそれを免れている。だが書いたとおりグループ分けは「海軍 v. 陸軍・空軍・海兵隊」であり、「陸軍 v. 海軍・空軍・海兵隊」というRoyalが付くか付かないかの区別ではない。

なおピューリタン革命期にはthe New Model Armyという常備陸軍的なものがあったが王政復帰後に解散させられており、現在のthe British Armyの前身を創設したのは上記の通り市民革命の反対側にいたチャールズ2世。その後、名誉革命に際して採択された「権利章典」Bill of Rights 1689では「王国内において、平時に常備陸軍を創設し、あるいは維持することは、議会の同意を得ない限り違法である」とされている。これは国王によって創設された常備陸軍が議会勢力を弾圧する道具になることを警戒したためで、実はいまでも議会による常備陸軍維持に対する同意が毎年更新されているらしい。じゃあ海軍はいいのかというと少なくとも権利章典には出てこない。多分イギリスの地理的条件からして国内の動乱鎮圧に使いようがないので構わないことになったのではないかと思うが、つまり何が言いたいかというとイギリスの国土防衛の主体は海軍であって陸軍ではないという点である。つうかだいたい百年戦争の終結(1453)あたりからずっとそうなので、国民が国土を防衛することを明確にしたいんだったら海軍を支配せんといかんはずだと思うのだが、林信吾氏がまるっきり逆に考えているのは何故なのか。ひょっとしてイギリスの地理的条件が理解できていないのだろうか。つうかそれは日本と同じ条件のはずだと思うんだが。

では海軍は国王のものであって国王が「議会に諮らずに(……)解散を命じることすらでき」るのかといえば、当然ではあるがそんなことはない。海軍の組織についてはthe Naval Discipline Act 1957が規律しており、議会と法律の支配下にある。なお陸軍・空軍についてもそれぞれthe Army Act 1955, the Air Force Act 1955が規律しており、同様にその組織運営は法律によって定められている。念のために言うと2006年に成立したthe Armed Forces Act 2006がこれら3法律を廃止して統一的に組織・運営等について定めたらしく、ということは法律の面から見ると陸海空軍のあいだに差はないということになろう。

次に予算の面から見てみよう。イギリスの王室会計privy purseは、国家予算から支給されるCivil Listと、王室メンバーの相続財産たる領地の収入から成り立っている。このうちCivil Listは、国王領からの収入を国庫に入れる代償として支給されるという伝統が1760年から続いているもので、現在は職員の給与など王室の運営費、公式外国訪問や使節接受など国家元首としての国王の行為に関する費用に用いられている。もともと市民に対するサービスは王室が提供し、その費用も王室財産である国王領の収入でまかなっていたのが国家機能の拡大にともなって負担しきれなくなったという経緯があるらしいのだが、問題は陸海軍の軍事費はこのCivil Listの対象にも入っていないということである。どうやら軍事費は陸海を問わずnon-civil expenseであって、租税をもって充てるというのがイギリスの伝統的な考え方であったらしい。つまりカネの面から見れば陸海軍とも、当然ながらのちに派生した空軍・海兵隊も含めてすべて国家の軍隊であり、国王の軍隊ではない。ここでも林信吾説は破綻しているのである。

さて残りと言うか、「英国の国王は、議会に諮らずに宣戦布告することができる」という部分について考えると、これはまず額面としては正しい。宣戦と平和は前述の「国王大権」の一部であり、その行使には議会の同意を必要としない。だが、それは国王が自由にそうできるというのとはまったく異なる事態である。まず国王大権の行使には首相と内閣の助言が必要というのが大原則であり、彼らは議会多数派によって選出され議会に対する責任を負っているから民主的正統性があるし、事後に不信任決議等によって責任を追求される可能性もある。つまり議会と無縁に・国王が勝手に宣戦布告できるわけではない。それでも国王の行為だと主張するのは自由だが、我が国でもたとえば衆議院解散が天皇の行為として為される点に注意しなくてはならない。もちろん天皇のすべての国事行為には「内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」(憲法3条)ことになっているが、上記の通り、イギリスでも実態はそれとほぼ同様である。

「実態」なのが問題だ、とまだ言うことができるだろう。日本では憲法の規定によって「内閣の助言と承認が必要」だと定められているが、イギリスではあくまで内閣の助言に従うのが普通だというだけで、やろうと思えば国王はそうしないことができるではないかと言って言えないことはない。さて前述のthe Armed Forces Act 2006であるが、2006年11月8日に国王の承認を得ることによって成立した。これはイギリスのすべての法律について同様であって、議会での可決後に国王の同意がなければ成立しない。したがって理論的には国王があくまで同意を拒否し、法案に対して(アメリカ大統領のように)拒否権を発動する可能性がある。

だが実態としてはどうかと言えばそんなことをする国王はいないのであって、最後の同意拒否は1708年、アン女王がScots Militia Billを拒否したケースだそうである。この場合において、「イギリス国王は議会の可決した法律を拒否することができる」と言う方が正しいのか、「できない」と書く方が良いのか。

これは多分に、不文憲法というイギリス独自の性格に由来する事態である。たしか中学校の公民あたりで習うと思うがイギリスには憲法典がない。普通の国では成文硬性憲法典で規律される事項は、いくつかの「憲法的法律」(たとえばマグナ・カルタや権利章典はこれに含まれる)と、多くの憲法慣習によって定まっている。念のために言うとたとえば日本のような成文憲法国でも憲法慣習というべきものはあるのだが、イギリスの場合は「幹」となる憲法典がないこともあって「慣習」に頼る割合が度外れて大きい。だからイギリスについては文章化されたルールだけを見てモノを言ってはならないというのは勉強してるとほぼ最初に叩き込まれる話だと思うのだが、どうやら林信吾氏にはその心得がないようである。

というわけで、軍事からはじまった話のはずなのにイギリス研究のイロハの部分にまで疑いが及ぶという仕儀になった。そもそも組織が誰のものかを問題にするのに設置根拠たる法令でも予算でも人事でもなくて名前を根拠にするあたり、学部学生のレポート以下と評価するべきだろうか。なんかもう「うら悲し」というか、どうにもならん話だな、という感想で終わる。どっとはらい。

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コメント(1)

>軍事からはじまった話のはずなのにイギリス研究のイロハの部分にまで疑いが及ぶという仕儀になった。

大屋先生、残念ながらそれは仕様です。
林某の反戦軍事学以外の著書を見た事は有りませんが
週刊朝日での対談でも見る限り、ブリティッシュジョークすら出来て無いように感じます。

自分は、某工科大の学生である為、英国の軍事体系に関する歴史的背景等は
殆ど知りませんし、調べる様な機会も興味も有りませんが
林信吾氏が、我々の世代の出来の悪い学生より酷いのは確かだと思います。

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