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雑感
よく考えたら5週連続で週末に自宅にいない(挨拶)。やあなんか電気代ガス代が安いなあと思っていましたよ。ちなみに来週も東京の予定でそろそろ自分がどこにいるのかわからなくなっているわけだが、そういうわけで雑感。
朝日夕刊の連載がどうなのかと思うが早野氏なのでどうしようもない。しかしご本人の意図としては連判状なんだろうけど、この情勢で人前に見せたら芋づる式に攻撃対象としてサーチされてしまうことになるだけなのではないかという気も多少。このあたりの空気読めなさというのが若宮氏との格の差かな、と思うところはあり。
都知事選挙については外山恒一候補の政見放送が話題になっていたようなので見てみたけど、ええと、目が座っていることを除けばまあ割と普通な、というかむしろオーソドクスな左翼の革命理論だと思ったんだけどどうかねえ。たとえば以下のような文章と比較してみよう。
何故我々は今回の総選挙戦に出動するのか!
いはずともしれたことだ。議会を破壊するために出動するのだ。そして議会を破壊するのに決定的に重要なのは労働者農民の暴力的行動だ
ちなみにこれは1928年の衆議院総選挙(最初の普通選挙)の際に、当時非合法だった共産党が配布したビラの一部である。同党のメンバーは合法政党「労働農民党」に入り込んで立候補していたが一方で非合法の選挙活動もしており、上記のうち「我々」とあるところが原文では「共産党」であった。この背景にあった考え方は、同党の「総選挙方針案」によれば以下の通り(なお引用は上下とも立花隆『日本共産党の研究』第1巻第4章、講談社文庫、1983)。
共産党は改良的法律を獲得するために議会に参加するのではなく、ブルジョア国家機関の中心たる議会を内部から破壊するために参加する。
階級闘争の重点は議会にあるのではない。ブルジョアに対するプロレタリアートの最も根本的闘争は先づ第一に大衆闘争である。大衆闘争はその最高形態は内乱である。議会内における闘争は階級闘争の根本問題を解決することができない。
共産党は大衆闘争によってブルジョア政権を奪取することを目的とする。大衆闘争は内乱へ発展させねばならぬ。
つまりこの種の革命理論からすれば選挙を通じた議会政治というものごとの決め方自体がブルジョア的なので、その範囲内でどれだけ争ってもその基盤たるブルジョア支配的体制を覆すような結果が出てくるわけはない。だから決め方自体を否定してかからなくてはならないと、まあそういうことになる。外山候補の主張というのは議会的な改良主義(社会民主主義)を否定した革命路線(共産主義)に等しいわけで、そうイカれてるわけでも新しいわけでもあるまいよ、と思うわけである。
しかし同時に考えないといかんのは、にもかかわらずこの政見放送が多分に茶番として・笑いのタネとして特に若年層に認識されるとすればそれはどういうことを意味しているかという点であって、まあソ連ももう遠い歴史の話になったということなのか、左翼理論がもはや人々の日常には届いていないという話なのか。
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ちょっと前の話ですが、USSRと刻印のはいったレンズを20歳ぐらいの人に見せたら「USSRってなんですか?」と言われました。
これは一例に過ぎませんが、少し驚いたのと同時にまぁそんなものかもしれないなぁと思った記憶が有ります。