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運営費交付金の話
なにやら大変に忙しいので簡単に事実だけ書きとめておこうと思う。経済財政諮問会議の民間議員が「国立大学の予算配分に競争原理を導入するための提案をする」という話。以下「国立大学交付金、競争型に 規模より研究重視」(asahi.com)より引用。
民間議員は提案で、大学と大学院を「技術革新の拠点」と位置づけ、職員数に応じた現行の配分方式を見直し、研究提案の内容で交付金を決定するルールに切り替えるべきだと提案する。
さて、では名古屋大学の場合を例に、国立大学の財政構造を簡単に見てみよう。平成17年度に関する財務諸表はここで公開されている。簡単な数字は「数字で見る名古屋大学」にも載っている。
まず大学の収入全体107,768百万円のうち、運営費交付金は36,692百万円、割合で言うと34%を占めるにとどまる(経常収益に対する割合は45%)。これに対し支出全体は105,363百万円。このうち最大のものは人件費であり、教員22,398百万円・職員15,535百万円を合わせて約380億円、支出全体の36%(経常支出の52%)に達する。これ以外に教育経費2,746百万円・研究経費7,821百万円の支出があり合計して支出全体の10%(経常支出の15%)、この内容は教育研究活動に必要な消耗品・水道光熱費・旅費交通費などである。
ポイントはここまでですでに運営費交付金だけではアシが出ているということであって、つまり運営費交付金の大半がなぜ「教職員や学生の数」に左右されるかというと研究成果とは関係ない基盤部分の経費しかまかなっていないからだ、ということである。
では大学間の競争はどのような部分で行なわれているのか。まず第一に記事にも出ている通り、運営費交付金の一部(約7%)は競争的な「特別教育研究経費」である。次に国からの補助金があり、名大17年度の場合「大学改革推進等補助金」「研究拠点形成費等補助金」は競争的に獲得したものと思われる。合計296百万円(収入全体の0.3%)、内容としては「専門職大学院等形成支援プログラム」や「魅力ある大学院教育イニシアティブ」などが含まれる。第三に寄附金・受託研究・共同研究・受託事業などによる収入があり、合計して6,092百万円(収入全体の5.7%)。
さて、大学が受けいれている補助金には他に「厚生労働科学研究費補助金」や「産業技術研究助成事業」のものがあり、名大17年度では合計36件503百万円になるが、どうも財務諸表には含まれていないようである。また文科省からはいわゆる「21世紀COEプログラム」という研究拠点形成費補助金もあり13件合計1,656百万円になるが、これも該当する記載がない。さらに大きいのは(大学関係者にとっては常識に属すると思うが)我々の研究費の最大のでどころになっている「科学研究費補助金」で、名大17年度では合計1,463件・総額6,717百万円になる。問題は、このうち大学の収支に計上されているのは間接経費の662百万円のみだという点にあり、直接経費6,055百万円は簿外で処理されているということである(おそらく研究者に対する支給であり大学はそれを管理しているだけなので経常
収支には含まれないということだろう)。
つまり報道された経済財政諮問会議民間議員の提案なるものは、研究活動とほぼ関係のない基盤経費の部分だけを見て・競争が行なわれている部分を見ずに・「ここには競争原理が働いていない」と言っているわけで知的水準が疑われますというか、大学のことを何も調べてないんだろうなという話である。というか、誰か止めるやつはいなかったのか。
記事は「配分方法などを巡り研究現場からは強い反発も予想される」と書いているが、我々が反発するとしたら別にそれは配分の方法とか基準に異論があるからではなく、そもそも誤った前提で批判されたことに対してだ、というのは理解してもらいたいところである。あとこんな程度の話にもツッコめない新聞は役立たず。いまさらだけど。
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初めて書き込みさせていただきます。
競争的資金の配分方法として、日本では主に研究者への支出になっておりますが、海外ではどうなのでしょうか。
あまり詳しくないので恐縮ですが、アメリカなどでは、公的資金の配分について、おもに大学等組織に対して行っているという話を聞いたことがあります。
スポンサーとしての国と研究者の間にいる大学の間接的な機能、すなわち公金の使途管理(不正経理のチェック機能)、または研究者からの問い合わせ・要望を吸い上げる機能を重視・信頼している、という趣旨とのことです。(この点、すみませんが直接経費も大学で計上しているかどうかという正確なところを調べておりません。もっとも、大学が十分にそんな監査機能や調整機能を果たせているのかについては疑問が残るところはありますが。。)
仮に、国の競争的資金予算のうち、研究者単位での支出枠を減少させ、もっと大学単位への支出枠を拡大させることで、大学間の資金獲得競争を促し、かつ、大学内部での研究資金配分のあり方を見直すべきだ、などという議論がでたとして、おおや先生はどのようにお考えでしょうか?
>cloverさん
ども。ダブった分は消しました。配分対象が大学か研究者かというのには二つのレベルがあって、(1)応募・審査がどの単位で行なわれるかということと、(2)お金が実際にどう動き誰が管理するかという話は別なのです。
日本の場合も、科研費は(2)の意味では文科省・学術振興会から大学に入ります。(1)の意味では研究者(グループ)が応募し・採択されるのですが、我々に直接研究費が支払われることはありません。大学が保管していて、我々の請求に従って物品を調達するとか謝金を支払うという手続になっています。意図するところはアメリカの場合と同じく大学の中間的・管理的機能を利用しようとしているのだと思いますが、まあ正直それほど優れた監査能力があるというわけでもないので教員側が不正経理を試みると見破れなくてあとで問題化するケースがときどきあるのは報道されている通りですし、大学を通すと支払い条件が悪くなるので一般的に商品価格が上乗せされ、結果的に国民の税金の利用効率が下がっているところもあります。
ちなみに(2)の意味で大学に入れるのは科研費だけではなく、たとえば私が民間の財団から助成をもらった場合、私に直接送金があった場合でも大学に寄付して経理で管理してもらいます。逆にこうしないと個人所得と見なされて所得税かけられてしまうのですな。
最後の部分についてですが、う〜ん難しい、というか現在の科研費の審査や資金配分の方法に問題を感じる部分はあるのですが、正直言っていろいろ話を聞く限り大学に任せた方がより良くなるという保障はまったくない、というか多くの大学ではおそらく悪化します。
たとえば科研費には若手奨励の制度がありますし、審査は最低でも近縁分野の研究者が担当するようです。そのような制度が各大学において実現する保障はありませんし、正しい審査ができるかと言われると多くの場合には絶望的だということになるのではないかと思います。法哲学者なんか一大学に一人しかいないケースも多いですから、大学内で誰がどう審査するのかと、まあそういう話です。この点に関しては、ローカルな権力より国家権力の法がまだマシだという印象ですね、私は。