科研費研究会報告

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師匠が代表者であるところの科研費プロジェクトの研究会で報告してきました。「開発法学の誕生と変容」というタイトルで、1960年代の「法と開発」運動Law and Development movementから現在の法整備支援に至る展開を扱ったのですが、まあ私はこの分野に関してはほぼ完全に実務家であって理論的関心からコミットしてきたわけではないので、歴史面について他の人の参考になる程度にサーベイするのと、現状について知っていることはお話しするという程度の内容でありました。

ただいくつか自分の経験を含めて指摘したことがあって、一つは梶ピエールさん47thさんが紹介しておられるイースタリーとサックスの論争に関連付けて喋ったことではあるのだけれど、途上国内部と援助機関におけるインセンティブ構造について無視するわけにはいかないということ。国家内部における再分配の場合、福祉を受けるか自立を目指すかの選択に直面する弱者は、しかしいずれにせよその結果を自分で引き受けることになる。ところが国際的な再分配の場合、途上国においてその国の選択を実質的に行なう人々と、その選択の影響を受ける人々の範囲は同じではない。為政者の選択に対して国民が審判を下す社会的制度も、多くの場合には整っていない。だから、「失敗した国家」において典型的に見られるように、先進国から引き出した援助を自分のポケットに突っ込んで国民を貧困のままに留める為政者というのが合理的選択の結果として登場するわけだ。

この歪んだインセンティブ構造をどうすればいいかという問題に答えるのは難しいが、しかし同じような支援を受けて発展に成功した国家とそうでないところを比較するとある程度のヒントは見えてくるような気もする。その一つの回答は(決してこれが唯一の答だと言うつもりはない)、為政者たちが有象無象の国民の困窮を自分自身の苦しみと同一視するような幻想としての一体性がある場合には発展しているような気がするというものだろう。nationはもちろん幻想だが、しかし幻想はそれ自体として社会的機能を持ち得ると、まあそういう話だろうか。

ちなみにこれは「失敗した国家」のメルクマール(軍人、警官、そして教師に十分な給料を払わない国)の裏でもある。教育に対する投資の成果は、世代を超えた未来に発生する。それが返ってくるときに物理的な「自分」はもう存在しなくなっていたとしても、自分がその一部となっている「国家」とか「社会」というものに利益が戻ってくる。その「国家」「社会」と「自分」をひとつながりのものとして想定する人間にとってのみ、教育への投資は合理的たり得る、のではないか。なお私自身はこれらの指標の自分用バージョンを持っていて、それは「留学生の帰らない国はダメだ」というものである。

もう一つは「法と開発」運動から現在までに至るアメリカの裁判フェティシズムとでも呼ぶべきものであって、というか途上国の社会を変革したいから法曹教育を改善してみましたという思考回路はちょっと理解困難である。その次に裁判制度を改善してみましたというのも同断であって、そういう対応が社会変化につながるのは(1)社会の中にある紛争が多く裁判を通じて解決され、(2)実質的な規範形成が裁判における具体的な判断の積み重ねで形成されるような社会、つまりアメリカだけの話なんじゃないかと思わなくもない。

念のためにいうとこういう問題意識は「法と開発」運動の中心にいたDavid Trubek自身によっても持たれていたので、彼自身による「法と開発」の総括においては、それがリーガル・リベラリズムという前提に基いていたことが批判されている。つまり「法と開発」は国民が法を知っており・かつ自発的に遵守することを前提としていた(それが失敗の原因だった)というわけだ。その後CLS (Critical Legal Studies; 批判法学)に移行するTrubek自身は、それを自民族・自文化中心主義の現われとして批判する。私自身は、たとえリーガル・リベラリズムが歴史的には欧米において特殊に形成されてきたものだとしてもそれのどこが問題なのかと思うので(良いものならどこでできたものだろうが世界中に普及させれば良いのである)その批判に全面的に賛成するわけではないが、しかし問題は法規範の不足・法曹の不足ではなく「足まわり」にあるという私の印象は、このリーガル・リベラリズムである程度説明できると思っている。

もちろん問題は、では社会全体の「法化」がいかにして可能かという点にあるわけであり、明確な意見があるわけではないがとりあえず課題の大きさに暗澹とするというあたりで話が終わるわけである。(2007年1月14日公開)

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ご無沙汰しています。トラックバックどうもありがとうございます。

>つまり「法と開発」は国民が法を知っており・かつ自発的に遵守することを前提としていた

まあサックスであれば被援助国の社会が「法化(近代化)」されていないのはそれこそ貧困があまりに深刻だからで、その悪循環を断ち切るためにこそまず目をつむって援助をぶち込みなさい、と言うところなのでしょうね。この辺の判断は本当に難しいところだと思います。
 ところで、イースタリーのように国際援助において被援助国の「自助努力」を重視する立場は明らかに一種の「保守主義」に立つものだと思うのですが、こういった「国際援助の思想」は「保守主義」の思想史的な流れの中ではどのように位置づけられてきたのでしょうか。
 例えばハイエクは『隷従への道』の中で計画主義的な国際援助を批判しつつ、自助努力的なものに関してはむしろそれを肯定的にとらえていますが、このような見方が出てくるのはやはり第二次世界大戦後のことでしょうか。よろしければご示唆いただければ幸いです。 

>梶ピエールさん
ども。私は支援関係の実務に携わっていることには一応なるのですが背景にある経済問題にはうといので、勉強させていただきました。あまりに深刻な貧困に対してはとりあえず支援をぶち込むしかない、というのは私も賛成するのですが、しかしその場合でも貧困の当事者に届くような支援である必要はあるはずで、「国家への支援」という枠組をまず再検討する必要はあるだろうと思います。
「保守主義」については、まず「保守主義」とその対立項が実はそれほど判然とはしていないという問題がまずあるだろうと思います。たとえば(これは個人レベルの理論ですが)、明らかにリベラルに位置づけられるドゥウォーキンも、bare luckによる不幸は是正すべきだがoptional luckの帰結はそうではない、と言います。ここでoptional luckというのは帰結について十分に考慮した上でなされた選択に関する「運」のことで、だとすれば同じ「貧困」という状態であっても再分配の対象にすべきものとそうではないものの差があり、とにかく救済という議論は斥けられることになるでしょう。
ただ、上記の通り私自身は理論的な側面に詳しくないので適切な書き方かどうか今ひとつ自信がありませんが、「国際援助の思想」というのはやはりWWII後のものだろうという気はします。というのは、1月14日の会議でも論点として指摘されたことですが、「法整備支援」という枠組にまず立つことによって「(国家)法」というもの、その法を通じて国家がgovernするのだということ、支援主体も対象も国家であるということが暗黙に前提され、環境問題のようなglobal governanceがそこからこぼれ落ちていく、という批判があるのですね。「国際援助」というのも、単に困難な状態にある人間の救済ということではないとすれば(それならば赤十字社とかその源流としてのキリスト教思想につながっていくでしょうが)、「国際」を成り立たせる国家の存在を前提にしていると思います。で、現在支援の対象となっているような発展途上国が「国家」として・先進国に対する同一の他者として・登場するのはWWII後だから、ということではないかと。それ以前にも「開発投資」という考え方は当然にあるわけですが、被援助国が「自」であることが承認されない「自助努力」はないだろうと、そう思います。

お付き合いいただきありがとうございます。先のコメントのようなことをおえてお尋ねしたのは、イースタリーの言っていることは要するに「貧乏人をあまり優遇しすぎると自立心を失うので本人のためにならない」というものなのに、国際援助の文脈におかれたときにはそれほど「保守的」な響きがしないのはなぜだろう、という素朴な疑問を感じたからです。これはやはり援助においては「見て見ぬふりをする」という究極の「保守的」な政治選択があり、現実にそれがあまり抵抗なく受け入れられてしまいがちだからかもしれません。
 「国際援助」「自助努力」の概念は対象国が独立して初めて生じる、というのはおっしゃるとおりですね。ただヨーロッパ諸国への復興支援はともかく、途上国への支援はむしろ、そういった国はそもそも「自助」ができない、あるいはその段階にない、という発想から始まったような気がするのです。そういう意味ではハイエクの議論の先駆性は(当時彼の問題意識にあったのはあくまで欧州内の問題だったにせよ)やはりすごいな、と思います。

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