履修偽装問題

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入試科目に社会がまったくない大学の教員が若者の世界史知識のなさに文句をいいたれるというのも趣深い光景だと思ってみたり(挨拶)。貴学の入試制度は若者にどういうメッセージを送っていらっしゃるのかしら? まあ何やら次から次へと実例の出てきたこの話だが、あほかいと思う部分となるほどと思う部分があり。

あほかいというのはこの連中(というのは受験に関係のある科目に集中したいという生徒の側もそれを肯定する教師の側もなのだが)、大学に入ったあとどうする気なんだということである。すでに述べたこともあるが大学に入ればその中での競争というのがある。私も一年生向けの入門講義とかやっているが学生が世界史の基本的な知識を持っていることは前提になっているし、大学というのは(法学部というのは、かもしれない)一部に落ちこぼれていく学生がいることなど気にはしない。もちろん、本来なら高校のあいだにやっておくべきことを大学に入ってから自力でやって追い付くということは可能だろうが、周囲はそのあいだにもう一歩先に進んでしまうだろう。ルール違反をして「いい大学」に入ってもその中の競争で落伍する原因を作っているようなものなのにな、と思うわけだ。

しばらく前に、医学部に入ってくる学生が生物を履修していないというのが結構問題になった。これなども同じ話であって、確かに大学受験をゴールだと思えば物理・化学の方が傾向が似ているし、他の学部を併願するときに使い回しが効く。だが医学部に行って医者になるあたりを中間目標としてきちんと設定していれば、それに対して生物を履修していないというのが大きなマイナスになることくらいわかったはずだろうと思うのだが、しかし現実にそういう選択をしてしまう生徒が多かった。というのはつまり、高校の進路指導がすでにそういう長期的な視点を失っているのだろうと思う。

でもう一つのなるほどという話なのだが、今回の事例、やっちゃった学校の名前をちらちら見ているに(1) 地方の・レベルの高い公立校か、(2) レベルいまいちの私立校 だなという印象がまずある。典型は(1)のパターンだが、そうなる理由は周囲に受験産業がないからだろう。つまり「受験対策のためにやった」とか「加熱した受験競争」という話が表面に出ているが、東京や関西圏の典型的な受験校の名前は出てきていない。それは何故かという話。

私が母校「三多摩一の受験校」で高校教育を受けたのはもう結構昔の話である(毎度言うが「他にあるのか」とどうか聞かないでほしい)。まあ一応東大にうまくすると年50人合格し、サンデー毎日のランキングに名前が載る程度の学校だが、別に受験に向けた特別の教育を受けたという記憶がない。もちろん世界史は必修で全員きちんと履修しており、たまたま担当教員の本来の専門が地理だったので農業革命とか三圃制とかの説明が異様に詳しく、よく考えたらそのぶん典型的な世界史の内容が圧迫されていた勘定である。この先生は本業の地理でも「結果から作った帰納的気候分類では理論的なことがわからない」とか主張して演繹的気候区分で授業をし、いや無茶苦茶面白かったのだがケッペン気候区分がなにひとつわからないので受験勉強で難渋した。私自身は社会科が世界史・地理選択で、当時は地歴と公民に分かれていなかったから受験にも使わないし単位も足りていたのに、二年のときには倫理を履修していた(よく考えたらこれが道を誤った原因のような気もする)。理科は化学選択で、三年の夏期講習でも「化学実験」を選択して金属イオンの分析を数時間がかりでやっていたり、アンモニアを吸いこんで激痛に苦しんだりしていた。なんだか「大学に受かる」という観点からは無駄なことばかりしていたが進路指導で怒られた覚えもない、というか進路指導があった覚えがない

で、なんでそれで大丈夫だったかというと予備校あったもんなということになる。高1・高2と駿台に数学を勉強しに行っていて、高3のときは世界史。もちろん休みには英数社と講習に通っていたりして、模試も含めて対策は取っていたわけである。逆にいうと入試がどうの受験がどうのという話は予備校に任せて、高校では将来に向けてとか人間としてとか、なんか曖昧模糊たる目標に照らして毅然と教育するのだみたいな精神だったのではないかと思う。ちなみにウチの高校は2年の体育が週5時間あり、こう言うと「ははあ高3のを前倒ししたな」とよく勘繰られるが高1と高3は週4時間である。体育学校じゃないんだから。

これが許されるのはそれでも入試実績があがってたからだが、それが可能なのは(1) まあ入学時からそれなりの素材が揃っており、(2) 生徒もアホではないので自分で受験産業に頼って対策を取るからである。逆に、こういう条件がなければ学校がなんとかしないと受験という目に見える数字が落ち込む。数字が落ちているのに長期的なポリシーを貫くというのはなかなか難しい課題である。東京だと、管理教育で学校が率先して受験対策を徹底するのは新興で一流半くらいまでのし上がってきた高校に多かった。これは(1)が欠けている例。逆に今回問題になった学校は(2)が欠けているパターンだろう。と思うと、これは都市と地方の格差という問題の一変奏なのである。

自由に競争を行なわせると言ったところで、周囲の環境や産業としての市場規模が変わるわけではない。独自の教育理念に基づく多様な教育などということを本気で言えるのは、ホンネ担当の受験産業が代替的に用意されている場所に限られている。今までの文部行政が正しかったかといえばもちろんいろいろと問題点があるわけだが、「実績」を上げるためにカマボコ入りのを「タコヤキです」と称して売ってたような連中に自由にやらせてどうすんだよと、まあそういう話なのである。

ところでまあこれは私の狭い範囲の経験に基づく印象論なのであるが、大学の中で「崩れる」人間、てえのはああいう管理教育の学校の出身者に多かったな。これは「あほかい」という話にもつながるんだけど、ね。

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今回の件で、痛切に感じたのは、「生徒のため」と言えば、何でも許されると思っているな、ということでした。
履修していないのを履修したとして証明書類を作成・交付したことは明らかに犯罪だと思うのですが。
私としては、ここで、断固として高校卒業資格を剥奪するか、大学側で、虚偽の成績証明によって受験したということで、入学資格を剥奪する(卒業生については、卒業を取り消す)べきだと思うのですが。。。。
日本人は温情あふれるから、そうはしないと思いますが、
じゃあ、受験資格って何なの?という話になるかと思いますが。。。

ロースクールでも試験対策をやってください><

今回の偽装問題って、ひどいですね。

刑法上は、公文書偽造(虚偽公文書作成・行使)って、詐欺よりも刑が重いんですけど、そんなこと誰も考えていないですね。

私が考えたウルトラCですが、
今回の偽装を実行した教師を、公正証書原本不実記載、虚偽公文書作成で逮捕→起訴、する。
生徒は、当該犯罪の被害者として救済する。というのは、どうでしょうか?まあ、多分誰もやらないでしょうが(でも、刑事告発が出された場合、警察はどう対応するのでしょうか?)

あと、今朝の朝日に載っていた上智の先生、周知の事実って言い切ってますが、上智大学では、そういうことを承知の上で、調査書に基づき推薦入試を行ってきた、ということでしょうか?何か、大学も共犯みたいですね。

何にそんなに目くじら立ててるのか分かりません。
やはり、授業を取らなかったために時間を有効に使えて、
真面目に取り組んだ人よりも有利になったと思ってるからでしょうか。
でも、そのアドバンテージって、
結局のところ受験における環境要因としては、
それほど大きくないと思うのですが。
ただ、地方公立高校出身で(単位はごまかしてませんよ)、
受験は予備校もないけど、高校も頼れなかったので、
高校の授業の価値が分かっていだけかもしれません。
(受験は、Z会と参考書だけです。)

推薦入試?
指定校の推薦ってそもそもが機会の平等に大きく反してないですか?
枠のない学校とある学校の公平はどうやって達成するんですか?

そういえば、「医学部に合格したら嬉しさのあまり鼻血の大量出血で死ぬ。」といって、医学部合格を最終目標にし、入学当初から内職にいそしみ、3年の最後のほうなんてロクに学校に出てきていない知人もいました。

僕の通っていた高校でも、(確か)芸術(2・1・1)、保健体育(4・3・3)、総合学習(1・1・1)など(他に情報、家庭)などの授業をみっちり受けた上、世史日史地理のA、物理化学生物のI、数学ⅢC、すべて履修させてもらいました。(大体、他の高校では2年次にある文理分けが3年次にあるし。そういうわけで僕も駿台生でした。)
しかしそれで他の「受験一直線高」が憎いかというと、別に第一志望受かったし、いいんじょのいこ、と思うわけです。

冒頭の友人の例は少々極端ですが、高校時代から将来の夢をハッキリと決めているわけではない生徒にとって、「目標への道」というのは「一直線な坂道」ではなく「目標の連続としての階段」ではないかと思うわけです。
確かに「(追加授業中の)内職は見逃して欲しい」なんて言っている高校生には感心しませんが、履修漏れをしていて卒業が取り消される恐れがあるということを知っていた生徒は少ないでしょうし、なんたって今の時期は不安。精神的ダメージが一番大きいのは該当高校の生徒のような気がします。

僕は地方から名古屋の高校に通っていたため内部事情はよく分かりませんが、愛知県の地方公立校は管理教育で有名で、履修漏れスレスレでやってるのかもしれませんが、進学実績は結構あるんですよね。
ちなみに履修漏れしてしまったG高校は「8時限目」というやる気なくす時間帯を無くすため、「0時限目」があるとかないとか。

最後に、名大法学部もそうですが、入試の後期日程がなくなるようで。型通りの「受験勉強」をする管理教育校出身者が増えそうな気がしませんか?

あと、冒頭の知人ですが、センター試験の結果が思わしくなく(というか、あれだけ勉強していた割には驚くほどの点数で)、工学部に志望シフトして一応合格したようです。
それはそれで良かったのかもしれませんが。

>akiraさん
この問題の「問題にしかた」には3通りくらいあって、つまり
・大局的に本人のためにならんという「プルーデンス」の議論、
・動機や目的の是非はともかく学習指導要領や公文書作成のルールに違反しているという「レジティマシー」の議論、そして
・受験生間の競争を歪めてしまうという「フェアネス」の議論ですね。

で、私のエントリは基本的にプルーデンスの問題、TKさんのコメントは主としてレジティマシーの問題を扱っており、それに対してakiraさんが「フェアネスの観点からすると影響は大きくない」と主張されても議論はすれ違っているでしょうね。でまあその点については、「影響は大きいと思ったからそれを要求した生徒がいるわけだし、教師たちもそう思ったから実行したんでしょうなあ」という感じかと。
指定校推薦について言うと、私立大学というのはフェアネスを考慮する必要ないんですよね。「私立」なんだから。国立は公機関としてフェアネスを保障せよという要請が強かったから、指定校推薦を行なわない、行なってはいけないと長く考えられてきたわけで(法人化でどうなるかわかりませんがね)。

>TKさん
教育委員会が把握していなかったというんですが、たしか教委と現場の高校には人事交流があるはずで、すると知らなかったなんてはずがねえだろうという気もする。生徒の側だって実際の履修内容と通知表が食い違っているのには気づくはずだし、必修科目が何かという情報が隠蔽されているわけでもなく、つまりみんなわかってて違法行為を延々と続けてきたわけでしょう。生徒が単純に「被害者」というわけにもいかず、だから特別扱いはしない、《どの時点で》かはともかく帳尻は合わせてもらうという文部科学省の現在の方針は正しいと思いますよ。
しかし地方の教育現場のあり方には呆れるものがあって、正直こんな連中に自治能力なんかねえだろうと思うわけです。端的に《監視されざる権力は腐敗する》ということであって、教育を聖域化して外部からの監視を排除してきたことの問題が噴き出しつつあることの一環だと思います。
# もちろん監視するとして誰がどのようにやると弊害が少ないか、という議論はきちんとする必要があるのですが。
私個人としては卒業生にさかのぼって卒業取消にしたい気分に駆られますが、混乱が拡大し続けるので現実には難しく、まあ結局そのツケは本人が払うことになると納得するしかないでしょうね(競争は大学以後でも続くのです)。刑事罰の対象ではないか? という話はたとえば apj@山形大学 先生が提起してらっしゃいますね。

>umuさん
私の実定法の講義なんか怖くて受けられんでしょう。私にできるのは司法試験科目の邪魔をしないことと合格して法曹になって5年か10年かたったら意味が見つかるようなタネを植えておくことであって、まあそれには努力しているのです。

>学生最前線さん
まあだから第一志望に落ちた人は怒るんじゃないかね。本当はぜんぜん因果関係なくても「こんなことさえなければ……」と思うのが人の性ですな。
まあ今から補習をやるといっても普段は普段の授業があり、冬休みとか三学期の事実上授業を設定していない期間を使うしかないわけでしょうが、前者はセンター試験の追い込みだし(いや私は遊んでましたが)、後者も国公立の前期後期とか私立の入試とかが続いて使い物にならないから授業入れていないわけで、そんななか補習に来なくてはならんというのも悲惨なもの。「卒業式遅らせて……」という計画もあるようだけど国立後期は3月15日くらいだし、受かってるにせよ浪人決定にせよそのあと高校の授業の補習受けるというのも悲しい話でしょうね。まあだから、当事者の生徒たちは結局ツケを払わされているとは思うのです。
愛知県の高校事情って私もよくわからんのですが、今のところ名前が出ているのは県立のトップ校じゃなくてその下、ですよね多分。河合塾もあるし、トップなら圧力を跳ね返せるんだけどということなんじゃないかと思います。

なお後期日程廃止についてですが、「受験機会が複数確保できることを前提として」ということになっておりますので、推薦入試とかAO入試とかが前期以外にないと廃止できません。名大法学部の場合はセンター利用の一般推薦入試がありますので、多様な人材の確保についてはそちらで取り組みたいと個人的には考える次第であります。まあウチの場合前期も大きいのは小論文なんで、受験勉強だけして本も読んでないようなのは受からないと思うわけですが。

はじめまして。いつも楽しくblogを拝見しています。
今回、生徒にどれほど責任があるのか疑問に思いました。

あまり大きな声では言えませんが、うちの学校でも履修偽造がありました。2年生になったとき特に説明もなく先生に「世界史か地理どちらか一つ選択しなさい」と言われました。履修していない科目は教科書だけ買わされたので変だなとは思いましたが誰も問題提起した人はいませんでした。また、通知票には世界史の評価と同じ点数が地理に付けられていたので違法行為だということは分かっていました。したがって、生徒が単純に「被害者」というわけにはいかない、ということは理解できます。では、どの生徒にどれほど責任があるのでしょうか。

 例えば、先生が「地理も世界史も履修したいものは申し出なさい」といい、生徒が申し出なかった場合は違法行為を選択したと言うことで相当程度責任があると思いますが、うちの学校の例のような場合は選択権がなかったように思えます。そこで、そのなかである生徒Aが「これは違法行為です。やめてください」と申し出て受け入れられなかった場合、Aは責任無しということになりえるのでしょうか。それとも履修偽造をやめさせずに、結局Aも履修偽造に関わったということで責任はあるといえるのでしょうか。

 これは違法行為をしている会社の従業員にも当てはまる問題で基本的な法律問題かもしれませんが、ぜひご意見を頂ければと思います。

色々と意見があるようですね。

ただ、法律系の立場からから考えると、資格とはなにか?というのは外せないと思います。

まず、大学を受験するのには「受験資格」を満たしている必要があり、その一つが高校卒業(卒業見込み)という事になるわけです(だから、朝鮮人学校等の卒業生が大学を受験できるのか?が問題となるわけです)。

で、高校卒業という資格を得るための条件が、必修科目の履修があるわけですから、必修科目未履修なら、条件を満たさないわけですから、高校卒業という資格を得ることができないと言うことになるわけです。

世界史や家庭科なんてやらなくても、いいじゃないか、という議論は、高校卒業資格を得るために、そんなの必要じゃない!という主張は、制度改革論としては、成立するにしても、今、の議論としては成立しないと思います(私的には、家庭科なんて高校でやらなくても良いと思ってます。率直に言って、家庭科を男女必修にしたのは、フェミに押されたというのと、家庭科を必修から外したら、「今」の家庭科教師の生首をどうするのか?という雇用問題の産物だと思っています。全然関係ないのですが、フェミの方々は、今回の問題で家庭科も偽装対象となっていることに、何か言っているのでしょうか?)

ところで、本当に、地方教育の堕落はすごいですね。
とどめが、これです。当然、認証文言が入った、公印押印の文書である、「偽った内容の調査書」を作成することを認めるという神経が信じられません(誰も止めなかったのでしょうか)
明らかに、虚偽公文書作成罪に当たると思うのですが(私が、教師に仕返しようと思ったら、当該証明書を発行して貰って、その足で、警察に刑事告発しますが。。。。)
そういえば、卒業生が成績証明を貰いにきたら、どういう文書を出すのでしょうか?多分、学籍簿には成績がついているから、それに基づいて発行する分には虚偽公文書作成にはならない可能性がありますが、そうすると、学籍簿に虚偽内容を記載したということで、公正証書原本不実記載になるのでしょうか?http://www.asahi.com/special/061027/TKY200610280099.html。
>大学入試をにらみ、指針を定める教育委員会も出始めた。岩
>手県教委は提出期限が迫っている場合、偽った内容の調査書
>をそのまま提出することを認める方針を示した。大学などに
>は各高校から謝罪させ、すぐに調査書を差し替えて送るとい
>う。提出済みの場合は、補習を受けることを記載した調査書
>を再提出させる。同時に、校長や教育長名の謝罪文も添付す
>るという。

おおや先生の問題の整理の仕方が適切ですで、感心しました。
その通りですね。

私は政治学のバックグラウンドを持っていて、レジティマシーの問題は政治でどうとでもしてしまえると考えているために、
この問題に厳しい姿勢を取る人の「動機」の方が気になってしまうんでしょう。

最終的にはこの問題に厳正に対処したら不利益を被る単位未履修の現役高校生、卒業生に配慮した形で決着が付くことになると思います。彼らが被る不利益は明確ですが、それに比べて誰が利益を受けるかは明確でないですからね。彼らの卒業資格を取り消して、それに従って大学の合格を取り消したとしても、それによって他の誰かを入学させることは現実的ではないでしょう。受益者が明白で、その数が少ないほど利益は実現されやすい、という古典的な予測が当てはまりそうです。

おおや先生、こんにちわ。

先生と同じく(1) 地方の・レベルの高い公立校か、(2) レベルいまいちの私立校というイメージを抱いていましたが、
灘でも履修漏れが発覚したようで、今後トップ校での履修漏れが続々出てくるようなら、履修漏れを生む構造を考え直さないといけないのかなと思ってます。

お久しぶりです。私なんぞは周囲に受験産業ほぼ無しの地方の三流公立進学校で比較的おおらかな教育を受け、高校内で一浪したのち大学に入ったものの見事に「崩れた」わけですが、おおや先生の仰るとおり、ある程度長期的な視野を持たざる人間は大学入っても無駄になる可能性が高いという典型例ですね。いまは無頼の月日悔ゆるのみTT

そんな私も何の因果か今や受験産業の売り手側に片足突っ込んでおりますが、首都圏には、生徒を教育方法論の実験台にする学校、私立校を買って夢を語りだす某居酒屋チェーン、意外と頑張ってる1:1:1でDQNとオタとフツーの子が通う中堅公立高校などなど、いろんな学校があって楽しゅうございます。だからというかなんというか、単位偽装も「やる」ところは「やる」だろなという気の抜けた感想しか浮かんできませんでしたが。

で、今回の問題は(遅くとも)来年度には修正されるでしょうが、今年度の受験生から苦労していただくのが妥当な線かと思います。既に先へ進んだ幸運な先輩方は一抹の後ろめたさでも感じながら頑張っていただくということで。就職面接で「履修しなかった世界史を大学で補填しましたか?」という質問が流行するに1492ペリカ。

灘もやっていたんですか。

年金未納問題のように、10年20年後
「まともに履修しなかった人間が政治家/文科官僚/大学教授なんて」とかパージが起きるのが楽しみですね。

<大局的に本人のためにならんという「プルーデンス」の議論

とかいってて大学教育の問題点に触れないのは不公平では?

>aratakeさん
ども。まず法律上の話をすると、「おかしい」と指摘しないというのは不作為です。不作為が民事にしろ刑事にしろ責任の根拠になるためにはまず前提として作為義務が必要になりますが、単に不正を目撃したということだけでがそのような作為義務の正当な根拠にならない、というのが一般的な考え方です。というのは、まあ見たかどうかというのはあまり判然とする話ではない。今回の例だと通知表を見れば普通気付くだろうという気もしますが実際に気付かなかった生徒もいるでしょう。にもかかわらず「気付けたはずで、だとすれば声を上げるべき」という規範を押しつけると普通の人は安心して暮らせないよなという話です。
もちろん特に重い義務を課していい場合というのはあって、そういう事情があれば不作為でも責任を問われるケースはあります。公務員に犯罪に対する告発義務が課されているとか、医師には診察を拒否することが認められないのが一例でしょうか。
というわけで、積極的に選択した場合には(選択という行為があるので)法的責任が生じる可能性があるものの、沈黙や、告発したが通じなかったという場合にはそうではないと言えそうです。すると残る問題は道徳的責任とかそういうものであって、この点では差異がありそうだけれどもだからといって告発者を積極的に別扱いすることが事実の面から可能か、社会的に許容されるかというのはいろいろありそうかなと思います。
今回のケースでは「被害者」ではないけれども「加害者」というわけにもいかず、まあフェアネスの面で問題が生じたのは事実なのである程度みんなの納得のいくハンディを背負ってくださいという解決になるのではないかな、と思っていたらそんな感じでしたね。

>akiraさん・TKさん
レジティマシーの問題が政治的にどうにでもなるというのは事実ですが、法規範の現状を前提にして議論する法律家の立場からはそこにこだわるし、まあこだわるべきだと思います。《改革論としては成立するが、「今」の議論ではない》というTKさんのご意見は、そういう話ですね。
この件の刑事的な追求というのがどの程度行なわれるかはわかりませんが、まあちょっと教育界については弁護のしようがない。一般の地方自治体でも「違法」のはずのことを堂々とやっているというようなケースはままあるようであり、しかし上級自治体や中央官庁があまり逸脱しないようにコントロールしていたわけですが、教育界ではそういう介入が忌避されたことが腐敗体質の温存につながったのかと私自身は思っています。

>naoさん
灘についてはちょっと意外でした。おっしゃる通り、展開によっては分析を見直す必要があると思いますが、今のところの続報では有名私学はあがってきていないかなと。

>hiroceanさん、紅氏
まあ追完の使用があまりないのできつく責めるのもかわいそうかなと思いますが、ある程度アンフェアなことをやったのも事実ではあるので内心忸怩とするくらいはしてほしいなあと若干思います。まあでも、これだけ広範囲に広がると「エ・アロール」かもねえ。

>「崩れた」人間 さん
ども。ちょいとそれだけだと具体的にどういう問題があるというご指摘なのかよくわからんですな。とりあえずこのエントリは履修偽装問題を扱うのが趣旨だったので、とお答えしておきますが、大学教育にprudentじゃない点がいろいろあるのも事実ですね。

当方45歳、共通1次初回受験でした。
その1
日本有数の進学校でしたが、世界史は比較文化論を講義されいわゆる世界史の中身は皆無、日本史はこれまた教師の研究テーマ?で日露戦争あたりの数年のことだけ1年かけて講義。楽しく聞いてましたが、「履修した」と言っても中身はいろいろってことです。
その2
 当時から「学校の中間・期末テストなんて俺の受験勉強のじゃまだ」とか言う同級生はいましたが、今回の事件は、「ネタをマジでやりやがって!」と見てしまいます。
 偽装の主体が学校側にあるのは確かなので、生徒は選択の自由がない状態で犯罪に加担させられたというような論理で救済するしかないよなあと思います。

>大局的に本人のためにならんという「プルーデンス」の議論
大学なんか、本人も崩れることを希望していると思うが…

>nobo_yさん
ども。まあルールに弾力性があるとしても一定の限度があるわけでね? という話なのですが、やった側に対する社会的圧力というか、一部の例では生徒側からの要望というのもあったようですから、それを拒否できる背景というのは教員側にも必要である。もちろんすべての高校教員がprudentであり矜持を保っていれば問題は起きないわけですが、そんなこといったら世の中に不正は起きませんわね。
もう一つは、拒否できる理屈があっても近視眼的に誘惑に飛びついてしまう人間というのは常にいるわけですから(今回の例だって「必修科目なんだから」で誘惑を斥けていた高校・教員の方が多いんだよと言いたいところはあり)、逸脱を常にチェックする仕組みも必要である。
要はどちらにせよ「学校の現場に対して外部のチェックとコントロールを入れなさい」という話ですよ。もちろん妥当なチェックの仕方が問題になるわけではありますが、自律性と健全性のバランスを取るチェック体制の設計例なんていくらもあるでしょうに、とまあそういう話です。

>比ヤングさん
ども。今一つご趣旨が明確ではありませんが、いまどき出身学生が(一定の割合で)社会的に成功することに無関心な大学なんかないんじゃないかという気がしますね。それがいいことかどうかと、成功しているかどうかは大問題ですが。

お返事、ありがとうございます。主旨は、崩れたほうが
社会的成功に近づく確率が高いのでは、ということです。
そこが高校と大学の大きな違いか、と。もちろん、崩れ
度合いにもよります。あまりに崩れ過ぎて「留年」等は
お勧め出来かねます。しかしごくごく一部の大変優秀な
学生さん(例えば、東大生の5%?)を除いては先生の
ような道を歩もうと努力し大学でいい成績を残すことは、
却って社会的成功から遠のくような印象を持っています。

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