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囲繞地。

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なんでも土曜日にある「ホームカミングデイ」で事務官さんたちが駆り出されるため今日は代休で閉庁日、ということらしく静かな月曜日(挨拶)。しかし警備まで一緒に休むとは思わなかった。「そういうわけで公用車で迎えに来てもらっても入構できないんですが」(*1)と鶴舞の附属病院に電話したら「え?」みたいな反応だったんだけど連絡はちゃんと行っているのか。……あれ? ええと、私の代休は?(*2)

さて前のエントリ「続・ビラまき裁判(2・完)」で「囲繞地(いじょうち)」と書いたところ「いにょうち」ではないかというご指摘をいただく。確かに民法に出てくる「囲繞地」はそのように読むのだが、実は手元の前田雅英『刑法各論講義』(東京大学出版会 1989)に従って「いじょうち」とルビをふった次第。しかし誤植ということもあるしなあと思って調べてきたところ、とりあえず生協書籍部にあった範囲では以下の通り(*3)。


「いにょうち」とルビ

  • 西田典之『刑法各論 第3版』弘文堂 2005
  • 中山研一『新版口述刑法各論 補訂2版』成文堂 2006
  • 板倉宏『刑法各論』勁草書房 2004

「いじょうち」とルビ

  • 木村光江『刑法 第2版』東京大学出版会 2002
  • 大塚仁『刑法入門 第4版』有斐閣 2003(補訂 2006)

ルビなしだが索引から「いにょうち」だと推測できる

  • 山口厚『刑法各論 補訂版』有斐閣 2005
  • 曽根威彦『刑法各論 第3版補正3版』弘文堂 2006
  • 山中敬一『刑法各論I・II』成文堂 2004

ルビなしだが索引から「いじょうち」だと推測できる

  • 前田雅英『刑法各論講義 第3版』東京大学出版会 1999

ルビなしで、索引からも推測できない

  • 山口厚『刑法』有斐閣 2005
  • 大谷實『刑法各論 第2版』成文堂 2002
  • 大塚仁『刑法概説(各論) 第3版補訂版』有斐閣 2004

このうち索引からの推測というのは(1)著者本人がどれだけ確認しているか、(2)民法の「いにょうち」読みに引っ張られた可能性がないかという問題があるのでまあそれほど信頼性は高くないが、とりあえず調査の範囲では「にょ」6 対 「じょ」3 対 中立3 という結果であった。前田先生がいつのまにかルビをふらなくなっている点に不安を覚えるものの、というわけでどちらが間違いとは明確に言えないという結論にしておこうかと思う。

とはいえ自分が読むときはどちらかで発音しなくてはならないわけで、まあその際は民法と歩調を合わせて「いにょうち」にしておくと良いのではないか……と実はお勧めしにくい理由が3つほどある。

1) 民法と刑法では「囲繞地」の意味が違う。民法における囲繞地は、他の土地に取り囲まれて公道に接していない土地(袋地)に対してそれを囲んでいる土地のことであり、袋地の所有者は公道に出入りするために囲繞地を通行することができる(210条)。ただし必要な範囲で囲繞地に対してもっとも損害を与えない場所・方法を選ぶ必要があり、また損害を与えた場合には償金を払わなくてはならない(211条1項・212条)。

一方、刑法の「囲繞地」は前エントリで述べたように、住居や建造物の周囲の・塀や柵で囲まれた場所のことを指す。やや不正確かもしれないがわかりやすく書くと、(1)民法の「囲繞地」は内側の「袋地」と別物なのに対して、刑法の「囲繞地」は内側の家屋・建造物と一体として住居侵入・建造物侵入の保護対象になる、(2)民法の「囲繞地」は囲まれていなくていいが、刑法の「囲繞地」は柵や塀やフェンスで囲われていなくてはならない、という違いがある。このように違うものを字が同じだから同じ音で読むべきだ、とまで言えるのかどうか。

2) 民法から「囲繞地」はなくなっている。平成17年に民法第1編第2編第3編が口語化改正された際、囲繞地通行権を定める210条は以下のように改められた。

(公道に至るための他の土地の通行権)
第二百十条 他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。

というわけで現在の民法には「その土地を囲んでいる他の土地」という表現しかない。この結果、少なくとも総務省の法令データ提供システムで検索できる範囲では「囲繞地」という表現が法令用語として存在しなくなっている。ない表現に準拠するというのもいかがなものか、という気はしてくる。

3) 土地を取り囲む仕切り、という意味で「囲障」という法令用語があり、これは現役の表現として用いられている。例えば不動産登記規則(平成17年法務省令)は筆界特定申請の際に挙げるべき情報として「工作物、囲障又は境界標の有無その他の関係土地の状況」を定めている。古い例では農業動産信用法施行令(昭和8年勅令)第3条が「土、石、竹、木等ノ囲障ニ依リ限界セラレタル一定ノ区域内」という表現を用いており、やはり区域を囲う障害物のことを指している。実は民法にも225条から229条にかけて「囲障」が用いられており、例えば225条は以下の通り。

(囲障の設置)
第二百二十五条 二棟の建物がその所有者を異にし、かつ、その間に空地があるときは、各所有者は、他の所有者と共同の費用で、その境界に囲障を設けることができる。
2 当事者間に協議が調わないときは、前項の囲障は、板塀又は竹垣その他これらに類する材料のものであって、かつ、高さ二メートルのものでなければならない。

この「囲障」が刑法の「囲繞地」の周囲にあるべきものだ、ということが読み取れるだろうと思う。ところでこの「囲障」は「いじょう」と読む(例として有斐閣・法律用語辞典 第2版)し、まあ間違っても「いにょう」とは読めない。となると、その「いじょう」に囲まれた土地も「いじょうち」の方がいいのではないか? という気もしてくる。

前述の通り、現在のところ(刑法においては)「いにょうち」「いじょうち」どちらで読んでも間違いとは言えないだろうと思われるので最終的には個々人が好きなほうを使えばよろしかろうと思う。私自身の結論を一言で言えば「もう読みがな振らない」であろうか。またひとつ利口になったのでいいことにするが、コンセンサス形成しておいてほしいなあ。>刑法学者のひと(*4)

(*1) 鶴舞の入構証では東山の自動ゲートが通れないはずだし、警備員さんがいないので開けてもらうわけにもいかない。さらに言うとそもそも普段通る門が閉められている。実はちゃんと入構できるルーティンがあるけど内緒。
(*2) 私は附属病院の委員会に出席するので勤務日扱いのはず。まあ別に最初から土日も休んでないからいいけどね……
(*3) 前述の次第で法学部図書館も閉庁だったのですよ。
(*4) まあ別にどっちで読んでも話は通じるという程度のことなのでしょうが。

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Comment(7)

TK さんのコメント (2006年9月25日 19:19):

法律用語で困るのは、辞典類に読み仮名が振ってないことですが、唯一の例外が有斐閣の法律用語辞典(書名不正確)です。
例の監修事件があってから、編者名は替わったのですが、初版では内閣法制局の名前が冠してありましたから、一応、それで決まりではないでしょうか?
と、言いながら、手元にないので参照できませんが。。。

学生最前線 さんのコメント (2006年9月26日 17:37):

以前、ある授業で「大審院」を「だいしんいん」と読んだら、先生に「たいしんいん」だと指摘されたことがありました。
僕の手元で調べられる紙の資料といえば百科事典ぐらいで、これは「だいしんいん」でしたが、ネットではどちらの読み方も支持者がいるようで。

読み仮名問題につられてちょっと思い出してしまいました。
ちなみにIMEは「だいしんいん」しか知らないようです。

おおや さんのコメント (2006年9月26日 18:10):

>TKさん
法令用語研究会・編『有斐閣 法律用語辞典 第2版』は調べましたが、「いにょうち」の語義として明らかに民法のものしか採用されていないので、刑法用語としての囲繞地の発音確定には使えないと思っています。判例での用語なんですよね>刑法の囲繞地。

>学生最前線 さん
上記有斐閣法律用語辞典は「たいしんいん」で立項・「だいしんいん」とも読む、と両論併記です。私は「たいしんいん」派ですが、正直どっちでも直さないですね。
こういう読み癖のある単語ってのも、その業界の人々には当然のものとして意識されているので文字記録に残りにくいわけで、決め手として最終的には当事者の証言しかないのかな、とは思います。

広い意味での同業者 さんのコメント (2006年9月26日 22:48):

はじめまして。

読み癖の問題って、巨匠が単純に読み方を間違えたのが代々弟子に伝わり広まり定着しただけ、とかいう意外と単純な話なんじゃないかと密かに思っていたりしますが、だれか本格的に調べた人っているんでしょうかね?

以前、事情があって「自力救済」を何と読むのか調べたことがあります。
国語辞典類では「じりききゅうさい」でした。
ですが法律辞典類では「じりききゅうさい」と「じりょくきゅうさい」に分かれてました。

困ってしまって周りの人に尋ね歩いたところ(とはいっても10人程度ですが)、やっぱり評価は割れましたね。

おおや先生はどう習われました?

学生最前線 さんのコメント (2006年9月27日 15:23):

なるほど、他愛もない質問にお答えいただきどうもありがとうございます。

TK さんのコメント (2006年9月28日 23:34):

読み方繋がりなんですが、
人名の読み方も困りますよね。
私は、子供がいないので経験がないのですが、
出生届では、たしか、人名の読み方をつけたと思うのですが、
不思議なことに、戸籍謄本には読み方がありません。
で、もって、住民票では、市町村によって、読み方がついているのもあれば、ないのもあります。でも、読み方がついている
ものでも、多分、転入届に書いてある読み方を採用しただけでしょうから、出生届での読み方と同じとは限らないはずです。
所で、宮沢俊義先生は、「みやさわ」が正しい読みですよね?

あと、全然関係ないのですが、2回試験100名以上が不合格だそうですね。日本の法曹はどうなるのでしょうか?

おおや さんのコメント (2006年10月 3日 16:44):

>広い意味での同業者 さん
ども。特に「読み」というのはface to faceの関係で伝達される面が強いので、そういう可能性は高いと思っています。刑法における「囲繞地」もそれで分析できるんじゃないか、と思ってみたり。
「自力救済」、私は「じりききゅうさい」ですねえ。もっとも私は実定法の講義にあまり〜ほとんど出席しなかったので、法学部的読み癖の影響が少ないんだと思いますが。

>TKさん
ども。人名は絶望的ですよね。まあ私のように文字面からすると素直な読みなんだけどしょっちゅう間違われるというのもいますが。
宮沢俊義先生、手元にあったご本人の著書2冊(公法の原理、憲法II。いずれも有斐閣)で確認しましたが、「みやざわ」とルビが振られています。ある種のペンネームという可能性はありますが、とりあえずそのようでした。はい。
二回試験の話は新しいエントリに書きました。

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