アメリカの専門家

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今日は読売新聞を読んでいたのでasahi.comを見てはじめて気付いたのだが、「日本の歴史問題、米国専門家も懸念 アジア戦略と対立」という記事が載っていたらしい。一読してううむ、というところがあって、何かというと「専門家」というものの位置付けの違いについてちゃんと踏まえておいた方がいいんじゃないかと思ったわけだ。

というのはこういう話である。アメリカでは官庁の上級ポストはすべて政治的任用であり、大統領府であるホワイトハウスのスタッフも含め、政権と進退をともにすることになっている。二大政党制を背景にして政権交代が起きるから、そうなるとこれらのポストは総入れ替えになり、首都ワシントンで大量の人口移動が発生することになる、という話はよく知られている。さて、すると政権を失った側の人々は政府の職を失うわけだが、どこに行くのか。あるいは、政権を獲得した側ではどこから大量のスタッフを調達するのか。

それがシンクタンクと大学である。社会科学系では特にそうだが、アメリカでは学会と実務の距離がそう遠くない。経済学者が金融行政に参加したり、法学者が連邦裁判所判事に採用されたりするし、もちろんその逆で大学に帰ることもある。日本のように「学者」と「官僚」が養成課程から教育から分断されているのではなく、どちらかと言うと「政策担当者集団」というのがあってそれが政権交代などに伴って国政ポスト・シンクタンク・大学のあいだを異動して回っているような感覚が強い。すると、研究機関に勤めている研究者であっても政治と無縁だったり中立の第三者だったりするわけではなく、むしろ野党側なので研究に専念している政治家だったりもするわけだ。例えば現政権のラムズフェルド国防長官もライス国務長官も、ランド研究所というシンクタンクに在籍していたことがある。社会科学の研究者・専門家が必ずしも政治的に無色ではないということは、ここからもわかるだろう。

さて、冒頭の記事で朝日新聞がコメントを引用している専門家は二人いて、ジョンズ・ホプキンズ大学ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長とジョージ・ワシントン大学アジア研究所のマイク・モチヅキ所長である。まず第一に肩書きを見た時点で中立性を疑ってかかった方がよくて、というのは「所長」というのはマネジメントを担当するわけだがアメリカの大学でマネジメントと言えばその大きな要素は資金集めである。逆に言うと、あちこちのパーティに出てお金持ちと仲良くすると資金が出てくるような大物にしかそういう役目は務まらないわけだし、なにせハリウッドスターでも支持政党が明確になっているのがアメリカという社会である。そのクラスになれば二大政党のどちらに近いかというのははっきりしている(はっきりさせられる)。もちろん学者としてのトレーニングを受けていれば良心を曲げて発言することはない(と信じたい)が、しかしモノの基本的な見方や政治的立場がどちらに近いかということを無視して発言を読めない層には、もう入っているわけだ。

で、どちらかなというのは経歴を見ると比較的わかりやすく、カルダー氏はクリントン政権時代に駐日アメリカ大使の特別補佐官を務めているし、モチヅキ氏は同じくクリントン政権でホワイトハウスの軍備管理軍縮局補佐官だった。「大学の研究所の所長」というと日本ではあまり政治と関係ない中立的な専門家かなという印象が強いと思うが、何のことはない、二人とも元官僚である(と言ってもよい)。クリントン政権のインサイダーで、政権交代に伴って大学に避難した人々だと考えていいだろう。念のために言うがこれは彼らが学者ではないとか、御用学者に過ぎないとかいう意味ではない。アメリカには彼らのような「学者=官僚」が多いのだし、クリントン政権で御用を務めなかった人はブッシュ政権で国政ポストに回ったりしているのである。単に彼らはその集団のうち民主党系の部分に属しているということを確認したいだけのことだ。

ただ問題は、だとするとアメリカの「専門家」のうち民主党系ではない人々、つまり共和党支持で現政権に近い人々や、共和党だが現政権に批判的な人々がどう考えているのかということはこの記事だけからはさっぱりわからないという点にある。考えてみれば民主党は現政権に敵対しているわけで、そのブッシュ政権と強い関係を保っている日本の小泉政権にも批判的になる可能性は高い。その意味で、その人たちが小泉政権を批判していることをいまさら確認してどういうニュースバリューがあるのかは、よくわからない。

面白いのはこの記事が国務省内に日本に対する苛立ちがあるとしているところで、それが共和党支持で政治的任命された層の話なのか(つまり共和党内の現政権に近いあたりとそうでないあたりで日本に対する評価が違うのか)、民主党支持者も混ぜた層の話なのか、というあたりが問題になる。しかしこの記事、その点をカルダー氏の分析で終わらせてしまっているので、あまりつっこめていない。3月の産経新聞報道には「最近までブッシュ政権の国家安全保障会議のアジア上級部長だったマイケル・グリーン氏も「首相が靖国参拝をやめても、なんの問題解決にもならない。中国側は他の苦情を持ち出してくるだろうからだ」と述べ、中国側の主張には同調しない姿勢を示した。」(Sankei Web)という話があり、これが事実だとすれば靖国を問題視するのはあくまで民主党系の人々に限られた見方である可能性も高くなる。

いずれにせよ重要なのは、アメリカ政治を見る場合には大学やシンクタンクに所属している人間も含めて発言者の支持政党・人脈のスジを踏まえないと正確に読めないという点で、朝日の記事は二人の専門家の職歴を載せていないのでそのあたりが非常に見にくくなっており、困ったものだと思うわけである。まさかこの二人が本当に中立的なアメリカの専門家代表だと考えているわけでもないのだろうけれど。

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先生、共謀罪って何ですか?

>がくせい さん
同文コメントが3つあったので2つは消しておきましたよ。
共謀罪についてですが、落合先生のところなんかで勉強されるといいんじゃないかと思います。正直刑法の話はよくわからん。
というか条文案のレベルでは「団体」の定義で一定の縛りはかかっているし、対象となる罪の範囲にしても条約で規定されているものなのでそう問題にする話でもないだろうと思いますが、落合先生なんかは「共謀」の定義が実務的にはかなり拡大されている(条文の素直な読みと乖離がある)という点を指摘されているわけで、そのレベルになると対象になるあたりの判例を継続的に見ている人間じゃなきゃ判断できないですねえ。
個人的には、暴力団対策が主眼だとすればそれは重要な問題だし、昔みんなして騒いでた通信傍受法も別に悪用されてねえしと思ってますが、シロウトの印象以上のものだと主張する気はありません。もめる原因の一つが日本刑法の法定刑の広さにあるんじゃねえかとも思いますが(たとえば多くの国では謀殺と故殺が区別されたり嬰児殺が加えられたりしていくつかの犯罪類型に分けられているものが、日本では「殺人」一本で法定刑も範囲が非常に広い)、しかしそこから直すとなると悪夢みたいなもんなのでどもならんしな、と。

カルダー所長については、こんな話もあるようです。
http://blog.goo.ne.jp/yh470/e/3d5974382a6df1b63351fffd12ca06e6

>高橋さん
どうも。まだ事実関係が確認されたとは言えないと思うのですが、もし事実であればやれやれ、としか言いようがないですね。もう情報の検証手段をマスメディアが独占している時代じゃないんだよ、という話ですが。

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