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シーズン開始
マクドナルドの新製品「えびマンジュ」を見た瞬間に脳内で「海老満洲」と変換してしばらく考え込んでいたのは自分でもどうかと思った(挨拶)。というわけで新学期が始まったが今年の前期は月曜・火曜に3コマずつあって、2日連続で朝から合計5時間くらいずつ喋ったらのどが痛い。2月・3月あたりに講義がないので学期はじめはいつもこんな調子であり、ブランクを作らないためにはプロ野球選手のように自主トレでもしている必要があるのだろうかと思ったが自分だけで講義のトレーニングをしているというのはよく考えたらただの変な人である。どうしたものやらと思いつつトローチをなめるわたくし。
さて内田貴先生の文章「法科大学院は何をもたらすのか または 法知識の分布モデルについて」に関してbewaadさんより以下のようなリクエストが。
このような事態に対して、行政による法運用を補完するものとしての中間団体の役割に着目の大屋先生はどのようにお考えなのでしょうか、とコメントないしエントリを期待してtrackbackを送らせていただきます。
#ロースクールがそんなにうまくいくようには思えないから安心せよ、というものだったりして(笑)。
あたり……というと話が終わってしまうので(笑)もう少し詳しく書くと、問題提起としては理解できるものの影響の範囲ないし規模を過大に見積もりすぎていると思う、ということになる。
(1) まず、法科大学院制度がおおむね現状のまま維持されると仮定する。LSの1学年定員は約5500名であり、一方「新司法試験」に合格して法曹となるものは年間約3000人である。さて内田先生が問題にするような法知識の分布を考える場合、そのような知識を持つものとして想定されるのはLS修了者のみではなく、(LS設置前がそうであったと内田先生自身が書いている通り)法学部卒業者が含まれる。教養科目を抜きにして正味約3年程度の専門教育を受けている層、ということになろうか。これを「法学経験者」と呼ぼう。
さて我が国が導入したいわゆる「日本型ロースクール制度」と本家アメリカの制度との最大の違いは、我々が従来の法学部制度・法学部教育を廃止しなかったことである(これが法学部教員の課題負担に結びついているという指摘はコーネルでもしたのだが、ひとまず措く)。つまり、「中央,地方の官公庁のほか,幅広い領域の民間企業に就職してきた」法学部卒業生の供給源について言えば、大幅な変化があったわけではない。もちろんLSを設置した国公立大学では――教員・学生比を含め定員の決定に文部科学省の強いコントロールを受ける関係で――その際に学部定員を削減しており、それだけ卒業生の量も減ることになる。しかし逆に、他学部卒でLSに進学した人数の分「法学経験者」は増加するはずである。この点、私立大学の定員増減については詳らかにしないし、LS導入前後の入試要項を丹念に見比べれば正確な数が出せるはずだが大変に面倒なのでそのあたり適当な数字で議論を進めると、一例として本学を挙げればLS設置に伴って法学部定員は25人減(175→150)、一方LSの学年定員は80人であり、うち3割を社会人・他学部出身者から採用することが目標とされているので80×0.3=24人。年間の「法学経験者」生産能力に大きな変化はなかったと考えて良いだろう。
この点は全国で見ても大きな差はないと考えられ、つまりLS設置による他分野からの流入者が最大約1650人期待できる(社会人の中には法学部卒業者がいるし、3割という目標を達成できていないLSも(本学のように)あるので、1650人純増するわけではない)。一方、定員減については国立20大学で925人というデータがあるが正確さは検証していない。私立では早稲田のように277人減(977→700)としたところもあれば、慶応のように40減(600→560)で済ませたところもあるようで(asahi.com)、削減傾向ありとは言えるがその規模は一定しない。しかし経営を考えればLS設置による定員増を上回って学部定員を削減するとも考えにくく、従って最大限に見積もってもLS定員と同じだけ(平成17年度で49大学3925人)の削減幅ということになろう。すると非常におおざっぱに言っても「法学経験者」の減少は3000人前後にとどまるのであって、母数である「約4万5千人」(内田先生)の一割にも満たない。もちろん長期的にはこの変化が差異をもたらすことが想定し得るが、bewaadさんが混乱が起きない程度の移行期間として想定する10年程度のスパンで社会に大きな変化が起きるとは考えにくいのではないか。
(2) 逆に、従来の状況で「法学経験者」が「中央や地方の官公庁」にどの程度普及していたかという問題もある。まず中央官庁について言えば、採用I種試験合格者(いわゆるキャリア)についてなら主流である3区分(法律・経済・行政)の中心は法律職であると言って、まあ人数からいっても嘘にはなるまい。しかし大卒でも採用II種試験(いわゆるノンキャリ)になるとそもそも法律職がない。あるのは「行政」区分のみであり、その試験における法学のウェイトもそれほど高くない。具体的に言うと専門試験(多肢選択式)16科目各5題のうち8科目40台を選択して解答すればよいのだが、狭義の法律学に属するのは「憲法、行政法、民法(総則及び物権)、民法(債権、親族及び相続)」の4科目のみ。「政治学、行政学、財政学・経済事情、国際関係」は法学部で勉強できるところが多いと思うから「法学経験者」が不利にはならないだろうが、法学教育を受けていなくても十分に合格可能だろうと思われる。
地方公共団体においても事情は似たようなものである。名大法学部卒業生で公務員を目指す場合の一番人気は名古屋市役所で愛知県庁ではない、というのは名大生の地元志向の強さの象徴として私がよく引き合いに出す話だが、しかしそれ以外に制度的な理由もあるらしく、というのは名古屋市役所の採用試験には「事務(行政一般)」から独立に「事務(法律)」という区分がある。これに対し愛知県は主に法律・経済系学部出身者を対象とした「行政I」とそれ以外に広く開いた「行政II」という区分であり、法律系が特に有利というわけではない。聞いた話で確認していないが「法学経験者」が特に有利になる採用区分がある地方公共団体というのはどうも名古屋市くらいしかないらしい(都庁も「事務」区分しかない)。国や大規模地方公共団体の行政の多くは「法学経験者」以外の人材によって担われてきたのであり、である以上その母体の数が若干減ろうがパフォーマンスに大差は生じないものと考えられる。
小規模な自治体、あるいは法学教育と遠い地域では、もっとそうである。例えば本学部出身者の就職実績がある「市」は限られており、まあ毎年行っているという感じの数字になるのは名古屋・岡崎・豊田程度まで、それより小さい市にはなかなか行かない。「町」にはここ6年で1人しか就職していないし、長久手なので田舎というわけでもない。逆に言うと、それ以外の「市」や「町」「村」には、名大程度の法学教育を受けた人材は(それがどの程度なのかという問題は措いておいて)最初からいない、ということになる。
それでも愛知県には名大もあれば私立大学法学部も複数あるので良い。これもたびたび引き合いに出すが、ゼミの先輩である環境法学者が高知に赴任したら県内唯一の行政法学者になってしまったという話がある。簡単に調べた範囲では確かに高知県内には法学教育のできる機関がなく、四国全体でも2大学しかない(国立香川・私立松山)。都会の大学の法学部を卒業してUターンという人材もいるだろうが、それですべてがまかなえるはずもない。多くの地方公共団体には、「法学経験者」は最初からいないのだ。
それで何故「拡散型モデル」の「事前規制型の社会」が成立していたかといえば、一つには各地方公共団体でのOJTによる育成が機能していたからということになろうし、もう一つは自治省ががんばってたからということではないか。どっかの町役場が「慣例に従って」違法行為をやり続けていて自治省から出向した県文書課長がおおあわてとか、風聞を聞かぬでもないがもちろん表に出せる話ではない。企業だって同じ話であって、法学部卒業者からなる法務部が契約や紛争を処理してくれる企業、というのが日本にどのくらいあるものか。事前規制型社会を支えていた骨組みは別に「法学経験者」ではなく、せいぜい監視者として機能し得たかもしれない程度のものだろう。だとすれば「法学経験者」の多少の増減などコップの中の嵐であって、日本全体に及ぶ変化の原因になどなり得まい。
(3) では変化は起きていないのかと言われれば起きているだろう、東大では、あるいは霞が関では。国家I種からLSへの志望の変化はあるだろうし、官僚としてのキャリアを途中で辞めて法曹界に転じる人の数というのも、きちんと調べれば確認できるかもしれないが直感で言って、増えているだろう。しかしそれはLSから法曹というキャリアが代替選択肢の中に入ってくる層の人々の話であって、はっきり言うとまた怒られるかもしれないが、法学部学生のほとんどはそんな選択肢とは無縁なのである。例えば昨年、日弁連法務研究財団の「法科大学院統一適性試験」の受験者は12249人、うち学生はわずか2833人である。大学入試センターのものは受験者17791人、うち法学部出身者は11995人であるが、現役学生の割合は詳らかでない。しかし、両試験の受験者は大きく重なっているだろうから、LS進学を考慮する法学部学生というのは多く見てもせいぜい年間5000人程度であり、卒業者4万5千人の一割程度の世界の話だ、ということになろうか。
さらに、その層の中で官界から人材を奪っているのは別にLSに限られるわけではなく、外資系企業などもある。逆に言えば原因はおそらくそれらの人材を誘引する・引き留めるだけのインセンティブを霞が関が供給できなくなっていることの方であって、LSによる法曹増加ではないのではないだろうか。
(4) つまり、「霞が関の現場の法的リテラシ」というのはどうもLSとは無縁に低下過程にあるようであり、また事前規制型から事後救済型社会への転換も現にさまざまな政策を通じて進められているようである。これらの傾向を一変させるような政策を選択しない(もしくは選択できない)ならば、それを前提にして何とか乗り切っていく方策を考えた方が健全だ、ということになろう。霞が関のパワーのみで事前規制を良好に機能させるのは困難であって、適切な媒介者(具体的には中間団体)を通じて規制対象の現状や望ましい規制のあり方をフィードバックさせていく必要があるという私の指摘は、以上のような現状認識に基いている。それを前提にすると、活用可能な人的資源としてはどんどん増えて食い詰めていくはずの法曹、そして資格はないが教育を受けている「三振博士」層が挙げられるだろうとは思う。というわけで「霞が関の弱体化が原因でLSの必要性が増している」、内田先生の論説は原因と結果が逆ではあるまいか、ということになろう。
なお念のため、一部論者の主張するようにロースクール教育で大丈夫なので新司法試験の合格枠を年9000人に増やすというような改革が実現した場合につき付言しておくと、すごい勢いで弁護士が食い詰めて未開拓の分野に押し寄せるに決まっているので、アメリカ型の事後救済社会への移行が短期間に進んで問題は解決される(少なくとも法知識の分布と社会のあり方のギャップによる問題はなくなる)と思われる。個人的にはヤな未来なので、LSの学年定員合計が3500人程度まで縮小してその分が学部定員増にはね返らないかなと思っているが、じゃあどこのLSツブすか・ツブれるかという話はすげえキナ臭くなるので言わない。
学部講義「法思想史」の登録人数が120人を超えており(ウチは1学年150人)君たちもうちょっと有意義な人生の過ごし方が。教室定員が100人強しかなかったはずだが他の教室に空きもないので仕方がない。連休を過ぎれば解決するであろうと無責任に言ってみるテスト。
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> 学部講義「法思想史」の登録人数が120人を超えており
これは信じられない数字です.あの当時のうらぶ(ry雰囲気が好きだったのに.w
わざわざありがとうございました。かつては多くの司法試験合格者が霞が関に来ていたことを考えれば、低下は今に始まったことではないんだなぁとも。
名大法学部生が名古屋市役所を好む理由ですが、一言で言って、名古屋市役所の場合、勤務地は名古屋市内だけど、愛知県庁だと、奥三河(ほぼ長野県)から渥美半島(ほぼ静岡県)と広域、という点が一番大きいのではないでしょうか?(多分、国家2種と名古屋市役所、両方合格したら名古屋市役所を選ぶであろうと言うのも、同じ理由からの推論です)。
あと、市町村合併の結果、県の役割が不透明(先行き不透明)とういのもあると思います(そういう意味では、神奈川県庁や大阪府庁を希望する大学生ってチャレンジャーだと思いますが)。
あと、都道府県レベルの地方公共団体でも、職員には法律学の知識は必要とされません。様式で殆どの仕事は済んでしまいます(許可申請に「何故○○が必要なの?」という疑問は、「申請書に欄があるから(添付するよう書いてあるから)」で解決です)。もう少し専門的に調べるとすれば、第1に通達、第2に行政実例、に遡るだけです。担当分野の専門書も、逐条解説があればまだマシで、その逐条解説も、何年も前のものだったりします(実務家が書いた専門書も、そもそも専門書が書ける実務家はほんの一握りで、その人がその筋の権威になるので、その人の法学知識(というか、学んだ大学での講義)が偏っていても(つまり、少数説であっても)、権威ある書物として重宝されることになります)。
都道府県レベルがそうですから、市町村レベルでは推して知るべしだと思います(別に市町村をバカにしているわけではありません)。
>おや痔氏
ねえ。最初は7人くらいで演習室で講義してたのになあ。LS設置のときの学部科目減とか、配当学年の影響もあるんだけど、どうにも法思想史らしくない(笑)。
まあ、今年は教養の民主主義論が小人数(初回の教室に10人程度)なのでいいです。2年対象だと人数来ないね、やっぱり。
>bewaadさん
もちろん逃げ出したい人にとっては選択肢が増えたわけで、その影響が長期には出ると思うのですが。我々も例外ではなく、今後の研究者養成をどうするかという問題を突きつけられているのですが、きっとアメリカみたいにLS教員の給料を上げることで解決してくれるだろうと将来に明るい希望を持っていようと思います。そうなったらきっと私なんかLSから追い出されるだろうけど。
>TKさん
そうですな、結局「格」みたいなものだと政令指定都市と県ってあまり違わないのに、財政状況や勤務地なんかの条件は市の方がいいですからね。まあだから名古屋市を志望するのは理解できるんですが、私としてはこう、仮にも旧帝大なんだから国I目指そうよう、とか言いたくなる。しかしまあ、周囲に名大出身者もあまりいない中で全国転勤しながらがんばってもさほど見返りがあるでなし、市役所なら生活環境はいいし友人知人も周りに多いし東海三県ではトップクラスの職業だし、出ていかないよねえ(タメイキ)。
行政の実態というのはまあそういうもので、かつて某外郭団体に勤務していた知人から話を聞くと日本は判例法国としか思えない(笑)。なにか問題があると「とりあえず先例を探す」ってあんた、と思ったもののその知人も法学教育は受けていなくて、まあ無理なのです。
つまり先例を作り出す部分というのは数少ないキャリア官僚や、就職後に一生懸命勉強したノンキャリの人が集中的に担当してきたというのが現実ではないかなと。後者の例もあって、審議会記録まで含めた立法過程の資料を丹念にチェックしていて管轄分野の法律制定状況にむちゃくちゃ詳しい事務官さんとか、こういう書き方も失礼なんだけどびっくりするくらい有能な方がおられる。法知識が普及した社会を支えてきたのはわしらなんかじゃなくてこういう人たちだよねえと思うことですよ(おまえ基礎法学者だからそもそも役に立たないだろうとかいう心ないツッコミ禁止)。
この「立法から実務に至る分野」と「法学教育・研究」の分断、というのもハンガリー報告の論点の一つだったのですが、もう一つの分断(司法と法学)がLS制度で変わりつつあるかもしれないのに対して、こちらはどうなるのか。審議会etc.や教育研修制度を通じてある程度つながっているような気もするし、問題の性質から完全にはつながりようがないのかもしれないし、あるいは大学院の専修コース(東大)や高度専門人コース(名大)って類はそういう人々に対するアカデミズムからの貢献という意味もあるんだよな、という話なども考えつつ、まあ将来のことはわかんねえなという話になって終わるわけです。はい。
確かに、日本は行政に関しては先例主義国ですね。実際。一番幅を利かせているのが、通達で、次に、行政実例ですね(裁判所の判決は、通達等を通して影響があります。多分、御製不服審査等の採決事例の方が、判決よりも権威があるのでは?と思ったりします)。
で、なんでそうかというと、例えば、根拠を聞かれたとき、「通達に書いてあります」「行政実例があります」と言えばOKだし、裁判になっても「通達(行政実例)に従ってやっております」と言えば、一応納得して貰えるというのもあります(学説を使う場合でも、事務次官とかが個人名で出しているコンメンタールが(しか)権威あるものとして裁判の場でも通用してますし。と、いうか、裁判官自身、法令所管官庁の行政実例や通達に逆らうだけの自信(と、知識)がない、というのが現実でしょう)。それに(これは非常に重要なのですが)、日本の行政法令は、入り組んでいて、法文を読んだだけでは、全体が見渡せない、ということがあります(具体的に言えば、重要な事(本則を修正することなど)が附則に書いてあったり、
条文中、「○○の例による」とあり、その「○○」の中に「▲▲の例による」とあったりすることがあります。こうなると、もうお手上げなのです)。そうすると、いきおい、通達や行政実例に頼ることになるわけです。
で、私は、行政実務家に対し、法学教育は2つの貢献が可能だと思います。一つは、情報検索スキルの養成、一つは、結論の妥当性に対するセンスの養成です。前者は周知の事です。後者は、行政実例や通達に基づき問題を解決する場合でも、得られた結論が「法的に見て」妥当なのか?ということを感じる感性の養成です。「おかしい」と感じる場合、もっと良く探せば、より適切な行政実例が見つかったり、行政実例後の法令・通達の改正が見つかったりする場合があったり、どうしても納得がいかなければ、自分の感覚を支持する学説を探し、その学説に基づき、妥当な解決に向けて努力をすることが可能になります。こういうセンスを養成するのは、基礎法学の役割だと思います。
>TKさん
「結論の妥当性に対するセンス」という話はもっともなのですが、これが一番わけのわからんところでもあります。よく「リーガルマインド」と言うわけですが、結局「法律家らしい考え方とは、法律家が考えるように考えることである」という以上の内容もなかったりして。
まあしかし、合ってるかどうかはともかくその部分で仮説を提示していくというのは我々の問題なんでしょうね。結局仕事が増える展開になっているような気がせんこともないのですが。はい。