正当性と正統性

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多分意図的なものではないと思うのであげつらう趣旨ではない。「Nature誌、「Wikipediaの記事は取り下げない」」(ITmedia News)という記事が「「Wikipediaとブリタニカ百科事典の精度は互角」という記事にBritannicaが反論したことを受け、Nature誌が記事の正統性を主張した。」と報道しているのだが、ここでの「正統性」の使い方がーー法学や哲学の観点からするとーー間違っているという話。

「せいとうせい」で我々が使うのは「正当性」と「正統性」という語である(「政党制」とかは出てくる文脈がまったく違うので無視する)。似たような話で出てくるので混同しやすいが、我々はこの二つを区別して使っている。どういう意味かというと、「正当性」(justness)は一階の正しさというか、あえて言うと今ここで正しい(just)かどうかを問題にする概念である。正しいことが証明できるかという「正当化可能性」(justifiability)や、法律に合致しているかという「合法性」(legality)の概念とはまた異なり、「正しいけれどもそうは証明できないこと」とか「違法だけど正しいこと」も想定することができる(そんなものは存在しないと言う人もいるが、とにかく概念として区別しておかないと何のことを言っているのかわからなくなるのである)。

一方「正統性」(legitimacy)とは、「正当性」に関する判断が正しい根拠に基づいているかを問題にする概念である。井上達夫は「二階の正当性」という言い方をしたことがあると思うが、判断それ自体とは別の次元を問題にする概念なのだ。例えば「『犬が西向きゃ尾は東』だから明日の朝日は東から昇る」という判断は前提も結論も正当だが、推論として誤っているから正統性は継承されていない、と言うことができる。

だが元々何故そのような区別をするかというと、中心的には「正統性があるが、正当性がない」という場合を特定するためだろうなという気がする。つまり、我々人民は憲法を定めたので、その憲法の規定に基づいて可決された法律は「われら人民の意思」という正統性(=正当性の根拠)を継承している。だが時に我々は、しかしその法律は不当だと言いたくなる。例えばナチス政権下で成立した人権抑圧的な法律がその典型だ。そのようなケースに直面した判事が「法としての正統性」に従うべきなのか、それとも「結論の正当性」を重視すべきなのか。この問題を正確に問題にするためには、二つの概念の区別がきちんとつけられていないといけない。結構混乱して使われやすい考え方なので、こうして説明しておく。

さて冒頭の記事について、ではどちらの概念がふさわしいかと言えば「記事の内容は間違っていない」という主張だから「正当性」で良かろうと思う。ただ元のNature誌の回答書を確認したところ彼らは「our comparison was fair」と言っているので、「Nature誌が比較は公正だったと主張した」とでも書いておけば良かったのかもしれない。

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正統性が「二階の正しさ」だ、というのは、井上達夫が言っていたとしてもそれはおそらく「二階の公共性」の文脈においてであって、つまり正義に関する様々な構想相互の論争状況の下で、論争そのものが(単に意見の不一致をより忠実に尊重しようというような姿勢に帰着させずに)何らかの「正解」に向かって行われるための実体的条件を探究する経緯においてであって、正統性自体の意味について、近年での研究者の間の最大公約数は、問題となっている言明や文などの内容の正しさに依存しない形で示される、それらを信頼すべき根拠(としての権威)、というところにあるかと考えます。
(従って、ここからは私の関心領域にローカルな話になりますが、正統性自体からは、言っていることが最も真理に近いという信憑を獲得しているという意味での「理論的正統性」も、国家が法の形成と適用に関する最終的決定権と実効的影響力(強制力)を独占する「支配権right to rule」を有している(が構成員の政府に対する包括的服従責務は存在しない)ことも、妥当であるか否かが内容の正しさいかんに左右されない「系譜テスト」で決まる法一般に対する服従責務が存在することも、場合によっては上記の「二階の公共性」も、出て来得ます。それこそが私の頭をこれほどまでに悩ませつづけている元凶なのです。
以上、愚痴でした。すみません。)

>よこはま さん
師匠が使っていた文脈はまさにそれでした。というわけで正確にはこの周りに難しい問題がいろいろあるのですが、スタートとして上記のような区別を理解しておくことが重要、というまとめでひとつ。

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