策士か天然か

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さてちょっと油断していた間に誤解を招くようなことを書いている人がいたので指摘しておくと町山智浩氏である。正確に言うと「『九条どうでしょう』プレミアム試写会」(内田樹の研究室)において公開されている文章だが、体裁から町山氏ご自身の書かれたものと推定していいと思われる。問題は以下の部分である。

政治家や世間の憲法論議を見ているとトンチンカンなことばかりだ。たとえば「五十年以上も改正しないのはおかしい」とか言ってるが、アメリカでは二百年も前に作られた憲法が使われている(修正条項を付加する方式だ)。

どう理解されるだろうか。私が「ふつうの人ならこう読むのではないか」というのを推測すると、


  1. アメリカでは200年前に作られた憲法がそのまま使われている。
  2. → 50年以上改正しないのは特におかしなことではない。
  3. → 政治家や世間の憲法論議はトンチンカンであり、誤っている。

となる。だがそのような理解の問題点は、「(修正条項を付加する方式だ)」という注記にある。いったいこれはどういう意味なのか。


さて本当はこういうことである。まず第一に、(1)は書かれた憲法の本文について言うならば、正しい。アメリカ合衆国では、1787年9月17日に採択され1788年6月21日に成立した憲法の条文(前文および第1編から第7編)が今でも使われているし、この部分の字句が修正されたことはない。

次に注記の意味だが、1788年憲法には成立以降「AMENDMENTS」(修正)として複数の条文が付加されている。これらの修正は本文第5編の規定により「あらゆる意味において完全に、この憲法の一部として効力を有する」(以下、合衆国憲法の邦訳は田中英夫 他編『BASIC英米法辞典』東京大学出版会1993 より)ものであり、つまり一国の中で「憲法」としての効力を持つ規範の範囲・内容はこれらの修正により変化している。例えば言論・出版および集会の自由は1791年に成立した第1修正によって定められているので、これらを「憲法」に入れないならばアメリカ憲法では言論の自由が保障されていないということになる。冗談ないし揶揄としてならともかく、法律学の議論としては失格だ。

念のために言うと、第1修正から第10修正まではいずれも国民の一定の権利を保障するような条項であり(*1)、ここからはまだこれらが「加憲」(憲法本文の定める規範を変更したのではなく、単に追加した)と理解する余地があるだろう。しかし、例えば第17修正は本文第1編3節1項の定める上院議員の選出方法を完全に置き換える形で改正するものだし、黒人や女性の選挙権を認めたのも修正条項によってである(*2)。また、第18修正(1919年成立)で定められた禁酒条項(*3)は第21修正(1933年成立)で廃止されている。つまり、「憲法本文」でなく「憲法規範」について考えるなら、それには200年前以来しばしば変更が加えられてきたと、そういうことになる。なお最後に成立した第27修正は1992年のものであり、第2次世界大戦後に限ってもこれを含め6回の修正が成立している。

従って、(2)は「憲法規範」について言えば誤りであると言ってよい。以上書いたようにアメリカには当てはまらないし、そのほかの主要国もおおむね「憲法規範」の変動を経験しているからである(*4)。一方、確かに「憲法本文」について言えば正しい。しかしそのような定義に基づいて「憲法は変わっていない」と主張したとして、どういう実益があるのだろうか。

さらに言うと、我が国で憲法改正をどのような方式で行なうかはまだ決まっていないが、仮に従来の法律と同様の手段で行なうならば、改正しても本文は変わらないと言うこともできる。従って町山氏が仮に「憲法本文に手をつけるべきではない」という意見であれば、そのような方式でなら憲法改正を行なってもよい、という結論になるだろう。どういうことか。

衆議院のウェブサイトにある「制定法律」を見るとわかるのだが、例えば「下級裁判所の設立および管轄区域に関する法律の一部を改正する法律」(平成17年法律4号)というのがある。これはすでに制定されている法律(「下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律」昭和22年法律63号)を改正するためのものだが、独立の法律番号がふられていることにも示されているように、一つの「法律」である。内容を見ると、例えばこうある。

第三条第一項中「また」を削り、同項ただし書中「但し、あらたに」を「ただし、新たに」に、「管轄区域に属するすべての地域」を「所在地の属する行政区画」に改める。
別表第四表所在地の欄中「新潟市」を「新潟市学校町通一番町」に、「新津市」を「新潟市新津」に改める。

つまり元の法律にこのような修正を加えたものを有効な「法規範」にしますよというものであり、一部の人にわかりやすく言うとpatchファイルである。別の言い方をすれば(「元の法律」+「改正法」=「有効な法規範」)。実際に国会で審議され「法律」として制定されたのはあくまで元の法律の文言そのままと、新しい改正法という修正文言そのままであり、上記のウェブサイトではそれら「そのままの姿」を見ることができる。しかし、多くの人にとっていちいち足し算やパッチ当てをするのは面倒なので、通常は改正を適用した後の結果(最新バージョン)だけを公開することが多い。大小各種の六法全書や総務省の法令データベースで公開されているのも基本的にそのような最新版であり、便利は便利だが例えば過去のある特定の時点での特定の法律の状態を確実に知るのが難しいという問題点がある。

結局、アメリカ憲法と日本の法改正の差は「原文+改正」という過程をそのまま見せるか、結果である「現在の法規範」だけを見せるかというだけの問題なのだ。念のために言うと、アメリカでも日本同様に原文にとけ込ませるような形の修正はあり、先法に矛盾する後法を定めたので自動的に先法の該当部分が無効になるというような形の修正もあり(*5)、どうも一定していないらしい。こういう点に関する限り、日本の法制官僚の人たちがとても優秀だということを私は信じている(その品質がいつまで保証できるかという問題があることはすでに述べたとおり)。(*6)

問題だと思うのは、通常の「憲法」の定義によれば町山氏の(2)は誤りであり従って(3)という結論も根拠を失って崩壊するが、定義によっては(2)が誤りだと言えないので「町山氏が嘘を書いた」とも言えないことである。もちろんその定義は率直に言えば実益のない異常なものだし、その定義を採用しても(3)は正当化できないのだがそこは町山氏自身の評価を述べた部分だから「誤りだ」というわけではない。仮に町山氏が故意にこれをやったとすればうまい筆法だということになるだろう。

だがさらなる問題は、故意なのか過失なのかよくわからないという点にある。アメリカ大統領選に関する記述でも指摘したのだが、町山氏の書いたものだけを見るとすごい深謀遠慮に基づいて読者を誤誘導するようなテクニックが使われているように思われる。だがどうもご本人の行動を見ていると自分でもそれが正しいと信じている節もある。はたして氏は策士か天然か。謎は尽きない。


念のために注記しておくが、以上は「50年以上改正しないことも珍しくないから、憲法改正の主張は誤っている」という議論は誤りだと述べただけであり、他の理由に基づいて憲法改正に反対するのも間違いだとかいう趣旨は含んでいない。

(*1) 例えば第8修正「過大な額の保釈金を要求し、または過重な罰金を科してはならない。また残酷で異常な刑罰を科してはならない。」。
(*2) 正確には人種や性別による選挙権制限を禁止した条項。順に第15修正(1870年成立)、第19修正(1920年成立)。
(*3) 「合衆国およびその権限に服するすべての領地において、飲用の目的で、酒類を製造し、販売しもしくは輸送し、またはこれらの地に輸入しもしくはこれらの地から輸出することは、禁止される。」。
(*4) 例えばフランスは2003年に憲法改正法「共和国の地方分権化される組織に関する2003年3月28日の憲法的法律第2003-276号」を成立させているし、ドイツでは2002年に連邦共和国基本法(憲法に相当する)が改正されて動物保護規定が導入された。
(*5) 例えば第21修正「『禁酒修正』の廃止」は「合衆国憲法第18修正は、この修正によって廃止される。」と明示的に定めるが、本文1編3節1項に矛盾する第17修正1項には本文の該当部分を廃止する旨の明記がない。
(*6) さらに念のために言うと日本でも前の法律を廃止して別の新しい法律を定めるとか、ある法律の内容を総取っ替えするような形式の法改正はある。例えば「破産法」(平成16年法律75号)は附則2条で「破産法(大正11年法律第71号)は、廃止する。」と定めているし(前者の例)、「民法の一部を改正する法律」(平成16年法律147号)は「第一編から第三編までを次のように改める。」と言ったあとその部分の新条文(724条まで)をすべてそのまま書いているので後者の例である(口語化改正なので全部書かないわけにもいかないという事情がある)。

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コメント(4)

天然の策士のように思えて仕方が無いんだがどうよ。

ホテル・ルワンダのパンフの件にしても、自分で燃料しこんでるの自覚してるけど、燃料の中身をよくわかってないみたいな。

>こうの さん
ども。それって一番タチが悪いと言いませんかね。そう言われるとそんな気もしますが。

町田氏は早稲田の法学部出身だそうで、本を読めば「まあ間違ってないかな」と言う印象を受けます(おおや先生の審級に耐えうるかどうかは別問題ですが)。
ちなみに「9条どうでしょう」自体は実益をもたらすような本ではないですね。大変面白く読みましたが、面白すぎます。(大塚英志の似たような本に比べれば100倍タメにはなりますけど)

>mamodolianさん
ども。ん〜、中途半端に知識がある(しかもそれに自信がある)のが問題なのかもしれないのですが。上記の論旨とか、やはり破綻してますし。
本としては面白いでしょうね。私、共著者4人のうちお一人は知らないのですが、他3人とも優れた文章書きだと思ってます。ただ、医者が病院ドラマ見るようなもので、シナリオや演技が優れていることは認めてもツッコミ入れたくてたまんなくなるかもしれないな、とは思っているのですが。

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