PSE法問題フォロー(4・完)

| コメント(70) | トラックバック(1)

この問題は「一市民」氏の「旧法でも中古は含まれていたようですがそうであるとしたら違法な組織が今まで沢山存在していたことになりますね。」というご指摘に関連してくる。ええと、念のために伺いますが、世の中に「ソープランド」という名前のものがありまして、あれは法的には「特殊浴場」といって個室の中でおねえちゃんが身体を流してくれたりサウナの世話をしてくれたりするようなサービスが付いているだけのお風呂だということになっているわけですが、まさか本当にそう思ってないですよね? いや私は利用した経験がないので本当にその内部で何が行なわれているかについて確信があるわけではないのだが、私の信ずるところの健全な社会的常識によれば、あれは売春施設である。日本では売春行為は違法である。従っておそらく実態としては違法である組織が今まで沢山存在していたことになるが、何事かこれを不思議に思われただろうか。

同じことはパチンコにも言えるのであって、日本では賭博が禁止されているところあれを賭博と無縁の純粋な遊戯として楽しんでいる人というのはほとんどいないのではないか。いややはり私はやったことないのでよく知らないのではあるが。もちろん両方とも法的な体裁はつけてあって、ソープランドの経営者はあくまであれを浴場と認識しており個室の中でおねえちゃんとお客が自由恋愛に陥ったりその結果金銭を授受したりするとは知らない。パチンコの場合、パチンコ場と景品交換所の経営者は別であって、ある交換所に持ち込まれるライターだかボールペンだかの大半が隣りのパチンコ場で景品として出されたものだというのは偶然に過ぎない。そういうことになっているが、正直それを信じている人間はこの日本に(当の経営者たちや取締側の警察官たちも含めて)一人もいないだろう。

つまり単純なことであって、違法行為ないしは違法の嫌疑のある行為は摘発される可能性は0より大きく1より小さい。1にならないのは警察の人的資源が有限だからという理由もあるし、「完全な取締」を目指すと副作用としての人権侵害が洒落にならないからという理由もある。例えば各人の身体にマイクを内蔵して24時間警察がモニタしたりすれば個室で合意されるソープランドの売春も摘発できるのかもしれないが、そんな社会に住みたいかね、というわけだ(*1)。警察を含めた取締官庁がその労力を比較的必要性の高いものに集中する結果としての「取りこぼし」というものは必然的に発生するし、また時にはあまりひどくならない程度であればあえて放置するという、いわゆる「お目こぼし」が発生することもあるだろう。

私には、アメリカと比べると日本では「違法行為」の網を広めにかけた上でお目こぼしをする、ひどくなってきたら1・2件摘発して「見せしめ」もとい「一罰百戒」効果を狙う、という弾力的運用が広く行なわれているという印象がある。正直これは善し悪しであって、国家権力のコントロールとしてどうなのよと言われればその通りだが、反面どんな理由があろうが子供を置いて車を離れたら即逮捕みたいなノリのアメリカも息苦しいなあと思ったりする。今回のケースでも、簡単に例外を認めたことでわかる通りおそらく経産省にとってビンテージ楽器などどうでもいいのであって、黙ってたら本気で気付かれなかったり、気付いても「お目こぼし」になったんじゃないかなあという気もする(リサイクル業者はダメかもしれない)。お目こぼしになる方法を考えるとか、規制を潜脱する方法を編み出すとか、あとは摘発されて罰金だの何だのを払ってももうかるだけの利潤を上げるとか、いろいろ対処法というのはあるものなのだが(*2)。

まあもちろん「どういう社会のあり方が望ましいか」をひとまず措いて「この社会でいかにウマく振る舞うか」という次元で考えるならばという話ではあるのだが、「騒ぐ」という行為には功罪両面があり、それでもきちんと集団的な「意見」として組織して立法プロセスにつなげるような騒ぎ方であれば問題の根本的解決につながり得るので良いのだが、単に脊髄反射で騒ぐって何の役にも立たないよなと思う。PSE法に関して谷・経産省部長のblogが炎上したときにも、自分の「意見」を伝えようとする人と騒ぎたいだけの人がいて、前者が後者をたしなめるような書きこみもあったのだが結局悪貨が良貨を駆逐した観があった。インターネットでの言論ということを考えたとき、そういう脊髄反射したい人たちをどうしていくかというのが問題になるのだろうな、というのが私自身の感想である。

なお旧法下で違法な行為を行なう組織が多数存在したかについては、bewaad氏が指摘するように「旧電気用品取締法では旧規則に基づく表示を新法に基づく表示とみなすことにつながる経過措置を講じていた」ので実はあまりなかったという可能性も非常に高い。もちろんすぐにじゃあなんで今回の法律ではそうなってないんだという疑問が出てくるだろうし、私自身も疑問に思うのでこの問題に関する経産省の対応に対する評価は非常に低いのだが、しかし「複数のマークがあると混同するから」という説明を国会がすでに妥当なものとして受け入れてしまっているというのも事実なのが困ったところなのである。


(*1) 私は住みたくないが、それは私が(自分では利用する気がないものの)いい大人が自由意思でやる分には売ろうが買おうが自由じゃねえ? と思っているからでもある。

(*2) 「悪法も法なり」という言葉を「悪法も法なので守るべきだ」と理解するか、「悪法も法なので強制力があるから見付かったら罰を支払わないとね」と理解するかという問題。いや例えば「モノを盗んだら10年以下の懲役」ってのは「最大10年覚悟すればモノは盗める」って意味でしょ? まあきっと、この問題で騒いでる人の多くは法律をきちんと守る意志のあるいい人なんだろうね。某大手リサイクル業者の社長さんなんかすぐに規制を出し抜く方法の考案に走ってたもん。実に商売人らしい(誉め言葉)。

トラックバック(1)

トラックバックURL: http://www.axis-cafe.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/297

音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号 - おおやにき (2006年3月18日 16:30)

名古屋大学大学院 法学研究科 助教授の大屋雄裕さんのブログ:おおやにき ? 雑感 http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000295.html PSE法問題フォロー http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/0... 続きを読む

コメント(70)

 エントリー「雑感」がアップされた当初からウォッチングしていた者です。ここまでの議論の展開で、おおむね私の疑問は解消されたのですが、ちょっとだけ気になる点があります。

「経産省が何も言っていないのに何故『含まれない』と信じたのですか?」という点に関してですが、この法律の名宛人が法に関しての素人である以上、「社会通念」というものを考慮するべきではないでしょうか。つまり、『含まれない』とする文言がなかったとして、当該規制に中古品も含まれるということが論理的に正しいとされた場合(たぶんそうなのでしょうが)でも、その結論があまりにもこの社会の通念と乖離していた場合、法の無知を責めるのはちょっと過酷だということになると思いますが、いかがでしょうか。たしかに旧法でも新法でも中古品が規制対象の外延に含まれている以上、中古品は当然規制されるものと論理的にはいえるかもしれませんし、僕もそう思いますが、それが事実上プロにしか認識できないことだとしたら、それは突然言われたのと実質的には変わりがありません。僕はこの点も配慮すべきだと考えますが、先生のお考えはいかがでしょうか。

 もちろん、「プロが伝統的かつ穏健な解釈をして『含まれる』と判断しているのだからそれに聞き従うべきであり、それを調べもせず社会通念がどうのとヌルいことを言っている場合ではない」という考え方もアリだとは思います。何といっても法に関してはプロでなければ配慮が行き届かない領域というものがありますから。でも、僕個人としては、今回のようなケースでそれを言ってしまうのはいささかリーガリズムが過ぎるのではないかと。もっと言うと、実定法学者ならともかく、法哲学者の意見としてはちょっと冷たすぎるんじゃないか思うのです。訪問者の方々の憤りも、ひょっとしたらこうしたところに原因があるのではないでしょうか。

 といっても、これはすでに法に関する信念の違いということでしかない気がするので、ここで先生にこういうことを申し上げても仕方のないことかも知れませんね。善意の中古品業者の方々が路頭に迷うであろうことを、僕らが個人的に許せないというだけの話なわけですから。

 あと、細かい話で恐縮ですが、ホームズ判事は有名な方ですから、こういう場では仮名表記の方がふさわしいと思います。

おせっかいながら・・・・
先生の発言、数万人→数十万人の人に注視されていますので、
勢いで、過激な表現などを使われないことをおすすめいたしますよ。

http://that4.2ch.net/test/read.cgi/kaden/1140963662/

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1132019419/

読んで損しました(笑)

古物商の方々への侮辱ですね。今まで自分たちは違法行為などしていないと胸を張っていたのに、急に犯罪者、しかもソープを例にあげて。
センセイこそ訴訟されないように気を付けてくださいねぇ(嘲)

・・・バカじゃないの?

ソープランド、パチンコのようにPSEにも「おめこぼし」がありそうだから…。
そーいうことなら、アナタのような人に教えを受けることもないわけで。
アナタのような立場の方が「おめこぼし」と言い放ったら、もう収拾がつきません。

それと、余計なことですが、こーいうところで書き込むなら、やはり経験されたほうが良いかと。ソープもパチもモノの例えに、なってません全然。

「旧法でも中古は含まれていたようですがそうであるとしたら違法な組織が今まで沢山存在していたことになりますね。」

と聞いたのは自分ですが、馬鹿な回答をされて、
苦笑せざるを得ません。


結局はあなたにとっては中古販売業者さんと
ソープランドの経営者さんは同じような物として
見下しているという事だけはわかりました。

脊髄反射的コメントで失礼仕ります。

あなたは、市井に生きる人々をわかっていませんね。
下々の零細業者は思いのほか清く正しくやってますよ。
信頼関係を築いてお互い助け合わないと生活の糧も稼げないのです。
あなたの好きな(...)組織が大きくなるととたんに倫理観が消滅するようですけどね。
最近ではそれがいやで小規模な自営業を営んでいる方も少なからずいるのですよ。

>単に脊髄反射で騒ぐって何の役にも立たないよなと思う。

時と場合によりますし、程度の問題であるのではないですか。
谷氏のブログやあなたの今回の文章のなかの例えはあまりに稚拙にすぎて、強い反射を抑えるのが困難です。

> 日本では「違法行為」の網を広めにかけた上でお目こぼしをする....

そうですね。

しかし、今まで家電販売店に対してあなたの言われる見せしめ的な摘発はなかったのではないですか。

中古電気製品の販売が違法であったと仮定しても、あなたが今回事例としてあげた2例とは異質なものです。

あなたの例示は全体の行為としては違法なのは明白だが、取り締まることが難しいという事例です。
(以下は旧電取法が中古販売も規制対象になりかつ当時の経過措置も無視という前提での話です。誤解のなきよう)
中古販売店で扱う多くの家電製品が電取法によりテ・マークを義務づけられたのはS40代に入ってからですので規制対象品目になる前に作られた製品の販売が違法であることは明白ですし、取り締まることも容易に可能であるのです。
加えて、取り締まることでの有用性を見出せないことも異なる点です。

「お目こぼし」という点が共通キーワードであるだけの
乱暴極まりない展開です。
あなたのように整然と説明できませんが
あなたが提示された2例と同列に論じることはたいへん不適切であると感じます。

> ....経過措置を講じていた」ので実はあまりなかったという可能性も非常に高い。

旧法の経過措置に書かれている文言は義務教育修了レベルの私には「過去規制品目でなかった製品の販売規制がどう扱われるのか」意味不明でした。

ボランティア活動と思って、解説してくださる奇特な方はおられませんか?

とりあえずソープに10回行け

お宅様の芸風が良く言えばフランク、悪く言えば尊大な事は良く分かった。
PSE問題と離れてしまうが、お宅様の書いた論文や本があれば紹介してはくれまいか?
できれば何処で入手可能かも教えて欲しい。
もっとも当方、世の中に掃いて捨てる程いる工学系の学士風情なんで、法学系の論文が読めるかどうかは分からんが。

工学系の学士風情は文献検索の方法も知らないのか。学士号返上しろよw

しごくまっとうな意見にこうも批判が集中するのは,おおや氏の芸風が,脊髄だけじゃなく,扁桃体か大脳辺縁系あたりを刺戟するからでしょうか(^^)

この問題で空騒ぎしている方々は,せめて奥平=宮台『憲法対論』(平凡社)81頁以下を読んで運動方針を変更されたらいかがかと愚考します

まぁ,脊髄反射に大脳で応答していないで,がんがん一般書も書いて,ひろく法律リテラシを浸透させて欲しい,という勝手な希望 >おおや氏

しごくまっとうな意見なら
反論する人達(僕も含めて)
ぐぅの音も出ないようにしてくださいねw

実態を見失わない、有意義な研究をして下さいね。

>工学系の学士風情は文献検索の方法も知らないのか。学士号返上しろよw

まあ、それもそうだな。
実際、ある資格試験を取るために一次試験が免除された事くらいしか、メリットはないかも。

それよりも、どうでもいいコメントにレスが付くとは驚いた。

発言内容は理屈としては正しい面が多いのかもしれませんが、初戦は机上の空論でしかありませんな。所詮学校以外の経験がないせいか、世の中の実態がまるでわかっていないということだけはよくわかりました。

発言内容は理屈としては正しい面が多いのかもしれませんが、所詮は机上の空論でしかありませんな。生まれてからこのかた、学校以外の経験がないせいか、世の中の実態がまるでわかっていないということだけはよくわかりました。

 一応まともな批判をしておくけど。
 そもそも「法の不知は何人をも許さない」の法格言が適用されるのは、規範が客観的に存在したうえで、違犯行為を犯した個人が個人的に法律の存在を知らなかったとしても、それは救済されないという法理だったはず。でも、PSE騒動の場合、規範が客観的に存在しているかどうかそのものが争われている事案なんだから、ここで「法の不知」を持ち出すのは的はずれだと思うんだけど。
 それに、トラバ先に引用されている程度の事実を前提するかぎり、経産省の担当者ですら最近まで規範の存在を(少なくとも)知らなかったのは明白で、こんな状況では規範の存在を知ることは一般人レベルでは事実上不可能というべき。だとすると、「法の不知」の法諺を適用する前提が崩れる。少なくとも、法情報学的には当然救済されるべき事案だろう。まして、現在まさに苦境に立たされている中古業の人々を、屋上屋を重ねるように責める根拠となるとは考えにくい。

 勿論このことは大屋さんの人間性や品格の問題とは無関係だし、騒ぎの当事者が法学の基本を知っているか否かという問題とも無関係。現状は(大家さん含め)こういったことまで混同されているきらいがある。まして、脊髄反射的に大騒ぎしてる人々の言説戦略が不適切かどうかなんてまったく関係のない話。中古業の人たちも家族や従業員を食わしていかなきゃならんのだから、こんなことが起きては狼狽するのは当然で、さらにそこに怠慢を云々されたらいきり立つに決まってる。だとすると、大家さんこそまさに言説戦略が不適切だったということになる。そんなところで言説戦略を責めはじめたら泥沼になるに決まっている。心理や道義、言説の問題と法律の問題を区別するくらいのことはしてもらいたい。

 だから、俺から見れば、冷静になれず脊髄反射している輩は勿論、かれらの基礎知識の欠落を冷笑的に指摘している連中も、両方ウザい。そんなことをしている暇があるなら、少しは論点整理をするべきだ。

◎参考:岡村久道「インターネット法情報学入門」
http://www.law.co.jp/okamura/jyouhou/houjyouhou.htm
(引用はじめ)
 筆者はもとより、現在どのような法令が日本にあるのかについて丸暗記している法律家など、ひとりも存在していないというのが実状であろう。換言すると、わが国には、プロの法律家ですら聞いたこともないような法律が数多く存在しているのである。これを暗記しようと試みた者も筆者の知る限りではひとりもいない。もっとも、完全に暗記したからといって、司法試験に合格できたり良い法律家になれるわけでもないが。
 次に、法律や政令にしても、条例にしても、ある程度の汎用性を持たせるために、抽象的な文言が使用されているのが普通である。したがって、具体的な法律解釈は、先例となる判例つまり裁判所の判断により補わざるを得ない点が多い。ところが、最高裁判所以外の高等裁判所や地方裁判所、簡易裁判所といった下級審の判例を含めると、これまた膨大な数になる。
 さらに、行政機関の通達というものがある。例えば不動産や法人に関する登記を担当している法務局ひとつをみても、法務省民事局から数多くの通達が出され、これに従って登記の申請実務などが実際に運用されている。
 これらを含めると、法律に関する情報量は、際限のない量となって、プロの法律家ですら気が遠くなってしまう。ただ、プロの法律家である以上、かかる膨大な法情報を、必要に応じてリサーチする能力だけは有していなければ失格だということになる。
 ところが、法律は国民一般に対し、「法の不知はこれをゆるさず」という原則のもとに運用されている。
 もちろん、違法な行為をしておいて「知らなかった」という安直な言い訳を許すわけにはいかないというのは理解できる。
 しかし、プロの法律家ですら調査しなければ分からないことが多すぎるにもかかわらず、もし国民に対し、「法律を知らないと言っても許さない」と断言してしまっている態度だけをとっているのであれば、それなりの批判を受けても仕方あるまい。
(引用おわり)

訂正
 ×大家
 ○大屋

???

ひとのブログのコメント欄で議論すんなって叱られそうですが…おおや氏が問題にしていたのは,まさに脊髄反射人の言説戦略の適切性だけなのでは?

もし「PSE法反対派の側にたった(同法批判の)理論構成と言説戦略を提示しなさい」というレポート課題があれば,おおや氏なら「できる」でしょう(やらないとは思うけれど)。法律家ってのはそういうもんです

私自身はリーガリストですけど,そもそも,おおや氏は違います(よね)。おおや氏はリーガリストではない,という前提をもってここしばらくのエントリを読み直すと印象も変わるんじゃないでしょうか(誤読の責任は筆者にあるのか読者にあるのか…あら,なんだか面白そうな哲学テーマ(^^))

今回の一件、素人の俺から見ると、
「法の不知はこれをゆるさず」が成立するための
「政府は利害関係者に法律を周知する義務」という条件が
成立していないように思えるのですが・・・

交通事故でも過失相殺というものがありますが、
そう言った法則はこれには当てはまったりはしないのでしょうか?

「つまり何が言いたいかというと、「混乱を招いた所在」はどこかっておまえらだ〜ということである。いやもちろん経産省も悪い(と思う)。同種の立法例などに比べて広報が不足していたのかもしれないし、必要なところに届いていなかったのかもしれない。しかしその「混乱」なるものの発生は、個々のリサイクル業者や業界団体や個々のミュージシャンやその団体がきちんと立法過程をチェックしていれば、やはり防げたはずのものである。」

うーん、なんともいえんが、ちょっと机上っぽいな。

>ひとのブログのコメント欄で議論すんなって叱られそうですが…おおや氏が問題にしていたのは,まさに脊髄反射人の言説戦略の適切性だけなのでは?

 だったら状況を整理した上で最初からそう言っておけばいいでしょ?そこに奥平=宮台『憲法対論』(平凡社)81頁以下を読めとか言っても、脊髄反射している人たちがすぐにそれを読んで大人しくなるわけがない。かえって腹を立てるだけ。
 個々の主体が欲望をもつ以上、言説戦略を問題にするのは難しいんだからね。そういう微妙なところで不用意なことを言ったら、ここ本当に炎上するよ。リーガリストならそういうことに関しては素人じゃないんだから、なおのこと気をつけるべきだと思います>某桐関係同業者殿

 俺も議論をするつもりはない。俺が大屋さん以外の訪問者に言いたいのは交通整理しろってことだけ。前段は、脊髄反射人の言説戦略を批判するのに「法の不知」の法諺を根拠にした、大屋さん本人が答えるべきことだから。

>俺が大屋さん以外の訪問者に言いたいのは交通整理しろってことだけ。

そりゃおおやに言うべきことだろ?「法の不知」を自ら晒したんだから。PSE法3条のウルトラ解釈を認めておきながら、経済産業省の告知経緯まで把握している他人に向かってよく「法の不知」だなんて言えるなあと。恥知らずだね。
しかも工業所有権法における消尽論やEUの上市の概念すら黙殺だもんな。2ちゃんの自称法学者連中よりタチが悪いね。いやあ本人がチャネラーだから仕方無いけれどさw
せめてブログを書くのは交通整理してからにしろよとな。

結局 ペテン師のやり口と同じ役人や法令に騙された方が悪いって事ですか?

先生よろしければこちらにもいらしてください。
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1142306472/

「共産主義者が連行された。私は共産主義者じゃないから黙ってた。

次に社会主義者が・・・社会主義者じゃないから黙ってた。

その次労働組合員が・・・労働組合員じゃないから黙ってた。

それからユダヤ人が・・・ユダヤ人じゃないから黙ってた。

私が捕まったけど誰も助けてくれなかった。もう誰もいなかったから」

(ヒットラーに反対して強制収容所に送られたNiemoller牧師の言葉)

少子化で大学の経営も厳しくなっていくようですね。
まぁ、中古業者に比べればはるかに他人事ですが。

まがりなりにも弁護士でいらっしゃるのですから、遵法精神を疑われるようなご発言は控えられた方が賢明ですよ。商売に響きます。もう少し「賢く」なりましょう。貴方は「かしこい」行動がお好きなようですから、

まがりなりにも弁護士でいらっしゃるのですから、遵法精神を疑われるようなご発言は控えられた方が賢明ですよ。商売に響きます。もう少し「賢く」なりましょう。貴方は「かしこい」行動がお好きなようですから。

コメントがエラーしたようなのでもう一度書きますが

「脱法のススメ」とも受け取られかねませんよ、先生のご発言

> しかしその「混乱」なるものの発生は、個々のリサイクル業者や業界団体や
>個々のミュージシャンやその団体がきちんと立法過程をチェックしていれば、
>やはり防げたはずのものである。

立法時の制度趣旨からも遡及効を求めるとは想定してなかったため
立法過程で中古が議題にあがったことは一度もないですが。

>古物商の方々への侮辱ですね。今まで自分たちは違法行為などしていないと胸を張っていたのに、急に犯罪者、しかもソープを例にあげて。

あんなんと一緒にすんな、ってか。
いやはや、ブジョクつかサベツ的ですねぇ。

ある日突然違法になったのはソープ(赤線)も同じ。

>自動羊肉
いいんでないの?
おおや氏自身が一番分かってるでしょうに。
わざわざ「私はやったことないのでよく知らないのではあるが。」とエクスキューズしてるくらいですからねぇw

大家さんに質問があります。
ちなみに、私は修理エンジニアをやっております。

大屋さんと経済産業省は、国家公務員の同類ですが、
あなたの知人や友人に経済産業省の人間はいますか?
まず、これを明らかにしてほしいです。
なぜなら、これによってあなたの意見の意味合いが変わってくるからです。

また、私も修理エンジニアの立場上必ずしも中立的な考えは持っておりませんし、個人的な意見を書くプログですから大屋さんも中立的な立場でなくとも問題ないと思います。

 こういう状況下でさらにたたみ掛けるようで恐縮なのですが、その後ウォッチを続けるうちに、もうひとつ疑問が生じましたので、ちょっとまとめて書かせていただきます。
 先生は法規範の成立について、いかなる説をお持ちでしょうか。と申しますのも、「法の不知」の判断の前提となる規範について、広く考えるか狭く考えるかにより、結論が分かれると思われるからです。

(1)条文から形式的・論理的に可能な解釈すべてを基準と考える場合、「法の不知」が当てはまる場合は人間の現実的な認識能力よりも広くなります。極端な場合、世界中の誰も知ることがかなわなかったとしても、「法の不知は許されず」の法諺を当てはめることが可能になります。こちらの考えを採った場合、ひとはとにかく可能な解釈をとりこぼさないようにつねに努力することを強いられます。この立場にたつと、ものごとの白黒ははっきりつきますが、ひとの解釈能力の優劣がそのまま救済可能性と直結することになり、非常にマッチョな結論になります。

(2)他方、もっと弱者のことを気遣った結論をめざすならば、さらに範囲を絞って、法規範をわれわれの目の届く範囲に限定することになります。そうすると、一般の人々がじっさいに法規範を知ることが可能か否か、また大多数のひとが現実に知っているか、容易に知悉可能であるかどうかをつねに調べつづける必要が生じます。そうなると極端な話、よほど悪質な摘発逃れのケースでもないかぎり、「法の不知は許されず」の法諺はお呼びでないことになります。

 (1)、(2)はそれぞれが極であり、じっさいの学説は両者のあいだのどこかに位置することになるでしょう。前者に振れるならば、中古品業者の方々は救済されないという結論に傾きがちになります。逆に、後者ならば、中古品業者の方々は当然救済されるべきという結論に傾きがちになります。どちらも法的に正しい判断です。でも、結論が大いに違います。

 要するに法的判断というものは、論理的に正しいだけではダメなんです。何が妥当な結論なのか、どうすればあるべき結論にたどりつけるのか、そこが問われなければならないのです。先生にとって、あるべき結論とは一体何なのでしょうか。

 以下、僕のいまのところの印象です。
 僕は、先生の立場はマッチョに過ぎると思います。古典的な法実証主義ならばともかく、シュクラーのリーガリズム批判、ラートブルフの法実証主義批判などを経由してきた現代の法理学者は、みなある程度(2)の実際的な側面を重視してきたはずです。当然、別の方が仰っていた法情報学的な救済も重視されることになります。エントリー「雑感」を読み返すかぎり、先生はこの点をはっきりとネグっておられます。じっさい、3月19日14時10分の書き込みで、ある程度自覚があることを示されていますよね。

 とすると、先生の判断ミスという事情でもないかぎり、先生の立場は19世紀的な、古典的でマッチョな立場ということに確定してしまいます。「判官贔屓」の感情を伝統とする日本社会では、さぞ敵の多いことでしょう。そういうなかあえて先生は、ケアの倫理を切り捨てる発想をなさったことになります。過酷ですが、それも「正しい」立場です。しかしこれでは、(脊髄反射って言うんですか?)、反発が集中するのは仕方のないことでしょう。

 いや、「ケアの倫理」はあるんでしょうか。例の「お目こぼし」の慣行によって救われればよいと。たしかにそうやって日本の法秩序がバランスを保ってきたことは事実ですけど、それはやはり現実のマッチョな法慣行を前提しています。すると、
マッチョな割に随分脱力的な、現状追認的な結論です。これは非常に官憲寄りの発想で、「大岡裁き」に酔いしれる人の多い国では、あらぬ憶測をも招来することでしょう。お気の毒です。

 以上、僕が理解するかぎり、先生は現代では異例なほどにマッチョな考え方をする現状追認的な法哲学者、ということになってしまいます。
 これでよろしいんですね?

>Dworkin萌え さん
どんなハンドルやねん(笑)。あなたのご質問は非常に正しいものであってきちんと回答するのに時間がかかるので申し訳ないが後回しにさせてください。ただ元エントリで私が能力の非常に限定された「個人」の立場とそれを補完する存在としての「団体」を区別していることにはもう少し注意されてもいいのではないかと思います。あと著名ならカナ書きという感覚はちょっとわからない(笑)。Dworkinだって著名だと思うのですが私。

>ご注進 さん
どうもありがとうございます。注目され(てい)ること自体はありがたいですなあ。まあ前者はこの問題に積極的な関心を持っている人がそれだけ多いということなのでしょうが、しかし法律家はおらんかったような。

>aral さん
「お目こぼし」が事実として存在していることを認識できない人間がどうやって日本法を教えたり英米法と比較したりできるのか私には想像がつきませんが。そういう経験がないとわからないのかな? 「北方ケンゾー」さんのコメントは、いやあの方ならそう言いそうだなあと思って楽しかったですが私はマッチョではないのでどうでもいいです。フェミニストでもないけどね〜。

>中古愛好家 さん
「違法なのは明白だが取り締まりが難しい」事例と「違法かどうかがよくわからない」事例を区別しようという議論は有意味ですが、(1)はっきりさせる「義務」というのは実は官庁側にないのでそれで被害を受けたくない人は努力しないといけない、個人でそれをすべて負担するのが難しいからこそ「団体」を作って分担するのだという話です、というのが一つ。(2)過去の事例が「お目こぼし」だったのか「違法性が不明」だったのかは証拠に基づかないと議論できませんが、当時は経過措置でそもそも「違法性なし」だったので論じる意味がありません、というのがもう一つ。
なお旧法規定の簡単な解説は以下の通りです(厳密性は犠牲になっていますが)。

18条(型式の認可) 製造者は作ろうとする製品ごとに「型式の認可」を受けないといけません。
25条(表示) 製造者・輸入者は認可された製品にテ・マークを付けないといけません。
27条(販売の制限) 販売者は、テ・マークのない製品を売ってはいけません。
附則3条 旧規則で型式が認可された製品は、新法でも認可されたものと見なします。
附則4条 その他、旧規則に基づいて行なった手続などは新法に合致している(従って有効な)ものとします。

ですから、(1)旧規則に基づく表示のあるもの(規制対象だったもの)については附則4条でその表示が新法でも有効なものとされ、27条の禁止対象にならない、(2)それもないもの(新たに規制対象になったもの)については読み替えるべき表示もないので27条から販売は禁止された、と理解できると思います。ただし、違法であっても取り締まりが常に行なわれるかどうかわからないという点については本エントリ本文と同旨です。

>おいおい さん
まあそこまで言わんでも。というわけで taka さん、まあ私の仕事って同業者と比較しても結構ネットに公開されている方なのでぐぐっても出てきますが、ある程度関係するものとして、「名大の授業」http://ocw.nagoya-u.jp/ で公開されている「情報と法」の教材があります。無料ですが講義ノート(というか配布レジュメ)なのでそれだけ読んでもよくわからないかもしれません。
今だとまだ大きな本屋に行けば講談社の『RATIO 01』という雑誌が置いてあると思います。私の論文が掲載されており、あのそのもしよろしければお買い上げいただけると講談社が(間接的に私も)喜びます。いや印税じゃなくて原稿料ですから売り上げが増えても別に私の得になるわけじゃないんですけど。
岩波書店の『思想』のバックナンバーが置いてある大きめの図書館(人文社会系のある大学の図書館ならほぼ確実でしょうが)に行かれるなら、2004年9月号の特集「リベラリズムの再定義」にやはり私の論文が載っています。ちょっと書きましたが、テーマとしては今回の問題にも関係があると私は考えています。
それ以外により専門的な論文もありますが、掲載誌は法学部のある大学の図書館あたりまで行かないと読めないと思いますので、省略します。

>某桐関係同業者 さん
え〜お褒めいただきありがとうございます。今回のケースも「ふつうの人」(と言うよりは法律以外の分野にいる・法律を守る気のある良心的な人)がどういう議論をしてしまうか、どういう疑念を持つかということを理解する契機にはなったなと思っていますが。なんか「遊んでないでさっさと原稿を書け」という声がどこかから聞こえるような……

>団藤さん
「規範は法制定時に客観的に成立した」というのがリーガリズムの考え方であり、で、私は「リーガリズムは哲学的には誤りだが、擬制として再構築されるべきだ」という意見を「規則とその意味」において主張したわけです。何故なら、被治者が自己決定能力を持たないことを社会の前提として受容すれば我々の権利・自由・主体性といったものも消失してしまうから、というのが『思想』論文の内容でした。
さてすると、次の議論は「リーガリズムが擬制として機能するような社会システムはどのようなものか」という点になり、ここで私は「全能の国家官僚機構が『親切な独裁』を行なうもの」より「『国家』と『中間団体』間のコミュニケーションによって『法令の意味』の明確化が行なわれるもの」の方が望ましい、という判断をしています。理由は元エントリに書きましたが、概ね『思想』論文の議論に還元できます。
つまり岡村先生の言われる通り「完全な知識を持った個人」というものが存在し得ないからこそそれは「政府」や「団体」によって代替される必要があり、そして今回の事例では「政府」の失敗にのみ目が行っているけれども「団体」の失敗にも注目すべきだというのが中心的な主張になります。
同時に、従って具体的な個々人は「団体」を維持するためのリソースを支出する代わりに知識を与えられ保護されるような存在になるわけですが、そこでのリソースとして(例えば)金銭だけを考えるならば、個人の自己決定能力の喪失という問題が対象を国家から団体に変えて再演されるだけであって、やはり権利・自由・主体性といったものは喪失してしまう(あるいは、「団体」の機能に対する監視能力を失う)。「国家」の機能不全が「団体」によって補完・監視されるべきであるのと同様に、「団体」の機能不全を補完・監視する程度には個人も自覚的であっていいのではないかという主張もありました。つまり元エントリにおいて私は「団体」「個人」を区分し、担うべき責任についても区別した議論をしています。フォロー部分について、その区別を踏まえていない批判コメントに引っ張られて区別が曖昧になっている部分があるとすれば不徳の致すところでお詫びしたく思います。
# ところで岡村先生の文章の引用はちょっと主従性要件から見て不適切ではあるまいかとの懸念あり。
論点整理については大変に必要だと思いますが、私自身は(某桐関係同業者氏が見抜かれた通り)やる気がなく、何故ならこの問題に対するコミットメントがないからです。今回の私の言説戦略が問題解決にとって適切かという論じ方はあるでしょうが、私の関心は「どのように異議申し立て運動が成立し、成長したか、その特徴は何か」という点にあって「どのようにPSE問題を解決するか」にはまったくないので、言われてもなあという気も正直します。ただまあ、論点整理においてどこに気をつけないといけないかを明らかにする役には立ったんじゃないですかね。

> パソコン屋@命拾い さん
建前としては官報掲載による公布で「周知する義務」が一応果たされているのです。例えば裁判では「だから全国民が知り得たはずだ」という建前論が有効ですから、勝てねえだろうなと。もちろん本音としては「とはいえ対象者のほとんどが知らないってどうよ」という話を経産省ですら認めざるを得ないわけで、だからここに来て救済措置を考え出してきたわけですね。ただ、正直その救済措置の法的根拠がいい加減というか、他の規定との整合性が犠牲になっているので「それは正しい直し方ではない」という批判が出てきているところです。

>山崎 さん
消尽論使おうって意見も出てるんですか? それもトンデモだなあ。権利者に財産的利益を得さしめることが目的であって中古販売部分については第一販売時の利益に包含されているという議論のできる知的財産権の問題と、市場に流通する製品の安全性を確保するという規制の問題は同一視できないでしょう。規制水準が変わったとして、旧規制で「安全」と認められているからそれ以降の全時点における安全性がその中に包含されているなんて言えるわけがない。安全性が十分でないと新たに判明した場合には市場からの速やかな退出を促すことが規制目的にかなっているわけで。「構造が似てるから同じ問題だ〜」ってのは相同の誤謬ですな。もちろん今回の事例では「規制水準が変わっていないのになんで安全性確認が引き継がれないの?」という疑問があり、その点は正当だと思いますけどね私も。
というかあなた「PSE法3条のウルトラ解釈を認めておきながら」って書いてるけど私がそれを認めた部分を示せますか? 言っておくけど「『ウルトラ解釈だ』と言うこと」と、「『ウルトラ解釈であり、それは正しい』と言うこと」は違うよ? さらに言うとあなた「3条で「販売」は「製造」に含むというインチキ解釈」とお書きだったがそれは誰のどういう解釈なのかという私の質問には答えておられないね。
要するにあなた「消尽論」にしろ「『上市』の概念」にしろ3条の解釈にしろ27条の解釈にしろ自分では理解できていなくて、どっかのまとめサイトからコピペして批判した気になっとるんでしょう。まあコピペがただちに悪いとは言わんけど中身をちゃんと理解してからにするか、せめて出所をもう少しわかりにくいところにしておかないと恥ずかしいよ。

>「他人事なら冷笑的態度でもいいの?」さん
いや心に浸みる言葉で、ヒトラーの後ろに付いていった人々が「専門家は間違っていて、自分たちこそ正義を実現するんだ」と考えていただろうなあと思うと、慄然としますよね。人種理論とか第一次大戦の敗戦原因に関する陰謀説とか、専門家たちが「所詮馬鹿な大衆の運動」とか軽視せずにきちんと早い段階で批判できていれば、アウシュビッツもなかったかもしれません。なんでやらなかったかと言えばある程度は明白で、大衆運動に国政を変えるような力はないと思っていたり、批判すれば暴力的な反対に遭うからそんな面倒なことはやっておれんと思ったり、だったんでしょう。しかし結局ツケは回ってくるわけで、「水には心があります」とか「ゲーム脳」とかをほおっておくとそういうのを信じたのが大学に入ってくるわけですよ。他人事だからと言って冷笑的態度で済ませるんじゃなくてちゃんと批判すべきものを批判する必要があるんじゃないかと、まあ私はそう思うわけですが。
# 念のために言うと今のPSE法に反対する人たちナチスのように暴力的だとか、主張内容が人種理論のように正当化しようがないくらい間違っているとか、そう言っているわけではありません。

>クリメントさん
(1)私は弁護士ではありません。
(2)そもそも脱法行為って違法行為よりマシですから、「違法行為よりは脱法行為を」という主張には何の問題もないのでは。
(3)「上に政策あれば下に対策あり」というのは中国の言葉らしいですが、脱法行為を試みるのは被治者にとって普通の行動であり、それを起こさないような法律を作ったり取り締まりを実施する責任は為政者にあります。「脱法行為の何が悪いか?」というのを分析したこともありますが、まあ悪いです。悪いのでそれは予防しないといけないのですが、予防法法としておそらく最善なのは「脱法行為をしたくなる法律を作らないこと」、つまり「無茶な法律を作らないこと」です。今回の事例における中古業者さんたちの行動はある意味で私の分析の正しさを証明してくれているようです。

>なまこ さん
正確には答えにくいご質問ですね(苦笑)。できるだけ誠実に書きます。
(1) 2004年4月の国立大学法人化の際に我々国立大学教員は公務員籍を離れましたので、厳密には「国家公務員の同類」ではないと思います。私は現在、国家公務員ではありません。国家公務員であった時代にも政府に批判的な大学教員というのはたくさんいたので、同類であってもあまり中立性に影響はないようにも思うのですが(一例ですが、『靖国問題』の高橋哲哉先生も東大の教員ですね)。
(2) 私は2004年から2005年にかけてだったかと思いますが、独立行政法人・経済産業研究所の研究会に招かれてメンバーとして参加していました。従ってそこからは報酬を受けたことがあります。メンバーの一人に経済産業省のいわゆる官僚がおり、私は彼のことを記憶していますが、彼が私のことを覚えているかどうかはわかりません。ただ研究会のテーマは知的財産権に関するもので、彼の現職も(私の覚えている限りでは)そちらに関するもののはずです。つまりPSE法にはおそらく関与していません。なお、報酬をくれる意味は「いろいろな意見を聞きたい」ということだと理解していますので、私はそういうとき政府方針に批判的な内容も含め正直に言うようにしています(というかそもそも自分の意見を変えたくなるほど高額の報酬を受けたわけではありません)。
(3) 現勤務先の同僚(教員の一人)がかつて経済産業省のいわゆる官僚でした。専門分野に関係があるので時折お話をしますが、彼は「出向」(いつか戻る)ではなく「退官」(戻らない)したはずなので今も官僚である、とは言えないと思います。また、この件について話したことはありません。
(4) 大学の同期生や先輩後輩のうち一定数は確実に経済産業省の官僚になっています。例えば同じゼミを選択していた人の中でそうなった人もいるかもしれません。その中には私のことを覚えている人がいるかもしれませんが、私自身が「あああいつは経産省に入った」といま思い出せる人間はいません(私は人のことを覚えるのが苦手なので忘れているだけかもしれませんが)。
(5) サークルの先輩後輩などもっと近しいと私自身が認識している範囲で言うと、その中に官界に進んだ人間は複数いますが、経済産業省に入った人間はいなかったのではないかと思います。ただ彼らには「出向」という風習があって入省したのと別の省庁のポストで数年働いたりすることがありますから、経済産業省にはいま現在誰もいない、とは断言できません。
(6) まあしかしわかりやすい基準を一つ立てると、私が年賀状をやりとりしている人(100人強でしょうか)の中で、2006年元旦の現職が経済産業省という人はひとりもいなかったと思います。
参考になりますでしょうか。

……というわけで一通り各エントリをフォローしました。またちょっと仕事がつんでいるので反応が遅れると思いますから(というかまたすぐ出張だしな)、その旨お断りしておきます。

> まあきっと、この問題で騒いでる人の多くは法律をきちんと守る意志のあるいい人なんだろうね。

国連大学の安井至先生も指摘されていますが、日本人の法意識というのは国際的に見てかなり特殊なんだそうですね。言われると確かになるほどという感じ。

電気用品安全法へのご意見について http://www.yasuienv.net/PSEOpinion.htm

> 日本という国は、世界的にみて極めて不思議な国である。国民の大部分が、
> 法律が制定されれば、それを守ることが当然だと思っている。実は、この
> ような考え方を持つ国民が過半である国は、190を超す世界の地域・国
> では例外である。ヨーロッパの状況もまあまあ遵法主義であるが、日本の
> ような極端な遵法主義の人ばかりではない。

「おめこぼし」と「ソープ&パチ」辺りに食い付きましたアラ井です。ワタシのエントリーまでフォローしていただき、ありがとうございました。まったく期待していなかったもので、少々驚きましたが(いい意味で)。

せっかくアンサー頂いたので、もう少し突っ込みたいと思います。
「おめこぼし」の件ですが、見せしめの検挙とおめこぼしには、明確な堺がないため、上手く立ち回れるものが得をし、案外「正直がバカを見る」ケースが少なくありません。これから施行させる「法」についての云々を、その「おめこぼし」まで含んで考えていったのでは、喧々諤々する意味がないのでは、それがわたしの主張するところです。

袖の下、あうん、談合などなど、そういうグレーゾーンがどんどん白日の下に曝されるようになっているわけですから、これから施行される「法」には、竹をスパッと割ったような潔さが欠かせないんじゃないかな、と思っております。何もかもが「法」によって制限されている(かのような錯覚をさせられている)今、行政がそのように「法」を振り回し始め、国民も「法」を盾にしたり槍にしたり、そういう「法」の使い方を知って用いている今時だからこそ、そう思うのです。

PSEは、関わる人も多くその影響も判り易いため大きな騒ぎになっています。しかし、その目的と規制内容のツジツマが合わない(私見)ため、皆、怒ってしまうわけです。それで「裏があるのでは…」という勘ぐりに。

「裏」があるのは当たり前、「おめこぼし」と同じ。
でも、法に関わる者がそれを声高にに唱えるのは、うむむ…。

「おめこぼし」まで含んで「法」を語っているのですか、普段からおおやさんは。それはそれで、凄いと思いますが。

ぶっきらぼうな質問に対し、コメントを頂きありがとうございます。
地元には大きい書店はないので、山形か仙台かあるいは上京した際に、探してみたいと思います。
(週末は日本限定ですが、あちこち行く生活をしているので。)

今後此処に書き込む機会は中々ないと思いますが、捩れた形であれ折角"おおやさん"とか"法哲学"(法理学という言い方もあるらしいですが)という言葉の存在を知ったので、書物などで見かける機会があれば注視していきたいと思っています。

 なるほど、中間集団による媒介機能を期待しておられるわけですね。ダールの『ポリアーキー』などが思い起こされるところです。

 それにしても、建国当初からユートピア実験のコミュニティなどが多数存在し、中間集団を通じた政治の伝統が発達しているアメリカのような国ならともかく、現在の日本でそれを期待するのは無い物ねだりという気がします。宮台真司氏がかつて、日本は中間集団がまるで力を持っておらず、ロビー活動さえろくにできない有り様だから、市民エリートの養成からはじめるより仕方がないと、どこかでこぼしておられた記憶がありますが、実際、政治的実力はあまり期待できませんよね。NPOは未発達な状態(プロ市民の小間使いみたいのしかない)、学校化された中間集団(家庭・学校・会社)は国家と同程度に抑圧的、そして業界団体の多くはなあなあの馴れ合い集団でロビー活動できるくらいのリテラシーを持った団体はごく一部ときています。まして中古品取引業はまだかなり若い業界で、ろくに業界団体すら結成されていないはずです。だからこそ、今回はハードオフのような大手ばかりが優先されて問題となりました。
 もちろん、宮台氏のめざす方向性(右翼アナーキズム的なコミュニティ同士の連携)と、先生のめざされる方向性(国家ー中間集団ー個人という縦軸を中心としたポリアーキー?)は違うとは思いますが、それはまた別問題で、現状日本の中間集団の政治能力はほとんど期待できないということは事実と言っていいしょう。

 だからこそ、彼らに怠慢がある、と言うこともできます。でも、やはりそれは過酷だとおもいます。じっさい、新業界団体を自主的につくりだすための制度的保証もろくにできておらず、また作ることができたとしても戦術的不備を余儀なくされるのが実情です。つまり、日本の中間集団はまだとても「弱い」のです。そんなかれらの「弱さ」を責めるのは、やはりマッチョな発想という気がするのですがどうでしょうか。

 あと、ホームズ判事の件ですが、有名とはいえ、法科を出た人以外は知らないと思うんですよ。とすると、Googleなどを通じた検索が期待されるところですが、英語表記だと英語のサイトばかりがヒットしてしまいます。しかし、仮名表記で「ホームズ判事」と書けば、かなりの日本語サイトがヒットします。そういう意味です。
 ドゥオーキンDworkinは、まあ、僕のハンドルくらいで興味を持つ人は少ないんじゃないですか?名前長いし(笑)。

 それでは、ご回答、期待して待っております。

あれ?おおやって附則も読めないのか?
中古品が対象だなんてどういう読解力なんだろw
とろこでおおや先生、養老孟司の本は読みましたか?
神の存在証明に反論したら倍のメールが来たという逸話。
おおや先生も先人に学んだ方がいいですよ。

>というかあなた「PSE法3条のウルトラ解釈を認めておきながら」って書いてるけど私がそれを認めた部分を示せますか?

残念ながら示せませんね。せめて自分のコメントくらい削除せずに残してくださればいいものを(爆笑)
まあ自分の意見を間違っていたと認めてお慌てて消したのでしょう。もう少しまともな法学者と議論がしたかったなあ。本当に残念です(笑)

あ、とろこで先生、消尽論の法理はきちんと理解なさった方がいいですよ。消尽論が無体財産権に適用された理由まで理解された上でないと私と同じ机上に立った議論ができませんので(笑)

あー、もうひとつコメントを。先生のこのご意見、これは至って自明のことなんですが。

>言っておくけど「『ウルトラ解釈だ』と言うこと」と、
>「『ウルトラ解釈であり、それは正しい』と言うこと」は違うよ?

それで、どうして先生はウルトラ解釈を知らなかったという「法の不知」の者、すなわちリサイクル事業者に対し、
http://alicia.zive.net/weblog/t-ohya/archives/000295.html#comments
>つまり何が言いたいかというと、「混乱を招いた所在」はどこかっておまえらだ〜ということである。

と言えるのでしょうか?つまりアリエナイ解釈も知っておけと?(爆笑)先生なかなか面白いセンスの方ですね。

>山崎さん

消尽(消耗)論は,教科書レベルではともかく,学問上も実務上も共通の理解が完全に確立した簡単な理屈というわけじゃないですし,その射程についてもいまだに争いがありますよね。ここでの議論との関係で有益な理解あるいは情報をお持ちなら,敵に塩を送るのを用心したり,出し惜しみしたりしないで,教えてくださればいいのに…(皮肉でも何でもありません。誤解しないでくださいね)

べつに,このブログは,おおや氏との勝負の場じゃないし,みんなで知恵を出しあった方がいいですよね。少なくともおおや氏は実名や所属を曝して発言しているんですから,人をおちょくるためだけにブログを公開しているわけじゃないと思います

私自身は通称PSE法には反対してる立場ですが、
悪法だろうがなんだろうが法は法としての原則に縛られるはず
という意味で、
おおや先生の発言は実に理にかなったものだと思いますよ。

「原則論としては現状の解釈は動かせないだろう」ということを説明し、
その上で「でもまあ原則論どおりには運用されないだろう」といってるだけです。
2ch発の法律議論は、法の原則をしらずに法を語る人が多いような気がするので、
いい指摘をもらったものだというのが私の感想ですね。

反対派の行動が効率的ではないという点の指摘や、
または反対派の法解釈についての意見を言ってはいますが、
別に「反対派の目的に対する反対」をしてるわけではないし、
反対派をおちょくってるわけでもないように見えます。

>山崎様
原則論では中古業者は事前に法を理解しておくことが望まれ、
そうであれば今回のような混乱は起こらなかったはずです。
その表れが「混乱を招いた原因はお前らだ~」という言葉。

しかし実際には大混乱がおきてしまった。
団体としての中古業界はそこらへんの対策ができていなかったし、
経済産業省側も周知が足りなかったという点で問題があった。

そこで大混乱を収拾するために作られたのが、
本来は「製造」の段階で型式に対して認証を取るべきところ、
「販売」業も「製造」に準ずる物として認証を取れるというウルトラ解釈ですね。

ここでウルトラ解釈は事後的に作られたものだということに気をつけてください。
結局のところ、業界がちゃんと法律について理解していれば、
混乱がおきることはなく、ウルトラ解釈も不要だったのです。
つまり、「事前に」ウルトラ解釈を理解しておく必要など全くないのですよ。

すいません、取り急ぎ一点のみ。

上のコメントにおいて「山崎」さんが
> 残念ながら示せませんね。せめて自分のコメントくらい削除せずに残してくださればいいものを(爆笑)
>まあ自分の意見を間違っていたと認めてお慌てて消したのでしょう。

とお書きですが、少なくとも3月15日付のエントリ「雑感」公表以降、私はこのblogに投稿されたコメントを、自分のものであれその他の方からいただいたものであれ、一つも削除していません。
完全にそのことを証明する方法は思いつきませんが、明白な重複コメントである「クリメント」氏のものを削除していないことが傍証の一つにはなるでしょう。
あとは双方の発言の信頼性について、読まれた方々のご判断を仰ぐしかないと考えます。少なくとも私自身は、以上からこの方が自分が優位にあるという印象を植え付けようとするためには嘘をつくことも辞さない人間であると判断しましたので、その旨のみ皆様にお伝えしておきます。

>某桐関係同業者

現実的には「中古品は対象外だった」と判断せざるをえないです。
ありとあらゆる文書を調べてみたのですが、一言もどこにも中古という言葉が出てこないんです。
高尚な法哲学な思想は知りませんが、こんな状況で「PSE法で最初から中古品は対象だった」と主張するには無理があると思います。経産省の法学者の屁理屈といわれても仕方ないと思います。

もし、「中古」という言葉が入っているPSE法関連の政府文書がありましたら教えてください。
私は、ただの一つも発見できませんでした。

ただの推測が含まれていますが、暇だから書きます。

経済産業省の場当たり的でお粗末で稚拙すぎる対応には、大きな批判があります。
昨日かその前の日の読売新聞の社説にも同様の記述があります。
そして、経済産業省の対応が、場当たり的でお粗末で稚拙すぎるのは、一般的な見解だと思います。
経済産業省の稚拙さを書くなら、幾らでも書けますが、書いたらキリがないので省略します。
ですから、経済産業省は「バカの集まりという可能性が高い」という前提で議論するのが自然だと思います。
無茶な意見に聞こえますが、決して横暴な意見ではないと思います。

その経済産業省が「PSE法で中古品が対象」だと主張しているのです。
ですから、「PSE法で中古品が対象」というのは、バカな意見だと考えるのがとても自然です。可能性の面で。

コメントする

2012年10月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Monthly Archive

Webpages

Powered by Movable Type 5.14-ja