PSE法問題フォロー(3)

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それでも信用ならんと言うのなら裁判所へ行きたまえ、というのがもう一つの話である。「市民」氏は留学生支援サークルの家電販売が大量かどうかは「この判断は経産省が行うと言うことはご存じと思います」とお書きであるが、これは厳密に言えば間違っている。というか合ってなくはないが彼らが判断するから何だと言うのだね? という話である。

確かに彼らが「これは『大量』でありPSE法に違反している」と判断すれば警察に告発するだろう。だがそれを受けて「確かにPSE法違反の嫌疑あり」と判断するかどうかは警察の自由である。では警察が決めるのか。「嫌疑あり」と思えば彼らは事件として捜査して検察に送致するだろうが、それを起訴するかどうかは検察の自由であり、起訴されたとしても確かにその通りPSE法違反であって刑罰に当たるかどうかを判断するのは裁判所である。簡単に言えば、日本において法令の意味を本当に決められるのは裁判所だけであって、他の組織・機関・個人の解釈はすべて彼ら独自の意見に過ぎない。さらに言えば裁判所が決められるのはあくまで個々の場合においてその行為が合法か違法かだけなので、一般的に法令の適用範囲を確定できるような主体は存在しない、とさえ言える。確かに主管官庁がどう考えているかというのはさまざまな官庁の行動に強い影響を及ぼすし、裁判所が決定を下すにあたっても大いに参考にされるだろう。しかしそれはあくまで「事実上」の影響力であって、法的に保障されたものではないのだ。

というわけで、経産省の対応に不満ならこんなところで文句を書き込んでいるよりさっさと裁判所に行ったらどうか、広報不足という行政の不作為により損害を受けたとか、個人の財産権に対する過度に広汎な規制であって違憲無効だとか、いろいろとアヤの付け方はあろうかと思う。「某古物屋」氏は同業者の体験談を引用しておられるが、法令自体を今から変えようとするなら行くべきところは永田町か霞が関であり(*1)、損害賠償を求めるなら裁判所である。正直同情せんこともないものの私に言われても何をどうしようもない。さらに(まあこういうことを言うから怒られるわけだが)、今回は警察の担当部署も知らなかったような話であって普通の人が気付くかは事実問題として大いに疑問というのはその通りであり、従って同情はするのだが、しかし自営業の「自由」ってのはそういうリスク込みの「自由」である。農家が天災に遭遇しても誰も補償してくれないし、個人投資家の買った株が値下がりしてもそれは同じである。

今回は「人災」であって加害者がいる、それはライブドア事件のような虚偽表示による被害なのだと反論されれば、半分はそう思う。だから損害賠償請求訴訟を提起するというのは一つの選択肢だと思うし、正直いつ政権を取れるか目処もたたない野党議員に手紙書いてるくらいなら弁護士さんに相談した方がまだましだと思わなくもないわけだが、しかし残り半分として、法令がすべて公開されており万人が知り得る状態に置かれていたし、また知るべきものとされていることを考えれば請求が認められる可能性は低かろうなあと思うところでもある。いずれにせよ「自由業」とは実のところ「不自由業」であるとはすでに西原理恵子氏や寺島令子氏が喝破しているところであり、リスクに耐える能力と覚悟があって初めて可能になる商売である。私は自分にそういう能力も覚悟もないことを自覚しているから(*2)ちゃんと組織人としてメシを食う道を選び、代わりに制約を背負って生きているのであって、それを誰に非難される筋合いでもない。泳ぎ切る能力も覚悟もないのに船から飛び降りて溺れたことを船に残った奴隷に同情せよと言われても、まあ私は飛び込まないことにしようと思うだけである。

さて、そういうわけで裁判官ならざる我々にできることは何かと言えば、法律における一般的な用語法・記述法とか先例とかを手がかりに「裁判官だったらどのように判断するだろうか」と予測することである。アメリカの大法学者で最高裁判事にもなったOliver Wendell Holmes, Jr.は、「法とは、裁判官のなすだろうことの予測である」と言った。「予測」であるからこそそれは私がどう思うかという主張と切り離された(ある程度)客観的な行為として行なえるのだ。さてあなたは学内のサークルに違法行為をさせることをどう思うかという「市民」氏のご指摘は、私自身の記述と立場を使って「それでいいのか」という反省を迫るという点において説得の技術として高等であり、これは皮肉でも何でもなく私は感心したのだが、しかし新法27条の「事業を行う者」の解釈に関する先例をもとに予測するならば法人でもない学内サークルが年2回法学部の玄関先でしょぼしょぼ開いているバザーが該当するわけがないと全力で言い切れるので、結果的には説得には失敗していると思う。「市民」氏はそれでも摘発される可能性がゼロではないと言われるかもしれない。確かにそうで、私がいきなり身に覚えのない殺人容疑で逮捕される可能性と同じくゼロではない。しかしここから言うべきなのは、つまり「可能性ゼロ」などという状態を目指すことはできないということではないだろうか。つづく。


(*1) 同業者氏は前者を試みておられるようでもあるが野党に運動している点で絶望的にスジが悪い――必要なのが法改正だとすれば多数派を形成できる見込みのない勢力に対する働きかけは無意味である。もちろん与野党逆転ののちには法律が変わるかもしれないが、それは同業者氏の救済にはならないだろう。

(*2) 私の母の実家は商売人だったのでちっとは見て知っているが、正直自分にはできねえなと思ったし、家を継いだ叔父も「お前には商売人の才覚はなさそうだ」と言っていた。その後に叔父自身が商売をこかしたことを思うと(地元新聞に記事が出るくらいの騒ぎにはなったらしいのだが)ちょっと感慨深いが、叔父は倒産の原因になった出来事について(それはある商社をめぐるスキャンダルなのだが)私に愚痴ることはなかったし、最終的には見抜けなかった自分の責任だといつも言っていた。

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音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号 - おおやにき (2006年3月18日 16:29)

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コメント(3)

>印象を簡単に書くと基本的なことが理解されずに議論が
>進んでいるので問題だよねえという感じだろうか。

同感です。政令にも規則にも再販されるべき中古品の検査手続に係る規定など一切ありませんでしたから。それを知らずにカンポーがどうたら猶予期間がどうたらと捏ねるのは某大臣の無知と変わりませんね。
せめて工業所有権四法や古物営業法との関係を詳説してくれたら読む価値のあるレポートでしたが、それも無くただのおっさんの愚痴だったのが残念です。
まあさっさと裁判しろって意見にだけは同意します。

>同情はするのだが
「おまえらだー」と書いた人がこんなことを書いても空々しいだけです。

>農家が天災に遭遇しても誰も補償してくれないし、個人投資家の買った株が値下がりしてもそれは同じである
PSE問題とは別にここは納得いきません。

>正直いつ政権を取れるか目処もたたない野党議員に手紙書いてるくらいなら弁護士さんに相談した方が
>同業者氏は前者を試みておられるようでもあるが野党に運動している点で絶望的にスジが悪い
それが簡単に出来ることなのか貴方が一番よくご存じなのではないですか?
この問題はたまたま野党議員に関心のある人がいらしたので動いて貰っているのです。この議員さんには失礼な言い方ですが、与党だったらもっといいのは自明です。
尚、議員立法出す出さない等という話もありましたし、超党派で自民議員も味方につけたいと考えている人は決して少なくないと思います。

>その後に叔父自身が商売をこかしたことを思うと(地元新聞に記事が出るくらいの騒ぎにはなったらしいのだが

新聞記事が出るくらいなら大きな会社だったのでしょう。
自営業と一口に言いますが、ハードオフの社長とパパママショップでは責任の大きさが違います。実際ハードオフが潰れたら新聞種になるでしょうし、社員が路頭に迷うわけですからそれだけ責任が大きいのです。小さなリサイクルショップと同列に論じて「混乱の原因は、おまえらだー」とか「リスクに耐える能力と覚悟があって初めて可能になる」とは随分な物言いです。
>倒産の原因になった出来事について(それはある商社をめぐるスキャンダルなのだが)
今回は商社のスキャンダルではなく経済産業省のごり押しが原因なので、商売の才覚についての貴方の主張は微妙に違うものを感じます。

>綾重さん
とりあえず「おまえらだ〜」の「おまえら」は(具体的には)日本シンセサイザープログラマー協会、一般的には「団体」の話ですね。個別の業者や利用者の利益を保護するために、こういう「団体」こそちゃんとしなくてはならないのではないか、だって役所は常に完璧ではあり得ないんだからというのが本論だったわけですが、きちんと読んでおられますか?
それとは別にちょっと面白い論点があるので補足しますが、「雑感」へのコメントで融資者が突然担保価値を0に引き下げるということについて「担保価値がある限りそれをやらないという信義則のもとで契約が成立しているのではないですか?」とお書きです。まず「ライブドア騒動のときにマネックス証券は何をしましたか?」で終わりではあるのですが、もう少し説明します。
まず「信義則」は民事法上の原則です。というのはどういう意味かというと「物理的にそれに反することはできない」わけでも、「違反すると警察に捕まって監獄に送られる」わけでもないということです。従って違反者に対しては「それによって受けた損害の賠償を求める」という形で民事裁判による救済を求めることになります。
さてそのためには何が必要かというと、「損害を受けた人」が残っており、訴訟を実際に行なう費用と時間の負担に耐えられることです。逆に言うと、例えば担保価値を0に引き下げることによって融資先企業が倒産するとか、息も絶え絶えでとても訴訟のための弁護士費用は払えないという状態になる場合、民事裁判によってペナルティを受けることになる可能性がありませんから(「そのような場合でも法律を自発的に守る」という善人にとってはともかく、悪人にとっては)思いとどまる理由はないということになります。
もちろん一般的には融資元企業は融資先が存続し、適当に利息を払いつつ最終的には借金を全額返してくれることを好みますから、途中であえて倒産させるというようなことをしません。しかし、融資先の状態がこれから悪化していき、回収可能な額が低くなっていくことが明白に予想できる場合はどうでしょうか。「いまとりあえず回収できるだけのものを回収する」という選択をすることは、善悪でいうと難しいですが「愚かだ」とは言えないでしょう。「通行人A」氏が引用されたケースについては、それが実在する話だとすれば、以上のようなケースではないかというのが私の予測です。
で、実はそれが叔父の会社の倒産の際にも起きたことだ、というのが叔父の主張でした(裁判に至っていませんし当事者証言ですので正しいという保証はありません)。某商社を巻き込む不正取引によって生じた損害をすべてひっかぶらせる形で取引を停止されたというような話であったかと記憶しています。それによって叔父の会社は借財に耐える能力がなくなり、倒産に至りました。
さて以上述べたようなことですが、これが善悪の問題として考えて許せるかといえばご意見はいろいろおありだろうと思います。しかし現実にそういうことは可能でありおそらくほかにも例はいろいろあるでしょうから、やはり善悪を保留して「この社会でいかにうまくやっていくか」を考える場合、そういうリスクを考慮して行動すべきだというのが正しいアドバイスだろうと思います。もし仮に「そういうリスクがあるのは承知しているが自分には起きてほしくないんだ」とか言われたら、「商売なめんな」と思いますけど、ね。

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