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クメール・ルージュ

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カンボジアに行ったこともあって、クメール・ルージュ関係の本を図書館で借りてきて読んでいる。以前からベトナム戦争については気にしていて、それがわからないとこの地域の歴史はわからないと学生にも話してきたのだが、いわばその陰画であるラオス・カンボジアの側についてはきちんと押さえていなかった。とにかく結果については悲惨の一語であって、何がその原因だったのか、どこで誰がどうすればその悲劇を防ぐことができたのかといったようなことを、もちろん歴史は逆回しにできないので今から詮ないことではあるのだが、どうしても考えてしまう。そんな中で気になったエピソード。

1986年、すでに7年前にベトナム軍の進攻によってプノンペンを追い出され、クメール・ルージュはタイ領に逃げて反攻の機会を伺っている状態だったわけだが、その状態で指導者であるポル・ポト(サロト・サル)が党幹部たちに対して行なった講話の記録というのが流出していた。その中でポル・ポトは、ソ連、中国、ベトナム、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなどの国々と自らの率いる・率いた民主カンプチアを比較し、次のように述べている。「民主カンプチアの本当の性格は、これらの国々が束になってもとてもかなわないほど高潔なものである。民主カンプチアは誰のものも奪いに出かけたことがないし、どの国も侵略したことがない」(チャンドラー:269)。

なんか似たような台詞を最近どこかで聞いたなあと思うわけであるが。伝え聞くところではその国は、最近争点になっているその地域の歴史問題について国際的な共同研究をしようとアメリカ当局者が提唱したのを拒絶して、その地域の歴史には特殊性があると述べたそうである。自国の文化・歴史の特殊性を主張して普遍化・相対化を拒絶する思考法もクメール・ルージュの指導者たちに多く見られたところであって、それは彼らが世界の客観情勢から遮断されて情報入手経路が限定されていたことに多く起因するのだが、まさかこの情報化の時代における大国の一つの政治家・官僚たちがそれと同じ状態になるとは思えないし思いたくないものの慄然とするところではあった。民主カンプチアの悲劇が、情報経路が物理的に限定されていたというよりは、彼ら自身の選好によってそれを狭めた末のものであったことを思えば、なおさら。

念のために付言すれば、相対化を拒絶することによって批判可能性をも遮断しようとする心理については我が国の右派・左派いずれにも見られるものであってその国に特殊であるなどと言いたいわけでないし、その国と民主カンプチアの類似性については私の杞憂だと思う。杞憂であってほしいと心から思っている。それにしてもイヤな暗合だなとは、思ってしまうのだが。

それにしても。人権抑圧などを根拠として武力干渉することが許されるかどうかという問題があって、最近は(もちろん)イラク戦争の正当性に関して持ち出されることが多かったわけだが、理論的な試金石として検討すべきなのはこのクメール・ルージュの例の方だろうとよく考える。イラクのケースではアメリカの単独行動主義的な傾向や情報活動の不備が指摘されており、正当性に疑念を呈する人は多い。私自身はアメリカ大統領選挙の際にも述べたとおり、北朝鮮というリスクに直面している日本および日本人の利害を考えればイラク介入を理論的には支持せざるを得ないと考えているが、しかし自己(自国)一身の利害を離れて考えれば批判する立場についても理解できる。だが、では仮に大量破壊兵器が本当にあったならば単独行動的な介入であっても許されたのか。それとも、国際的な・広範な合意が成立しなければ、あるいはそういったものが成立してもなお、独立国に対する武力干渉などは避けられるべきなのか。後者の立場に立つ人には、ではベトナム軍のカンボジア侵攻も許されないのであってクメール・ルージュによる虐殺は放置されるべきだったのかと、そう問われるべきなのではないか。

もちろんベトナムにはいろいろな動機があったのであって、カンボジア人民の救済だけがその行動目的だったと言えないのは当然である。それはイラクに介入したアメリカにさまざまな動機があっただろうというのと同じことだ。しかし結果としては、冷戦のさなかの国際協調など得られないような状況下で、ベトナムの単独行動として為されたその介入なしには大虐殺が終わらなかったであろうことも、また事実である。イラクを否定するという際に、何を否定しているのか。イラクだけではなくカンボジアも否定し、それによってクメール・ルージュを肯定するのか。問題は結局多文化主義と同型であって、大勢力による小勢力への暴力を排除したら正義が実現するというわけではない(小勢力の内部には正当化できない暴力が存在するかもしれない)、どの勢力よりも少数である「個人」を守るためには、どの勢力よりも強大なもの(一国の内部においては「国家」)の暴力が必要なのだと、まあそういう話なのだが。

ところで一緒に借りてきて読んでいたのがレーニン『哲学ノート』上下であったりして、いや論文書く都合があったのだがしかし私も何者なのかいったい。


  • デービッド・P・チャンドラー『ポル・ポト伝』山田寛(訳)、めこん、1994。
  • 山田寛『ポル・ポト〈革命〉史:虐殺と破壊の四年間』選書メチエ、講談社、2004。

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