前の記事: ひとつめ << | >> 次の記事: 大学教員と人事
かけんひのつかいかた
よしながふみ『大奥』がこのまま「暴れん坊将軍」になってしまったらどうしよう(挨拶)。面白いからいいですけど。80年の長短ということになると当時でもそのくらい生きる人は結構いたようだし(「濃尾地方では、幼児のころはたくさん死ぬが、十歳過ぎるとあまり死なず、六十から七十歳くらいまで生き延びている」(速水融『歴史人口学で見た日本』))、社会変動のスピードは1年に200mくらいという話もあるので(前掲書、農業経営形態の変化の問題。もちろんこれは「平時の」変化なので特別な要因があれば加速するだろうが)、まあ短かいかなと。家光〜吉宗期に重ねたかったんでしょうが、何か別の要素がないとお話にはなりますかね。
さて。原稿を書いているあいだに大学関係のネタがたまっているわけですが、とりあえず近い方から。週刊文春に慶應大学の科研費(科学研究費補助金)不正使用疑惑の記事が掲載されていたわけですが、これ、ちゃんと取材したのかなあ。取材してこれだとレベル低過ぎ、という感じなんですが。
不正使用の有無については、もちろんよくわからない。記事後半に挙げられている、研究発表の名目で海外出張したのにプログラムに載っていないというような例は、本当なら不正の可能性が高いとは言える。しかし前半にある不正使用が疑われる根拠というのが(1) 4月から使用可能になっているはずの科研費を8月まで使っていない、(2) 8月にパワーマックとシネマディスプレイを購入している、という二つの事実。実は7月に研究代表者が交代しているようで、(1)(2)と合わせてそもそも研究の実態がなかったのではないかと疑っているわけ。
(2)から行くと、これらが研究に無関係だと主張しているのだが、「なんで?」の一語。文春の中の人の脳内定義だと「研究」とは薬品を使って実験を繰り返したりすることなのかもしれないが、実際にはデータを分析するにも結果をまとめて論文にするにもコンピュータが必要なわけだし、そこまで含めて研究であるというのは、例えば科研費で研究報告書印刷費の支出が認められていることからも明らかだと思うわけだが。マッキントッシュに対する偏見があるのかもしれないがマック使いの研究者は結構いるし(身近で増えたのは情報系の先生たちで、まああれWordの使えるUNIXだしな。私もそうなわけですが)、理科系の中でも医学と化学は伝統的にマックが強いと言われてきた。画像処理を多用する傾向があって、昔のWindowsだと使いものにならなかったから、という話。それともまさか「シネマ」ディスプレイだからってんじゃあるまいね。そりゃ単に縦横比8:5のワイド画面って意味だと思うんだが。
(1)の話。確かに科研費は交付年度の4月1日から使用可能なのだが、この「使用可能」ってのがどういう意味かというと「使っても怒りませんよ」ということであって、確かに前年度3月31日付の領収書を持っていくと怒られるのとは違うわけだが、何が言いたいかというと怒らないだけでお金をくれるわけではないのである。私ももらっているので(いやほんのちょっとですけど)事情を書くと、例えば本年度の場合、交付内定の通知は4月18日付であり、これに応えて交付申請を出すのが4月下旬、実際の交付決定は6月18日付である。この決定を受けて大学に補助金が支払われ、さらに法学研究科にその連絡が来るのは、おそらく7月に入ってからだったのではないか。科研費の補助条件には明確に以下のように書かれている。
2-2 新たに採択された研究課題については内定通知受領後直ちに、また、前年度から継続する研究課題については4月1日から、それぞれ研究を開始し、必要な契約等を行うことができるが、必要な経費は、直接経費受領後に支出し、又は研究機関等が立て替えて直接経費受領後に精算しなければならない。
つまり科研費は4月1日から使ってもいいのだが、7月に入るまで実際に使うための金は用意されない。そのあいだに使いたければ業者さんに支払いを待ってもらうか、大学に代わりに用立ててもらうしかないというのは全研究機関共通の事情である。この先はおそらく大学ごとに対応が異なる。第一に、待ってくれる業者さんがいれば問題は解決する。まあ名大の場合生協なら待ってくれる(と思う。断わられたことはない)。それ以外だとそもそも校費払いに応じてくれる業者さんが限られているのであって、なにせ独自様式の伝票は要求するわ後払いの振り込みだわなので一般消費者向けの企業さんからはほぼ門前払いである。まあ医学部なら状況も違うだろうが、それでもパワーマックをヨドバシカメラで買うというわけにいかないのは同じこと。もちろん一般の店で買えない分は高いコストになって税金にはね返ったりするわけだが、きっとそれが国民の選択なのだろう。
第二に、代わりの金を大学が用意してくれても良い。問題は、多分それは本来4月から6月に使いたいお金であるし、予算を振り替えてあとから戻すとなるとそれなりの手間になるという点にある。このあたりからはローカルルールの領域であって、「いいっすよ〜」という大学や「できれば業者さんに待ってもらってほしいわけですが、どうしてもということでしたら、う〜ん」てな感じで何とかしてくれる大学もあれば、「ない袖は振りようがありません」といって全面禁止になる大学もあるだろう。いずれにせよ研究者の側としては、7月になれば堂々使えるわけで、他に使える金があればそっちで何とかしておくかなという気もしてこようものである。どうせ授業負担で忙しいしな。
ちなみにこの「理論上は使えるはずだけど、実際には使えない」状況は年度末も同様で、書類上では3月31日まで支出して良いはずなのだが、学内の会計処理を年度末までに済ませる必要がある関係から実際の締切ははるかに早い。もちろん具体的には個々の大学の事情によって異なるが、2月にはもう帳尻合わせモードに入るのが普通、ではないかなあ。昨年度3月の外国出張は実はかなり事務に無理を言ってお願いしたもので(いつも感謝しております)、普通はとっくに締切を過ぎている。要するに科研費は2月から6月くらいまで非常に使いにくい資金なのであって、この期間を乗り切れるだけの制限のゆるい外部資金を獲得するか、黙って支払いを待ってくれるやさしい業者さんを見付けるか、さもなくば覚悟して自腹を切るかが、まともに研究を続けたい研究者には求められるのである。不効率だとは思わないか? 一人の研究者としてはバカバカしい状況だとは感じているが、前述の通りきっとこれが国民の選択なのだろうし、今よりゆるい制度の時代に不正使用を繰り返したあほおが実際にいたことを考えると規制もやむを得んかなと思うところはある。
もちろんこれは、国立大学にしかいたことがないし、科研費の処理については現在の大学での経験しかない人間の言うことなので(しかも文系だ)、実際にはもっと違った状況だったのかもしれない。しかし年度の壁についてはどこでも同じ話であって、おそらくまともに研究をしているクラスの研究者なら誰でも、こういった問題点を指摘できたはずである。つまり(1)は研究をしていなかったという証拠としては非常に弱いし、そのことは普通の研究者に取材すればわかったことなのではないか、と思う。(2)と合わせると、もちろん最大の問題は「研究」とは何でありどういうシステムで行なわれているかということを理解している人間が週刊誌編集部の中にいない(ように思われる)点にあるのだが、真面目に取材したのかな、それとも取材した上であえてこれを書いたのかな、という気がするわけではある。
Trackback(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: かけんひのつかいかた
Write Your Comment